第一章

第一話『未来視は、最悪だ』

 僕はユト・フトゥールム。


 左眼に〈 満目蕭条ノ眼 ボーダムアイ〉という未来視が出来る目を保有している、ただの少年だ。


 そして僕が別世界に転移中なのも、この眼の所為なのだ。


 未来視なんて、最悪だ。


 僕は休暇中だったと言うのに、ある未来を見てしまった所為で仕事に逆戻りだ。


 だから、未来視なんて能力は望んじゃいけない。


 未来が見える、という言葉は人を惑わせる。


 どんな人だって、先行く不安に怯えながら生きているだろう。


 明日、自分がどうなっているかわからない。


 自分が死ぬ時期もわからない。


 世界は残酷だ。


 どんな人間だって分け隔てなく殺される。


 どれだけ希望を持って生きていた人だとしても、明日には事故で死んでしまうかも知れない。


 希望を持たずだらだらと今を過ごしている人が、生きながらえるかも知れない。


 世界は、どんな人間にも手を貸さない。助けない。


 ただの、籠なんだ。


 世界という籠は、中にいる人間達を中で飼う為だけに機能していると言える。


 つまり、中の人間の生きるか死ぬかなんて、どうでもいいのさ。


 だからそうなる。


 その点、未来視はいいのだろうね。


 安全に時を重ねられて、自分に降りかかる脅威すらをも見通せる……金だって直ぐに稼げるし。


 未来視は素晴らしい力だ。否定はしない。


 でも、うっかり世界の終末を見てしまったら?愛する人が死ぬ未来を見てしまったら?


 勿論、自分が生き残る為にその未来を変えるだろう?


 だがその先に、自分らしい自分が居るのか?


 答えは、ノーだ。


 未来に縛り付けられた人間は、それ無しには生きてはいけない。


 だから忌まわしいんだ。


 退屈するんだ。


 だから、僕は。



 ーーーー僕にとって必要なものしか救わない。



 今回転移する世界。


 僕がこの世界を救うのも僕の気まぐれでもあり、利用価値があるから。


 ……はあ。


 未来視は本当に退屈するよ。本当に……。


 だけど、四の五の言ってられない。


 それが『使命』だからね。


 今回転移するのは、僕独り。


 あの子達が居てくれたら、退屈も紛らわせるんだけどね……。


 ただの世界破滅を見ちゃったくらいで、僕が行かなければならないとか。


 疲れる仕事だよ。



 ーーーお。



 もう転移が終わるみたいだ。


 さて。


 どんな退屈な未来が待ってるかな。




 ♢




「よっと」

 僕は転移時のゲートから体を下ろし、周りを見渡した。


 危険無し。


 僕の目も今のところ何の未来も見ていないね。


 なら、あとする事は……。


 状況確認だ。


 僕はこの世界の凡ゆる情報が詰まった情報体、その名も『ワールドメモリー』を頭の中に吸収した。


 済まない。名前は今考えた。


 そもそも、この情報体は名前なんて無いんだ。


 ただ僕のような転移者が、困惑せずに転移先の世界常識を受け入れられる為に、凡ゆる魔法知識、その世界での一般常識と言語。その他諸々の情報を転移時に一瞬で脳にインプットされるんだ。


 そして早速僕は頭に入った情報について、考えることにした。


「ふーん。そうなんだね。ここには魔力と魔法があって、科学やスキルもある。でも、特に栄えているのは『事象操作』?何だろうか、これは」


 入れられた情報の奥深くまで探る。


「……事象操作。それは環境などの操作だけには止まらず、重力や世界の一部分の書き換えなど、多種多様……これじゃまるでーーー」


「そこで何してるんですか?」


「!?」

 突然声をかけられて、さっき出かけた言葉を咄嗟に飲み込む。


 その声が聞こえた方向に振り返ると、そこには十五歳程の赤い頭巾を被った少女がいた。


 少女が自分について疑問を抱く前に、いち早く僕はその少女の解析を始めた。


 長いロングスカートから、縫い合わせの跡が残る一張羅。


 少し埃被った巾着の中一杯に詰められた山菜。


 見窄らしい服装からして、貧相な顔つきをしているのかなと思ったが、そんな雰囲気を覆すほどの綺麗な金髪に、透き通るような青眼。


 下民の様なのに、教養を感じられる風貌に立ち姿。



 ……もしかしたら、没落貴族なのかも知れないね。


 取り敢えず、記念すべき第一村人だ。

 好意的に接しておいて、転移に於いて重要な、『人脈』を築かない事には意味が無い。


 取り敢えずここはどこかの王国端の森らしいから、道に迷った冒険者を装って、この子の住む集落か村辺りに案内してもらおうかな。


「ちょっと道に迷ってしまってね。君は誰だい?」

 さり気無く名前を聞いておく。


 名を聞くならまず自分から、とは言うが今回は彼女が声を掛けて来たので先に彼女の名を訪ねるのは道理だろう。


 そして、彼女もそれで納得の様だ。


「私はセリア。セリア・アリーシャ。十五歳です。貴方は?見たところ一般人の様に見えないですけど……」


 セリアか。いい名前だね。


 と、言うよりそんなに僕の格好は一般人には見えない程違和感があるのかな……。


 ……ああ。


 だが、そんなに考えること無く結論が出た。


 僕の格好は、この世界で言う貴族の様な格好をしているからか。


 きっちりと揃えられた服に、どれだけ動いても乱れることが無い様に仕込まれた、僕専用の戦闘用の服。


 だが、見る人が見ると、この服は貴族服に見える。というよりほぼそうだ。


 なるべくバレない様に装飾や色の主張を抑えたつもりだけれど、そう見えてしまったのか。


 この世界の貴族が着込む貴族服というのが、僕の着ている中世の貴族辺りが着る服と一緒なのだろう。


 当然、僕は貴族では無い。


 これはファッションだよ。ファッション。



 ……ならば、駄目元で冒険者だと言う事を主張してみようか。



「ただの冒険者さ。僕の名前はユト・フトゥールム。方向音痴のしがない冒険者だよ」


 取り敢えず冒険者、という言葉を盛り込んでみた。

 これで今のところは大丈夫な筈、と思いたいよね。


「ああ、そうなのですね。……宜しかったら、私の村に来ますか?」


 有り難い。

 疑うこと無く信じてくれた。

 そして、本来は怪しむべき冒険者なのに、自分から村に誘った。


 やっぱり、心は汚れを知らない少女だと言う事か。


「ああ、そうしてくれると有り難いよ」


 僕は断る理由も無いので、そのままセリアに連れられて村へと向かった。



 ♦︎




「君の村って、どんな感じなのかい?」

 現在セリアという少女先導の元、村へと案内されているその道中だ。


 取り敢えず、この世界のことを深く知る為にさり気無く村の事や国の事を聞いてみた。


「のどかな村ですよ。皆さん優しいですし、ましてや争いなんて全く無い、街外れですけど良い村です」


 そう楽しそうに語る彼女だが、どこか素っ気無い雰囲気で村の事を言っている。


 自慢ではないが、僕の観察眼での推理は外れた事がない。


 ……あ、いや何回か外れた。


 ……まあ、年端の行かない少女なのだから、僕の目を欺けれる程そんな詐欺師染みたブラフを張れる事は無い筈だ。


 では、一応の推理として入れておこう。



 ーーーセリアは没落貴族か何らかの国からの移民なのだろう、とね。



「良い村なんだね。あとちょっと聞きたいんだけどさ」


「はい?」


「君の村に泊まれる様な宿屋ってあるかい?」


「有りますよ。そこは私が働いている所なので、宿主に駆け寄って部屋を空けておきますね」


「そうしてくれると有難いよ」


 セリアの気回しに感謝して、僕は道中の暇潰しに会話を楽しんだ。




 ♦︎




「着きましたよ」

 その言葉と共に、僕は顔を前に向ける、とそこには数十棟の建物が建ち並んだ、のどかな村があった。


 山の一部を切り抜いた様な箱庭の村。


 日の光と薄緑色に揺らぐ山々の木々から差す木漏れ日が建物を照らし、それが絵に描いたような芸術的な風景を作り出していた。


「まるで楽園だね」


 僕はそんな風景に圧倒された。


 やはり自然は良いものだ。


 こういう風景は、セリアの村にしか出来ないだろうね。


 山中で静かに暮らす人々が作り上げた、山の中の楽園。そう言える美しさだ。


「私の自慢の村ですよ」


 セリアはそう言うと、僕達が立っていた木陰から走り出て、その勢いで振り返った。


 陽に照らされ、靡く金髪と服。


 頭巾の下で笑うセリアの青眼が、透き通って見えた。


 少女の健気な笑みを見せられた僕。


「確かに、綺麗な村だね」

 だけど、僕はこんな少女に向かって口説き落とす趣味は無い。


 セリアも、僕をその気にさせる気は無かった様だ。


 僕はそのまま、村の雰囲気を楽しんだ。




 ♦︎




 夕方。僕は宿屋の自分の部屋にて、ある子達と連絡を取っている。


「うん、そうだね。……それなら、引き続き監視を頼むよーーーー少し邪魔が入った。通信切断」


 邪魔、とは。


 ベットの上で瞑想するように通信している僕の耳に、床の軋む音が、しかも僕の部屋に向かって聞こえてきたからだ。


 この宿屋の床はほぼ木製。


 こちらの部屋には来ないかも知れないが、一応警戒しておかない理由は無い。


 そして、床の軋む音の間隔や音の大きさ、呼吸と心拍の速さ的にセリアだろう。


 この際僕の聴覚の鋭さについてわざわざ気にしている必要も無いので、取り敢えず来るかも知れないセリアへの警戒をしておこうか。


 そして少し待っていると、コンコン、という扉のノック音が部屋に鳴り響いた。


「フトゥールムさん、いらっしゃいますか?」


「ああ、居るよ」


「分かりました。宜しかったらで良いので、お夕飯の支度を致しましょうか?」


 食事か。


 取りたい所だけど、少しこの世界の事象操作について学びたいから、今回は無しにしようか。


「いや。大丈夫だよ」

 その僕の返答を聞いて、一呼吸ほど置いてからセリアが言う。


「ならば、朝食は如何致しましょう?」


 朝食も有るんだね……。


 まあそれは断る理由も無いし、


「それは頂くとするよ」


「分かりました」


 そう言って、セリアは部屋前の扉から去って行った。


 完全に音が聞こえなくなるまでセリアが離れたのを確認して、僕は行動を起こした。


「良し、行くとするかな」

 ベットから腰を上げ、部屋の窓を開ける。


 涼しい夜風に当たりながら、この窓から出ても周辺人民には怪しまれない事を確認し、窓に身を通す。


 僕は、そのまま夜の空を駆けた。



 ーーーそして、空を舞うユトの左眼が、光った。


 その眼の奥には、久し振りに退屈しない未来が映っていた。


 この世界では第一回目の未来視。



 ……いつも退屈する未来だったけど、退屈しのぎにはなるまあまあ良い未来だった。



 そんな事を考えていたら、目標の場所に着いた。


「……よし」


 僕は足を地面につけ、迷う事無く検証を始める。


(先ずは、気になる事象操作からだね。魔法や科学は見たことあるものだから、後でね)


 そう心で自問自答しながら事象操作を使用する準備に入る。


 事象操作、というものは詠唱を必要とするものらしい。


 詠唱破棄も出来るようだけど、慣れる為に詠唱込みでやってみようか。


 威力を見てみたいから、中級程の難易度の事象操作を使ってみる事にしよう。


 ……良し、詠唱開始。



事象リワイト;抉る螺旋空間スパイラ・ガスペースーーー記録レコード


 これは、螺旋状に物を抉る空気をぶつけると言う事象。


 事象操作と言うのは見る限り魔法と同じで、科学などでは有り得ない事象を引き起こすという物。


 違う点を上げるのなら、魔力を使わずに魔法の様な奇跡を起こせる、という点と事象操作をする者が見たことがある天災や事象なら、その者の実力次第でどんな事象でも引き起こせる、という点。


 原理はあまり分からないが、どうやら術者の脳内の事象演算領域という所を使っているらしい。


 僕に何故それがあるのは聞かなくて良いよ。


 ……で、未だその事象演算領域の解明には至っていないと。


 で、なぜか事象操作は最後に必ず記録レコードと言わなくてはならないらしい。


 事象の種類は別の世界の事象でも出来る様だけれど、僕が知る他世界の事象というのがかなり威力がある物だから、安全上この世界で判明している事象の操作を使っておいた。


 そして、発動される事象。


 髪を巻き上げる程の気流が僕の顔周りを横切り、正面へと一瞬収束した後、それは放たれる。


 見えざる螺旋状に巻かれた空気が放射され、ユトの正面の木々を抉る。


 揺らぐ木々。


 舞い散る木の葉。


 そして、螺旋状に抉られた部分は、跡形も無く何処かへ消え去っていた。


 抉る、というより消滅、の方が正しい様に見える。


 かなりの威力。


 僕は消散した螺旋の空気の奥で、無惨に抉り残された木々を見て、息を吐く。


「中級程度の事象操作でこれ?……この世界の犯罪って無残な物が沢山有りそうだね」


 そう皮肉を多少飛ばしながら、僕は抉った部分の修復を始める。


 これを修復するのには、この世界の魔法を使おうと思う。


 残念ながら、この魔法は使った事があるので、詠唱破棄するけどね。


「ーーー修復……完了」


 抉られた空間が眩いばかりの光に包まれ、五秒ほど経った後、修復を完了させた光が霧散して行った。


 ユトは後も残らない程綺麗に修復された森を見て、検証は終了したと見切りを付け『先まで自分を見ていた人物に気付いている事を勘付かれない様に』その場を去った。


 その人物と言うのは、見た通り……。


「ユトさん……何故あれだけの事象操作が……あの人なら、もしかして」


 月夜に照らされる金髪と青眼。


 セリア・アリーシャであった。

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