4.故郷

音声記録4-1:『私はなんということを……』

 私はなんということを――ごめんなさい、本当にすまなかったと思っている。ずっと悔やんでいるんだ。自分の過ちではなかったけれど、すべては手遅れだった。

 ……いや! いやそうじゃない、あれは私のせいなんかじゃなかった!

 私たちは何も知らなかったし、できることもなかった。抵抗は心ばかりのもので――ち、違う。そうじゃなくて……。

 頭ではわかっている。負い目を感じる必要も罪悪感も、悲嘆を抱く必要なんかぜんぜんないんだと。なのに……ああ、自分が裂けているんだ、二つに。真っ二つに!

 ――わ、私は一生このままなんでしょうか、先生? それともやはり、少し前に通過したとかいう星系に、あそこに似たガス惑星があって、そこにもあれが……?


『いいえ、大丈夫。落ち着いて。この船には、N9クラスの強力なフレアバーストも防ぐ外殻が備えられていますからね。ましてや跳躍航路内なのだから、あなたの言う干渉波の影響は考えられるものではないですよ。さ、続きをどうぞ』


 しかし、先生……。私は思い出すのもつらい。やはり、できれば中央星域セントラルの病院に着くまで、冷凍睡眠コールドスリープさせてほしいのですが……。


『それも選択肢の一つではあるね。けれど前にも説明したとおり、あなたの高次中枢回路の混乱はたいへん複雑なものなんですよ。

 通常の器質処置では、記憶だけでなくあなたの……、性格やものの感じ方にまで、望ましくない影響を与えてしまう怖れがある。それよりは少々原始的な手法になってしまうけれども、認知的療法をとってみるのをお勧めしている次第ですが……。

 脳の活動データも記録するから、中央星域セントラルで器質治療を受けるにしろ役立ちはしますけれども。どうしましょうね? もちろん、あなたが望むならこの試行は中断できます』


 はあ……、いえ。わかりました。や、やってみます。

 冷凍睡眠コールドスリープでも、夢を見ると聞いたことが……。きっと私は見ると思うので。あの美しい、おぞましい風景とか……。

 とにかく私は伝えなければいけないし、実際そのほうがすっきりするかも……。


『わかりました。じゃあ、また挑戦してみましょうか』


 しかし……、どこから話せば?


『どこからでも。一番重要な部分だけでもいいし、最初からでもかまいませんよ。このチャンネルに、内容や時間の制限はないのだからね』


 こんな放送局番は知らなかったんですが、私の声は本当に届くんでしょうか?

 銀河の広い領域に、長い長い期間?


『そういう局番だと聞いています。辺縁の軍事基地に派遣経験を持つ知人に教わったのですがね。辺縁には、即時通信網がまだ敷かれていない宙域もあるから、このチャンネルに私的な伝言を吹き込んで発信するということですよ』


 そうですか……。私には、伝えなければならないことがある。すべては終わってしまったから、せめて語り継がなければならないことが。

 そんなことは、私の義務ではなかったんですが――いや、しかし、絶対にだ。死んでいった同胞のためにも……。いや、誰も死んでなんかない。私の同僚は誰一人!

 うう、駄目だ。やっぱり混乱がひどいですよね。どうも気分が安定しなくて……。


『じゃあ、少しだけ気持ちが落ち着く薬を飲んでみましょうか。そのあとで最初から順序よく、あなた自身の視点でもう一度、喋ってみては?』


 ……そ、そうですね。私の視点で。そう、私自身の。

 薬を飲みます、先生。それから、やってみます。

 人間である、人類の……、私の視点で。私に起こったこと、見たこと、私たちがやってしまったことを、最初から全部。

 に、人間として喋るんだ、あの雲に潜んでいたものではなく……。不気味な、美しい、懐かしい彼らとして喋る……。

 いや、違う違う! 私は、人間として……。

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