音声記録1-3:『自在に次元の扉を開き……』

 自在に次元の扉を開き、遠大な時を越えて銀河の版図を渡り歩く――こんな時代になっても、宇宙船の合金外殻一枚を隔てた向こうが死の世界であるのは変わりない。

 きっと遠い昔、単純な鋼の船で大荒れの大海をさまよった不安な船乗りたちと同様に、異常宙象やバグで歪んだ跳躍航路を乗り切らねばならなくなったとき、できることをやり尽くした航宙士に最後に残されるのは祈りだけだ。

 迷信深い船乗りは多いし、何隻もの船で働く年月、私も仲間たちが語り継ぐ伝説や怪談をそれなりに聞いてきた。

 彼女は、そうした幽霊話によく似たかたちで姿を現すようだった。二度目の遭遇は、私のときとは状況が逆だった。

 そこはツアー中盤に訪れる、古い枯渇した惑星だった。大昔に珍しい鉱物資源が発見され、地殻の中層まで掘り返されたが、数年で採掘施設ごと放置され廃棄されていた。別星系に、その希少鉱物がより安価に採れる小惑星帯が見つかったためだったと聞いている。しかし採掘者たちは、惑星の大陸ひとつをまるまる覆った真紅のガラス様溶岩台地の驚異の光景をよく憶えていた。噂を聞きつけたツアー企画者が、私たちの船の観光地に仕立て上げたんだ。

 確かに見事な光景だったよ。大地は起伏もなく地平の先まで滑らかで、この宇宙が創造しうるあらゆる種類の赤色が、足元数百メートルの深さまで透明で密なガラスに宿っていた。その輝かしくも熱のない凍った炎に魅了されて、ぐずぐず留まりたがる客を必死に集めていたときのことだ。

 一人の新人ツアーガイドが突然あらぬ方向へ駆け出していき、私とチーフガイドを面食らわせた。私たちは名簿をチェックしながら、最後の客を船へのタラップに乗せ終えたところだった。

「どこへ行くんだ。もう出発だぞ」

「人影が見えました。あの岩陰に。女の子が残ってるようです」

 私とチーフは顔を見合わせ、彼は機内の客数を確認しにいった。私は新人を慌てて追いかけながら、いくぶん寒いような心地でこう考えていた――いや、きっと勘違いだ。女の子といって、私が以前見た幻覚と同じものを彼女が見る道理はない。

 はたして人影はどこにも見出せず、そもそも岩陰といったが、色合いと光の微妙な加減で岩やくぼみに見えるだけで、そこは姿を隠す場所などない真っ平らな台地だった。船からの無線連絡でも乗員乗客ともに欠けなしとわかり、自分の脳の誤作動に怯える新人ガイドをなだめつつ、私たちは道を戻った。

 だが、彼女は途中何度も後ろを振り返りながら、不安げにこう呟いた。

「確かに見たと思ったんです、白のワンピースを着た女の子。地面の色が真っ赤だから、とてもよく目立っていた。襟元の銀のブローチまではっきり形がわかったのに、白昼夢でしょうか。変ですね。疲れている気はしないのですが……」

 いつしか私は青ざめて立ち止まっていた。振り向くことはできないまま、嫌な汗が背に浮くのを感じた。

 そして三度目――見たのは、私の機の副操縦士だった。彼はすでに離陸しかけていた送迎機を止める騒ぎを起こし、母船に戻った格納庫で自分のありえない失敗にうなだれていた。

「滑走路に取り残された女性が見えた気がしてしまった」と彼は言った。「破れた旗か何かだったのかな……、白い服みたいにはためいていたから」

 ――それはこの船に憑いた幽霊なのだと、やっと教えてくれたのは、いつのまにか話を聞いていた古株の整備士だった。

 驚く私と同僚に、彼は疲れた足取りで近寄ってきたよ。周囲に客がいないのを確かめてから、自分でも妙なことを口にしているといった表情で、眉をしかめた老顔をよく憶えている……。

「船に新人が乗ると、あの子は時々姿を見せる。ここに来て長い乗員はみんな知っているよ。誰もが口に出そうとしないだけでな。あんたが見たのは、4年前、ツアー中に事故死した若い娘だよ」

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