航宙士夜話Ⅱ

鷹羽 玖洋

航宙士夜話Ⅱ

0.路側放送

船内音声記録データ断片

 ……ジ……ジジ……ザザザ……。

 ゲートの情報……宙域へ向かう航……ブツッ。ザー……。


「システム、受信状態の改善。ノイズ除去」

「了解しました、船長。受信強度を再調整。ノイズ処理を実行します」


 ……ザザ……を、お知らせします。ペルセウス標準時27時11分に発生した、重力サージの影響……。星系ゲートは引き続き、ジャンプアウトを一時停止して……す。

 ジーッ完了し、安全の確認が取れしだい、通航再開いたします。大変ご迷惑をおかけ……今しばらく、各跳躍結節ノード内でのループ巡航をお願いいたします……、ブツ。

 繰り返しお知らせ……ザー……。


「まだ駄目か。やれやれ、いつになったら……。システム、通航再開までの時間予測は可能?」

「情報が不足しています、船長。ジャンプゲートへの情報請求は拒否されました」

「おおよその値でかまわない」

「了解しました、船長。過去のデータを参照しています――計算中――計算終了。予測される通航再開時刻は、中央星域セントラル標準時で40分から70時間後です」

「……それで予測と言えるのか?」

「情報が不足しています、船長。ジャンプゲートへの情報請求は拒否されました 」

「それはさっき聞いた……」

「ジャンプゲートへの情報請求を再度行いますか?」

「いや、いや、やらなくていいよ。どうせ無駄骨だろう」


 ブブッ、確認が取れしだい、通航を再開……す。ザッ……迷惑をおかけします。今しばらく……。


「やれやれ……。システム、航路情報以外で聞こえる局番に回してほしい」

「了解しました、船長。局番を検索します」


 ガッ、航跡の彼方……百万の星の光で私を照らして、夢のうちにあなたを待つの、けれどアア、アアアア……、


「やめてくれ、他の局番にして。歌曲以外で。追加指示するまで、適当に回しつづけて」

「了解しました、船長。局番を検索します」


 ……補助金の増額を検討、ガガッ。……修正案の検討に着手すると述べました。銀河核バルジ領域への産業用跳躍航路伸長規制について、中央星域セントラルの経済推進本部は今日、ジー……。


「局番を検索します」


 ブツッ、ート惑星として、……有名なクラヒオン・ビーチ。……ザザー、珊瑚礁で色鮮やかな泡沫生物と戯れる夕暮れ……、ジッ。全天に広がる渦巻銀河を眺めながらのディナーが楽しめます。ブツッ、ロッジからは常に人型召使サイヴァントの呼び出しも……。


「局番を検索します」


 ……技術的には超高速通信のほうが難度が高く、ジーッ、四半世紀ほどの話ですよ。

 ――それは知らなかったなぁ。

 恒星間航宙士の世界は一般の、ザアッ……には馴染みがないでしょう。しかし私も、半世紀前に廃棄された電報局がまだ生きてると知っ……。


「局番を検索します」

「あ、待て。そのままでいい。現在の局番を維持」

「了解しました、船長」


 ザザ……即時通信は、緊急時のみに限定されていたんです、昔はね。しかもオリオン境界を越えると通信費が倍々で乗っブブッ、……たって、我々航宙士もボットやドローンじゃあないですから。特に自分以外の船員がいない仕事だと、無性に人恋しくなるときがあるん……ザッ、


 ――……員がいない? たった一人で恒星間航行をする航宙機も……すか? 


 ザアッ、ありますよ。4Sクラスの支援AI装備なら、跳躍航路も通常空間内も……ただ、ジャンプアウト後の税関などで、その星系……規制に引っかかったり、……検査の場面で人の監視や判断が、ブツ。


「ひずみがひどいな。ハブから遠すぎるんだ。システム、もう少し聞きやすくならないかな」

「了解しました、船長。この局番の信号を保存、音声補完を実行したのち出力します」


 ……ジジッ……ジ……サー……。

 ……ょうに、惑星表面に住む人の尺度では考えないでほしいんですが、難しいだろうな、きっと。大規模宇宙コロニーに住む人なら想像がつくでしょう、恒星間航行や、星系の果てへ物資を輸送するコンテナ船の巨大さを。私は、全長10キロのコンテナ船航宙士をやっていました。


 ――10キロ、そんなに? 巨大ですねえ。どんな荷を運んでいたんです?


 色々ですよ。重水素、宙合金鉱物、普通のコンテナでは運べないサイズの工機だとか……。初めは私も誇らしかったですよ、なにせあれほど大きな船を、ただ一人で仕切れるんですから。でも、最初の航宙で否応なく気付かされましてね。みんなが辺縁宙域へ跳ぶ仕事をしたがらない理由をね。


 ――広域航宙士という仕事では、時には数年も、荷を入れ替えながら深宇宙を巡りつづけることもあると聞きました。


 そうなんです。月並みな表現しかできないけど、孤独でね。荷が詰まっているとはいえ、あの巨大な建造物に人間は自分だけと思うと。

 当時は路側放送も官営しかなかったし、今でも渦状腕の外縁過疎部では民間の局番は届かないようです。出港直前まで、人でごったがえす宇宙港にいたときなんかは、なおさら真空の無音が身にしみました。

 当時から航行支援AIは、会話相手にもゲームの相手にもなってくれました。文句も愚痴も言わず、ゲームでもうまい具合に負けたり買ったりして盛り上げてくれる。これ以上できた助手はいない、という感じでね。でもやはり、駄目なんだなあ。時どき、ふっと虚しくなっちゃって。


 ――わかります、なんだか虚空にむかって喋っている気になったりとか。AIのクラスによっては微妙に会話が噛み合わないこともあったりして。


 そうそう、それでだんだん口数も減ってくるんですよね。毎日同じ外の景色、百光年進んでも千光年進んでも、舷窓の外はです。どうも、永遠の夜の只中にひとり取り残されたようで……。

 だから昔、辺縁宙域を巡る航宙士の多くは、職場や家族や友人にむけて頻繁にメッセージを飛ばしていました。船からの音声を受信して、電報としてまとめて各宙域へ流してくれる専用の放送局番があったんです。それは即時でも双方向通信でもなく、時間はかかりましたが、我々広域航宙士には生身の相手、自分の仲間である本当に生きた相手へ喋ることのできる唯一の手段でした。


 ――それが例の電報局ですね。超高速通信が一般に普及したあと、廃棄された……はずだった。


 そうです。久しぶりに会った友人――これも航宙士ですが、彼女から聞きましてね。あの局番がまだ生きている、稼働しているようだと。

 電報網本部はもともと無人でしたから、発電システムが生きていて、故障がなければ稼働できても不思議はないのですが、それにしても一度はシャットダウンされたはずですし。何かエラーがあって、今までずっと機能していたのか、誰かがまた復旧したのか。


 ――何のために?


 わかりません。しかも友人によると、昔とは少々違った使われ方をしているそうです。我々は単純に私信を送るのに使っていましたが、今は、誰かの語りが流れてくるみたいで。


 ――語り。というと? 何かの実況、あるいは物語の朗読とか?


 物語ではありますかね。ひとり語り、というのかな……。

 多くは体験談だ、という話です。使っているのは船乗りだけでもなさそうで、遠方の宙域や、過疎航路にいる人たちが多いとか。賑やかな社会の中心域から離れて、遠い宇宙の深みに往くと、時どき人には話しにくいようなことも経験します。そうしたことを語るんだと思います。


 ――人には話しにくいこと。


 つまり、人に喋っても容易には信じてもらえないような事柄……ですかね。

 中には特定の人に向けたメッセージのような語りもあるらしいですが、当然、相手に届くかどうかわからない代物に吹き込まれるものだから、普通の言伝てじゃありません。

 行方不明者や、死者にむけたメッセージとか……。友人が聞いたのは、あるアステロイド宝石掘りが恒星へ投身自殺する直前に吹き込んだらしい、最期の警告だったそうで。

 ともかく、どこかで話を聞いているかもしれない誰かに向けた訴え……みたいなものなのかな。いつ記録されたかもわからないですし。昔は伝言を預かる期限が定まってましたが、今の管理者不明の状態では、そのあたりどうなっているのか……。


 ――なんだか興味はそそるけど、恐ろしげな局ですね。聞いてみたいような、聞かないほうがいいような。


 それがね、残念ながら、中央星域では受信できないみたいです。なにしろ旧式回線なので。昔の中継機をまだ使っている辺縁星系や過疎航路なら、聞けるかもしれませんね。

 ……私は広域航宙士としての仕事を数回でやめてしまいました。そしてもっと航行量の多い、星系内にも亜光速航路がきちんと引かれている航路へ仕事を変えました。年収は下がったけれど、構わなかった。私には堪えられなかった、深宇宙の広漠さには……。

 開け放たれた、終わりのない、がらんどうのほらなんですよ。本当に。

 あそこにあるのは夜だけでした。底なしの夜だけ……。


「……システム。現在受信できる通信回線に、航路放送の認可外の……、古い型の信号はあるだろうか」

「お待ち下さい、船長。現在検索中――検索中――検索――検出しました。この通信は航路通信の安全基準を満たしていません。接続情報流出の危険が伴いますが、接続しますか?」

「……それは、中央星域標準時で50年ほど前の技術による信号かな」

「不明です。ただし、この通信は6世代前の可逆蒸発形式による複波通信です。また、航路結節内中継機の認識IDが更新された日時は、中央星域セントラル標準時で58年前の記録です」

「驚いた。本当にあるんだ……」

「繰り返します、船長。接続情報流出の危険が伴いますが、接続しますか?」

「ああ……、繋いでみようか。もしかすると、深淵からの声が聞こえてくるかもしれない 。やってみて」

「了解しました。現在接続中――接続中――接続中――」

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