26.月の出ない夜

 月明かりの無い暗い夜に、作戦は実行に移された。

深夜、部屋の壁に開けた秘密の穴から這い出した僕は、湖に浮かぶ飛行艇へと向かった。

 時を同じくして脱走してきたグレタと、桟橋の前で落ち合い飛行艇へ。

 飛行艇の前には、隠れ家から飛んできたミュクスが待ち構えていた。


「もう! 遅いよー。扉開かないし、見つからないか心配だったんだから!」

「しっ! 今開けますから……」


 そう言うとグレタは、密かに仕掛けれていた秘密のレバーを引いて飛行艇の扉を開錠する。

 急いで、中へと入って行くと……。


『うぎゃー!!』

「なんだなんだ?!」


 お尻の下に、柔らかい感触が……。

 慌てて振り返ると、シートの上には毛布に包まったマーフィーが寝ていた。


「いきなり、何すんねん!」

「それは、こっちのセリフだよ! なんで、飛行艇なんかで寝てるんだよ?」

「いや、あんなー……。一人になりたい夜かてあるやん。つうか、なんでお前ら居んねん!」

「タスクさん。取り合えず、縛り上げましょう」

「そうだね」

「ちょちょ、何すんねん!」


 冷静なグレタの指示の下、飛行艇に備え付けられたロープでマーフィーを縛り上げた。

 後ろに横たわるマーフィーを見て、ミュクスが不安げに聞いてくる。 


「大丈夫なの? あとニウブちゃんとヴァルタが載るんでしょ」

「定員オーバーだけど、マーフィーさんは軽いので何とかなるかと」

「フグ―、フグググ!!」

「それにしても、遅いなニウブ達……」


 とその時、外の暗闇が光に包まれまっ白になる。


『飛行艇に居る人たち出て来なさい! あなたたちは完全に包囲されている!』

「クッソ! ヴァルタの奴しくじったか」

「仕方がありません。出ましょう」


 飛行艇から桟橋に出ると、湖畔には、100人の兵士がルークとゼノン、そして捕らえられたニウブとヴァルタの姿があった。

 僕は最後の望みを賭けて大声で叫ぶ。


「人質交換といかないか! こっちにはマーフィーが居る!!」

「フグフグググ!!」


 それを聞いたルークとゼノンが顔を見合わせて笑いを堪えていた。

 しばし笑いのためか身体を震わせていたゼノンが落ち着きを取り戻して返答してくる。


「いや、流石に無理っしょ? マーフィーさんが100人とかなら考えるけど……。プププ」

「フグググ! フググ!!」


 堪えきれず吹き出したゼノンに、何か言おうとするマーフィー。

 そんななか、ルークがゼノンに何かささやきかけると、ゼノンが真面目な顔に戻り、言葉を続ける。


「飛行艇で逃げて、何をしようとしていたか教えなさい! さもないと……」


 兵士たちの後ろから新たな人質が二人連れてこられた。

 そこには、寝起きのまま連れて来られて髪がボサボサのユキとハルが……。


「止めろ! ふたりは関係ないだろ!!」

「関係ない? 関係ない二人と一緒に住むのを希望したのは誰ですか? あんたにとって大事だから一緒に住んでたんだろ?」

「タスクさん! 私たちのことはいいから、早く逃げて!!」

「黙ってろ! うるさくすると痛めつけちゃうぞ!!」

「テメェ! ぶっ殺す!!」


 ―バシッ!!


「落ち着きなさいタスクさん!!」


 グレタが僕の頬を平手打ちしてきた。

 そして、取り乱した僕の代わりにゼノンと話し出す。


「南に下った海岸線に、船が有ります。しかし、私たちも知らない場所に隠してあるので、飛行艇で向わないと姿を現しません」

「カーマインたちってこと?」

「それは、行けば分かることでしょう」


 こうして、脱出作戦は失敗に終わり、僕らは飛行艇と人質、ルークと占領軍の100人の兵士たちと共に南に下った海岸線へと向かった。

 切り立った断崖が続く海岸線の上空から光の明滅で合図を送る。

 すると、誘導を促す光点が断崖の下から現れた。

 光点目指して海面の高さまで降りて行くと、そこには崖をくり抜いて作られた造船所があった

 明かりが点けられ、全長100メートルを超える帆船が姿を現す。

 飛行艇を着水させ、造船所に上がる。

 後から飛来してきた占領軍と僕らを、3か月ぶりに会うカルミアがひとりで出迎えた。

 ユキ程では無いが、膨らんだ下腹部が目立つカルミア。


「バレてしまったようね」

「カーマイン。せっかく追放してあげたのに、何でこんなことを?」


 ルークが一歩前へ出て聞いてきた。

 しかし、カルミアが答える前に、彼女の後ろから現れたエルがルークを見つめる。


「エルピス様!」

「なるほどねー。辛かったんだね。孤独だったんだね。でも、もう無理なんかしなくて良いんだよ」


 エルは、驚愕して後退るルークに近付いていき、そっと抱きしめる。

 彼女は、耳元に口を寄せ囁きかけた。

 

「そんな……、私は……」

「良いんだ。恨みっこ無し! カルミアが一番理解してくれる。さぁ! カルミアもこっちに来て!!」


 エルの呼びかけにカルミアが近づいて行き、代わってルークを抱き寄せた。

 ルークは堰を切ったようにワンワン号泣する。

 それを見た占領軍の兵士たちに動揺が走る。

 そして、その隙に海の中から熊が現れた。


「クマ―!」

『うわわ、なんだ? なんだ?』


 実は、この三ヵ月クマは熊の着ぐるみを着ていなかったため、本物の熊が現れたと占領軍は勘違いしているのだ。

 クマは、荒っぽく僕ら人質を海にポンポン放り投げた。

 落ちた僕らを、小舟に乗ったはぐれ人たちが救出する。

 これで、形勢はゼノンと占領軍対僕らは、クマ、ヴァルダ、グレタ、キキョウ、シギ、ミュクス、アレクサ、カルミア、エル、ニウブと僕、それと10人のはぐれ人。

 戦況を見て取ったカルミアが口を開く。


「こっちは20人の精鋭。そちらは100人の一般兵。どちらが強いかしらね?」

「何言ってるんですか! それに私の魔法を忘れましたかカーマイン!! 魔法で負けても、人数勝負なら負けませんよ!!」


 そう言い放つと、ゼノンは見えない魔法を解き放った。

 それを見て取った、カルミアが呟く。


「引っ掛かったわね……」

「え?」


 人質だった僕らを小舟から上にあげたマッチョなはぐれ人達も陸にあがってくる。

 ヒナゲシとイワ、それに8人の同じような体格のはぐれ人。

 魔法に頼って生活している幼気な女の子たち対、10人のエクスペンタブルズ。

 勝負は、数分で決した。

 何故かって?


「まさか、ゼノンの魔法無効化魔法を使ってくることまで読んでいたなんて! さすがナインシスターズの元リーダー!!」


 僕は、カルミアの完璧な作戦に感服していた。

 実は、ヴァルタとニウブはワザと捕まったのだ。

 確かに、ユキまで捕まえて来るとは僕は思ってなくて取り乱したけど。

 グレタが、僕を平手打ちして落ち着かせてくれたことで、何とか作戦を維持してくれた。

 ルークが陥落しないことも想定して備えては居たけど、やっぱり、16歳の女の子には司令官の荷は重かったみたいだ。

 彼女も、カルミアのことを相当慕ってたのが功を奏した。

 そんなことを考えていると、ニウブが横にやってきて肘で突いてくる。


「なんで、私には話してくれなかったんですか?」

「ニウブはおっちょこちょいだから、作戦バレちゃうかもしれないだろ?」

「ヒドイですー! この三ヵ月どれだけ落ち込んでたと思ってるんですか!!」

「でも、こうしてまた話せるようになっただろ?」


 僕は、そう言うと、彼女の頭を撫でてやった。

 ……なんだか、妹にしてあげてるみたいだな。

 突然、そんな思いが心に浮かんでくる。

 なんか変な感じだ。

 だって、僕には妹が居ないのに。

 居ないよな? 

 何か前後不覚になったような変な感じを覚えていると、ニウブが。


「また、これで子作り再開できますね!」

「ダメダメ!」

「何でですか?」

「だって、これから大海原へ繰り出すんだから!」

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