25.欲望の犬

「帰って来るの遅かったじゃない」


 普段から後光を纏って光り輝いているように見えるルークが話しかけてきた。

 薄い色見の金髪に、金のバレッタを付け、その顔はギリシャ彫刻のように整い神々しさすら感じる。

 横に控えているゼノンは、漆黒の長髪と目鼻立ちのハッキリした顔だが、ルークの自信満々な感じとは違い、どことなくおどおどしている印象がある。

 そんな二人に対して、グレタが返答する。


「順調な飛行だったので、なるべく遠くまで試していたんですよ」

「天気も良かったし、風も穏やかやったしなー。気持ちよく飛べてたもんやから、距離を伸ばしたんや」


 と、マーフィーが口を挟む。

 それを聞いたルークが苛立たし気に口を開く。


「そんなことより、なんで奴隷が居るの? 許可を与えた覚えはないんだけど」


 と言って、僕の方を指さした。

 グレタは憮然とした表情になり反論する。


「タスクさんは奴隷と言っても研究所の一員です。計器類や飛行状態のチェックをしてもらう担当としては最適の人材です。なんで、いちいち許可を取らないといけないんですか?」

「私は司令官として、すべてを管理下に置いておきたいの。特にこの奴隷は反逆者の一員として重要な役割を担ってきたのは事実。大体グレタ、あなただって一度は教皇都に反旗を翻した人間じゃない。そんなのが二人そろって勝手に最新兵器を使用しているのは看過ならないわ。特に監視役にマーフィー一人じゃね」

「言うてくれるなぁ~。だったら他の人に変えたらええやん! ほとんどグレタの電気で飛んだんやから、飛行艇飛ばすの私の魔法じゃなくても大丈夫やで」


 マーフィーが、うんざりした感じで言葉を口にした。

 そんな状況をオロオロしながら見ていたゼノンが、みんなを宥めようとする。


「まぁまぁみんな落ち着いて! 試験は上手く行ったんだし! 今度からは監視役を増やすってことで!」


 うすら笑いを浮かべながら宥めるゼノンの姿はどこか頼りなくみえた。

 それにしても、普段は、研究所の活動になど関心のなさそうなルークが珍しく見物に来たのは、飛行機がとても戦略的に重要なものだからだろう。

 現在は時速200キロ程度だが、気密性をアップさせて1万メートル越えの高高度を飛ぶようになれば、時速500キロも夢じゃない。

 そうなると、寝ずに飛べば、二日で世界の裏側にある教皇都に行くことだってできるのだ。

 今は小さな機体だけど、旅客機みたいな大型な機体だって夢じゃない。

 つまり、教皇都が世界全域を直接介入し支配を強めることができるのだ。

 ゼノンの言葉でなんとかその場は収まり、僕らは研究所に引き上げる。


「はぁ、あとはゴムを探しに行く許可を取れれば良いのですが……」


 と、研究所の席に着いたグレタがため息交じりに呟いた。

 それを聞いた、マーフィーが短く答える。 


「無理やろ」

「ですよねぇ~」


 元反乱軍側の僕やグレタは、軟禁状態みたいなもので、遠征の許可など下りないだろう。

 そして、村人や占領軍の兵士のほとんどが湖の南側を開拓造成に振り分けられている。

 なので、僕らの代わりに東南アジアまで遠征に行ってくれる人員を確保するのは当分無理な話なのだ。


 研究所で飛行データを記録したり、改良部分などを話し合った後、僕らは寺院へ。

 寺院の廊下を歩いていると、ちょうど部屋から出て来たニウブとすれ違った。


「あ……」


 監視兵といっしょに歩いてきたニウブが、僕らの姿を見つけた後、微笑みを返していた、どこか寂しさを湛えた表情で……。

 僕もそれを見て、無言で肯く。

 どちら側も、立ちどまることなくすれ違って行った。

 ニウブは、現在、何もしていない。

 研究所の人員からも外され、寺院の司祭からも、そして、学生たちの教師の役目も外されていた。

 戦略的には、彼女の魔法が重要だということを教皇都側も理解しているようで、いずれはまたヒストリアの魔法を役立てる時は来るかもしれないが、今のところは、何も役割を与えれて無かった。

 そして、僕と彼女の力でコハンの村の科学が発展し、教皇都に対抗する力を得た大きな原因ということで、僕らは話すことすら禁止されているのだ。

 

 その後、司令官の部屋に行き、遠征の打診をしたが断られた。

 新たな人員も、南側の造成が終わるまでは出せないと言われた。

 研究所に戻り、グレタが僕の耳元で囁く。


「プランBしかないですかね?」

「まだ、早いよ! だって、ユキのお腹が大きいうちはダメだよ」

「あなたが居なくても、育てられるでしょ? 大体、他に20人も居るじゃないですか、タスクさんの子は」

「グレタ、君は愛ってものが分からないのか?」

「偉大なる母神さまの愛なら分かってますよ。誰にでも分け隔てなく注がれる母神さまの愛なら。あなたのは、特定の一人だけを対象にした欲望じゃないですか? そんなものをこの世界では愛などと言えません」

「なんだと!」


 僕は立ち上がり、拳を強く握りしめた。

 そんな僕を見てグレタはせせら笑る。


「あらあら、図星を突かれて怒りましたか? 話には聞いていましたが、男というものは本当に暴力的なのですね。ここは老人とタスクさんだけだったから、半信半疑でしたが、いいサンプルを見せてもらいましたよ。己の暴力性で男が滅んだという伝説は本当みたいですね!」

「まぁまぁ、二人とも痴話げんかは止めときー」

「いつから居たんだよマーフィー?!」


 二人っきりだと思ってたら、いつの間にかマーフィーが部屋に入ってきていた。

 さらに、その後ろからセシルが近づいて来る。

 

「どうも、悠長な事を言ってられないかもよ?」

「セシル、どういう事よ?」

「飛行艇も完成したことだし、冬になる前に移動命令が出るかもしれないってこと」

「地獄耳で聞いたのか……」

「地獄耳って言うなー!」


 僕のつぶやきに、気の抜けた声で怒るセシル。

 セシルが聞いた話によると、僕やニウブ、グレタなどの研究所の主要メンバーが教皇都に移されるかもしれないということだった。

 そうなれば、残されたユキやハルのみならずキキョウやクマにも一生離れ離れになり、二度と会うことが出来なくなるだろう。

 

「なんとか、ユキを連れて行くことは出来ないかな?」

「安定期とはいえ、長距離の移動は体に良くありません。何かあったらどうするんですか?」

「はぁ、どうしたらいいんだ!」


 新たな問題を抱え、僕は家に帰った。


「お帰りなさい。あっ、どうしました?」


 僕は、ユキの顔を見るなり、たまらず抱きしめた。

 このまま彼女を残して行っても、ハルが付いているし、どうにか暮らしていけるだろう。

 でも、教皇都に連れていかれたら二度と会えない。

 それなら、プランBを……。


「話があるんだ……」

「出て行かれるんですね」

「何で知っているの?」


 僕はビックリして、彼女を離した。

 彼女は優しく微笑みかけている。


「一緒に暮らしているんですから、私たちが寝た後に、コソコソ機械を触ってるのだって知ってますよ。カルミアさん達と連絡を取っているんですよね?」

「知ってたのか……」


 物置に越してきた後、僕は秘密裏にモールス信号機を持ち込んでいたのだ。

 地下に埋められた配管を通って東にある山の山頂に作られたアンテナに繋がっている。

 追放になったカルミア達は、コハンの村から南に下った所にある海岸へ密かに造船所を造り、大型帆船の建造をしていたのだ。

 この計画には、追放になった人たち以外にも、クマとヴァルタが大きな役割を担っている。

 彼女たちは、南地区の造成で出た丸太を夜、密かに持ち出し、現地で船造りの手伝いもしていた。


「私たちの事は心配なさらずに、行って下さい」

「でも、君と離れたくないよ」

「あなたに出会ってからの、この9か月間。本当に幸せでした。私だってずっと一緒に居たいです。でも、この幸せは、タスクさんが自由を求めたから、出会えたんです。そして、この世界を変えようと奮闘したから愛し合えたんです。だから、自由の為に、この世界を変えるために戦うのを止めないで下さい。私たちのためにも」


 気丈に笑顔を保とうとする彼女の瞳からは涙が流れ、頬を伝わる。


「わかった……」


 僕は決意した、彼女のためにも、この世界を変えるために恐れず歩み続けようと……。

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