24.占領下の秋

 秋風が吹く中、監視兵に両脇を固められて湖畔の家へ帰って来る。

 玄関を入った所で解放された僕は、そのまま右奥の元倉庫だった部屋へと入って行く。


「お帰りなさいタスクさん」

「ただいま、ユキ。ハルはまだ帰ってきてないのかい?」

「今日は南側の開拓だから、帰って来るのに時間が掛かるのかしら」

「それじゃあ、歩いて一時間は掛かるな」

「先に食べてしまいますか?」

「いや、待ってあげようよ」


 占領から3か月、暮らしぶりは大きく様変わりしていた。

 あの夏の日、教皇都は千機ものグライダーと5千人もの人員を一挙に投入してきた。

 どうやら教皇都は、我々の持っている缶詰などの保存食の技術をスパイして獲得していたようだ。

 そして、こちらが予想だにしない5千人という教皇都周辺からの徴用兵までも投入し、新たに作った1000機のグライダーという想像を絶する戦力をここまでもってきたのだ。

 すでに大半の兵は帰還したのだが、残った約千人の兵と元々いるコハンの村人を使って、大規模な宗教都市の建設を行っているのだ。

 北側の森林を伐採して農地や放牧地の拡大、寺院から南側へ修道女の住宅地建築などに、ほとんどの住人がかり出されていた。

 やってきた住人もいれば、出て行った住人もいる。

 カルミアは裁判に掛けられたが、妊娠していたことが確認され村からの追放ということになった。

 カルミアに付いてシギやアレクサ、ミュクスと体力が無くて追放処分になった老人4人が一緒に村を出て行った。

 エルは妊娠してなかったことがバレて、教皇都に強制送還される直前に脱走し、行方知れずに。

 グレタとセシルは降格処分になったが、グレタは研究所の所長としての役割を与えられた。

 僕は取引の末、ユキたちと一緒に住むことを条件に研究に協力することに同意し、技術開発に専念するため子作りはしばらく行われないことになった。

 ユキたちの家は接収され、司令官ルークと副指令ゼノンが住んでいる。

 僕たちは、占領軍の一般兵と一緒に湖畔の家に住むことになった。


「お仕事は捗りましたか?」

「ああ、モーターを組み上げたから、あとは飛行艇に取り付けるだけだよ」

「それじゃ、もうすぐ遠征に出られるんですか?」

「どうだろう? グレタは一緒に行って欲しいかも知れないけど、司令官さまが許さないんじゃないかな」

「それは良かった。離れ離れになるのは寂しいです」

「僕も離れたくないよ……っと、お腹がまた大きくなってない?」

「もう! そんなことないですよ!」


 すでに8か月が経ち、ユキのお腹はかなり大きく膨らんでいる。

 司令官にムカつくことはあるけれど、ユキとお腹の子のためにも、問題を起こさないように慎重な生活を僕は心がけていた。

 しばらくすると、ハルが帰ってきた。


「ただいまー! あーしんどかった!」

「お帰りなさい! あらあら、いっぱい汚れちゃって」

「顔くらい洗ってから帰れば良かったじゃん」

「えー! めんどいよー! そんなこというならタスク拭いてよ!」

「あー、こら! 汚れた服で抱き着くな!」

「キャッキャッキャッ……」


 ハルがふざけて圧し掛かってくるが、軽いのでそんなに嫌な感じはしない。

 そのまま抱きかかえて、水場に行き、タオルを絞って顔を拭いてやる。

 なんというか、彼女は甘え上手だ。

 拭いてあげている間、猫のようなクリっとした目で見つめて来たかと思うと、ニコッと弾ける笑顔を満開にさせる。


「ありがとう。タスク大好き」


 そう言うと、彼女は口を尖らせて僕の頬にふざけてキスしてくる。


「こらこら、やめなさい!」


 ハルが着替えてから、みんなで食卓を囲む。

 ユキはハルに質問する。 


「ハル、今日の仕事は大変だった?」

「んー、そんなことないよ! 久しぶりにクマちゃんにも会えたし」

「へぇー! クマちゃん真面目に働いてるのか!」

「真面目と言うか、ヴァルタとかいう修道女と木を切り倒す競争に夢中で、私たちはほとんど見物してるだけみたいな」


 僕は、家の外では常に監視がついて、自由に行動できないため、クマやキキョウにもここ3か月会えていない。

 キキョウについては、電気モーター関連で研究所でも話題に出るのでちゃんとやっているのは知っていたが、建築や造成関連の仕事をしているクマについては、何やっているのかあまり知らなかったのだ。

 元の開拓団のメンバーがそれぞれ元気にしているのが判って、僕は少し安心した。

 しかし、気がかりな奴が一人だけいた……。


「どうかしましたか? タスクさん」

「何でもないよ! クマちゃんとも会えてないなぁってしんみりしただけ!」


 食事を終え、ちゃぶ台を片して布団を敷く。

 僕を真ん中に川の字になって就寝する。

 付かれていたハルが最初に眠りについた後、ユキが囁いてくる。


「ニウブさんのことが心配なんですね」

「えっ……。なんでわかるの?」

「妻ですから、そのくらい分かりますよ。タスクさんが私より愛している相手は彼女しかいませんもの」

「そんなことない! 愛しているのはお前だけ……」

「むにゃむにゃ……、うるさいー」

「大きな声だすと、ハルが起きちゃいますよ」

「だって……。ユキが変なこと言うから。他の女と子作りするのだって、嫌々やってたんだぞ」

「別にそれは良いですよ。子作りを楽しんでいたってかまいません。ニウブさんを愛しているのもかまいません。ただ……」

「ただ?」

「私のそばを離れないでいてくれたら」


 そのとき、彼女を永遠に失ってしまうんじゃないかという思いが浮かび、全身が震え恐怖が心を支配する。

 それとともに、孤独に包まれているもう一人の女の姿が脳裏をかすめた。

 貧しいながらも幸せな生活という幻想のなかに生きていることを僕は自覚している。

 何かひとつ足を踏み外すことで、それが一瞬のうちに消し飛んでしまうくらい脆くて儚いもので、連中に生鮮与奪を握られている自分は奴隷でしかないということを。

 ゆえに、徐々に暗闇に落ちこんで行くニウブに、僕は手を差し伸べることが出来ないでいたのだ。

 僕は目の前にいるユキを抱きしめながら、これでいいんだと心の中で自分に言いきかせ、眠りに落ちて行った。


 翌朝は、早くから湖に突き出た桟橋に連れていかれた。

 今日は、飛行艇の天井から生えたモーターの初試験をするのだ。

 全長約9メートル、翼の幅約12メートル、重さ約一トン、乗員5名。

 最前列には、背の高さが小学3年生くらいのおかっぱ頭の女の子が座っている。

 この子は、ナインシスターズのマーフィー。

 見た目と違って年齢は22歳。

 飛行専門の風魔法使いだ。

 その横には計器をチェックする役目で僕が座り、最後尾にはモーターに電気を送る銅線を握ったグレタが搭乗していた。


「それでは試験を開始します」


 ―グュイーーン!!


 天井からモーターの回転音が響いて来た。

 機体が桟橋から離れて行く。


「全開で行きます!」


 ―グォォォン!!!

 ―バタバタ、バタバタ!!


 緩やかに加速していき、底が跳ねたり、翼がバタつく。

 と、フッと振動が収まり機体が浮き上がる。

 しかし、揚力が足りず着水しそうになる。


「マーフィー!」


 グレタが叫ぶと、飛行艇はグングン上昇しだした。

 マーフィーが操縦桿を固定し、両手を広げて風魔法を使ったのだ。

 周囲の山脈を超える高度に達し、グレタは風魔法を止めさせる。

 機体上部のプロペラだけで飛行出来ている。

 僕は計器類を読み上げる。


「高度1200メートル、速度は230、電気系統以上なし」

「今のところ順調ですね。あとは出力調整の結果を記録していきましょう」

「そうだね。お! もう東京湾に出たよ! やっぱり飛行機は早いな」


 僕とグレタが試験の成功を喜びあっていると。


「なんか、飛び上がってからマーフィー必要ないやん。やっぱ、電撃使い二人の方がええんとちゃう?」

「そんなことないですよ! 飛行専門のマーフィーにしか操縦桿を任せられません!」

「そうそう、飛行専門のマーフィーさんが居なくちゃ、安心して試験出来ないよ!」


 何かとネガティブになりがちなマーフィーを僕らは必死で持ち上げた。

 彼女は年上なのに、司令官のルークなんかに足で使われる可哀そうな役回りが多く、僕らに愚痴ることが多いのだ。


「お世辞でも、そこまで言ってくれるのは君たちだけやわー。グレタが司令官ならええのになー!」


 なんとかマーフィーが気を取り直したようで、僕らはホッと胸をなでおろして試験飛行を続けた。

 数時間の試験飛行を問題なく終え、僕らは湖へと帰還した。

 飛行艇から降り、桟橋を歩いていくと、司令官ルークと副指令ゼノンが待ち構えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る