19.歳差運動
「ユキ、あの事はしばらく黙ってろ……」
「タスクさんがそうおっしゃるのなら……」
回復してきたユキに僕は耳打ちした。
この場でアノことを話すのは得策ではない。
ユキとハルを守るためには、僕は何だってするつもりだ。
僕は傍にいたキキョウの方に振り返る。
「この人はユキ、あっちはハル。姉妹で僕の事を助けてくれた恩人だ」
「そ、そうなのか……。なんか、調子悪そうだけど大丈夫なのか?」
「ここのところ体調を崩してて、でも心配は要らない。あ、それより仙人!!」
村人以外に、奴隷の老人たちも催涙弾の唐辛子パウダーをまともに喰らったのだ。
一番年寄りの仙人は大丈夫なのか僕は心配になった。
「ちょっと、仙人の様子を見て来る!」
僕は、いまだ呻き声をあげている奴隷の集団へと駆け寄った。
どうやら、爺さんとおっちゃんが建物から逃がしてくれていたようで、仙人もその場にいた。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃねぇよ! まだ涙止まんないよ」
「なんとか命だけは助かって良かったがのう、死ぬかとおもったぞ」
「フガフガ! フガフガ!」
仙人も大丈夫なようで、天に右手の人差し指を突き付けながらいつものようにフガフガ言っている。
それを見て、おっちゃんが呆れたように頭を振る。
「またかよ仙人! この人、どんな時でも北を指さしてフガフガいうよな」
「何か伝えたいんじゃろうが、言葉が喋れないと、さっぱりわからん」
「ホントそうですよねぇ~、言葉が判れば……あ!」
その時、僕は思いついた。
言葉が判らなくても、ニウブのヒストリアの魔法を使えば、何を考えているのか探ることが出来ると。
僕はニウブの方へ呼びかけた。
「おい、ニウブ! こっちに来てくれ!」
「何ですか、タスクさん」
ニウブはトテトテと走り寄ってきた。
「タスクさん、あの仲よさそうな女の人たちはなんですか?」
近寄るなりニウブが、いきなり聞かれたくないことを聞いてきた。
「それは、後々話すから! 今は、ヒストリアの魔法で、この仙人を見てくれないか? この人は言葉が喋れないんだ。何と言っているのか知りたい」
「良いですけど……」
姉妹の事ははぐらかし、仙人を見てもらうように頼んだ。
ニウブは、何事かを訴えかけている仙人の目を覗き込む。
仙人の方は、いつもの調子でフガフガ言っている。
「何言ってるか判るかニウブ?」
「フガフガ!」
「星空の北極点を観測して歳差運動を確認しろ! と言ってます。あ、星空の図が見えます!」
「どういう事だ?」
「フガフガフガガ」
「今は白鳥座デネブとこと座ベガの中間に北極点がある。と言ってます」
「は? 地球じゃないのに地球と同じ星座が見えるわけないじゃん」
「フガフガ、フガガガガガガ!!」
「北の空に、夏の大三角形が見えているだろ馬鹿もんが!! と言ってます。へぇ~、星と星を結ぶと三角に見えるんですね!」
僕は仙人の指さす北の空を見た。
しかし、鬱蒼とした森の中にあっては、夜空をよく見ることが出来ない。
この世界に来た当初、空に北極星もそれに連なる北斗七星も見ることが出来なかった。
それからは、特に星に興味のない僕は、星座の事など考えたりしなかったのだ。
もし、この世界で地球と同じ星の連なりが見えるのなら、ここは地球ということになるのか?
僕はシギに頼んで、上空へ運んでもらう。
星の事に興味のない僕でも、北の空に明るく光る3つの星が確認できる。
確かに、夏の大三角形っぽい。
北の星空を眺めていると、シギが説明してくる。
「ああ、あの3つの星は、空を飛ぶときに目印にするよ~」
「え? そうなの!」
「うん、だって、一つ一つは位置が動くけど、全体ではあんまり方向は変わらないからねぇ~あの星たちは」
僕が知らないだけで、風魔法使いたちは星座を目印に使っていたのだ。
仙人の言った事が真実だと確認した僕は、すぐに仙人の下へ戻してもらう。
「フガフガ。フガガガガフガガ!!」
「ここは地球の一万年後だ。北極点を15分程露光した写真で撮れば判る!! と言ってます」
仙人の説明は続いた。
それによると、地球の北極点の空は、約2万6千年の周期で天体の位置が回っている。
元の世界では、地軸の向きに北極星があったが、今は白鳥座デルタ星が一番ちかい。
確かに、北の空を定点カメラで15分ほど撮れば、星の軌跡を頼りに、北の地軸から延びる中心点、要するに空の北極点が判るはずだ。
硝酸がある現在、硝酸銀で銀塩写真を撮ることは可能だ。
「じゃあ、ここは異世界じゃないってことですか?」
「フガフガ、フガガフガ」
「緯度を計測すれば、ここは日本だということも判るはず。と言ってます。日本ってなんですか?」
「日本は僕が居た国だよ。それより仙人! 結構この島を回りましたけど、富士山無いじゃないですか?」
「フガフガ! フガガフガガ」
「爆発したんだ! 爺捨て山が富士山のなれの果てだよ。と言ってます。富士山って綺麗な山ですね」
僕は、言葉を失った。
何から考えれば良いのだろうか。
僕の居た元の世界は、滅んだということなのか?
ここが1万年後の世界だとしても、僕の時代の残滓は何一つ残っていない。
富士山が崩壊噴火を起こして、日本だけが滅んだのか?
いや、そういう訳ではないだろう。
カルミアたちがそこまでウソをついているとは思えない。
それにプラスティックゴミすら無いのは何故なんだ?
海に捨てらたプラゴミは一万年経っても多少は残ってるはずだ。
都市部にガラスや鉄の溶けた塊だってあってもおかしくない。
造成された海岸沿いや、人工島の後だって無いじゃないか。
過去の遺物は、どうやって跡形もなく消え去ったのだろうか?
「大丈夫ですか、タスクさん」
「ああ、考え事してて……」
心配そうに見つめて来るニウブ。
僕は彼女の姿をみて、立ちどまってはいられないなと考える。
そうだ僕は、異世界だろうが、一万年後の世界だろうが、ここに生きている。
ならば、使える知識を利用してより良い世界を作ってやる!
今までは、僕の知識だけだったが、ここには10人の元の世界の住人がいる。
彼らの知識を引き出せば、より科学技術と文明の利器を再発明して行けるだろう。
そして、ここが地球ならば、地理的な知識を活用して、手に入れたい資源をより効率的に獲得できるだろう。
僕は、自分の考えをカルミアに話に行く。
「カルミアさん! この老人たちを連れ帰ってくれませんか?」
「この奴隷たちは、生殖能力が無いんでしょ? それに、村はそこまで人手が足りない訳じゃないし……」
「そうじゃなくて、知識として欲しいんです! 僕の持っていない彼らの知識をニウブに引き出して貰えれば、きっと世界はもっと発展していきます」
「なるほど、そういう使い方もあるのね。分ったわ……」
「良かったぁ~」
「でも、条件があるわ」
「え……」
カルミアは、僕の耳元に口を寄せて囁く。
「分かってるわよ。あの姉妹とのこと」
「な、何の事ですか……」
「はぐらかそうとしたってダメよ。二人とも抱いたの?」
「ち、違います!」
「じゃあ、姉の方だけね」
「何で分ったんですか?」
「そんなの、分かるわよ。それより、どうすればいいか分かるわよね? 拒否したら、あの子たちも置いていくわよ」
「わ、分かりましたよ。あの姉妹を守るためなら何でもしますよ」
「半年見ないうちに、大人になったわねタスクくん」
半年経って、考えが変わったわけじゃないけれど、僕には守らなければならないものが出来た。
そのためにしなければならないなら、何だって僕はするだろう。
ユキとハル、そしてユキのお腹の中に宿る僕の子を守るためなら……。
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