18.奪還作戦
いまだ残雪が残る森を、一頭の子熊が走っている。
子熊は、木々の間に隠れた一軒の小さな茅葺屋根の家を見つけると、警戒しながらゆっくりと近づいていった。
壁際までくると、耳をそばだてて中の様子を伺う。
『少し横になって休んだら、姉さま』
『ありがとうハル。でも、今日は私がご飯の準備をしなくては』
家の中にはどうやら姉妹だろうか、2人の女いるようだ。
着ぐるみを着たクマは引き続き、聞き耳を立てる。
『最近はずっと、彼が準備してくれていたものね。でも、今日は私がやるよ。代わりに、帰ってきたらいっぱいこき使ってやるから!』
『戻って来れるかしら?』
その後、家の中は沈黙に包まれる。
クマは、得られるものは無いと思い、森の奥へと進む。
その頃、エルが森の中の木々を伝っていきながら大きな家の屋根にたどり着いていた。
彼女は側面の板をナイフでこじ開け、内部に侵入する。
屋根裏から下を覗くと、縛られたニウブ達3人を見つけることが出来た。
見張りは居ないようだったので、エルはすぐに3人のもとへ降りて行く。
「あ、エル!」
「しっ! 紐を外すから」
「待ってください! あの、大変です! タスクさんが!」
ニウブが、紐を外されるのをあわてて止めさせた。
「タスクをも居るのか?」
「はい、昨日の夜に、どこからか連れてこられて。私がタスクさんの事を話してしまったばっかりに……。タスクさん子作り出来るのを隠してたみたいで、それまでは警戒の薄い所に居たみたいなんですが、今は、厳重に守られてるみたいで」
「下に居るのか?」
エルの質問に、セシルが答える。
「居るよ。今確認できるだけでも、他に20人は女が居るし。男奴隷も12人居る」
「僕一人では、助けられないな。いったん戻って、作戦を考えて来る。それまで我慢していてくれ!」
そう言い残すと、エルは元来た道を戻って行った。
そして、日が落ちた頃。
今度は、シギとイワ、エルが屋根裏から入ってきた。
彼女らは、静かに捕まっている者たちの紐を外すと、屋根の上につれてあがった。
そして、付近に潜んでいる仲間へ合図を送る。
建物の中にエルは一人だけ残り、慎重に階下へと降りて行く。
そして、天井を伝って、タスクが柱に縛り上げられている部屋にたどり着いた。
部屋には、他に2人の女が居た。
二人とも歳は30前後だろうか、背の高い一人は長髪を下で一本に結わいてあり、中背のもう一人は、肩にかかるくらいの髪を二つ結びにしていた。
そのうちの長身の方が、タスクに話しかけている。
「どうしても、私たちとは子作り出来ないというのかい?」
「痛めつけたって無駄ですよ。女性と違って、僕にヤル気が無ければ行為は不可能ですからね」
縛り上げられているタスクは、毅然とした態度で答えている。
その態度に苛ついたのか、中背の方がタスクに近づいて行って、ナイフを取り出し、彼の股間を反対の手で鷲掴みにして突き付けた。
「使えないんなら、切り取ってやろうか!」
「ぎゃぅ!」
「やめろ、焦るんじゃないよ」
長身の方が、もう一人を諫める。
そして、優しくタスクに話しかける。
「お前、あの姉妹の家から連れ出されるとき、変だったよねぇ?」
「え?」
「あの姉妹も、あんなに連れていかれるのを嫌がったのはなんでなんだろうね?」
「だ、だからどうしたっていうんですか」
「なぁ、あの姉妹とヤリまくってたんだろ?」
「違う!」
「なんで、そんな大声で否定するんだ? あいつらの事が好きなのか?」
「だからどうした!」
「フフッ、認めるんだぁ~。じゃあさぁ、あいつら姉妹のアソコにこのナイフ突き立てて、もう使い物にならないようにしてやるのってどうだい? ヤッてないなら関係ないもんな!」
「止めろ! あの子たちは関係ないだろ!!」
「じゃあ、どうすればいいか分かるよねぇ~」
そう言うと、彼女らはタスクのズボンを下ろしに掛かろうとした。
その隙を突いてエルは、天井から下に降り、背後から二人の頭を殴って気絶させた。
「エル!!」
「これを早く着けて!」
縄を解かれたタスクは、エルから渡されたゴーグルとガスマスクを着けた。
エルは普通の人間には聞こえない音のする笛を吹いてから自分もマスクを被り叫んだ。
「さぁ、作戦開始だ!」
すかさずエルは催涙弾を部屋の外へ投げ入れる。
『ゴホッゴホッ!! 苦しい!! 息が出来ない!』
『目が痛い!! 前が見えないよ!!』
『助けてくれ! 鉄球が邪魔で動けねぇ!!』
部屋から出たエルは、催涙弾をさらに放り投げる。
建物中に居た奴隷村の住人と奴隷は、床に転がって苦しむか、外に這う這うの体で逃げ出した。
外に出た住人は、キキョウとグレタの電撃により動けなくなり、クマがまとめて縛り上げる。
最初の催涙弾から10分も掛からずに作戦は成功をおさめた。
20人の村人が縛り上げられ、男奴隷12人も地面に座らされた。
騒ぎを聞きつけてやって来た老人や若い女たちは、その惨状をみてすぐさま降参した。
中の様子を確認していたタスクとエルは、最後に建物から出て来た。
それを見たニウブが最初に駆け寄る。
「タスクさん! 迎えに来ました!」
「うわわわ、ニウブ!」
勢いよく飛びついて来たニウブに、バランスを崩して倒れ込むタスク。
押し倒した状態で、ニウブはタスクの顔を覗き込む。
「心配してましたよ。ちゃんとご飯は食べてましたか?」
「ああ、ちゃんと食べさせてもらってるよ」
「もう、勝手に一人で何処か行っちゃダメですよ」
「いや、僕は捨てられたんだけど……」
その様子を離れた所で見ていたクマとキキョウ。
「おい! クマ、お前から行けよ」
「いやや、恥ずかしい」
「着ぐるみ着てんだから恥ずかしくないだろ!」
「そんなんより、次逢ったら告白するってキョウちゃん言ってたんやから、キョウちゃんが行けばええねん!」
「そんなこと言ってねぇよ!!」
そんなやり取りをしていると、最後にユキとハルの姉妹が遅れて駆け付けた。
「タスクさん!」
ユキはそう叫ぶと、立ち上がろうとしていたタスクに近付こうとした。
しかし、キキョウが行く手を阻む。
「誰だお前!」
「キキョウ止めろ!」
タスクが語気を強めて叫び、慌ててユキのもとへ駆け寄った。
彼女の目の前に来ると、心配そうに話しかける。
「走っちゃダメだよ。身体を大事にしなきゃ」
「だって、タスクさんに何かあったかと思って心配で……」
「私も言ったんだけど、お姉ちゃん聞かなくて」
遅れて来たハルが、呆れた風に両手を上げた。
すると、ユキは屈みこみ少し吐いた。
慌てて、タスクは彼女の背中をさする。
「大丈夫かユキ? 少し横になるか?」
「ううん、平気。吐いたら楽になったわ」
その様子を見ていたシギがカルミアに話しかける。
「あの、これって、アレだよね?」
「………………」
「カルミア? あっ……」
「詳しく聞かなくちゃならないわね」
シギが横目に見たカルミアは青筋をピキピキさせて、打ち震える怒りを必死に治めているように見えた。
その後、紆余曲折があったが、ユキとハル、あと生殖能力のある2人の奴隷以外の10人の奴隷がコハンの村にやってくることになった。
カルミアは、隠れ里の住民もコハンの村にやってくるように誘ったが、山の氏神に対する信仰が厚いため無駄におわった。
奴隷の老人たちについては、体力的にはあまり役に立たないが、知識を役立てることができるんじゃないかとタスクが考えて、連れて行くことになったのだった。
それは奪還作戦の夜、言葉の喋れない仙人とニウブが出会ったことに端を発する……。
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