17.冬の囲炉裏端

 粗末な小屋の囲炉裏端で、僕は何をするでもなく彼女たちを見ている。

 右手に座るユキは、籐を編んで籠でも作っているのだろうか?

 屈んだ姿勢が肩に来るのだろうか彼女は時折り、手を首や肩に持っていく。

 彼女が自ら肩を揉むときに、目をギュッと閉じながら小さな口がわずかに開かれ吐息が漏れる。

 その静謐な中に現れる艶めかしさに僕は目が離せない。

 僕に見つめられていることに気付いたのか、ユキはチラッとこちらに視線を合わせると、蠱惑なな微笑みを返してきた。

 僕を見透かすようなその視線に耐えられず、首を垂れる。


 すると、囲炉裏の反対側でゴロゴロしてたハルが、「姉さま、タスクに肩を揉んでもらいなさいな」と言ってきた。


「でも、ハルちゃん。来たばかりで、そんなこと頼むの恥ずかしいわ」

「何言ってるの。タスク来てからずっと所在なげにしてたよ? 頼ってあげた方が喜ぶと思うわ。ねぇ?」


 そう言うとハルは、僕の方を向いてイタズラな笑顔を見せてきた。

 僕は何処を見て良いやら目が泳ぎまくるが、何もやることが無いよりずっと良いと思い、ユキの方を見て発言する。


「お世話役っていうのは、お世話するのが仕事なんですよね。だったら、肩を揉ませてもらえませんかユキさん?」

「はい……」


 僕が近づいていくと、ユキは後ろ髪をまとめて前に持っていった。

 後ろから見る無防備なうなじにドキドキする。

 僕はそっと彼女の両肩に手を掛け揉んでいく。


「くぅ、うん。あぁ、はぁ……」

「ずいぶん凝ってますね。カチカチですよ」

「はむぅ、タスク……さん。お上手です……ね」

「そうですか? ここに来てから、爺さんたちの肩揉んでやっても、やれ力が弱いだとかもっと強く揉めとか文句ばかり言われてますよ」

「はぁ、はぁ、そうなんですの? タスクさんの手、気持ちいですよ」


 そう言って彼女は振り返り、紅く染まった頬と潤んだ眼と半開きの口

を見せてきた。

 僕は、魅了されて手が止まってしまう。

 すると、彼女は身体を倒して僕に寄りかかってきた。


「ちょっと、疲れました……。しばらく、このままに……」

「は、はい!」


 彼女は身体をまわして、僕の胸元に頭を寄せている。

 自分でも気づかないうちに、僕は両手を彼女の身体にまわして抱き寄せていた。

 僕は、何か今まで感じたものと種類が違う感覚に戸惑う。

 なんと言ったら良いのだろうか?

 そうこれは、まさに”小悪魔”という奴なのか。

 清純で控えめな振りをして、いきなり懐に飛び込まれた。

 プラトニックな思いで彼女を見ていたのに、もはや、この子を滅茶苦茶にしてやりたいという性的な感情に支配されている。

 僕は、震えを止めるために彼女を抱く腕の力を強くする。

 

「ふーん、なるほどねぇ~。タスク、そのまま姉さまを押し倒したら?」

「ハッ?!」


 いつの間にか間近に佇んで、僕らを凝視していたハル。

 彼女の発言に驚き、僕はユキの身体を慌てて離した。


「な、何を言ってるんだ?」

「だって、そのために連れてこられたんだから」

「一体どういう……」




 僕がハルに聞き返そうとする最中、ユキがハルの頬を平手打ちにしていた。


「なんで、邪魔をするの? そんなに私に死んでもらいたいの?」

「邪魔なんかしてないよ。隠している方が騙し討ちみたいじゃん!」

「それは……、誤解されたくないから」

「誤解? 何それ! ただの身体目当てのくせに!」


 ―バシッ!!


 もう一度、ユキが平手打ちをすると、二人して取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 しかし、喧嘩はすぐに一方的な展開になり、ユキがハルの上に馬乗りになり首を絞め始める。

 僕は、さすがにヤバいと思って止めに入るも、興奮した二人が収まる気配が無い。

 そこで、僕はハルを抱き寄せるかたちでユキからの攻撃をガードすることで、なんとか喧嘩は収まった。

 二人が落ち着きを取り戻したので、ハルから離れようとしたが、彼女は僕の身体に腕をまわしてくっ付き離れようとしない。

 そして、上目遣いで僕を見上げながら話しかけて来る。


「最初に見つけたのは私だから、私が最初にタスクを好きになったんだから」


 ……え? これって愛の告白?!

 あれ? 今までもエッチのチャンスとかはいっぱいあったし、ムフフな事もたくさん経験してきたけど……、告白されたのって人生で初めてじゃないだろうか?

 しかも、こんな可愛い子に好きなんて言われるなんて……。

 お姉さんの方にばかり気を取られてたけど、ハルだって滅茶苦茶かわいいし、幼すぎるかなとか思ったけど、実は17歳だったし、僕もちょっと良いなとは思ってたし、これは相思相愛って奴じゃないか!

 そんなことを考えて頭が一杯になっていると、後ろからすすり泣く声が聞こえてきた。


「うぅ……。私だって、愛しています。ぐすっ、身体目当てなんかじゃありません! うぅ……」

「あの、ちょっと二人とも落ち着いて! ちゃんと説明して!」


 僕は、なんとか二人を座らせて事の次第を説明してもらうことに……。



「まず、なんで僕がここに呼ばれたんですか? お世話役だけが理由じゃないですよね?」

「それは、私と子作りをして欲しいからです」

「でも、僕は性的に不能ですよ?」

「それは嘘だよ。だって私、見たもん。私は、一目見た時からタスクに夢中でずっと追いかけてた。家の近くに寄った時は必ず姉さまを覗き見して、アソコを立ててたでしょ?」

「うっ!」


 クソ! 隙を狙って覗き見してたのに! バレてたとは……。


「ごめんなさい。私の事を好いているは知っていました。でも、そのことが判ってからは、逆にタスクさんの事を思うようになって、いつの間にか恋して……。だから、子作りのためだけに呼ばれたと思われたくなかった。愛し合った末に結ばれたかったんです」


 ちょっとユキには疑念が無いわけでもないが、ホントにそう思ってくれているなら、彼女と一緒になるのは何の障害も無い。

 でも……。


「だとしても、なんで急いで子作りをしないといけないんですか?」

「それは、春になったら生贄として姉さまが殺されるからよ。それを避けるには、妊娠するしかない」

「生贄?」

「私たち姉妹は魔法が弱いのです。この村の掟で、人減らしの為も有るのでしょうけど、氏神さまに使えない女は20になったら生贄として捧げられるのです。逆に生贄なのでこうやって丁重には扱ってもらえるのですが。どちらにしろ死を避けるには妊娠するしかありません。妊娠したら子育てで役に立ちますし」

「なるほど、子作りできる男は、年長者に囲われているし、相手として使えるのは他の奴隷というわけか」

「でも、タスクさんを愛しているのは本当です。だから、お願いします。私を抱いてくれませんか?」


 愛のない子作りを否定して追放された僕。

 ここにきて、愛してくれる女性が現れた!

 しかも、密かに僕が思いを寄せていた女性が。

 彼女が生贄にされるまで、あと残り2か月弱。

 僕は、いったいどうしたらいいのだろうか?

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