16.春の訪れ
山の雪解け水が川を増水させ、新たな命が芽吹く頃。
冬眠中の様だったコハンの村も、目を覚ます。
地面を耕し、種を撒く。
そして、春の嵐が過ぎた頃、ニウブはカルミアのもとを訪れる。
カルミアの新しい住まいは、北から湖に流れ込む川を越えた先に、ポツンと建つ石造りの小さな平屋だ。
南側は一面ガラス張りで湖を望むテラスに繋がり、中は仕切りのない20畳ほどの開放的なワンフロアにキッチンや風呂、ベッドなどが一緒になっていた。
「カルミアさん、天気も落ち着いて来たし。そろそろ迎えに行っても良いんじゃないでしょうか?」
「うーん、どうかしら? もうちょっと暖かくなってからでも良いんじゃない?」
「もー! 雪解けしたときも同じこと言ってましたよ! 春になったら迎えに行くって約束したじゃないですか!」
「そんなこと言ったって、春になったばかりで私とシギは畑仕事で忙しいし、余裕無いわ」
「ううう……、そんなぁー」
「もう、すぐ涙目にならないで。そうねぇ、気球一機使って良いから、イワとアカネに頼んだら?」
「本当ですか! じゃあ、私とイワさん、アカネちゃん、クマちゃん、キキョウさん、グレタさん、ミュクスちゃん、セシルちゃんで行ってきますね!」
「なんで、そんな大勢で行くのよ?!」
「だって、くまちゃんとキキョウさんは最初から一緒に探しに行くって言ってたし、セシルちゃんの音魔法で何処にいるか探せるし、ミュクスちゃんがセシルちゃんと一緒に飛べば空から探せるし、グレタさんはしっかり屋さんで仕切ってくれるし」
「必要なのはセシルくらいじゃない! やらなきゃならない事がいっぱいあるのに、そんなに出せないわ。イワ、アカネ、セシル、ニウブちゃんの四人で行きなさい!」
ニウブは、すぐさま寺院に戻り出発の準備を始めた。
その日の夕食時。
「心配ですね。戦闘力のある魔法使いが一人もいないじゃないですか」
グレタが捜索隊のメンバー構成を聞いて、意見してきた。
それを聞いたセシルが不安がる。
「何出るか分からないし、心配だよぅ。ねぇ、グレタ! こっそり付いて来てよ」
「それはダメです。決まったことを勝手に無視するのはいけません」
グレタの意見に、ミュクスも口を挟む。
「そうだよセシル。姉さまにお仕置きされちゃうよ?」
「ええー。それは、ヤダよ~」
「大丈夫ですよ、みんな! だって、爺捨て山にはおじいちゃんしか居ないんだから」
ニウブがみんなを宥める。
しかし、グレタが楽天的なニウブに苦言を呈する。
「ニウブ、最悪な状況も考慮に入れておかないと! 少なくともナイフと爆薬、煙幕、催涙弾くらいは持っていきなさい」
「えー! セシル大きい音苦手だよぅ~」
「私も催涙弾は……」
催涙弾と言っても唐辛子パウダー入れた袋の事だ。
ニウブは、実験の時にゴーグルとマスクをちゃんと付けてなかったので、隙間から侵入した唐辛子で痛い目に遭っていたのだ。
「ダメです! 持っていきなさい!」
「「はーい……」」
最終的には、グレタが捜索隊の色々な準備をしてあげるのだった。
そして、翌日。
4人は、気球で爺捨て山に向けて飛び立っていった。
「みんな、平気か? 何かあったら、俺に言ってくれよな!」
イワが、周りに声を掛けた。
彼女は、なんだかウキウキしているようだ。
そんなイワに、嫁のアカネが、
「なに、可愛い子たちと一緒だからって、張り切ってんのよ?」
と言って、イワの耳を引っ張った。
「痛ててててて! もう、やきもち焼くなよアカネ。愛してるのは、お前だけだよ」
「もう、キザなんだから!」
すぐに、二人はラブラブの新婚カップルに戻るのであった。
そんな二人を見てセシルが口を開く。
「なんだか、微笑ましいね!」
「そ、そうかなぁ~?」
「そうだよ~。ニウブちゃんだって、タスクくんとラブラブしてたじゃない? セシルは羨ましいなぁって思ったもんさ~」
「え? どこかですかぁ?」
「イワさんたちと同じように、いつもくっついてたじゃんかー!」
「あれは、タスクさんのママとして、ギュッと抱きしめてあげたり、頭ナデナデしてあげたりしてただけですよ。愛情の種類が違いますぅ!」
「じゃあ、セシルがタスクくんにしてもいいの?」
「それは、ダメですよ。ママは二人も要りません!」
「やっぱりイワさんたちと同じだと思うなぁ~」
「違いますぅ! イワさんたち恋人同士みたいな。XXXやXXXを舐めたりとか、指をXXXXXXXXXXX……」
ニウブは反論のつもりか、いきなり卑猥な行為を事細かに説明しだした。
それを聞いたイワは慌てて止めさせようとする。
「おい! ちょっと待て! 夜の営みを大声で話すんじゃない! だいたい修道女がなんで、そんな性的なことに詳しいんだよ?」
「そんなのお世話係の常識じゃないですか? 奴隷が何も知らない童貞だったときに、ちゃんと子作りできるように色々教えないといけないし」
「教科書にそんなに詳しく載ってなかったような気がするけどなぁ~」
「詳しい先輩に、ヒストリアの魔法を使って教えてもらいました」
「勉強熱心だもんね。ニウブちゃん……」
ニウブは自慢げにしていたが、周りの三人は、ちょっとというかかなりヤバい人を見る目で彼女を見るようになった。
気球はやがて、山頂が広く陥没した荒地になっている奇妙な山へ。
「人が見当たりませんね~」
「私が探してみるから、静かにしてて!」
セシルは気球の籠から顔を突き出し、目を閉じて精神を集中させる。
「どう? セシルちゃん」
「うーん、下の森の方が人の気配がいっぱいで、山の上は分かんないなぁ~」
「あれじゃねぇか? 冬山は厳しいし下山したんじゃ……」
イワが呟いた。
「イワさんの言う通りかも。よし、セシルちゃん、森の人が居るところへ案内して!」
「わかったぁ~」
こうして、ニウブ達はタスクの捕まっている隠れ里の方へと気球を降下させていった。
その頃、コハンの村では。
「なんで、ニウブ達だけで迎えに行ってんだよ!」
「なんでや~」
「迎えに行くだけで、そんなに人は出せないわ」
「すぐ行って帰って来るだけだろ? 仕事に影響なんてねぇよ!」
「ないわ~」
「もう、わがままなんだから」
キキョウとクマは、自分たちの知らぬ間に4人がタスクを迎えに行ってしまった事をカルミアに抗議していた。
「春になったら、みんなで迎えに行くって約束だったじゃねぇか! よし、シギ! 俺とクマを爺捨て山まで連れてけ!」
「なんで、私が! カルミアが許可しないんなら、協力しないよ」
「ちっ、裏切り者が!」
「クマちゃん、一人で走って行くで!」
「おう! 俺もおぶって行けよ!」
「クマちゃん、あなた場所わかるの?」
「わからへん」
「なんだよ! 期待して損したじゃねぇか!」
「ともかく、今から追いかけても、帰って来る途中じゃないの? 夕方には帰って来るだろうから、おとなしく待っていなさい」
なんとかカルミアに説得されて、キキョウとクマは捜索隊の帰りを待つことになったのだが……。
「もう、真っ暗じゃねぇか!」
日が落ちてしばらく経ったが、捜索隊は帰ってこなかった。
カルミア達は寺院に集まって帰りを待っていたのだ。
「うーん、なにか手間取ってるのかしら」
カルミアも、心配そうな顔をする。
それを見たグレタが呟く。
「一応、護身用のモノは持たせたんですが、なんせ平和主義のふたりと元はぐれ人では……」
「確かに、不意を突かれたら対応できないかもしれないわね。朝になっても帰ってこなかったら、みんなで向いましょう」
寺院に集まった皆で相談をしながら待っていると、深夜になって寺院に駆け込んで来る者がいた。
「大変だ! みんな捕まった!」
叫び声の主はイワだった。
彼女は、一人逃げて来たのだ。
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