4.帰らない客
「……というように、空気を温めると膨張して比重に対する体積が増えます。そのことによって、周りの空気よりも軽くなり上昇するんです」
集会所では、普段通りの授業が行われている。
新しく取り入れた理科の授業では、ニウブが喋る横で僕が助手として参加していた。
僕は今、アルコールランプで中の空気を温めた紙風船が、浮き上がるのを見せている。
「わぁー! すごい! こんな風に浮いてたんだー!」
と感嘆の声をあげたのは、村人の女学生ではなく、なぜか見学をしているヴァナモ……。
彼女らは、すでに一週間も居ついている。
村の技術が興味深いので残っていると話していたが、どう見ても、村の可愛い子たちが目当てなのはバレバレだ。
連れのアルマも最初のうちは、早く帰りましょうと催促をしていたが、ヴァナモの興味が自分から他に移ったことで、資源調査隊のペアを組んでから初めて伸び伸びと生活できることに気付き、それからは、何も言わなくなっていた。
秘密を知られているためか、カルミアも早く帰れとは言えずにいたのも一因かもしれない。
もう一つの理由として僕が考えているのは、僕とカルミアの子作りを阻止しようとしてるというものだ。
カルミアの熱狂的なファンだったヴァナモ。
彼女が、カルミアと僕の子作り予定をニウブから聞かされた時の驚愕ぶりといったら……。
午前の授業も終わり、女学生たちは仕事前の昼食を取りに、自分たちの家へと帰って行った。
残った僕らは、いつものように自分たちの昼ご飯を一緒に作ることに。
ヴァナモが居ついてからは、僕もご飯の準備は一緒しているのだ。
なぜなら、知らない所でヴァナモに毒を盛られる心配が有るから。
前に一度、ヴァナモが料理を振舞ってくれるということになり、それを食べた僕は、3日間寝込むことになった。
今でも、絶対に何か毒でも入れられたんじゃないかと疑っている。
「また、そうめん? たまにはお昼は違うもの食べたいわー」
「文句言うなら、さっさと大陸に帰れよヴァナモ」
「奴隷がきいた口叩くんじゃないわよ!」
「うわぁーん! ヴァナモがいじめるぅ!!」
僕はこれ見よがしに、ニウブに抱き着いて泣いたふりをする。
「よしよし、大丈夫ですよ。ヴァナモさんもあんまり厳しく言っちゃダメですよ」
「だってぇー! ニウブちゃん。あ! こいつ笑ってる!」
隙を見てはニウブにちょっかいをだしてくるヴァナモ。
過剰なスキンシップ攻撃からニウブを守るために、僕は傍を離れずに鉄壁のガードをしつつ、時折り甘える姿を見せつけて、ヴァナモに嫌がらせをしている。
ただ、そのためには昼間はずっと一緒に居なくてはならないので、研究が捗らなくなっているのも事実だ。
……さっさとこいつに帰ってもらう方法は無いものか?
僕は打開策を探るために、ニウブと一緒にプールへ向かった。
なぜプールへ?
それは、一人パラソルの下でくつろぐ長身の女性に会いに来たのだ。
「アルマさん! こんにちは」
「こんちわっす」
サングラスにビキニ姿のアルマは、そのスラっとしたスタイルも相まって、リゾートでくつろぐセレブそのものといった感じだった。
ヴァナモが付いてこなかった。
なぜなら、女同士、裸で温泉に入るのは大好きなのに、プールで水着姿をさらすのが嫌だかららしい。
「先輩の考えは理解不能っす。裸同士ならいいけど、普段は露出の多い服も苦手とか言ってますよ」
「ところで、今日来たのは……」
「そろそろ帰れってことっすよねぇ~。言われなくても分かってるんすけど、どうやってヴァナモ先輩を説得すればいいやら?!」
「僕チョット考えたんですけど、ヴァナモの苦手なモノって何か無いですか?」
「うーん、男は苦手かなぁ~。先輩は村に奴隷の世話で配属されたり、修道会の奴隷関係の仕事には付きたくないから資源調査部来たって言ってましたね。だから、タスクくんがいつも近くに居ればストレスになるんじゃないっすか?」
「確かに嫌われてますけど、出て行くまでには至ってないです」
「うーん、ヴァナモさんは嫌いじゃないけど、カルミアさんとタスクさんの子作りが滞るのは困りますぅ! なんとかならないかなぁ~」
「そうっすねぇ~。あっ! ちょっと大きな声で話しにくい方法なんで……」
アルマは僕に耳打ちしてきた。
「なるほど! それは、上手くいきそうだ!」
「どんな方法ですか? 私にも教えて!」
僕はニウブに耳打ちする。
「そんな方法で、本当にヴァナモさん帰りたくなるのかなぁ?」
「ああ見えて、潔癖症なところあるっすから」
「ニウブは慣れてるから判らないんだよ」
ニウブは疑問なようだが、僕は確信した。
絶対に、ヴァナモは逃げるだろう。
なぜなら、これを彼女にとって、絶対に受け入れられないことだろうから……。
ということで、僕はニウブと相談して作戦を立案した。
そして、すぐさま決行しようという話に……。
ニウブと別れた後、僕はある場所へと急いだ。
到着した後、すぐさま連れ立って飛んでくるであろう二人から、見えないように身を隠す。
準備を整え、じっと待っていると、ヴァナモがニウブを連れ立って飛来した。
「うれしいわ! ニウブちゃんから誘ってくれるなんて!」
「そ、そんなことない、で、ですよ!」
緊張でニウブは言葉に詰まるが、ヴァナモは気にしてない様子だ。
「わたし、ちょと、とてきたいモノ有るんで! 先に温泉入っててください!」
「え? うん……。わかった」
ヴァナモは少し怪訝そうな顔をしたが、ニウブを見送った後に服を脱ぎだした。
……よし! かかったぞ。
ヴァナモは、長袖ロングスカートの黒衣を脱ぎ、黒い下着姿に。
几帳面に服をたたむと、その上に下着を脱いで重ねた。
ゆったりとした服の上からは判らなかった、グラマラスな白い肉体が露わになる。
手でお湯をすくって身体に掛け、足の先からそろりと温泉に入って行く。
……今だ!
「やぁ! ヴァナモくんも来ていたのかね!」
「え?」
僕は、草むらから飛び出し、一糸まとわぬ男の裸体をヴァナモに見せつける。
「ギャー!! 来ないで! 汚らわしい! あっちへ行きなさいー!」
「そんなこと言いながら、顔を隠した指の間から覗いているのは判っているんだぞ!」
「ち、違う! これは、空間を把握するために……ううぅ」
「あれれれ? いつもの威勢のよさはどこいったのかなぁ~?」
僕は、ずんずんと温泉の中に入りヴァナモの方へ向かう。
しかし、水の深さが膝上辺りの所で立ちどまった。
なぜなら、ヴァナモが服を取りに戻るには、僕の横を通って行かなければならない場所だからだ。
ヴァナモはのぼせ上がるまで、温泉に浸かって裸身を隠すか、飛び立って、僕に裸を見られるしかないのだ。
どのみち、彼女の苦手な汚らわしい男の裸体と男性自身は目に焼き付いたことだろう。
「うわーん! 誰か助けてぇ~!」
ヴァナモは温泉に深くつかりながら一番奥まで後退っていた。
しかし、僕からの距離は10メートルも離れていない。
「ハハハ! これに懲りて、大陸に帰ることだな!」
「くっ、ここまで鬼畜変態奴隷だったなんて! 私としたことが迂闊だったわ……」
「村に戻っても、帰らないなら、これからは一日中全裸で過ごしてやる! どうだ! 参ったか?」
「ぐぬぬ……」
こうして、ヴァナモは翌日、アルマを連れ立って大陸へと帰ることに同意した。
「長い期間滞在させていただきありがとうございました」
「いえいえ、大陸に戻ってからも頑張ってね」
「はい! また、機械が有れば遊びに来ますね!」
「ええ、そうね……」
カルミアは少し顔を引き攣らせながら答えた。
「さ、行きましょう先輩!」
「じゃあねニウブちゃん!」
「さようなら元気でいて下さいねー!」
資源調査隊の二人は、北の空へと飛び立っていった。
こうして嵐のような資源調査隊の来訪は終わりを告げ、僕とカルミアの子作りが始まるかに見えたが……。
「やっと、白金探しが出来るわね」
と、カルミアが呟いた。
まだ、最後の一仕事が残っていたのだった。
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