3.資源標本

 翌朝、ヴァナモとアルマの調査隊とシギとニウブの開拓村側のペアは、砂金の出る川と近隣の鉱脈を一緒に確認して回ることに。

 視察は順調に進み、調査隊側は砂金の豊富さに満足し、開拓村側も村から2時間以内で行ける鉄・銅・鉛・錫・珪石・大理石などの鉱脈を確認出来た。

 しかし、ニウブ達にはこの後に行う策略が準備されていたのだった……。


 そして、別動隊の僕とキキョウは、山の上の温泉脇で彼女たちが帰ってくるのを待ち構えていた。

 果たして、温泉脇のやぶの中から空を見上げて待っていると、2つの影が飛来してくるのが判った。

 僕らは音を立てないように、静かに移動を始める。


 二組が温泉脇に降り立ち、ヴァナモが最初に言葉を口にする。

「一緒に付いて来たけど、ここは、何?」

「ヴァナモさん達、疲れたでしょ? 湖畔の家に帰る前に温泉一緒に入るのなんてどうかなと思って!」


 突然のニウブの誘いに目を輝かせるヴァナモ。


「ニウブちゃんとシギさんと温泉……。是非! 入らせて!」

「待ってください先輩! 日が暮れないうちにガラス制作を見学しないと!」

「大丈夫ですよ! 夜になったってガラスは作れますから!」

「ニウブちゃんもそう言ってるし、温泉入りましょうよ!」

「でも……」

「なに? 私がアルマちゃん襲うとでも思ってんの? 私はどちらかというとカワイイ系が好きなの! だから大丈夫よ」

「いえそういうわけじゃ……、つうかよく言えますねそんなこと」

「もう! これは隊長命令です! 一緒に温泉に入りなさい!!」


 湧き出す温泉に降り立った4人は一緒に白濁した湯に浸かって汗を流す。

 僕らはその様子を物陰から見ていたのだ。


「くっそ! 湯気が邪魔して良く見えないじゃないか!」

「おい! タスク! おまえ目的を忘れて無いか?」


 物陰に隠れた僕とキキョウは資源標本を奪うために待ち伏せていたのだ。

 二人はゆっくりと脱ぎすてられた衣服に近づいていく。


「キキョウは、4人の動きを見張ってて!」


 僕の言葉に無言でうなずき、4人を注意深く見張るキキョウ。

 恐る恐る脱衣に近付き、僕は資源標本を探す。


「すごい、こんな透けて見えるセクシーなレースのパンティ履いてるのかヴァナモさんは! え? あんな真面目そうなのに、アルマさん! 黒のティーバッグ!!」

「お前は何をしているんだよ……」


 キキョウから注がれる軽蔑の視線を無視し、僕は探索を続けるが……。


「無い。ここにも……、無い。どこにも無いぞ!!」


「くっそ! 部屋に隠したか? キキョウ! 温泉に行って時間を稼いでくれ! 僕は急いで山を下りて部屋を漁る!」

「時間稼ぐって……おい!」


 僕はキキョウを残し一人、山を駆け下りて行った。

 30分くらいかけて湖畔の家にたどり着いた僕は、玄関から飛び込む。


「カルミアさん! 標本は持ち歩いていません! 部屋に隠してあるはずです!」

「それなら、急いで探さないと……」


「そう言うことだったのね……」


 玄関口から聞こえてきた声、そこに立っていたのはヴァナモだった。


「キキョウちゃんが入って来た時、なんか出来すぎ! と思って急いで帰ってきたら……。このことは、上に報告させてもらいます」


 ヴァナモは、僕らに対して厳しい口調で言葉を発した。

 もはや、作戦は失敗に終わってしまうのか。

 僕はすっかり諦めてしまった。

 しかし、カルミアが、


「仕方ないわね」


 とつぶやいたかと思うと、頭に巻いた布を取り去り、その顔をヴァナモに晒した。


「あなたは……」


 大きく目を見開き、後ずさりするヴァナモ。


「やっぱり、知っていたのね」


 カルミアは腕を組んで、ヴァナモに厳しい視線を送る。

 カルミアに睨みつけられたヴァナモは徐々にその顔をさくら色に上気させ、怯えた顔からうっとりとした歓喜の表情へと変化していく。


「カーマイン様!!!」 


 ヴァナモは狂喜して、カルミアの前に跪(ひざまず)き拝み倒している。


「カーマイン様!ああ、どれだけお慕いして・・・ああどうしましょう?!」

「カーマイン様って?」


 僕は状況が飲み込めずポカンとしていた。


「ナインシスターズの紅蓮のカーマインを知らないなんて!」

「それは僕が説明しよう!」


 と玄関の方からエルの声が聞こえて来る。

 皆が振り返って見た視線の先には、もちろんエルが……、ただし黒髪の……。


「なに? なんて、神々しく美しいお方!!」


 ヴァナモが、口もとを手で押さえ感嘆の言葉を呟いた。

 イケメンでありながら、そこはかとなく倒錯した色気を漂わせているエル。

 いつもと違って、ゆったりしたロングスリーブの白いドレスを着ている。


「教皇の寵愛を受ける9人のカリスマ。大陸の修道女たちに絶大なる崇拝を受ける女神。この世界で右に出るものなど居ない魔法使いの精鋭。それが教皇の親衛隊、通称ナインシスターズ。そのなかでも9人の頂点に立ち9人を統べるもの、それが、紅蓮のカーマイン。カルミアの捨て去った元の呼び名……」

「あなたさまは……?」

「カーマインの名を捨てさせた張本人、カルミアの愛を独占し、教皇の手から辺境への逃避行を共にした愛人(ラ・マン)さ」


 エルは歩みを進めて、カルミアの隣に並び立ち肩に手をまわした。


「そう言うことだったのですね……。2年前カルミア様が退官されたとき、お慕いしている修道女みな悲嘆にくれましたわ。でも、すべてを捨て去ってまで愛を……、なんて素敵な!」


 ヴァナモが感動で目をウルウルさせて二人を見つめている。

 そんな中、カルミアが目を細めてヴァナモを見下げた。


「どうするの? 大陸に持ち帰って笑い話にでもするのかしら?」

「そんな! お会いしたことは一切口外いたしませんことを固く誓います! お二人の尊い愛を教皇都に邪魔などさせません! どうか! どうか! お許しくださいカーマイン様ぁー!」

「その名前は、今後一切使わないでちょうだいね」

「は、はい! カーマ、カルミア様……」

 

 後でエルからウソだと説明を受けたが、この時の僕は、ホントに二人が付き合ってるんじゃないかと半分信じかけた。

 だって、鉛鉱山でのシギとカルミアの熱い接吻を見ていたし。

 ともかく、何とか危機を回避したが、結局は資源標本から白金を手に入れる事には失敗してしまった。


 しかしその夜、ヴァナモとアルマの歓迎会を寺院で行っている時に、白金についてヴァナモの方からカルミアに話かけてきた。


「これは、極秘なんですけど、北の島に砂白金が採れる場所が有るんです」

「最初に聞いたときは、見つけられなかったって言ってたじゃないの?」

「資源調査隊は秘密主義なので、本当の事は話さないようにしているんです」


「北の島って、どのくらい遠いんですか?」


 二人の会話を横で聞いていた僕は、ヴァナモが去った後にカルミアに質問した。


「3日は掛かるんじゃないかしら? それに、北の方は人が住んでないから色々と大変ね」

「気球で行くにしても、食料をかなり積まないとまずいですね」

「取るのにも時間がかかるし、現地調達できる人材も連れて行きたいわ」

「となると、キキョウかエルが必要になるか……」

「川を堰き止めるのに、アレクサを連れて行くから、あの子に魚を取らせれば大丈夫よ」

「じゃあ、僕とカルミアさん、シギさん、アレクサの4人ですね」

「ともかく、あの子たちが帰ってからね」


 カルミアの視線の先では、ニウブと楽しそうに話しているヴァナモと、それを白い目で見ているアルマの姿が有った。

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