2.カルミアの秘密
資源調査隊の存在によって、大陸には金属類を扱う技術があることを知った。
ということは、大陸から来たカルミアは鉄やガラスについて知っていたのに隠していたということだ。
寺院に戻った僕は、カルミアに声を掛ける。
「訪問者は大陸の資源調査隊でしたよ。彼女たちの事は知っていたんですかカルミアさん?」
「そうね……。でもそのことについては、会議が終わってから話しましょう」
カルミアは、いたずらっぽい笑みを僕に向けた。
その後、会議は再開され、滞りなく議事が進む。
そして、最後の議題をカルミアが口にする。
「さてと、最後の議題ね。ヒナギクの担当する工事が終われば、一応のところの村の開拓は一段落するわね。水車が出来れば、鉄の溶鉱炉の他にも、あっちに作った新設のガラス炉も稼働させられるわ。となれば、私の役割も次の段階に移れる。つまりは、リーダーの役割をヒナギクに委譲して、私はタスクくんとの子作りに専念させてもらう。みんな、異論はないかしら?」
『意義なーし!』
会場から一斉に声が上がった。
資源調査隊に気を取られていて、すっかり忘れていた。
今日の一番の議題は、僕とカルミアさんとの子作りだということを。
僕は呆然と立ち尽くしていると、横に居たニウブが嬉しそうに話しかけてくる。
「どうしたんですか? タスクさん! いよいよですよ!! ワクワクしてきましたね!!!」
ニウブの胸元では、紫に輝くアメジストが揺れている。
僕の思いとは裏腹に、ニウブはようやく訪れた子作りの機会に興奮気味に期待しているのだ。
……ニウブの望みなのは分かってるけど。
僕の心は、童貞卒業よりも大切なものを失うんじゃないかという不安におびえていた。
そして、この世界に来た当初に、カイリの村の性奴隷ノエルに聞かされたことが思い起こされる。
”……この世界で、女に恋しちゃ……命とりになるぜ”
愛する人のとなりで、他の誰かを抱き続ける。
そのことに、自分は耐えられるのだろうかと僕は心の奥で自問自答し続けてきた。
しかし、答えの見えない不安のままその日が現実のものへと近づいている。
「タスクさん! カルミアさんに聞くことが有るんじゃ?」
「あ、そうだった!」
僕は不安をとりあえず横に置き、カルミアに質問しに行く。
「大陸にはガラスや鉄は存在したんですよね? カルミアさん。なんで、知らないふりなんかしたんですか?」
「ガラスや鉄を知っていても、作り方までは知らないわ。でも、いずれ必要になることは分かってた。アルミニウムもね」
「どういうことですか?」
「あなたとニウブちゃんの力を試したかったのよ。特にニウブちゃんね」
「え? わたし!?」
ニウブは口をポカンと開ける。
「あなたをここに配属するように、アマンダに頼んだのはわたし。もっと言えば、辺境に連れてきたのもそう」
「なんで? なんで私なんか?! 役立たずなのに」
「それは、自分で思ってるだけよ。あなた程、正確に知識を引き出せる人は他に居ないわ。ただそれを役立てる頭脳を持った人が居なかっただけ。あなたたちのお陰で、いずれ近いうちに、この辺境の島の技術力は大陸を凌駕するものになるわ」
「カルミアさんは、この開拓村でいったい何をしようとしてるんですか?」
僕の質問に、カルミアはゆっくり寺院の広間を歩き廻りながら、考えを思い出すように話し出した。
「この世界は滅びかけてるわ。それは、女しか生まれない呪いの所為だけではないの。未来に希望を持たずに過去の因習だけをひたすら信奉して、問題を先送りにしている教団の責任は重いわ。だから、召喚者の世界から知識を取り入れることを考えたの」
「でも、それなら大陸でも出来たんじゃないですか?」
「あっちは監視が厳しいのよ。他と違うことをしていたらすぐに潰されてしまうわ。だから、世界の果てのほとんど見捨てられた地まで来たのよ」
「それで、大陸も凌駕するような文明を築いてどうするつもりなんですか?」
「それは人類が進歩するため、この呪いを解くカギを探るため、そして未来に向けて新しいものを生み出すため」
「カルミアさんは本気でこの世界を変えようと思っているんですね」
「そうよ。そして、そのためには……」
カルミアは立ちどまって、僕らに向き直り答える。
「どうしても、ニウブちゃんが必要だって思ったの」
その後、僕とニウブとカルミアは、ある目的のために資源調査隊に会いに行くことにした。
湖畔の家への道すがら、僕はカルミアに質問する。
「ニウブに全部任せて大丈夫ですかね」
「私も不安です」
「そのヴァナモっていう子の話を聞く限り大丈夫。そういうタイプは手に取るように分るわ」
「だったら、カルミアさんが」
カルミアは反論しようとするタスクの唇に指を当て黙らせて、
「ヴァナモは私の顔を知っている可能性があるわ。今の段階で大陸に知られるのはまずいと思うの。だから、顔を会わせたくないのよ。大丈夫! ニウブちゃんならやれるわ」
と励ましの言葉を紡いだ。
そして、ヴァナモ達の状況を知らせにやって来たアレクサと合流し、4人で調査隊に会いに行くことになった。
「”ぜひ、リーダーのカルミアさんにお会いしてお話を伺いたいですわ!”だってさ」
アレクサがカルミアに伝えた。
「ニウブちゃんに代わりに説明させるから承知しといて! あと、エルの事は……」
「釘を刺しといたよ。あと、カルミアが風邪をひいて声が出ないって設定も、ちゃんと伝えておくから……。そこまでする必要あるの?」
ヴァナモ達がもし顔を知っていた時の用心のため、カルミアは顔に布を巻きつけて目だけ出していた。
「絶対! 私のファンよアレは……。エルの事ももちろん知ってるでしょうね」
僕とニウブは、カルミア達の後ろを少し離れて付いてきていた。
「あの恰好は、怪しすぎない?」
「日差しの強い地域では見ることもありますよ! この辺りでも農作業なんかしてる時には、ああいう姿よくみますし」
「ともかく! 今一番欲しいのは、白金だな。やっとおしっこを活用できる」
「おしっこ置き場、しばらく行ってないけど大丈夫かなぁ……」
4人で家に入って行くと、ヴァナモとアルマが大広間で待ち構えていた。
「あなたがカルミアさんですか!」
いきなりカルミアに迫るヴァナモ。
とっさに、アレクサが間に入ってガードする。
「お姉ちゃん風邪ひいちゃって、声が出ないの! だから代わりにニウブが説明するわ!」
「え? お加減悪いんですか? 大丈夫ですか?」
必死に顔を覗き込もうとするヴァナモの侵入を必死に防御するアレクサ。
「ゴホゴホ!」
カルミアは、わざとらしくせき込む。
「うつるといけないので、部屋で寝ていてもらいます!」
そう言うと、アレクサは姉を自分の部屋まで連れて行ってしまった。
「残念! お美しい方と訊いていたのにぃー!」
「先輩……。仕事しましょうよ」
悔しがるヴァナモをなま暖かい目で見つめるアルマ。
「ヴァナモさん! 代わりに私がガラスの作り方をお教えしますね」
「そうね! カルミアさんに会えなかったけど、私にはニウブちゃんが居るわ!」
ヴァナモは、ニコニコしてニウブの手を握った。
「……ということで、塩水を炭素電極棒を使って電気分解してるんです」
ニウブは魔法で得たガラス作りの知識をヴァナモたちに説明している。
ヴァナモは、知識に感心があるのかニウブに感心があるのかにわかに判断できない態度で熱心に聞き入っていた。
「へぇ~。海藻を使わないでそんな方法でソーダ灰を作っているのね!」
「ただ、もっといろいろなものの性能良くしたいので……。白金を使いたいんですよ! どのあたりで採れますか?」
「白金は無いわね。ねぇ? アルマちゃん」
「はい、見つけたことが有りません」
「そうよね。私も探索標本以外で見たことないわ」
「探索標本ってなんですか?」
実際には、カルミアに聞いて知っていたが、初めて知ったかのように質問するニウブ。
希少金属の詰まった探索標本は、出来れば手に入れたい品物だった。
「音魔法使いのアルマちゃんは同じ音が返ってくるもの探せるの。だから、あらかじめ探索標本に用意された物質なら近くに同じものがあるか探せるというわけ」
「へぇ! アルマさん凄いんですね! その標本って見せてもらえますか?」
……よし! 良いぞ、意外と演技イケるなニウブ。
僕は、ニウブの横で感心しながら交渉の行方を見守っていた。
「アルマちゃん! 見せてあげて」
「駄目に決まってるじゃないですか!」
アルマは、何言ってんだこの先輩は! といった目でヴァナモを見ている。
「えー? 硬いこと言わずに~」
「なにを考えてるんですかっ! この標本は枢機卿猊下から直々に勅命を受けて預かってる大切なモノなんですよ! 世界に10個も無い……」
「だってー……。ゴメンねニウブちゃん! この子お堅いから」
「先輩がユルユル過ぎるだけっす! ともかく、ガラスの作り方は教えていただきありがとうございました! 行きましょう先輩」
ヴァナモの暴走を危惧したのか、話を打ち切ろうとするアルマ。
「あの! 砂金の取れる川を教えたら、あまり必要ない資源の鉱山、その場所を教えてもらえますか?」
僕は交渉が失敗しそうになったのを見て、たまらず横やりを入れた。
「なによいきなり。奴隷がわたしに話しかけて良いと思ってるの? お黙りなさい!」
「先輩! 金が採れるって言ってるじゃないですか? 標本はダメでも、取引した方が……」
「うーん、確かに金は欲しいわね……。良いわよ、鉄以外の金属が無いようだし。そうね、銅やア錫の在処でどうかしら? もちろん、銀や宝石はだめよ」
「それで、良いです……」
僕はなんとか交渉がまとまってホッとするとともに、ヴァナモは厄介なタイプだなと心から思った。
その夜は、ヴァナモはエルの部屋、アルマはニウブが以前使っていた物置に泊まることになった。
そして、翌日。
僕たちの考えた作戦が、上手くいくかに見えたのだが……。
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