1.資源調査隊

 夏祭りの翌日。

 朝から寺院では、村人全員が集まっての定期集会が開かれていた。

 学校の教室くらいの広さしかない集会所は、50人近くまで増えたコハンの村の人口に対してはチョット手狭になってきた。


「全員揃ったかしら?」

「カルミアさん! エルとクマちゃんがまだ来てません」

「朝から山の温泉行くって言ってたよ~」

「相変わらず自由だなぁ、あいつら」

「ほっといて、さっさと始めましょうよお姉ちゃん」

「そうね。では、定期集会を始めます!」


 壇上に立ったカルミアが皆に向けて宣言した。

 

「まずは建築班のヒナゲシから報告をお願い」


 カルミアの言葉にツーブロックにした銀髪をかき上げて立ち上がった、長身の中年女性。

 ヒナゲシと呼ばれた彼女は開拓団の元首領だ。


「水車はほぼ完成しているよ。残すは送風機との接続と試験のみ。3日以内に稼働できると思う」

「ありがとう、ヒナゲシ。では、貿易調査班のイワ」

「おう! ガラスの人気は相変わらず凄いぜ。特に新商品の色付きガラスのアクセサリーは取り合いになってるな。鉄鍋や包丁も徐々に使い勝手が評価されて需要は増えてきてる」

「鉱山の方は?」

「北側の海辺にあるキタガタ村の近くに、いろいろ有りそうだが、掘り返すには人が足んねえぜ」

 僕はその話を聞いて立ち上がる。

「カルミアさん。その鉱山近くの村人に採掘をお願い出来ないですかね?」

「そうねぇ。そろそろ村の中だけじゃなくて、外部にも頼る時期に来たかもしれないわね。私とシギで交渉に行くことにする」

「僕も一緒に行っちゃダメですかね?」

「今回は無理よ。キタガタ村の情勢が判ったら行っても大丈夫か考えていも良いけど」


 僕は、ガクッと頭を垂れた。

 まぁ、仕方ないか。

 事情の分からない村に行って拉致されたら大変だもんな。

 そんな事を考えていると、集会場にエルが飛び込んで来た。


「カルミア! コハンの家に見たことない修道女(シスター)が二人やって来たよ!」

「それは大変ね。シギ! 行ってあげて。私たちも後から向かうわ」

「分かったよ~。お客さんの相手してくる~」


 シギは直ぐさま、湖畔の家へ飛んで行った。

 エルは、次にニウブの方へ寄ってきて話しかける。


「ニウブ! 今日はここに泊めてくれないか?」

「どうかしました?」

「ん? なんか泊まりたい気分なんだよ」

「私は、いつでも大歓迎ですよ!」


 定期集会は、いったん休憩ということになり、先に僕と開拓団の初期メンバーが見に行くことに。

 ただし、カルミアとエルは話したい事が有るということで、後から合流することになった。



「おお~! きたきた!」


 湖畔の家に入ると、床に寝かされた紫髪の修道女と彼女を膝枕で介抱している、黒髪ポニーテールの修道女が目に飛び込んで来た。

 そして、その周りに立つシギとクマ。

 アレクサが二人に話しかける。


「いったい、何が有ったのよ?」

「それがねー」


 シギの話した内容は、大体こういう事だった。

 湖畔の家の上空で、ひとりオロオロしていた紫髪の修道女を見つけた。

 彼女に話を聞くと、熊に仲間が襲われて家の中に引きずり込まれたということだった。

 その話を聞いてシギが、


「あークマね。あの子イタズラ好きだから」


 と答えると、彼女は。


「イタズラで食べられるんじゃ! どうしよう?!」

「食べたりはしないよ~! 頭取るだけ」


 そうすれば、中身の人間が判るだろと言おうと。


「えー! 頭を引きちぎる! なんて野蛮な……」


 と彼女は勘違いして気を失ってしまったらしい。


 僕らが話し込んでいると、ポニーテールが、座ったまま謝ってきた。


「あ、あの! 突然お邪魔してすみません!」

「そっちの奴は、大丈夫か?」


 キキョウが、訊ねた。


「はい、ちょっと気を失ってるだけっす! 大丈夫だと思うっす」

「あ!」


 突然、ニウブが驚きの声を上げる。


「あなた方は……」

「ああ、君はこの村の司祭か!私らはカレン枢機卿直属の辺境資源調査隊だ。私はアルマ、こちらはヴァナモ隊長……」


 同じ修道女を見つけて安堵し、饒舌になるアルマ。


「枢機卿幹部の方にお会いできるなんて光栄です! わたしは、この村の司祭を任されているニウブです!」

「ねぇねぇニウブ! 枢機卿と辺境資源調査隊って?」


 僕はニウブに耳打ちして訊ねた。


「東方教会支部の一番えらい人がカレン枢機卿ですよ。その直属の方々なのでとってもエライんです。辺境資源調査隊は……何でしょう?」

「う、ううん……」


 周りの話し声が刺激になったのか、ヴァナモが目を覚ました。


「気がつきましたか! ヴァナモ先輩」

「ああ、アルマちゃんおはよう……」


 しかし、ヴァナモは覚醒した後、アルマの次にクマを見てしまう。


「く、くまに女の子が食べられてる!!!」

「んなわけないやん!」

「ヴァナモ先輩……、違いますよ」


 アルマは、ヴァナモを瞼を細くして見つめている。


「え? え、え?」

「ふふふふ……。私と同じですね!」


 自分と同じイタズラの引っ掛かり方をしたヴァナモを見て微笑むニウブ。

 そんな天使のような笑顔を見たヴァナモは……。


「わ、かわいい……」


 瞬間で恋に落ちたようなトロンとした目を……。

 しかし、それだけに留まらず。

 周囲を取り囲む美少女を見渡して夢見心地に。


「なんて……美少女ばかり!! ここは天国?!」


 なんだろう? 僕と同族のにおいがする。


 僕は、頬を赤らめ周りを囲む美少女にうっとりしているヴァナモを見て、何か厄介な奴が来たんじゃないかと凄く不安な気持ちになった。


「カレン枢機卿の勅命の元、この辺境の島にある金や銀、その他の貴金属資源などを調査しているんです」


 大広間のテーブルでは、落ち着きを取り戻したヴァナモが自らの仕事を説明していた。


「ということは! 鉄の鉱山や銀、白金、アルミなんかの有る場所も知っているんですか?」


 僕が興奮気味に身を乗り出す。


「ええ……、そうね。てか、奴隷の分際で気安く話しかけないでちょうだい! 汚らわしい」


 え? なんか汚物でも見るような目で僕を見るんですけどこのひと!


 この世界に来てから初めて、女の人にあからさまに嫌悪されて僕はすごいショックを受けた。


「すみませんヴァナモさん! 怒るのが苦手なもので……。もう、め! ですよ! タスクさん!」


 ニウブが頬を膨らませて、まったく怖くない叱り方をしてくる。


「いいのよニウブちゃん! そんなカワイイ叱られ方するのなら、私の方が奴隷になりたいわ……」


 うっとりとニウブを見つめるヴァナモ。


「こいつガチやべぇ奴なんじゃないか、アレクサ?」

「そうね。でも、修道会ではこういうの珍しくないわよ……」


 キキョウとアレクサがひそひそ声で話しあっている。


「それで、何しにここにきたん?」


 クマが珍しくまともな質問を投げかけた。


「はい! ガラスをこの村で作ってるって聞いたんで、調べに来たんです!」


 うっとりしているヴァナモの代わりにアルマが答える。


「ええ、作ってるわよ」


 アレクサが鼻高々といった感じで話した。


「ぜひ作っているところを見せてほしいの!」


 ヴァナモが身を乗り出して興奮気味に懇願してくる。


「今は……ちょっと、材料切らしてるから……」


 アレクサが、歯切れの悪い答え方で言った。

 え? 材料なら豊富にあるじゃん。

 何で嘘をついているんだ?


「そうなんですか……。じゃあ、作れるようになるまでしばらく滞在させていただくわ」

「ちょっと、お待ちを!」


 アルマが引き攣った笑顔を見せた後、ヴァナモを部屋の端っこの方に引っ張っていく。


「先輩! 良いんですか? これ以上道草くってたら、カレン枢機卿猊下(すうききょうげいか)に怒られませんか?」

「良いも何も、作ってるのは判ったんだから! ちゃんと確認しないと。猊下には私が言うから……」

「はぁ、一度言い出したら止まらないからなぁ先輩……」


 頭を抱えて、しゃがみ込むアルマ。

 それを尻目に、ヴァナモはニウブのそばへテトテト近づいて行くと。


「ということで、ニウブちゃん! 寺院に泊まらせてもらえるかしら?」


 満面の笑みで、ニウブに懇願した。


「ちょっと待った!」

「え?」


 慌ててヴァナモとニウブの間に割り込むアレクサ。


「寺院は出来たばかりで手狭なので、この家に部屋を用意させてもらいます」

「私の部屋なら広いからだいじょう……」


 そう言いかけたニウブの襟首を掴み、アレクサは耳元で囁く。


「食事とかいろいろこっちに泊まってもらった方が都合がいいでしょう?」

「は、はぁ」

「すぐに準備しますんで! しばらくお待ちを! 他のみんなは会議が終わってないでしょ!」

「「「はーい!」」」


 アレクサに追い立てられて、住人は寺院へと戻って行った。




「あやしい……」

「ん? どうしましたタスクさん」

「あやしいと思わなかったかアレクサの行動?」


 僕は、慌てて調査隊を寺院に行かせなかったことに違和感を感じていた。


「若いのに気が利くなと感心してました!」


 逆に、鈍感なニウブはまったく意に介してない様子。


「そ、そう……。そうじゃなくて! カルミアもエルもだよ」

「ああ!エル!!彼女のパジャマどうしよう?私のじゃ小さいし……」


 エルの名前が出て、急に今夜のお泊りの心配をしだすニウブ。


「エルは野生児だし、裸で寝ると思うぞ」

「え? そうなんですか?! うぴゃー! 同じベッドで寝るのに……、目のやり場に困りますぅ!!」

「そんなことより! カルミアさんに聞かなきゃいけないことがある」


 僕の頭にはカルミアに対する、ある疑念が浮かんでいた。

 そのことを問い質さなければという思いを胸に、僕は寺院への帰路を急ぐのだった。

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