エピローグ 訪問者

「村の調査は、本来の目的に無いのに大丈夫なんですか先輩?」


 フードを深く被った黒衣の女が、手をつないだ先の先輩に話しかける。


「何言ってるの! アルマちゃん。見たでしょ? ガラスよ! ガラス!」


 同じくフードを深く被った先輩と呼ばれた女が、興奮気味に言い返した。


「はぁ、確かに見ましたけど。大陸から誰かが大量に持って来て捌いたんじゃないんですかね?」

「それこそ! 交換で貴金属を手に入れていたのなら大変なことよ! 誰かに先を越されたことになるじゃないの」

「考えすぎですよ、ヴァナモ先輩。だって、銅鍋すら無くて、せいぜい土鍋ですよ! 原住民にそんな知識ないですよ」

「アルマちゃん。そういうところが考えが浅いって言われるところよ。砂金集めくらい原住民だってやっているわ! ともかく! そのコハンの村に急ぐわよ!」


 ……ああもう! 限界! 帰ったら、絶対部署変えてもらおう。


 夕闇の迫る空を飛びながら、アルマは心の内で固く誓った。

 資源調査で、辺境のトウゲン島に来たのは良いが、立ち寄った村でガラス製品を見てからヴァナモ先輩は本来の目的そっちのけで、ガラスを作った人間を探し出すのに我を忘れたかのように熱中しているのだ。

 アルマの言うことなどまったく聞く耳を持たず、風使いのヴァナモに連れまわされる日々。

 音使いのアルマは、自分の金属探知の能力を役立てることもなく、何をやらされているのだろうと途方に暮れていた。


 そんなこととは、つゆ知らず、まくし立てるヴァナモ先輩。


「いろんなものが手つかずの辺境の島だから、私たちが調査してるんでしょ? もしかしたら隠れて貴金属を作ってるかもしれないじゃないの! ともかく、そのカルミアだかいうリーダーは大陸移民だそうじゃないの?」

「はい、カイリの村での話だと、いろいろ知らない知識を教えてくれたそうです」

「それに、大量に塩を交換で貰って行ってるというのも引っ掛かるわ! 5・6人で使うには多すぎる」

「ああ、でもでっかい鉄鍋で大量に作ってたから安いんじゃないですかね?」

「鉄鍋? さっき土鍋しかないって言ってたじゃない!」

「え? あれ一つだけだし、大陸から持ってきたものだと思ったんで……」

「どれくらい大きい鉄鍋なの?」

「え? ヴァナモ先輩くらい……」

「それは、大きすぎね。そんなの作れるならもっと他のものも出回ってるわね。古の時代に船で運んだのかもしれないわ。ともかく、急いで向かいましょう!」

「あの、もう日が暮れるので……」

「ああ! もう……キャンプの準備!」

「はい先輩!」


 ……カイリの村を出るときにもう暗くなり始めてたんだから、村に泊まればよかったのに。


 もちろん、それとなくアルマは進言したのだが、ヴァナモは早くコハンの村に行きたい一心で、カイリの村を飛び出したのだ。

 しかし、ヴァナモは本来怖がりの性格だったので暗くなってからは飛ぶことは出来ない。

 ということで、その晩はカイリの村から大して離れてない海辺で野宿することに。


 アルマは枯れ枝や乾燥した流木を集め、持っていた火打石で火を熾す。

 ヴァナモは飛行用のポンチョを地面に広げて、即席の寝床を作った。

 携帯食料の木の実をかじり、少なくなった水筒の水を分け合う。

 食事も終わり、そろそろ寝ようかという頃、アルマが恐る恐る口を開く。


「せ、先輩。私はあっちで寝るので、ポンチョは一人で使って下さい」

「なに? 遠慮しなくて良いのよ。もっと、近くにいらっしゃい」

「いいんです! 遠慮じゃないです! 私は……、一人で安心して寝たい」

「アルマちゃん、最初の晩以来、一緒に寝てくれないわね。私、寂しいわ~」


 アルマが、先輩から離れたい理由……。

 それは、調査に来て、初めて泊まった夜の出来事が関係していた。

 大陸から渡ってきた初日、一緒の部屋に泊まることになった二人。

 布団を並べて、床に入ったまでは良かったのだが、アルマが深い眠りから目を覚まさせられる恐怖の出来事が夜中に起こったのだった。

 その時アルマは、身動きが出来なくなって、身体中をまさぐられる夢を見ているのかと思った。

 しかし、余りのリアルな感触に目を開けると、いつの間にかヴァナモが彼女の身体にのしかかり、服の中に手を入れて来ていたのだ。

 叫び声を上げると、ヴァナモは寝ぼけたように身体から離れて行ったが、アルマは絶対にあれは寝相が悪いんじゃない、確信犯的に襲ってきたのだと強く思ったのだ。

 それ以来、アルマは絶対に彼女とは一緒の部屋で寝ないことを固く誓ったのだった。

 ということで、アルマはその夜、ヴァナモから百メートル位離れたところで就寝した。


 翌朝。

 アルマが目を開けると、そこにはヴァナモの顔が接近していた。


「おはよう、アルマちゃん」

「ギャー!!!」


 アルマは叫び声を上げてその場から飛び退くと、身体の問題は無いかと両手で全身を撫でまわして確認する。

 とりあえずは、寝てる間にイタズラはされてはいないようだと安心した。


「あら、ずいぶんと元気よく起きるのね」

「な、な、何んで、私の顔を見てたんですか?」

「え? アルマちゃんの寝顔見たことなかったから、どんな風なのかしらと思って……」

「そういうの……、止めてください」

「どうしたの? 暗い顔して」


 ……セクハラで訴えてやろうか?


 アルマは早く仕事を済ませて、大陸に帰りたい。

 早く帰って、さっさと違う部署に絶対に移ってやる! と心に強く誓うのであった。

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