22.開拓村の夏まつり
コハンの村に来てから早3ヵ月。
夏を迎えたこの村は日々あたらしい出来事に満ち溢れていた。
畑の野菜もすくすく育ち、いくつかの種類は収穫期を迎え、食卓には新鮮な野菜が毎日並んでいる。
大量に採れたトマトなどの余った野菜や近海で採れるサバやイワシなどは缶詰にすることで、交易品にもなっていた。
そして、時間をかけて建てられていたクマの家もようやく完成した。
桟橋を50メートルほど進んだ先に建てられたその家は、地上3階水面下2階の細長い鉄筋コンクリート造で、以前住んでいたカイリの村の家ほどではないが、円筒状の壁から様々な構造物が突き出している。
そんな夏の暑い昼間、クマの家に僕とニウブはお邪魔していた。
「いいなぁ~クマちゃんの家! ベッドから周りの景色全部見えるの素敵です!」
「360度見渡せるのはすごいな!」
「にひひ……」
最上階の寝室は、柱のない360度すべてガラスを繋ぎ合わせた壁で囲まれ、中央から伸びる鉄骨の傘の骨組みに屋根がしつらえてある。
「でもでも! 晴れの日は暑くてありませんか?」
「氷で冷やしてるしー、もし溶けても地下があるしー」
「なるほど!」
クマの家の地下には湖の水を取り込む口が付いていて、そこから取り入れた水をアレクサが凍らせてストックしていた。
ちょうど湖の中にあるこの家より氷を作るのに便利な場所はない。
なので、アレクサが地下階が出来た時から氷工場として使っているのだ。
「ところで、クマちゃん! 家も完成したんだし、水車の方も手伝ってくださいよ!」
「えー、あれチマチマしてて面倒くさいやん。はぐれ人がやってるからええやん! それに、暑いからー、昼間は動きたくないわー」
最近の暑さで、新たな建築現場はどこも作業が滞り気味だった。
そして、クマも暑い季節になり、昼間の活動量が減ってダラダラしていることが少なくない。
もちろん、着ぐるみが暑いからという理由で……。
「クマちゃんは何で夏でも着ぐるみなんだ? 僕たちだって夏服に衣替えしたよ」
僕は、藍染の半袖短パンの甚平。
ニウブはノースリーブの涼しげな黒い膝丈ワンピに着替えていた。
しかも、アレクサに作って貰ったので、以前のツルツルスモッグと違って所々ギャザーの入ってふんわり感のあるオシャレなワンピースになっている。
「うーん? 守ってくれるから」
「確かに、防御力は高そうだけど……。今までの夏は暑いなかどうしてたの?」
「夏は川に入ってたで」
「ふやけちゃいません?」
「くまちゃん防水だから……」
結局、クマの手は借りられそうもなく地道に作って行くしかないようだ。
寺院に戻ろうと玄関に降りて来ると、ちょうどアレクサが地下から上がってきた。
「あら、良いじゃない? やっぱりオシャレしないとね」
「アレクサさん! 可愛いですけど、修道女が着て良いんですかね?」
「村の司祭でしょ! あんたは? 修道会でも偉い人は、良い服着てるし! アクセサリーじゃらじゃらさせてるじゃん!」
「あれはアクセサリーじゃなくて、お守りで……」
「まぁ、あんたもネックレスくらいタスクに作ってもらいなさいよ! ねぇ? タスク!」
「お、おう」
そう言うアレクサは、クリスタルのネックレスや腕輪や髪飾りをじゃらじゃら付けている。
確かに、アレクサの言う通りかもしれない。
日頃の感謝を込めて、何かプレゼントするにはいい機会かもしれない。
そんなことを考えながら、クマの家から桟橋を歩いて戻っていると、岸辺あたりで水しぶきと歓声が上がっているのが見え……。
「あーもう! また、サボってる!!」
叫んだニウブの視線の先にいるのは、水着に着替えて水遊びをしているエルとはぐれ人たちだ。
「おー! タスクも一緒に泳がないか?」
「工事はどうしたんだよエル! それにイワ達も……」
「こんな暑いんだよ! 根詰めてやってたら参っちゃうよ! なぁ~みんな?」
「「「んだ! んだ!」」」
そして、そんなはぐれ人の先には、木陰で寝そべる水着姿のキキョウがいる。
要するに、クマ以外もこの暑さでだらけきっていたのだ。
「もう、私だけなんですけどー! ちゃんと働いているの!」
そう言って、空の上から現れたのはシギだった。
ちょうど、配送から帰ってきたところみたいだ。
夏でも長袖の風魔法使いたちは、空を飛ぶ風に冷やされ暑さとは無縁らしい。
「ほんとに、みんなだらけきって困ったものねぇ~」
「うは、カルミアさん凄い……」
「そういうカルミアさんもなんで水着なんですか!」
遅く起きて、今から湖水浴に向かおうとしているカルミア。
大きな麦わら帽子にサングラス、赤いビキニからは胸が今にもはみ出しそうだ。
「あー、カルミアも泳ぐんなら、私も泳ごうかなー」
「もう、シギさんまで!」
「これは、たまらん! ニウブ! さっさと寺院に戻って水着に着替えてこよう!」
「ダメです! タスクさん、しっかりしてください! 仕事するように説得に来たんじゃないんですか?」
「え~、だってみんな楽しそうじゃん……」
「もう! そんなこと言ってると、晩ご飯抜きにしますよ!!」
「じょじょ、冗談ですよ……、ニウブさん」
さすがに毎日頑張ってくれているニウブには頭が上がらない。
僕らは、トボトボと寺院に帰って行ったのだった。
寺院に帰ってからも、だらけきった村の現状に
「なんとかならないですかね~。このままじゃ、ダラダラしてるだけで夏が過ぎて行っちゃいますよ」
「そうだなぁ~。中途半端にだらだら遊んでないで、一回思いっきり夏祭りで騒いで! 気持ちを切り替えるなんてどうだろう? 花火とか打ち上げちゃったりしてさ!」
「ああ! 祭りも寺院の仕事でしたね。そっか、修道院暮らしで祭りとかしたことなかったからなぁ~、良いかもしれませんね。ところで花火ってなんですか?」
「ヒストリアで見てみなよ」
ニウブは僕を見つめ、魔法で記憶を呼び出す。
「わぁー……。きれい……これが花火ですか!」
ヒストリアの魔法で夏の風物詩を追体験するニウブ。
その華やかな情景にうっとりする。
「でもオレンジと赤と黄色と白くらいしか作れなさそうだなぁ」
元々の火花の色であるオレンジと添加することで発色する物質、赤の硫酸カルシウム、黄色のシュウ酸ナトリウム、白のマグネシウムは材料をそろえることが出来る。
しかし、緑のバリウムや、現代でも難しい青や紫などは材料や技術的問題で作ることが出来ないのだ。
「それでも十分きれいですよ!」
「そうかなぁ~」
「さっそく作りましょう!」
僕らは、
まずは、木のお椀をいくつかと硫黄、炭、硝石をそれぞれ取り出す。
「じゃあ、別々にすりつぶしていこう」
「はい!」
それぞれの物質を細かくすりつぶした後は、水を入れて混ぜ合わせる。
「まだまだ、細かくしていこう」
水を加えながらどんどん滑らかにしていく。
「赤にする火薬には硫酸カルシウム、黄色はシュウ酸ナトリウム、白はマグネシウム、オレンジはそのままで……、丸めたら天日干しにしよう」
何日か試行錯誤し、手持ち花火と打ち上げ花火が完成する。
夏祭りの開催も、みんなに話したところ、よろこんで賛成してくれた。
そして、いよいよ夏祭りの当日が訪れた。
日が沈みだした頃、僕の発案で浴衣姿の魔法使いたちが湖畔に集まっている。
「平穏な暮らしと豊かな恵みに感謝します。偉大なる母神さまの慈悲に感謝します。偉大なる先祖の冥福をここに祈ります。そして……」
湖畔に作られた夏祭り会場にニウブの厳かな祈りが響いた。
そして、次を引き継いだキキョウが大声で叫ぶ。
「盛り上がって行こうぜー!!!」
叫びとともに、合図の雷を上空に放つ。
『ヒューーーーー、バーン! ぱらぱら……』
『パーン! ドーン!! パパーン!!』
すると、湖上の筏から光の筋が打ち上がり上空に大きな大輪の花が広がる。
そして、キラキラと眩い光が明滅して消えて行った。
「すごい……」
「きれい……」
騒ぐよりも先に、見たことのない花火の美しさに心奪われて、しばし静かに見つめる村人たち。
「さぁさぁ! 手持ち花火も有りますよ!」
ニウブに手持ち花火を渡されて、ようやくキャッキャッと騒がしくなる。
「こらクマ! 人に花火を向けるな!!」
「え? なんで!」
「熱いだろうが!!」
「クマちゃん熱くないよー」
「お前は、着ぐるみ来てるからだろう!!」
「あーこのキラキラをオシャレに使えないかしら?」
「服に縫い付けたら良いじゃん!」
「エル、そんなことしたら燃えちゃ……待って! 冷却魔法使いながらだったら行けるかも?!」
「うぃーヒック! カルゥミィアァ……。今夜は放さないんだからぁ~」
「もう酔ってるの? お祭りは始まったばかりじゃない。今夜は寝かさないつもりだったのに!」
「そういえば、打ち上げ花火おわったのに、タスクさんまだ戻って来ませんね」
村人それぞれが祭りを楽しんでいたころ。
そのころ、僕は湖に浮かぶ大きな
「花火打ち上げるのに夢中になってたけど。もしかして! 祭りの間、置いてきぼりなんじゃ……」
シギに運んでもらった僕は、自力ではすぐに湖畔に帰ることが出来ないのだった。
しかし、なんとか自力で筏を漕いで湖畔に着いたころには、すでに会場は閑散としていた。
「ぼくのなつまつりが……」
「タスクさん、お待ちしてましたよ」
紺色に金魚の模様が入った浴衣姿のニウブが、線香花火を持って僕を待ち構えていた。
「夏祭り、浴衣の少女と線香花火……」
松明のゆらぐ光に照らされたいつもよりチョットだけ大人びて見える少女。
夢でも見てるんじゃないかと、見とれていると。
「どうかしましたか? やっぱり、似合わないですかねぇ……」
「違う違う! すっごい……似合っててかわいい」
「さぁ、一緒に花火しましょ!」
僕は、久しぶりにニウブにドキドキしながら一緒に線香花火を楽しむ。
「線香花火って、花火なのになんか寂しい感じがしますね」
「うん。華やかじゃないし音も小さい。それが、祭りの終わりの寂しさを感じさせるからじゃないかな」
「終わっちゃいましたね……」
最後の線香花火が落ち、祭りの終わりを告げる。
しかし、僕はこの日のために用意しておいたモノを懐から取り出した。
「こ、こ、これ……! ニウブに」
僕は緊張で声を上ずらせながら、紫色に透き通る石のネックレスを渡す。
「いつも、ありがとう!」
「え? わたしに?」
「浴衣には……似合わないけど、いつもの服には良いと思って」
「ぴゃー! 紫のガラスなんて見たことないです!」
「いや、ガラスじゃなくて……。とにかく首に付けて見て」
「向きを変えると光が変わりますよ! すごいですよ!」
細かくカットされた多面体のアメジストは、向きを変えるごとにキラキラと光を乱反射していた。
はぐれ人の交易ついでの探索で見つけた石を割ったら出て来たアメジスト。
この日のために、内緒で加工していたのだ。
「ありがとうタスクさん! 大切にしますね」
目を輝かせながら嬉しそうにしているニウブ。
僕は、その姿が見られただけでとても幸せな気分に包まれていた。
夏は始まったばかり。
しかし、もうすぐ完成する水車が動き出せば、カルミアが僕の部屋へとやってくるだろう。
僕は、いつもそばに居てくれるニウブの事を思う。
初めて会った時から、心を奪われたんだけれど、この4か月近くの間にその人柄に触れて、だんだん思いは強くなっていった。
そんな彼女の望みを叶えることに、僕は耐えられるのだろうか?
ずっと、この瞬間で時が止まってくれたら良いのにと思いながら、僕は月明かりの下で立ち尽くしていた。
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