21.プールと鉛

 あれから毎日、はぐれ人たちのブートキャンプに無理やり付き合わされ続けた僕は、多少は筋肉もついてきたし、生活リズムも整ってきた。

 もちろん、逃げ出さずに続けたのは授業の一環として、水着姿の学生やニウブ達と一緒にやれたこともあるけど、一番は、鍛錬後の癒しのお陰だ。


「あ~、疲れたぁ~」

「冷たい! ダメですよタスクさん。髪を拭いてあげますからね」


 プール上がりに、わざと座っているニウブの膝に飛び込み、彼女に注意されてから髪をゴシゴシ拭いてもらうのは僕のルーティーンになっている。

 ニウブは僕の頭をタオルで拭くと、そのまま頭を膝まで導いてくれる。

 ひんやりぷにぷにした膝の感触を楽しみながら、そこはかとなく匂ってくる塩素の残り香が夏の到来を予感させる。


「はぁ、極楽極楽……」


 そのまま、昼下がりの惰眠を貪うる至福の時間。

 これ以上、望むものなど何もないのではなかろうか。

 そんなことを考えながら、ウトウトしていると……。


「なんか、だんだん悪化して行ってないか? こいつ」

「キキョウ、元々こんな感じだよタスクは」


 またエルとキキョウである。

 服装は白一色から元に戻っていた。

 なぜなら、みんな同じ色だと見分けがつきにくいからである。

 それに、狩りや探検、野良仕事などの仕事をしてると白は汚れが目立つのだ。


「なんだよ~? 僕がやらなくても、交易のときに探索もする計画案を立ててやっただろ?」


 今では気球も6機まで増やして、3日くらいかかる所まで交易の手を広げているのだが、その途中にある火山の麓や崖などを交易のついでに探索することで、新たな物質を発見しようという計画を立てたのだ。

 今のところヒスイや水晶、蛍石などは見つかったが、まだまだ成果が上がってるとは言えない。


「それが、その探索で使えそうなもんが出たから来たんだよ」

「僕の持ってる変な石を見てよ!」


 エルの持ってきた黒々とした石をよく見ると、小さなサイコロの状の結晶が無数に含まれている。

 僕は驚いて、至福の膝枕から立ち上がり、その石を見た。


「方鉛鉱じゃないか! どこで見つけたの?」

「西に2日の村から、飛ぶ方向を間違えて、内陸に一日進んだ山に囲まれたところで見つけたみたいだよ」

「これは凄い発見だ! さっそく、カルミアさんに頼んで捜索に行こう!」


 方鉛鉱からは、その名の通り鉛が採れる。

 たぶん、銅や亜鉛、もしかしたら銀も採れる可能性が高いのではないだろうか。

 僕は、水着のままカルミアの居る高炉に駆けて行った。


「カルミアさん! 鉛と亜鉛が手に入りそうなんです!」

「その格好で駆けてきたということは、とても重要なモノみたいね」


 カルミアは、海パン姿の僕を見て苦笑いしている。


「はい! 鉛が有ればガラスの透明度を上げることも出来ますし、電池にも利用できます。亜鉛も電池の他に、鉄を錆びさせない亜鉛メッキなどに使えます」

「そうね。私たちも最近は同じことばかりで退屈してたから、一緒に行ってあげるわ。ねぇ、シギ?」

「なぁ~に~?」


 高炉に風を送り込んでいるシギの周りは風切り音が凄くて良く聞こえないみたいだった。

 ということで、カルミアとシギが一緒に行ってくれることになったのだ。

 翌日早朝から、気球を使って三日がかりで目当ての山深い谷にたどり着く。


 切り立った急斜面の山を見てカルミアが呟く。


「ここまで山奥だと畑を作るのも大変だし、人が住んだことなさそうね」

「あっちの山とか上のほうに雪が残ってるし、冬が大変そう」


 シギが指さす彼方の山はかなり標高も高そうだ。

 川の流れを見るに、あの雪山が源流なのかもしれない。

 僕たちは、調査隊が残してくれた印を頼りに、方鉛鉱の発見場所を見つけ出した。

 そして、ダイナマイトを使って、更に岩盤を削ったりして資源を探索する。

 3日ほどの調査で、鉛と亜鉛が多く含まれる鉱脈を発見できた。


「いっぱい採れたねぇ~」

「ちょっと、一回じゃ運びきれないわね」

「そうですね。あと、身体に有害な成分も含まれているんで、取り扱いには注意が必要です」


 鉛中毒も心配だが、鉱脈で採れる方鉛鉱や閃亜鉛鉱せんあえんこうに含まれるカドミウムも心配だ。

 精錬するときも、ちゃんと廃棄物を分けないといけない。

 そして、試掘をしてる間に有毒物質以外に、もう一つ危機が有ることに僕は気づいていた。

 ……電池が完成すると、キキョウの魔法が要らなくなるかもしれない?!

 すでに硫酸は完成している。

 亜鉛と鉛が手に入った今、硫酸を電解液に、亜鉛と銅のボルタ電池も鉛を使った充電池も両方とも作ることが出来るのだ。

 とりあえず、電池は後回しにして、亜鉛メッキと鉛ガラスの方を優先させようと僕は思うのであった。


 という風に、ここまでは何事もなく調査と採掘は進んでいったのだが……。

 コハンの村に帰る前の最後の夜、僕は衝撃的な事実を知ってしまう。

 その夜、電池の事やこれからの発明など、僕は色々な事を考えていて中々眠れないでいた。

 深夜になっても眠れなくて、おしっこがしたくなり、一人で居たテントから出て戻ってくるときに、途中にあったカルミアとシギのテントから奇妙な声が聞こえてきたのだ。


『うぅ、くっん、はぁ……。だめぇ~、もっと、もっと~』

『しっ! 大きい声だしたらタスクくんが起きちゃうでしょ』

『大丈夫だよ。テント離れてるし~』

『そうだけど』

『だって、カルミアが妊娠したら……出来ないでしょ!』

『私は……もらえないけど、あなたにはしてあげられるわよ』


 ……いったい何を話してるんだ?

 僕は、足音を立てないように慎重にカルミア達のテントに近づいてく。

 しかし、途中にある焚火の燃えカスを踏んでしまう。

 ――パキッ。

 わずかな音だったが、山奥の夜の静寂においては、聞こえない訳にはいかなかった。


「誰? タスクくん?」


 テントの中から、カルミアが飛び出してきた。

 遅れて、シギも気だるそうに出て来る。


「なぁ~に~? 誰もいないじゃん! タヌキとかじゃないの~」


 僕は、音がした瞬間に茂みに飛び込んで、間一髪見つからずにすんだ。

 茂みから見たシギは毛布に包まっている。

 一方、カルミアは身体の前に服を掛けて胸の辺りで手で押さえている。

 要するに、テントの中では二人は裸だったということか。


「戻りましょうか?」

「待って……」


 シギはそう言うとカルミアに近づいて行き、唇を重ねた。

 そのまま、二人はむさぼるように大人のキスをする。


「もう。何よ?」

「テントの中じゃ、顔よく見えなかったんだもん」

「ふふ、バカねー」


 二人は恋人同士のように笑い合った。

 そして、そのままテントの中に引き返していく。

 テントに入って行くとき、僕はカルミアの何も身に着けてない背中と大きなお尻を見ることが出来た。

 ……えらいものを見てしもうた!!

 もちろんカルミアのお尻のことではない。

 カルミアとシギが恋人関係だったとは。

 この世界ではそういう関係は普通だとは知っていたし、はぐれ人たちはみんなそうだし……、あ!

 だから、カルミアにはぐれ人の首領は説得されたのか!

 僕は、いろいろな謎が解けたような気がした。

 処女のはずなのに、なんであんなにカルミアが色っぽいのかとか、首領を説得した彼女にシギが嫉妬した訳とか……。

 ……でも、カルミアは両刀だよね?

 僕はさっきまでとは違う意味で色々な事を考えて悶々とした。

 そして、二人が寝静まったと安心できるまでしばらくその場を動けなかった。


 3日後。

 コハンの村に帰還した僕は、さっそく鉛ガラスや、亜鉛メッキ鋼板などの制作に取り掛かった。

 

「何もないみたいに透明ですね! 私の部屋の窓ガラスもこれに交換したいです」

「クマちゃん家のが先やで、ニウブ!」

「何を言ってるの? 一番初めに出来た湖畔の家に使うのが優先よ! ねぇお姉ちゃん?」


 鉛ガラスは思っていた通り、みんなに好評のようだ。

 しかし、亜鉛メッキのトタン板は思った通り人気は無かった。

 実際、見た目はチープになるし、今の技術レベルでは木の板の方がコスパが良い。


 ……それにしても。


 僕は、仲よさそうに話しているカルミアとシギを見つめた。

 水車の動力が完成すれば、高炉に魔法が要らなくなる。

 学生たちの指導も、はぐれ人の首領はさすがに30人をまとめてただけあって頼りになっていた。

 交易の方もイワを中心に、こちらも上手くいっている。

 そうなると、子作りの相手であるカルミアとシギは何の障害も無くなる。

 しかし、レズビアンである彼女たちとちゃんと子作りを出来るのか不安な気持ちを抱えながら、僕は夏の到来を迎えるのだった。 

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