11.5 新たな住人
帰ってくると、ちょうど丸太を置きに来たアレクサたちも居た。
テントに寝かされたキキョウをアレクサが治療する。
「大丈夫なん? キョウちゃん」
「タダの捻挫ね。しばらく休めば大丈夫よ」
クマの心配をよそに、治療を進めて行くアレクサ。
転んだ時に出来た切り傷の消毒をしたあと、冷凍魔法で患部を冷やしている。
「ところで? 君は誰?」
僕は同席していた小麦色の少女に質問した。
「わかんない」
「え?」
小麦色の少女の意外な返答に、何と答えていいか一瞬分からないで固まる。
「いやいや、分からないってことはないでしょ?」
「それが、ホントなんだなぁ~」
顔色一つ変えずに、答える小麦色の少女。
天然? というか、飄々としているというか、本当の事を言ってるのか嘘をついてるのか、どうにも捉えどころのない彼女の対応に窮する。
「これは、記憶喪失というものかもしれません」
ニウブが、真剣な表情でじっと謎の少女を見据える。
「いや、はぐれ人だろ? ごまかすためにてきとうな事言ってるだけだよ」
「ここはヒストリアの魔法で思い出させましょう!」
閃いた! といった感じで、目を見開き手を叩くニウブ。
確かに、ヒストリアは記憶を思い出す魔法だけど……。
「この子が、思い出そうと思わないと無理なんじゃないの?」
「言葉に出せば大丈夫。それでは、ななしさん。私の目を見て、自分のなまえ、自分のなまえと言葉を声に出して言ってください」
「自分のなまえ…。自分のなまえ……」
名無しの少女は、素直にニウブの言葉に従う。
傍からニウブの魔法を見るのは初めてだったが、見つめ合う二人から神々しいオーラが漂っているような、そんな清廉な空気が二人を包む。
「「エル・・・」」
同時にふたりの口から言葉が紡ぎ出された。
「私の名前はエル……っていうのか」
「他の事も、思い出していきましょう」
しかし、ヒストリアの魔法を使ってもそれ以外のことは何一つ思い出すことは無かった。
「……どうして」
「落ち込むなよニウブ。名前だけでも思い出せたんだし」
僕は自分の魔法が通用しなかったことに落ち込むニウブを宥める。
「だって、いままでこんな事……。思出せなかった事なんて一度も」
「ありがとう、ニウブ……。名前を思い出させてくれて」
エルが、感謝の言葉とともにニウブをそっと抱きしめた。
「え? ええ……。こちらこそ」
抱きしめられたニウブが、ポーっと頬を染めてエルを見つめる。
なんだろう? すごいモヤモヤする。
まるでニウブがイケメンに抱擁されて心奪われてしまったかのように、僕には見えて仕方がなかった。
しばらくすると、野焼きからカルミアとシギも帰ってきた。
「まずは、キキョウを助けてくれて感謝するわ。エルさん」
「エルで良いよ」
普段と変わらない柔らかい雰囲気で感謝の言葉を口にしたカルミアに対し、特に表情も変えずに答えるエル。
「でも、困ったものね」
「すまないカルミア。大変なときに怪我しちまって……」
キキョウはうなだれながら謝罪の言葉を口にする。
「そうね。油断があったわねキキョウ」
表情は温和だが、言うことは厳しいカルミア。
「2、3日で治ると思うから。それまでは、みんな干物で我慢してくれ」
キキョウがみんなに頭を下げる中、エルがいきなり話に割り込んでくる。
「僕、狩り得意だよ」
「え?」
「鹿の通り道は知ってるよ。狩ってきてやろうか?」
「お前、魔法使えないでどうやって狩るんだよ?」
「これで、一突きさ!」
エルは、腰から鋼のナイフを取り出してニカッっと笑顔を見せた。
僕は、この世界には無いはずの金属製のナイフを見て声を上げる。
「おい! それナイフ! 鋼(はがね)じゃないか!!」
「これかい? 鋼(はがね)っていうんだ? ふーん初めて知った」
「どこで手に入れたんだ?」
「どこでって……、最初から持ってた」
「ちょっと、見せてくれ」
僕はナイフをエルから受けとり、食い入るように観察する。
そのナイフは、刃渡り20センチ程あり、先の方で少し膨らんでから頂点で絞られるなだらかなカーブを描いていた。
そして、反対側には真っすぐな面に細かなギザギザが施されており、のこぎりの機能を有している。
さらに、何よりも特徴的だったのが鋼の全体を覆う優美なマーブル模様だ。
「これは、ダマスカスナイフ?!」
「なんだよ? それ」
「古い時代の鋼鉄で作られたナイフのことさ。色々な不純物が入っていたことで逆に丈夫で錆びにくいナイフになったんだ。当時の技術は完全には再現できないって……」
「名前が分かったのはありがとうな。でも、なんか目が怖かったぞお前」
僕は興奮しながらまくし立てていると、エルがナイフをひったくった。
そんな僕をよそに、カルミアがエルに質問する。
「それより、エル。あなたは鹿が居る場所が判ると言ったわね」
「ああ、昔の記憶はないけれど、この辺りのことは良く知っているさ」
「たとえば?」
「鹿の通り道もそうだけど、蝙蝠のいる洞窟とか、温泉の湧いているところとか」
「なるほどね。エル、あなたはここに住む気はある?」
「んーそうだな。良いよ! 面白そうだし」
え? 魔法も使えないエルを住人に迎えるの?
唐突な流れに戸惑っていると。
アレクサが会話に口出ししてくる。
「話だけなら開拓村の役に立ちそうだけど、実力を見せてもらわないと! そうね、鹿を狩るところを誰か着いて行って確認するのが良いんじゃない?」
「クマちゃんいこかー?」
「あんたは、うるさくするからダメよ。シギも風が邪魔するし……」
「言い出しっぺの、アレクサが行けば良いじゃん! たいして仕事してないんだし」
とシギが提案してきた。
「たいして仕事した無いは余計よ! タスクが一緒なら良いわよ。獲った鹿の運び役で」
「え、僕も行くんですか……」
「奴隷は雑用も重要な仕事よタスクくん。じゃあ、決まりね」
ああ、そういや僕は奴隷なんだと久々に思い出した。
けっこう自由にしていても、命令には従わなくちゃいけないのか。
ということで、三人で狩りに出かけたのだが……。
「なんで、おんぶしていかなくちゃなんないの?」
「冷え冷えだから疲れないでしょ?」
僕はアレクサをおんぶして、森を進むエルの後を追っていた。
アレクサの冷却魔法で、身体に冷気を纏いながらの行軍は汗をまったくかかない分には快適だ。
しかも、アレクサの身体からも冷気が放出されているので、彼女の肉体の温かみを感じない。
本当なら少女の柔らかな感触を楽しめるところだが、冷たいので死体をおぶってるみたいだ。
そうこうするうちに、エルが手で止まれの合図を送ってきた。
エルの視線の先を追うと、彼方に1頭の鹿が見える。
僕は息を殺して、狩りの様子を見守る。
徐々に獲物との距離を縮めていったエルは、いきなり駆け出して鹿の首に取り付いた。
僕らも、後を追って走り寄ると、鹿の心臓にナイフが突き立てられていた。
「一突きで仕留めてる……!」
横たわる小鹿の胸に開いた穴は、とても小さなものだった。
アレクサの冷凍魔法で冷やしながら、僕らは鹿をキャンプ地まで運ぶ。
「狩りの様子はどうだった?」
キャンプに着くと、カルミアが聞いてきた。
「凄かったです。あんな敏捷な動きを人間が出来るなんて!」
「文句なしね、鹿の傷跡だって最小限だし」
「じゃあ、決まりね。エルを開拓村の住人に迎え入れることにします。でも、狩りは得意みたいだけど、他の事もちゃんとやっていけるか見ているわよ」
「良かったですね! エル!」
ニウブが一番に駆け寄り祝福の言葉をかけた。
彼女は、キラキラした笑顔でエルのことを見ている。
その姿を見て僕は、エルにちょっと嫉妬していた。
背も高くワイルドで細身の美少年みたな中性的な少女。
女子高にいたら、エルはさぞや同性からモテモテだったろうなという雰囲気を漂わせていた。
そんなこんなで、鹿肉の夕食をみんなで食べ……。
そして、夜も更けていく。
「今夜もカルミアさんと……。昨日、出したばかりだから大丈夫だと思うけど」
簡易的な湯沸かし場で、濡れた布切れを使って身体を拭きながら僕は期待を膨らませる。
しかし、今夜も柔らかなぬくもりに抱かれながら床に就くという予想はあっけなく破られた。
「え? 一人用のテント……」
驚いた顔をした僕に、カルミアが理由を話す。
「警戒していたよその人は、エルだったでしょ? だから、守ってあげる必要もなくなったし。エルが鹿革をもってきてくれたから新しくテントを建てたのよ。暗い顔してるけど、何か不満でもあるの?」
「いいえ! いいえ! そんな! プライベートな空間ができてうれしいです!」
僕は無理に笑顔を作ったが、心の中では泣いていた。
「そう。それは良かったわ」
「ところで、ニウブのテントには誰が入るんですか?」
「ああ、シギに移ってもらうわ。私はエルのこと知りたいから一緒に寝ることにしたの」
僕はホッと胸をなでおろした。
あのままだと、僕の空いたスペースにエルが滑り込むことになるかもと危惧していたのだ。
……それだけはちょっと嫌だ。
奇妙なライバル意識をエルに抱きながら、僕は久しぶりにぐっすり眠りについた。
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