12.建築と採取

 翌朝。


 ―ドッシン! ガッシャン! ドッカン! ドーン!!


「なんだ?! なんだ?!」


 僕は突然の騒音に強制的に目を覚まされ、何事かとテントの外に飛び出した。

 眼前に広がる光景は、昨日までの穏やかな湖畔とは全く違い、巨石と丸太が飛び交う豪胆な建築現場が出現していたのだ。


「あ! おはようございますタスクさん」


 ニウブが怪我をしているキキョウと共に工事を見物していた。


「あれ、他のみんなは?」

「家造りに参加してるよ……」


 建築に参加できなくて不貞腐れ気味のキキョウが答える。

 目を凝らして見てみると、高くそそり立つ4本の丸太の柱に垂直方向へ細い丸太を結わい付けている人物が見えた。

 その後方では、クマが北側の壁に大きな石を積み上げている。


「僕たちは参加しなくて良いのかな?」

「骨組み作りは特殊な作り方で建てるので、教える時間が無いと言ってました」

「あれ? でも、エルは参加してるみたいだぞ」


 2階部分のはりにまたがり、横板を通しているエルが見えた。


「なんか、器用だから出来ちゃうみたいですエルは」


 コの字型の石積みの背面が先に出来上がり手前の柱から梁が渡されると家の構造が段々明らかになってくる。


「今日は何にもしなくて良いの?」

「お昼ご飯食べたら、エルとシギさんと一緒に山へ材料集めに行くみたいですよタスクさん」

「なんで、エルまで……」

「エルはこの辺のこと詳しいので、何かカルミアさんが欲しいモノがある場所を知ってるみたいです。私は寺院のことをカルミアさんと話し合うので行かないですけど、一人で大丈夫ですか?」


 初めて別行動になる僕を保護者のように心配そうな目で見つめてくるニウブ。

 ……また、母親気どりか?

 心配してくれるのはうれしいけど、なんか子ども扱いされすぎな気がするよ。

 頭ナデナデしてくれる分にはうれしいんだけど、ちょっとウザったいなぁ……。

 そんなことを思いつつ、僕はニウブに舐められないよう胸を張って返事をする。


「だ、大丈夫だよ! 山登りは得意だから! この前は寝不足だっただけだし」


 ホントは得意じゃないが、今日はぐっすり眠って体力も回復したし大丈夫だろう。

 しかし……。


「ゼーハァー、ゼーハァー。待ってよ! 早いよエル!」


 昼食後に出発した僕ら一行は、一時間もかからず裏山を登ってきた。

 だけど、それはエルが速足で先をどんどん進んでいったからだ。

 僕は、見失わないように必死で追いかけるのが精いっぱい。

 息も絶え絶えな僕の発言に、先を行くエルの代わりに、僕の横で浮かんでいるシギが答える。


「体力無いなぁ~。おばあさんでももっと歩けるんじゃない?」

「そんなこと言ってないで、僕も空中に浮かせて運んでくれたら良いじゃないですかシギさん!」

「奴隷には体力作りで運動させるようにって、カルミアに言われてるから~」 


 タイトなリブ編みの黄色いワンピースの上にクリーム色のポンチョを羽織ったシギ。

 僕の上空でくるっと一回転したりと、まるで水の中のイルカのように空を泳いでいる。

 いつもだったら、見えそうで見えないタイトスカートの中身を下から覗き込みたいところだが、今にもぶっ倒れそうな僕にそんな余裕はまったくない。

 なんとか這う這うの体で目的の場所にたどり着くと、そこは湯気がもくもくと立ち昇る台地だった。


「なんか、臭いんですけど~!」


 シギが、鼻をつまんで険しい顔をする。


「なるほど、なんでクマちゃんじゃなくてシギさんに頼んだか分かったぞ」


 エルの案内で東側の山を登った先には、噴火口の近く、硫黄臭のする湯畑が広がっていた。


「この煙が噴き出してる向うに崖が見えるだろ ?あの辺が白い石になってるよ」


 エルが所々噴煙が上がっている荒地の先を指さて言う。


「シギさん、この匂いの元は有毒ガスなんで、新鮮な空気の壁を作ってください」

「まったくぅ~! 簡単に言ってくれちゃうなぁ~」


 文句を言いながらも、空気を還流させて湯畑から噴き出す有毒ガスが入ってこない空気の膜を作ってくれるシギ。

 エルの案内で、噴出口を避けながら目当ての崖にたどり着いた。


「カルミアさんは、この石膏が欲しかったんだろうけど。石灰岩や硫黄も取れるじゃないか!」


 ……ここは凄いな、発明に必要な材料がいっぱい採れるぞ!

 しかも、それ以上に僕を喜ばせる言葉をエルが言ってくる。


「ねぇ、汗かいたし。温泉で、ひとっ風呂浴びてから帰ろうよ」

「なんですとー!!」


 僕はエルの言葉に、驚愕する。


「えー。タオル持って来てないしヤダよー」


 シギは、あまり乗り気でない。


「良い湯なのになぁ~。じゃあ、二人で入るよ。タスクこっち来いよ!」

「はい! ただいま~!」


 なんだ、いけ好かないと思ってたけど、すごく良い奴じゃないか!

 さっきまではライバル視していた女の子と混浴できることになり、僕は疲れも吹き飛んだ。

 彼女の案内で湯畑から少し離れた所にある湯だまりにやってきた。

 エルは手をお湯の中に入れて、温度を確かめる。


 「うん。ちょうど良いお湯だよ」

 「そ、そうかい! じゃあ、いっしょに入ろうか」


 僕が急いで来ている服を脱ごうとしていると。


 ――ざっぶーん!!

 

 エルが服を着たまま温泉に飛び込んだのだ。


 ……そうくると思ったよ。


 僕は、なかば諦めの境地で服を脱ぎ、つま先からゆっくりと温泉に入った。


「でも……。気持ちいなぁ! 身体がとろけそうだよ」

「そうだろ? 気持だろ!」


 エルはガッハッハッと、大きく笑った顔を見せる。

 僕は、そんなエルのさっぱりとした性格に、同性の友人と一緒にいるような気楽さを覚えた。

 なんだろ? いままでドキドキしっぱなしで疲れたからか、こういう関係って良いな。

 と、突然。エルがイタズラで水をかけてくる。


「あ! コノヤロー!」

「ハハハ……」


 僕はしばらく子供に帰って気分で、温泉の中でエルとはしゃいでいた。


「ねぇ~! いつまで遊んでんのー? はやく帰りたいんですけど~」


 シギが退屈してきたようなので、温泉から上がり、風魔法で乾かしてもらう。


「さっさと、帰るわよ~」


 僕とエルは、シギに急き立てられながら山を降りて行った。


 キャンプに帰り、さっそくカルミアに石膏を渡す。

 

「これこれ! この石膏が欲しかったのよ~!」

「それ以外にも石灰岩もあったので、ガラス生産も捗りそうですよ」

「そう! それは良かったわね」


 カルミアは石灰岩にはあまり関心のなさそうな返事をして、ウキウキした様子で石膏を持っていく。

 まぁ、喜んでくれたから良いか……。

 その後、僕は硫黄の使い道を思い出そうとニウブのところへ。


「じゃあ、私の目を見てください」


 ヒストリアの魔法によって、硫黄から硫酸と黒色火薬やダイナマイトの作り方を思い出す。


「あー、白金触媒も無いし、硝石も無いし……」

「あまりお役に立てなかったですか?」

「うーん……。そうじゃないんだけど、他に必要な材料が……」


 硫酸や火薬を作るのに必要な硝石を集めるのが大変なのだ。


「硝石というものが必要なんだけど。動物の糞がいっぱいの洞窟か鳥の繁殖地を探さないと。じゃなければ、人糞や家畜の糞尿を集めて自然の硝酸菌で作りだすか……」

「エルなら、この辺にある洞窟とか知っているんじゃないですか?」

「そうだな、明日聞いてみることにするよ。ところで、寺院の話ってどうなったの?」

「はい、最初は小さい小屋でも良いかなと思ったんですが……。タスクさんと二人で暮らすんだし」

「そうだよな。二人っきりの小さな我が家……うへへ」


 小さな我が家でニウブと同棲生活! こりゃたまりまへんなぁ~グヘへ!!

 僕は良からぬ妄想にどっぷり浸かる。


「でも、カルミアさんが言うには……」


 ニウブは急にモジモジしだして言葉に詰まった。


「カルミアさんが言うには?」

「あ、あの恥ずかしい……声が」

「え?」

「子作り……してるときの声を聞かれると恥ずかしいからって」

「……うっ!?」


 僕は、寺院の役割をすっかり忘れていたことに気付いた。

 カイリの村でも、寺院は街の端っこの石造りの塔。

 ていうか、誰かと子作りしてるとき、同じ家にニウブが居るということか。


 僕は、元の世界の文化ではまったく考えられない状況に頭が混乱してグチャグチャになる。


「なので、ちゃんと石造りで3階建て以上の塔を……」

「それなら、鉄筋コンクリートで作ろう!」


 頭が混乱していた所為で、僕は突拍子もないことを口走ってしまう。


「なんですかそれ?」

「あ、ごめん無理だわ……まだ溶鉱炉すら出来て無いのに。でも、石灰岩が手に入ったから、ただのコンクリートなら」


 落ち着きを取り戻した僕は、ヒストリアの魔法でセメントからモルタルさらにコンクリートの正確な配合を思い出す。


「セメントは水の中でも固まるんだよ」

「なるほど! 水の中でも固まるなら、湖の中に建てるのも面白いですね」

「あー! それ、良いな!」


 僕は来るべき子作りへの不安を頭から追い出そうと、突拍子もない考えに没頭するのだった。



 その夜……。

 僕が湯沸かし場に身体を拭きに行くと、先客3人の背中が見えた。


「あれ? 順番まだ早かったですか?」

「そんなことないわよ。ちょっと、コレをしていたの」


 そう言って、振り返った3人の顔が見え……。


「ギャー!!!」


 僕は叫び声を上げて、後ろにひっくり返る。

 目の前には、まっ白な能面が3つ……。


「お、お、お化け!!!」

「なによ? 失礼ね!」


 その声は、聞き覚えのあるアレクサのものだった。

 その次に、


「もう~。びっくりさせんな~」

 

 と気の抜けたシギの声がして。


「タスクさんも試してみる? 石膏パック」


 最後にカルミアの声。

 この世界は、ビックリするくらいオシャレと美容だけは気合が入ってるなと僕は思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る