5.5 必要とされる存在
洞穴のあった崖から森の中を緩やかに下って行くと、水田や田畑の広がる開けた場所に出た。
畑のさらに先には海岸線が広がり、その前に、
近くで見る建物は太い丸太をそのまま柱に使い、1階に石積みや土壁の外装、その上は木の羽目板で窓には木の雨戸らしき物がついているだけで、ガラスも障子紙も使われていない。
僕は、村のメインストリートらしき道を歩きながら疑問に思った事を口にする。
「なんで、人っ子ひとり居ないんですか?」
「それは、タスクくんがカイリの村の奴隷じゃないからよ」
カルミアが答えた。
「どういうことですか?」
「タスクくんを見ちゃうと、どうしても今いる村の奴隷と比べちゃうでしょ?」
「それがマズいんですか?」
「心配し過ぎかもしれないけど、今いる奴隷に不満を持ったり、逆に村の奴隷の方が良いと思ったり、そういうことを気にしだすと色々と問題が起きやすくなるって理由。まぁ、昔からのしきたりってやつね」
「はあ」
「それで、昨日は準備が整わなかったから牢屋で過ごしてもらって、今の時間だけ外を見ないように村のみんなに伝えられているのよ」
あまりピンとは来なかったけど、さっきのノエルとかいう奴隷も比べるのは良くないとか言ってたし、そういうもんだと納得することにした。
もっと奥に進むと、海岸近くに今までよりも大きい三角形の奇妙な建物に出くわした。
建物というより、三角屋根が被せれた広場のような場所で、これまたむき出しの丸太が頂点で交差され、地上15メートルくらいある天辺から地上2メートル辺りまで木の板で塞がれている。
広場の奥に入って行くと、海側には石組みの高い塔を中心に平屋建ての粗末な建築が回りをぐるっと囲むように建っていた。
「さあ、寺院に着いたわ」
「は、はぁ……」
カルミアに
すると、玄関先で待ち構えていた黒装束の老女が声を掛けて来きた。
「あんたが、新しい奴隷かい! へぇ、ジジイと比べると女みたいだね」
ニウブの服装にどことなく似ているシワガレ声の老女。
たぶん、この村の司祭なのだろう。
老女は、興味深そうに僕の事をジロジロ舐めまわすように見ている。
そして、いきなり距離を縮めたかとおもうと、僕のワンピースの裾を
「ふふふ……。あそこは、ちゃんと男だね」
「うわっ! なにして……」
「まぁ、あたいらには関係ないことだけどね」
そう吐き捨てるように言うと、そそくさと奥の部屋へと去って行った。
カルミアは苦笑いして、老女を見送ったあと、声を掛けて来る。
「お腹すいてるでしょ? ご飯にしましょうか」
「あ! わたし手伝います!」
ということで、僕らはそのまま食堂に入って行く。
キッチンではカルミアとニウブが調理し始めたが、それは見たことのないような奇妙な料理法だった。
葉物を手でむしったり、石の包丁で皮つきのまま人参を切ったり、魚を骨のままぶつ切りにしたりは想像の範囲内だったが、その後に、材料を入れた土鍋を石の箱のようなものに入れて蓋をした後、カルミアの手から放たれる魔法の火炎放射で蒸し焼きにするという信じがたいものだった。
次に料理した焼き魚も、
お櫃に入れられたご飯と共に出されたそれらは、素材本来の味が生かされた和食っぽい料理に仕上がっている。
本来美味であろう出来上がった料理を食べながらも、僕は落ち込んでいるニウブの事が気になって味わう余裕などまったくなかった。
……ニウブは一緒に行けない。
僕は、洞穴の前で聞かされた説明を思い出していた。
――「なんで、ニウブは一緒に行けないんですか?」
僕は、カルミアを睨みつけた。
「あなたに関係ある?」
カルミアは、少し驚いたような表情を見せている。
「あるにきまってます! だって、ニウブがずっと僕の世話をする。僕を守るって約束してくれたから。はぐれ人につかまった時も、必死で僕のことを守ってくれて……。信頼してるんです彼女のことを。だから、他の誰かじゃダメなんです!」
「じゃあ、あたしが代わりの
「え?」
興奮気味にまくし立てていた僕は、予想外の事を言われて固まってしまう。
「最初に出発する開拓団は5人だけなの。それも私が新しい村を作るのに力になると判断した精鋭の5人。だから、役に立つ力を持っていない彼女を連れて行く余裕は無いのよ。だから、修道女の資格をもっている私が村が大きくなるまでは兼務する方が良いと判断したの」
「わたしに出来るのは、魔法以外だと子どもたちに勉強を教えるくらい……。まだ子どものいない開拓村じゃ、必要ありません」
ニウブは、言葉を震わせながらも笑顔を作ろうとする。
「ニウブはこの先、どうなっちゃうんですか?」
「そのうち教団から新しい配属先を世話してもらえるわよ。それまでしばらくは、この村に居てもらって……」
はぐれ人たちに捕まった時のニウブの話では、一緒じゃなきゃ何処へも行く当てはないということだった。
しかし、カルミアの説明通りなら、どこかほかの修道院だとか寺院に居場所は出来る。
それが彼女にとって、ニウブにとって幸せなことなのだろうか?
また必要とされない場所で――
そして僕は、ニウブとの最初の出会いを振り返り、失敗に終わった励ましの言葉を思いかえす。
――絶対役に立てる! そのヒストリアという魔法だってすごいと思う! 今は使い道ないけど、絶対! 何か役に立つ方法あるよ!――
「カルミアさん!」
僕は箸を置いて立ち上がり、カルミアをじっと見据える。
「彼女が役に立つと証明すれば、連れてってもらえますか?」
「タスクさん、そんなの絶対無理です!」
「絶対無理なんて言うな!!!」
僕が突然大声を出したのでニウブがビクッと縮こまる。
「あ、あわわ、ご、ゴメン……。大きい声出して」
自分自身にびっくりしてしまった僕は、情けない謝り方をしたあと、カルミアに懇願を続ける。
「カルミアさん! 僕が彼女の魔法の力が必要だって、ヒストリアの魔法が開拓団にも役に立つって証明して見せます! だからお願いします。彼女にチャンスをください」
カルミアは微笑を崩すことなく僕の話を聞いていた。
そして、何を考えているのか判らない不気味な笑顔で僕とニウブを交互にじっくり見つめてからから答える。
「分かったわ」
「本当ですか!」
「3日後の開拓団の出発までに、彼女の魔法が役に立つのを証明出来たら考えてあげる」
「ありがとうございます!」
「だって……」
カルミアは立ち上って、僕の前にある皿を片付けようと屈みこみながら耳元に囁いた。
「修道女になったらタスクくんとイ・イ・コ・ト……出来ないものね」
――ゾクゾクゥゥゥウ!!
僕は今まで感じたことのない
「さて、どうしたもんか?!」
僕は食後に連れてこられた幽閉場所である塔の最上階から、窓の外に見える海辺の景色を眺めていた。
海の上では、小舟が何艘も浮かんでいて、海中に向けて雷撃が放たれるのが見える。
その後にぷかぷか浮かんできた何匹もの魚を竹の棒で寄せ集めてから舟に拾い上げていた。
反対の集落の方に目を向けると、たまに屋根の上から飛び立つ人がいるくらいで、道端に人の気配は全くなかった。
あの後カルミアに、少しだけ村の普段の生活について聞いて分かったことがある。
それは、魔法が使えることによって、文明の利器が無くても優雅に暮らしているということだ。
雷撃での魚釣り以外にも、火炎魔法で料理が出来るし、長時間かかるものはさすがに炭とか薪を使うが、簡単なものだとカルミアがしてたように直接魔法で調理だ。
力の魔法使いが丸太を引っこ抜いて建材に使い、冷凍魔法使いは洞窟を凍らせて保存庫にしている。
風魔法使いが空中で脱穀し、空を飛んで家畜を遊牧する。
そのように、一軒に何人かで住みながら魔法のチート能力で作業を分担しながら家事や仕事をこなしているのだ。
ある意味、魔法で何とかなってしまうので鉄鉱石を採掘して精錬するみたいな時間と手間と人員の掛かるような物はまったくなく、そこらの石を加工したような包丁や石斧を使っている。
一番複雑なものといっても、粘土を使った素朴な陶器くらいだろう。
ただ、見つけてきた天然石や木彫りの飾りと暇な時間を費やして作った織物や編み物などの装飾品や衣服のレベルは高い。
これは、余裕のある暮らしをしているがゆえに、趣味としてオシャレに時間を費やせるからだろう。
「よし! 決めた」
その日の日が暮れる前、僕を食堂に連れていくため、ニウブが部屋を訪れた。
「鉄を作ろうと思うんだ」
「なんですか”てつ”って?」
「鉄は硬くて柔らかい、加工すれば色々な道具に使える便利なものだよ」
「硬くて柔らかい? よくわからないです」
「熱を加えれば柔らかくなって加工しやすい。なので、柔らかくしてからカタチを整えて冷ませば、いろんなものが作れる」
「それなら粘土でもよくないですか? 冷たい時に形を変えて、焼けば堅くなります」
「粘土は強い衝撃を与えると割れるでしょ? 鉄は硬くて割れない。しかも曲げたり、叩いてカタチを変えたり出来る」
「うーん……」
「ともかくだ! ヒストリアの魔法を僕に使ってよ。どうやって作るかは分かるんだけど、細かい材料の集めかたとか溶解の仕方とかはうる覚えで、今の僕の状態では作ることが出来ない」
「分かりました。タスクさんが言うなら役に立つモノなんでしょう。思い出したい事を考えながら、私の目を見つめて下さい」
「砂鉄から鉄を作る方法……砂鉄から鉄を……」
と頭の中で考えながらニウブの目を見つめる。
すると、眼の前に見たことのある画像や映像が鮮明に浮かんできた。
「今、初めて鉄がどんなものか見ました」
「初めて見た? え? どういうこと?」
「タスクさんが思い出している時に私も同じものを見ているんです。ヒストリアは相手の持っている知識をコピーして伝えていくのにも使いますから」
僕は、少しがっかりしていた。
なぜなら、ヒストリアの能力を使って過去のエロ資産をハードディスクなしに鮮明に再生出来ると考えていたからだ。
……しかし、ニウブにはゼッタイ観せられないしなぁ。
「ん? 何か言いましたか?」
「なんでもない! なんでもない!」
僕は、必死に誤魔化しながら話題を鉄精錬に戻す。
「磁石ってあるかな?」
「磁石って、この砂鉄を吸いつけてる物ですか?」
ニウブが頭の中の映像をもとに答える。
「そう、それそれ!」
「見たことないです」
「となると……」
その後も、ヒストリアの魔法を使いながら揃えられる材料や道具を相談し、鉄を精錬する段取りを決めた。
「やっぱり、僕も一緒に外で作業するわけにはいかないの?」
「村の人の目に触れさせてはいけないですから」
村に来る時にカルミアが話していた通り、普通に村人が生活している空間に僕は出てはいけない。
”村の人の目に触れさせてはいけない”のは、一つの村に男は一人だけというこの世界を支配する教団の掟と関係がある。
男は奴隷ではあるが、その村の中心でもある。
しかし、それが2人以上の中心に分かれると、争いが起こる。
どちらの男を抱くのか、あっちが良いとかこっちは劣るとか、この男は我々のグループのモノだから渡さないとか。
遥か昔のルールができる前は、男を略奪するために村を襲うこともあったそうだ。
そのような、古来からいざこざの原因になってきた男を巡る争いを避けるために、一つの村にひとりの男だけということになったのだ。
なので、新しく出来る別の村の男である僕は、カイリの村の人々は見ることさえ許されない。
ゆえに、外に出ることは出来ないのだった。
「私一人でもがんばります!」
「分からないことあったら、すぐ相談に来てよ」
僕は不安になりながらも、ニウブがやる気になってくれたことに僅かな希望を見いだしていた。
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