6.はじめての発明

 翌朝。

 ニウブは一人、近くの河原に砂鉄を集めにやって来ていた。


「うーん……。なかなか黒っぽい砂が集まってるところ無いな~」


 砂鉄の多い砂だまりを探して、川を上っていくがなかなか見つからない。

 仕方がないので、流れが堰き止められて溜まりになっているところを手で掘り返してみる。


「うんしょ。うんしょ」

「何やってるん?」


 川面を覗き込んで、一生懸命に砂を掘り返していたニウブに声がかかる。


「はい、砂鉄というものを探してるんです……あ」


 顔を上げると、なんと! 目の前で話しかけてきたのは、黒い毛並みの子熊だった。


「ク、クマー!!!」


 ニウブは驚いて腰を抜かし、尻もちを着く。


「何で? 分かったー?」

「た、食べないでー! わ、私は瘦せっぽちで美味しくないですー!!」

「そうなん? ぷにぷにほっぺで美味しそうやけどなー」


 と言いながら覆いかぶさってきた熊が手で鼻を持ち上げると、口の中から女の子が顔を出す。


「すでにひとり口の中にー!!」


 もちろん、女の子が食べられていたというわけではなく、中の女の子が熊の着ぐるみを着ているのだ。


「おもろい子やなー」


 口を大きく広げ、キラキラした笑顔を見せる中の人を見て、やっと本物の熊じゃなくて着ぐるみだと理解するニウブ。

 もちろん、この世界でも毛皮は主要な服の材料だったが、まるまる着ぐるみとして身に着けている者はそんなにいない。

 川から上がったニウブは、たき火を点けてもらい、川で尻もちを着いたときに濡らした服を乾かしながら話を聞いていた。


「カイリ村の方ですか?」

「そうや! 怪力魔法使いのクマちゃんやでー! よろしゅうなー」

「クマさんは何をしてたんですか?」

「クマちゃん……」

「え?」


 ニウブは一瞬、クマから殺気のようなものを感じた気がした。

 クマはニコニコ顔に戻りもう一度繰り返す。


「クマさんじゃなくて、クマちゃん……」

「クマ……ちゃん?」

「にひひ……」


 クマは大きく口を横に開けて笑う。

 ニウブは、クマのこだわりに若干引きながらも話を続ける。


「クマちゃんは何を……?」

「魚取ってた! あと、石」


 クマが指さす方向を見ると、大きな石が塔のように積み重ねられ、5メートルくらいの高さになっているものが複数あった。

 さながら、前衛芸術か謎の古代遺跡群といった感じに……。


「わー……。ホントに怪力なんですね!」

「そんなことあらへんわー……おっと!」


 クマはニウブの頭に伸ばした手を寸止めする。

 風圧で、ニウブの前髪がふわっと揺れた。


「へ?」


 ニウブは、何が起きたのか一瞬判らなかった。

 早すぎて、クマの手が瞬間移動してきたようにニウブには見えたのだ。


「ツッコミ入れて、潰しちゃうとこやったわー……えへへ」


 クマは、着ぐるみの奥からはにかんだ笑顔を見せる。

 ニウブは引き攣った笑顔を返すしかなかった。


「ところで、砂鉄ってなんなん?」

「砂鉄ですか! 溶かすと鉄になる黒い砂なんですが、この辺りで見ませんでしたか?」

「黒い砂? あー……。待っとって!」


 そう言い残してジャンプしたかと思うと、クマは川の中に飛び込んでいた。

 そして、水中に消えて数秒後、すぐに飛び出してニウブの前へ。


「これなー。石どけた下で見たんよー」


 クマの手には、黒い砂鉄の多く混じった川砂が握られていた。


「わー! たぶんこれですぅ! 小さな粒の黒い砂……。でも、川の深いところだと取りに行くの私には無理だしなー」

「どんくらいいるん?」

「えっと、黒い砂鉄だけより分けてこのお椀一杯くらい」

「ちょっと、待っててなー」

「あ! クマちゃん!!」


 クマはお構いなしに河原から森の中に入っていく。

 そして、直径50センチほどの丸太を抱えて戻ってくると、石に叩きつけて縦に真っ二つに割る。

 さらに、2メートルくらいの長さに手とうで叩き折ると、内側を着ている熊の爪で削り出した。


「すごい……」


 ニウブが驚愕してる間に、大きな雨樋あまどいのような舟が出来上がる。


「ほな、いくでー」


 クマは、舟を持ったまま高く飛びあがり、今度は、垂直に舟から先に川へ飛び込む。

 十数秒後、浮き上がった舟にいっぱいの川砂を積んで戻ってきた。


「これだけ、あったらええかぁ?」

「あ、ありがとうございます! でも、どうして手伝ってくれるんですか?」

「なんか、おもしろそうやし! クマちゃんはおもしろいこと好きやんかー?」


 屈託のない笑顔と言葉に、なんて純真で良い人なんだろうとニウブは思い、クマがいれば、きっと上手くいくような気持になる。



「川の中で揺すって、洗い流します」

「こうか?」

「あわわわ! クマちゃん! そんなに激しく揺らすと全部こぼれちゃいますよ!」


 クマの乱暴な作業をたしなめながら、なんとか砂鉄をより分けることに成功したニウブたち。


「いっぱい取れましたね!」

「次はどうするん?」

「粘土と砂で小さなかまを作って、砂鉄を溶かして一つにします」

「窯ならクマちゃん家にあるで~」


 砂鉄を積んだ舟を抱えて、走り去るクマ。


「あ! 待ってください! クマちゃーん!」

 

 思い付きでかまわず行動するクマをニウブは必死に追いかける。

 一瞬で見えなくなったが、村の近くまで川を下って行くと、川べりに如何いかにもワイルドで前衛的な作りの掘っ立て小屋が出現した。

 それは、一辺が1メートルを超えるような巨石が積み重ねられたもので、石と石との間に丸太を束ねて作った床が、無造作に外に飛び出してベランダのようになっている。

 掘っ立て小屋の前まで来ると、思った通り先ほどの舟が置いてあり、小屋の煙突からはすでに煙が立ち上り始めていた。

 ニウブは小屋に入り、火を熾しているクマに声を掛ける。


「はぁはぁ……クマちゃん! 普通の窯だと温度が足りなくて……」

「温度?」


 何のことだか分からないといったキョトンした顔で振り返るクマ。


「風をいっぱい送り込まないと! そんなんじゃダメです!」


 クマは竹筒で思いっきり吹いて風を送り込むが、さすがのクマでも息は怪力ではないようだ。


「んん~! 無理や~」

「フイゴというものを作って、もっと風を一杯送り込まないといけないんです」

「クマちゃん、フイゴ知らへんし! ……そうや!!」

「あ! 待って! クマちゃん!」


 外に飛び出したクマを追いかけて外に出るニウブ。


 しかし今度は何処かに行ってしまうことは無く、クマは小屋の前で立ちどまり空を見上げて何かを探している。


「何を見ているんですかクマちゃん?」

「いた!!」


 クマは言葉を発すると、垂直に高くジャンプした。

 ニウブが行き先を目で追うと、約100メートル上空を飛ぶピンク頭の人物を捕獲したクマの姿が見える。

 そして、クマはピンク頭の運び屋トキと共に地上に落ちてきた。


「な、な、何すんだてめぇ!!」


 クマは風魔法使いにフイゴの代わりとして窯に風を送り込んでもらおうと考えたのだ。


 事情を聞いたトキは、


「ホントめちゃくちゃだなクマ公はよー! まぁ、てめぇの頼みなら聞いてやんねぇとな! だが、俺っちは飛ぶの専門だから向いてねぇ。代わりに、シギを呼んできてやんよ」


 と答え、飛び去って行った。


 あんな無茶苦茶な事をされて、なんでトキは手伝ってくれるのだろうか? と不思議に思いながら、ニウブはクマと一緒に待つ。

 しばらくすると、はぐれ人からの救出作戦の時に見たスラっとした茶髪の女性がやって来た。


「話は聞いたよ~。代わりに引っ越した後はお願いよ~」


 ニウブは、近づきづらいくらいの美人なのにフニャフニャした喋りかたの人だなぁと思いながら、シギを見ていると。


「あなたがニウブちゃんね~? わーかわいい~」

「え? あ、ありがとうございます……」


 そんなに歳は離れてないようなのに、いきなり子供みたいに頭を撫でられ、複雑な感情が湧くニウブ。


「で? どうすれば良いの~?」


 炭の燃え盛る窯に、さらに空気を送り込む風魔法使いのシギ。

 飛行専門のトキと違って、シギは細やかな風の調整を得意としていた。

 石と粘土で、入り口を狭くされた窯の穴目掛けて空気が大量に送り込まれる。

 窯の中の温度はどんどん上昇し、火花がぜはじめた。


「火花が出始めたら大丈夫です。砂鉄を入れましょう」


 砂鉄を徐々に入れて、しばらく火花の加減を見ながら過熱を続けていると窯の下から熱々の液体が流れ出てきた。


「これが鉄?」

「いえ、これはノロって言って不純物です。ノロが流れでなくなったら火を止めましょう」

「疲れてきた~」


 シギにとっては、それ程の魔力を必要としない風量だったが、数時間も作業を続けていたのでさすがに参ってきた。


「もう大丈夫だと思います。少し冷ましてから取り出しましょう!」 


 送風をやめて炭が燃え尽きた後。

 窯の中を覗くと、黒い煤の中にけらと呼ばれるごつごつして穴だらけの溶岩のような塊が出来ていた。


「クマちゃん! 取り出して!」


 クマは、木の棒を使ってまだ熱を持ったけらを取り出した。


「叩いて、周りのゴミを取って下さい」


 クマはけらを手に持った石で叩き、周りのゴミを取り除く。

 しばらくすると、真ん中あたりに握りこぶし大の鈍い銀色の鋼鉄の塊が出てきた。


「これです! これが鉄です」


 出来上がった鋼鉄を石で叩いて平たい板状にし、しばらく冷ます。


「こうやって、曲げることが……、曲げ……、あれれ?」

「貸してみ―。ほーほー! おもろいなー」


 非力なニウブでは曲げることは出来なかったが、クマは器用にグニャっと曲げることができた。


 ―バキ!!


 しかし、何度か曲げていたら金属疲労で折れてしまった。


「わー! なんでー?」

「ハハハ! おもろいわー」

「遊んでないで、カルミアに見せるんでしょ~?」


 シギに促されて、出来上がった鉄板を三人してカルミアに見せに行くことに。

 寺院に出向くと、カルミアは食堂で夕食の準備をしていた。


「カルミアさん! これが私がみなさんにお役に立てる証になるものです」

「これは、何というもの?」

「これは鉄です。タスクさんにヒストリアの魔法をかけて作り方を知りました。この世界にない役に立つものを異世界の知識を使って作ることが私の証」

「ふーん、そうなの。ところで、この鉄というものの使いみちは何なの?」

「知りません!」


 聞いていた全員がズッコケる。


「何でやねーん! 何でやねーん~!」


 開いた口が塞がらない他の二人と違って、ニヤニヤしながらツッコミを入れるクマ。


「それじゃあ、どう判断すれば良いのかしら?!」


 やっと、冷静さを取り戻したカルミアがニウブに問いただす。 


「あ! タスクさんに聞かないと! 分からないです!」

「では、タスクくんに説明してもらってから決めましょう」


 この時ニウブは、もうこれで大丈夫だと安心しきっていたのだが……。

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