12.カルミアとエル

 エルが旅立って3日後。

 今度はヴァルタが旅立つ番だ。

 エルの時と違って、見送りに来たのはカルミアとアレクサ。そして、僕と僕が押す猫車に載せて運んできてもらったクマだけだった。


「その節は、怪我をさせてしまいすいませんでした」

「ええよー。別にー」

「いえいえそんな!」

「ええって! だって……、ターくんと仲ようなれたし」


 恐縮するヴァルタに答えるクマは着ぐるみ姿ではなかった。

 今日のクマは、タートルネックの黒いセーターにグレーのラップスカートという大人ないで立ちだ。


「出ていった私が言うのもなんだけど。他のみんなによろしくね」

「はい」


 カルミアの言葉に答えたヴァルタは運び屋のトキとタンポポに連れられて空高く舞い上がる。


「さようなら! また絶対来ます!」


 ヴァルタが山の向うに消えさった後、カルミアが僕に話しかけてくる。


「作業は順調なのかしら?」

「電池の工場は稼働できそうなんですが、発電機の方はクマちゃんを頼りにしていたので……」

「クマちゃんは怪我の方はどうなの?」

「明日くらいには働けるわー」

「無理無理! 抜糸だって出来て無いのに! 一ケ月は安静にしててよ」

「つまらんわー。でも、その間はターくんが食べさせてくれるからええか!」


 それを聞いて、アレクサが話に割り込んでくる。


「なに? 食べさせてもらってるの! まるで赤ちゃんじゃない!」

「にひひ」


 赤ちゃんと言われてもまんざられでもないクマ。

 僕の方も、甘えられると弱いので、ついつい言うことを聞いてしまっていた。


「じゃあ、私は戻るわね」


 カルミアは自分の部屋へ戻って行く。


「やっぱり、まだダメだお姉ちゃん」

「そうは見えなかったけどなぁ」

「ターくんが鈍感なだけやー!」

「慰めて来なさいよタスク!」

「え? 僕が!」

「そうやで、村人の心のケアも奴隷の仕事や!」

「わかったよ! 片付けたい仕事あるからそれ終わったら行ってみるよ」


 カルミアとは、表面上は普通にやり取りしていた僕だったが、本当は数日前の童貞卒業失敗のトラウマが心に刻まれていたのだ。


「はぁ、二人っきりで話すなんて……無理だよなぁ~」


 寺院併設のラボに戻り、仕事に取り組みながらも、僕は心ここにあらずといった感じになっていた。


「タスクさん! 今日は何してるんですか?」


 ニウブが声を掛けてきた。


「ああ、バッテリーを使って簡単な電気自動車でも作れないかなって」

「電気自動車? 私知りません!」

「ああ、これはヒストリアで思い出さなくても作れるから後回しにしていたんだ」


 実のところ、ニウブの力を借りなくても単独で再発明出来る、便利な文明の利器は幾つかあった。

 しかし、ニウブを村に残らせるため、ヒストリアの魔法を役立たせることを最優先にしていたため後回しにしていたのだ。

 だが現在、コハンの村はある程度の発展を遂げている。

 そして、ニウブもそのなかで寺院の司祭として十分、役に立っているのだ。

 もちろん、亜鉛や鉛などの材料がそろってきたことも一因なんだけど……。


「これは、どう役に立つのですか?」

「ほら、クマちゃん運ぶために猫車作っただろ? あんな風に人や物を電気の力で運ぶんだ! できたら、一緒にドライブしようよ」

「ドライブ?」


 完成した電気自動車は粗末なもので、ガワのない軽トラみたいな感じになっている。

 むき出しの運転席が最前にあり、軽量化のため木で作ったフレームの床下に鉛バッテリーを敷き詰めて、その上に荷台が乗っけてあった。

 四輪には板バネもついていたが、タイヤのゴムが無いのでコルクを巻いている。

 操作は、ハンドルと加減速のレバーと足踏み式のブレーキだ。

 

「なんか、ガタガタし・ま・す・ね」

「そ・う・だ・ね!」


 電気自動車はまだまだ改良の余地がありそうだ。

 湖畔の家にたどり着き、引き返そうとしたところ。


「あれ? もう、バッテリー切れ?」

「止まっちゃいましたね。私は歩いて帰るので、カルミアさんのことお願いしますね」


 ……ニウブまでも。


 僕は、ようやく決心しカルミアの部屋へと向かう。

 扉をノックし部屋に通された。


「おじゃまします」

「ここに座って」


 ベッドの上に座っていたカルミアは、右手で隣を叩き、すぐ横に座るように促す。

 僕は恐る恐るベッドに登り、カルミアの横に座った。


「ありがとう。慰めに来てくれたのね」

「いや、あの、みんな言われて……あ、すみません」

「ふふふ、正直ね」


 カルミアは、肩に頭を持たれ掛けてくる。

 しばらく、無言の時間が過ぎた。


「あの……」

「喋らないで」

「は、はい!」


 またしばらく無言の時が流れ、窓の外からは昼間の鳥のさえずりが聞こえて来る。

 そして、ようやくカルミアは話し出した。


「エルとは同じ村の生まれでね。小さいころはよくお世話をしてあげたわ。姉としたってくれる人はいっぱいいるけど、ホントに姉らしいことをしてあげたのはあの子だけね」

「え? アレクサは違うんですか?」

「あー。言ってなかったかしら? アレクサは本当の妹じゃないわ。ナインシスターズの候補生だったの」

「そうだったんですか!」

「だって、顔だって全然似てないじゃない? 本当だったら今頃はナインシスターズの冷凍魔法使いと入れ替わってたでしょうけど。一緒に逃げた当時はまだ12才だったしね」

「ナインシスターズって入れ替わるんですか?」

「そう。ナインシスターズは一番でなくてはならないから、より強い魔法使いが出てきたら入れ替わるわね」

「へぇ。あ、話が脱線しちゃいました! すいません」

「すぐ謝るクセ良くないわよ」

「すみま………へへ」

「それで、8才の時に才能が認められてマジカ魔法学院に私は入り、15才の時にナインシスターズに任命されたの。そして、いったん里帰りした時に12才になっていたエルは未だ魔法を使いこなせないでいて、追放されそうになっていた」

「はぐれ人になりそうだったってことですか?」

「そう、それで私は彼女を連れて教皇都に帰り、なんとか彼女の魔法の才能を開花させようとしたのよ。一般的な魔法が使えない場合、あまり教える人の少ない記憶の特異系魔法使いである場合が多いわ。なので、必死で色々な人に聞いたり調べたりしてミラーの能力があるのが分かった」

「でも、エルのミラーは出来損ないだって」

「そう、だから教皇都でも守りきれなくなったんだけど、教皇に直接置いてくれるようお願いに連れて行ったときに、彼女の才能が開花したの。教皇の力によって」

「教皇の力?」

「その時までは知らなかったんだけど、当時の教皇は魔法使いの適正を調べることで、その人を開花させる。そのことで、のし上がって行った人だったのよ」

「はぐれ人にならなかったのはカルミアさんのおかげなんですね」

「でも、そのことが本当に彼女にとって良かったかのか……。今となっては分からない。12才で救世主だ神だと祭り上げられて、世界の果てまで逃げてきても追い求められる。それは私の所為だわ」

「大丈夫ですよ。きっと、エルは帰ってきます」

「そんな都合よく妊娠するなんて……、上手くいくはずないわ」

「それは……」


 僕はここで本当のことを話したかったが、エルに口止めされていたので話せなかった。

 それに、この真実を知っているのは僕とエルだけで、もし他の人間にばれたら記憶探索の魔法などでバレてしまう危険性が高い。

 そんなこともあって、あの夜の真実は………。


「ねぇ。タスクくん数日前の続きをしましょう。今ならだれもこの家に居ないわ」


 そう言うと、カルミアは突然僕を押し倒してくる。


「え? え?」


 突然のことに対応できず、僕はなすがままに服を脱がされそうになる。

 しかし、なんとか勇気を振り絞り、カルミアから逃げてベッドの端へ。


「カ、カルミアさん! できません!」

「どうして?」

「決めたんです」

「どういう事よ?」

「あの夜、カルミアさんで童貞卒業するの失敗したときに決めたんです! 愛のないセックスはしないと!!!」

「何を言ってるの?」

「本来、子どもと言うのは父親と母親の愛の結晶のはず。この世界は、ただ子孫を残す目的のためにお互いが愛のない交わりをしています。そのことが、ダメなんです! 良くないんですよ!! だから僕は愛のない相手、愛されてない相手とのセックスは絶対しないと誓ったんです!!!」

「そう……。よく分かったわ」

「ありがとうございます。分かってくれたんですね!」




 その後……。

「あの、カルミアさん? 冗談ですよね……」

「いいえ、冗談じゃないわ本気よ」

 僕の問いに、カルミアは無表情で答える。

「そんな! 僕、村の役に立ってたじゃないですか?」

「もう十分コハンの村も発展したわ。あなたの力を借りる必要もないくらいにね」

「そ、そんな……」

「掟は掟よ。守れないなら………さようなら!」

 カルミアはそう言い残すと、気球と僕を残し一緒に来たシギと共に飛び立った。

「待ってくださーい! 待ってくれー!!」

 僕が声を張り上げて追いかけるも、お構いなしに彼方へと去って行くカルミア達。


 カルミアとの子作りを拒否した僕は、翌日、起きる前に縛り上げられて気球に載せられ、そのまま山に捨てられたのだった。

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