11.女たちの別れ
「クマちゃんが怪我したことで思ったんだ。これ以上、村の住人や教皇都の修道女たちが傷つく姿は見たくないんだ」
エルが、普段は見せない深刻な顔で答えた。
「でも、それと抱かれるのに何の関係が?」
「修道女は妊娠したら追放なんだ。子どもが出来れば、教皇都に連れ戻されることはない。だから、タスクと子作りした後、ヴァナモにカレン枢機卿の修道会へ連れてってもらい匿ってもらうつもりだ」
「だって妊娠は入れないんじゃ?」
「黙って入って、それから頃合いを見てバラすのさ。安定期まで居させてもらってから帰って来る。そのくらいの温情はしてくれるさ」
「でも……」
「僕じゃ嫌かい?」
エルが僕の手を両手で握って、顔を近づけてきた。
僕は今まで、そういう対象として見ないようにしていたんだ。
だって、彼女は友だちだから。
こうして迫られると、整ったキレイな顔や、露出の多い健康的な小麦色の肌が眩しい。
しかも、いつものキリっとした顔じゃなくて、そこに居るのは目を潤ませた儚げな美少女。
彼女は、そのまま僕をベッドに押し倒して上に跨った。
そして、唇を近づけて……。
「ちょ! ちょっと待って!」
「なんだよ? ここまでするの、けっこう勇気がいるんだぞ!」
「あの、僕に考えがある……」
「どんな?」
「それは、ゴニョニョ……」
その場はなんとか治めて、明日にということになった。
そして、次の日の夜。
「入るよタスク!」
「お邪魔しまーす」
声の主はエルとヴァナモだ。
僕は部屋のベッドに寝そべっていた。
エルは構わず、部屋の奥に進みベッドの僕の隣に腰掛ける。
「クマちゃんは大丈夫なの?」
「さっき包帯も変えたばかりだし、化膿もしてないよ今のところは」
「良かった……」
「あの、エル様。なぜ私も一緒に奴隷の部屋に連れてこられたのか理由をお教え願えませんか?」
少し距離を置いて、突っ立っているヴァナモが発言した。
「そうだよ! なんで、連れてきたんだ? 僕にも意味わかんないんだけど」
「それは、証拠として立会人になってもらおうと思ったんだ」
「えええ!!!」
「なんであんなに驚いているのですか?エル様」
「何でだろうね?ヴァナモに、僕とタスクの子作りの立会人になってもらうだけの話なのにね」
「…………」
ヴァナモは、口と目を大きく開いて石化した彫像のように立ち尽くしている。
エルの発言を聞いて、開いた口が塞がらないという感じみたいだ。
「なななな…………なんですとー!」
「エル! おまえ頭おかしいだろ! 大体がだ! 僕とエッチして妊娠したら連れ戻されないってなんだよ? そんなわけないだろ!」
「いえ、そんなこと………あります!」
「なんだって?!」
「修道女は妊娠したら追放されます。これは、どんな掟よりも重いです! 教皇都並びに修道会の都市・町・村には処女以外は立ち入り禁止です! 調べたりはしませんが……。とにかく妊娠してたり子連れはノーなのは確かです!」
「だからって……。一回で妊娠する確率は低いだろ」
「まぁ、一か八かの大勝負って! 子種を貰ったら、とりあえずヴァナモにカレン枢機卿の修道会へ連れてってもらい匿ってもらうつもりだ」
「だって妊娠は入れないんじゃ?」
「黙って入って、安定期まで居させてもらうんだよ。そのくらいの温情はしてくれるさ」
「まぁ、鬼じゃありませんから、そのくらいはしてくれます」
僕とエルは、同じ話を始めて話したかのようにヴァナモの前で繰り返した。
「分かった……。ただしヴァナモは扉の外で待ってろ」
「奴隷の分際で私に指図するなんて……」
「じゃあ、残って僕たちがしてるの見るつもりかよ?」
「そ、それは……」
結局、ヴァナモは部屋の外で聞き耳を立てる方を選んだ。
「はぁー、わたし何やってるんだろう……」
部屋の中からでも、ヴァナモのため息が聞こえてきそうだ。
「ヴァナモ居るか?」
「は、はい!」
返事の後の静寂に、耐えがたい緊張感が走る。
そしてついに。
―あぅあっあっ、タスク! もっと!
―ふっ! ふっ! こうかい? エル!
「あああ、神様!! これはなんのための試練なの~!!」
そんなことが三日間続いた後……。
4日目の夜に、事件が起こる。
「カ、カルミア様!!!」
―ヤバい!カルミアだ!どうしよう?
―タスク早く!!
「ヴァナモ、そこどいて」
「は、はい! でも……、鍵が」
「入るわよ! タスク! エル!」
扉の隙間から、カルミアの火炎放射が見える。
その後、カルミアが扉を蹴り上げて壊し部屋の中へ入ってくる。
シーツの中から上に乗っかったエルの裸の肩口を見つめるカルミア。
「何を考えてるのよエル!」
「もう、戦うのはよそうよカルミア」
「なんで……。なんで、そんなこと! あと数人じゃない!」
「そうかな……。ナインシスターズの残りを退けたって、今度は対応しきれないくらいの大群で襲ってくるだけさ」
「だからって、自分を犠牲にして……」
「もう、誰かが自分の所為で傷つくのが嫌なん! それに……」
「なによ!」
「もう4日間で、何回も子作りしてるから……。きっと妊娠して帰ってくるさ」
「バカ……」
そう言い残すと、カルミアは力なく部屋から出ていった。
翌日。
エルの旅立ちを、村のみんなと捕虜のセシルとヴァルダが湖畔の家の前で見送る。
別れを惜しむ中、エルが最後の言葉を残す。
「安定期入ったら帰ってくるよ!」
ニッコリいつもと変わらぬ笑顔で、ヴァナモの手をつなぐ。
「それでは、行ってまいります」
下からの風に乗っかって、湖へ向けて飛び立つ二人。
皆が手を振って、山の向うへ消えるまで軌跡を追い続けていた。
カルミアを除いては……。
「カーマイン……」
ヴァルダは、見たことのないカルミアの暗い表情に、未だ抵抗している心が揺らぐ。
「カーマイン! あなたのそんな顔見たくありません!」
同情心からか涙が止まらないヴァルダ。
カルミアは、そんなヴァルダの肩に目頭を載せて抱きしめる。
「ごめんなさいね。ガッカリしちゃったでしょ」
「そうですよ! 紅蓮のカーマインは、いつだって自信に溢れてて……。あっ」
ヴァルダは自分の肩ですすり泣いているカルミアに気付いて言葉を失う。
弱さを誰にも見せたことのないカルミアが泣いている事実に呆然と彼女の事を見つめている。
「三日後に開放するから、伝えなさい。エルピスは去ったと……」
その後、セシルは残り、ヴァルダは一人帰還した。
そして、季節は巡り冬の始まりを予感させる。
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