10.クマ


 寺院に駆け付けると、僕クの部屋の前でエルが扉に張り付いていた。

「おーい! クマちゃーん開けてよー!」

「いややー!」

「どうしましょう?」


 不安そうな目で、ニウブが見つめて来る。


「なんで、クマちゃんは閉じこもってるの?」

「それが、着ぐるみを脱がされたことに怒ってるみたいで……」


 ニウブの説明に、アレクサがあきれ顔で付け足す。


「何でか知らないけど、絶対に中身を見せたがらないのよねー」

「脱いだ時、何か理由になりそうなことに気がついた?」

「それが、首元から背中に大きな傷の跡が……。消毒して包帯変えないと……、もし、悪化したら?!」

「何か策を考えよう」


 そして、僕はある提案を考え付く。


「クマちゃん!」

「なんや!」

「ニウブとエルが目隠しして入るのどうだろう?」

「え、なんて?」

「目隠して入れば見られないで済むだろ? 怪我の場所はクマちゃんが指示すれば良い」

「ニウブとエルは信じられへん!」

「そんな……」

「クマちゃんに断りもせず脱がしたもん!」

「じゃあ、誰だったらいいんだよ!」

「ターくんなら……ええよ」

「え?」


「仕方ありません。タスクさん! これ消毒液と包帯の入ったカバンです」

「う、うん……」


「クマちゃーん! タスクさんだけ残して、私たちは下がりまーす!」


 そう言い残すと、ニウブ達は廊下の奥へと消えて行った。


「もう僕しかいないよクマちゃん!」


 ――ガチャ!


 扉が少し開いた音が聞こえた。


「あっ!」


 ――ガチャン!


 僕は目隠しをしたまま手を引かれ、自分の部屋へと入って行く。

 そして、ベッドに脚が当たったのが分かった。


「包帯を替えるね。クマちゃん」


 手探りでベッドの上を探索して怪我をした右脚を探り当てる。

 引き締まった筋肉質のふくらはぎをたどって、包帯を巻いた太ももへ。

 包帯を緩めた後、鞄から消毒液を出し傷を洗い流す。


「冷たいー!」

「我慢して! 見えないから仕方ないだろ……。よし! 右手は何処?」

「すぐ上や……」


 太ももから上へ腰骨を通りお腹へ……。


「クマちゃん、わざとよけてるだろ」

「にひひ……。もっと上やで」

「え……。このまま上行ったら、おっ……」


 このまま行ったら、膨らみに到達しちゃうじゃないか! と期待と困惑に手が止まる。


「触って欲しいねん……」

「えええ!!!」


 この時、僕は気づいた。

 太ももからお腹にたどり着くまで滑らせた指に、何も布が振れなかったことを。

 ……クマちゃんもしかして、何も着てない!

 

「い、いく……よ?」


 恐る恐る指をお腹から上へと滑らせていく。


「やん、こしょばゆいー」

「はは……」


 指が肋骨にたどりつき、もう少しで膨らみの下弦へと到達しようとした寸前!


「あっ……」

「ヒドイやろ……。この傷」


 クマはそう言うと、怪我した手を僕の手に沿えて、わき腹から背中に刻まれた傷あとの渓谷をめぐらせた。


「もっと先まで続いてるんやで」

「どうしてこんな……」

「小さい頃な。クマちゃん、子熊飼ってたんや。いつも一緒に山を駆けまわったり、川で魚取ったりして遊んでたんよ。でもな、クマちゃんが12才のときな、我慢できへんかったんやろな……。食べられそうになったん」

「その時の、怪我なの?」

「うん……。それで、クマちゃんが殺したんよ……。今も着てるのが殺した熊」


 しばし無言が続く。

 僕はこんな時、何を言えばいいか分からなかった。

 しかし、やるべきことを思い出し。

 クマの掌を消毒し包帯を交換した。

 そして、勇気を出して語り掛ける。


「あのさ……。なんて言えばいいか分からないけど」

「なんや?」

「僕は、小さいころからよく女の子に間違われてさ。中学生になってもヒゲも生えないし。女子から”かわいい”なんて言われてさ。でも僕は内心嫌だったけど怒れないからヘラヘラしてて」

「ふーん」

「でもさ……。男子校行ってからの事なんだけど、文化祭で無理やり女装させられて……あの時は死にたいなくらい恥ずかしいなんて思ったんだけど……。野郎どもは”ホント付き合いてー!”とかバカにしやがって。でも、俺にキャッキャッして囲んで来た他校の女子と僕をネタに話てやんの!! なんだよ……。女子と話すダシに使われただけじゃん! って。あんな女子より僕の方が絶対カワイイとか嫉妬してんの! バカだよなぁ」

「ターくんは女の子ちゃうで!」

「そうなんだ。女の子みたいな自分を受け入れても、どうしようもなく僕は男なんだって、その時わかったんだ。だから、何を言いたいかと言うと……」

「なんやねん」

「クマちゃんは、クマちゃんなんだよ。クマちゃんの着ぐるみは友だちだった子熊の皮なんだろ? それを脱いだとしても、一生着たままでも。殺してしまった事実に変わりはない。何をしたって、何を言われたって、自分であることには変わりはない。嫌でも嫌いでもそれを背負って生きていくしかないんだ」

「………………」


 しばらくたって、目隠しが外される。

 僕の目の前にはクマの顔がドアップで鎮座していた。


「傷を触ってみ」


 そう言うと、くるりと背を向ける。

 僕は、一瞬のことで、クマの前半分を見ることが出来なかった。

 そして、背中一面に大きく走る熊の爪あとが目に入る。

 手を伸ばして、恐る恐る傷に触れた。 

 

「今でも時々痛むんよ」

「かわいそうに……」


 うなじから脇腹まで、真っ白なキャンバスに刻まれる十数個の切れ目。

 壮絶な傷あとに僕は涙が出そうになる。


「こんなに醜いウチを見て嫌いにならへん? キモチワルくて抱きとうないやろ?」

「それは絶対にない。傷だらけでもクマちゃんは、クマちゃんだよ。すごく素敵で魅了的なかわいい女の子だと思ってる」


 そして、僕は後ろからクマを抱きしめようと手を伸ばし……。


「下着出して―」

「あっ! ゴメン」


 クマの言葉に慌てて手を引っ込め、カバンから下着を取り出しクマに渡した。

 クマはぎこちなく下着を着ける。


「どこみてんの?」

「え!?」

「ああ、タスクと同じやんな」


 着替えている時に後ろからでもチラッと見えたおへそのずっと下の三角形、もう少し角度が浅ければクレバスまで目視できたかもしれない。

 キキョウやカルミアと違って、赤ちゃんのような……。


「腋毛も生えないねん」


 下着を身に着け終わったクマは、ニコニコしながらつるつるの脇を全開にして見せつける。

 引き締まった無駄のない筋肉の上に、真っ白なお餅のような産毛すらないスベスベモチモチの柔肌。

 

 ……なんか、とても幼い……。イヤ! Eはありそうな胸や、おっきいお尻はしっかり大人だし!!


 僕は、クマはロリじゃない合法! 合法! と心の中で念仏のように唱えていた。


「じゃあ、次からはニウブ達が……」

「ダメや! ターくんじゃなきゃいやや!」

「うううぅ……。くるしいぃぃ……分かったから!分かったからクマちゃん!」 

 抱き着いて懇願してきたクマ。

 こうして僕は、治るまで看病を続けることになったのだった。


 しかし、流石に僕の部屋にずっと居させるわけにもいかず、シーツで包んで傷が見えないようにすることで病室に移ることをクマに同意を得る。

 先に僕は部屋を出て、ニウブ達にクマを見ないように釘を刺しに行く。


「……ということで、ちょっとニウブの部屋にでも行っててよ」

「わかりました。後はお願いしますタスクさん」


 その後、クマを病室へ移動させ自分の部屋の片づけをしようと廊下に出た。

 すると、エルが僕を呼び止める。


「あの、タスク。ちょっと話があるんだけど」


 その顔は、いつもの屈託のない笑顔と違い、暗い影を落としていた。


「なに? エル」

「タスクの部屋で話せるかな?」


 何か聞かれたくないことなのだろうと納得し、部屋へエルを連れて行く。


「あ、あのさ……」

「どうした?」

「よく考えたんだけどさ……。僕を抱いてくれないか?」


「えーーーーーーーーーーー?!?!?!?!?」

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