9.刺客
それは、何の前触れもなく訪れた。
明け方、僕は自分の部屋でぐっすり眠っていた。
そこへいきなり口を塞がれて身体を無理やり起こされる。
びっくりして目を開けると、僕は後ろから抱きかかえられるようにして、部屋から連れ出されてる最中だった。
「むぐぅ、むむ!」
『静かにしないと、痛めつけるぞ……』
僕の漏らした声に対して、誘拐犯は冷静に怖い事を言ってきた。
ガッチリ身体を抑えつけられて、身動きが取れないことから、僕は怪力魔法使いに拉致されたんだと推測する。
そのまま横向きに抱えられながら、僕は山の中へと連れ去られたのだった。
道中、どんな人間に抱えられてるのかは見えなかったが、もう一人一緒に付いてきてる少女が見えた。
その子は、紫のとろんとした瞳にピンクの髪を三つ編みにして、首にヘッドホンを下げている。
仕立ての良い制服っぽい服装から判断するに、ナインシスターズの一員のようだ。
真面目な顔をして周囲を警戒しているが、どこか抜けた感じの可愛らしさがあって緊張感があまり感じられない。
人里から遠ざかり、山中で降ろされる。
僕はやっと、抱えて来た女を見ることが出来た。
その少女は、オレンジ色のショートボブに水色の大きな瞳。
服装は、迷彩柄のピッチリ目なツナギだった。
……開拓団の時も思ったけど、ナインシスターズって顔で選んでないか?
そんなことを考えていると。
「ふぅ、暑かった!」
そう言って、オレンジ髪はツナギの上半身を脱ぎだした。
中から現れたのは、白い短めのタンクトップ。
小ぶりなメロンほどの胸が眩しい。
僕にガン見されているのに気づいたのか、彼女は声を掛けて来る。
「おい、お前。何見てんだ?」
「そりゃ見るでしょ! 人さらいがどんな奴か知りたいじゃないか」
「俺たちって人さらいなのか? セシル」
「うーん、どうだろう? この奴隷を人質に、エルピス様と交換しようとしているから……。やっぱ、人さらいかな?」
「そうか、人さらいか」
……こいつらバカなのか?
大体、僕を下ろしてから縛りもしないし、隙をみて逃げられるかもしれない。
「あー、忘れてた! 奴隷さん?」
「はい?」
「紐とか持ってこなかったけど、逃げようとしても無駄だからね」
セシルと呼ばれてたピンク髪の子が、印象通りの可愛らしい声で言ってきた。
しかも最後ニコッとしてきたし!
なんだか、本当に誘拐されたのだろうかと思ってしまう。
「あの、なんで逃げられないと?」
「セシルはー、音魔法使いだから、どんな小さな足音でもどこにいるか分かるのー。それに、こっちのヴァルタは怪力魔法使いだからー、すぐに追いつけるよ」
「そうだぞ、逃げようとしたら、頭握りつぶすぞ!」
ヴァルタは、僕の頭を両手で掴んで指に力を入れた。
指先でギリギリ圧迫されただけなのに、頭蓋骨に激痛が走る。
「ぎゃあ! 痛い痛い! 分かりました! 何もしません!」
その後、しばらくジッとしていたが。
「集まり出したよ」
耳を欹てていたセシルが何かを確認すると、またヴァルタに抱えられて山を降りて行った。
湖畔の家の前にくると、そこには、カルミアたちが居た。
「セシル、ヴァルタ」
「姉さま! いえ、カーマイン。私たちは奴隷を人質に捕った。エルピス様と交換で返してやる」
「できれば、カーマイン姉さまもご一緒に帰ってきてくれるとうれしいな」
「駄目だカルミアさん! 脅しに乗っちゃいけない!」
「ああ、うるさい! 黙れ!」
「フグゥ!」
ヴァルダは僕を抱え直して、その胸に顔を埋めさせて喋れないようにした。
彼女の胸は、カルミアのマシュマロみたいな柔らかさと違って、はじけるような弾力があり、おもちの様にむちっとしていて、また違った心地よさが……。
「あー! タスク。捕まってるのに、ヴァルタのおっぱいの感触を楽しんでる!」
「絶対、エロいこと考えてるよー、このド変態!!」
アレクサとシギが、言ってきた。
それを聞いたヴァルダが、ちょっと僕を抱えている手を緩める。
その瞬間、黒い影がヴァルダの前を横切った。
「なっ……」
隙を突いて、クマが僕を奪い返したのだ。
「くそ! 待てこらー!」
怒り心頭のヴァルダは、クマに襲い掛かってくる。
僕を離したクマは、正面からぶつかって行く。
「早すぎて見えない……」
二人の高速パンチの応酬は、肉眼ではとらえられないほどだった。
そして、いきなり吹っ飛ばされた一方が、湖畔の家にめり込む。
めり込んで静止したことで、初めてそれがクマと判る。
ヴァルダが追い打ちを掛けるが、クマはその前に離脱し反撃をする。
「フッ、なかなかやるじゃないか。私と対等に戦える奴なんて初めてだぜ!」
「だから何ー?」
村の中心部で行われている戦いは、周りの建物に損害を与えていた。
すでに、湖畔の家は半壊状態。
このままでは、他の家も壊されそうだ。
「おいクマ! 村が滅茶苦茶だぞ!」
「分かってるってー!」
キキョウに言われるまでもなく、クマは気付いていたようだ。
クマはヴァルダに蹴りをヒットさせる。
まともに蹴りを喰らったヴァルダは、森の木をなぎ倒しながら吹っ飛ばされて行った。
戦いの場が、森林に移り、時折り倒れる木から、今どのあたりで戦っているのかが確認できた。
そんな戦いもついに決着がついたのか、森に静けさが戻る。
「あ! 出て来るぞ!」
キキョウが森を指さした。
見えてきたのは、クマに抱えられてぐったりしているヴァルタの姿。
「よっし! クマちゃんの勝利だ!」
クマはゆっくり、僕らの前にやってくる。
近くまで来ると、脚を引きずっているのが判った。
キキョウが心配そうに声を掛ける。
「おい大丈夫か?」
「この子強いから、気絶してるうちに鉄のワイヤーで縛っとくんやで……」
そう言うと、クマはバタッと前のめりに倒れた。
倒れたクマの着ぐるみから、染み出してくる液体が地面を濡らす。
「クマちゃん?」
「大変よ! 血を流してる!」
クマの右手を右の太ももから出血していたのだ。
すぐに、寺院の治療室へ運ばれた。
後で判明したことだが、倒したかにみえたヴァルダに近付いた時に、隠し持っていたナイフで右手と太ももを刺されたのだった。
傷口は、すぐにアレクサの手によって縫合され事なきを得たのだが……。
「クマちゃんの様子は?」
「幸い動脈には届いてなかったようで、今は寺院でニウブとエルが付きっきりで看病してます」
寺院にクマを運んだ僕は湖畔の家に戻ってカルミアに報告に来たのだ。
「そう、エルは……」
「かなり動揺していました……。責任感じてるみたい」
僕らが話し込んでいると、ニウブが慌てて飛び込んで来た。
「どうしたの?」
「クマちゃんが! タスクさんの部屋に立てこもってしまって!」
「なんだって?!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます