19.高炉と勧誘方法

 コハンの村の本境地から少し川を上って、渓流を崩して作った鉄穴流(かんななが)しの近くに高炉は造られた。

 その高さは5メートルにもなる。

 今回の溶鉱炉は、フイゴよりも強力なシギとカルミアの魔法を使うことでより高い温度まで鉄を加熱し、完全に溶けだした鉄を作り出すことを目指している。

 そして、とうとう高炉が稼働する日がやってきた。


「シギさんカルミアさん!お願いします!」


 溶鉱炉につながるラッパ上の吸気口に向けてシギとカルミアの合わせ技にによる猛烈な火炎放射が注ぎ込まれる。

 温度が上がってきたところで、高炉の天辺に被せられた蓋が上がり、砂鉄と炭が投入されていく。

 炉に付けられた小さなガラス窓を覗くと、火花を爆ぜながら燃え盛る内部が見える。

 やがて、底部の穴からノロが流れ出し、出きったところでレンガで流れ出す経路を塞ぐ。

 そして、より高温になったところで、出てきた銑鉄を別経路に流していく。

 下流では、クマが鋳型がいっぱいになるごとに、次の鋳型と交換していった。

 この高炉の実現により、開拓村は一日に約300キロもの鉄を生産できるようになった。


 電気分解槽も完成し、水酸化ナトリウムを作れるようになったことで、ガラスの生産量も5倍に増えた。

 しかし……。


 カルミアが、合掌した手を口元に寄せて発言する。


「交易品は増えたけど、運びきれなくなってきたわね」


 コハンの村に移住して一ケ月が過ぎ、大人たちが寺院の集会所に集まり会議をしていた。

 ガラスのビー玉が主要な交易品だった頃と違い、鍋や包丁、ガラス瓶に窓ガラスなど、多くの産品が出来てきて、シギや運び屋、新しい風魔法使いの力だけでは扱いきれなくなってきていた。

 僕は会議の席上、一つのアイデアを提案する。


「気球を作るのはどうでしょう?」

「気球?」

「風魔法使いと火炎魔法使いの力が両方必要なんですが、重いものも運べるので作る意味があると思います」

「でも、風と炎だと私とシギが必要ってことでしょ? まだまだ女の子たちにガラスや鉄の生産は任せられない中、私たちにそこまで手を出す余裕が無いわ」


 カルミアの言うことももっともだった。

 しかし、僕にはそれをも解決する方法を前々から温めていたのだ。


「カルミアさん。確かに、今の住民だけでは無理でしょう。しかし、この気球はカルミアさんやシギさん程の能力が無くても使えます」

「何が言いたいのタスクくん?」

「はぐれ人たちを村の仲間に入れて下さい」


 僕の予想外の発言に周囲がいろめき立つ。

 アレクサが、テーブルに手を着いて立ち上がった。


「ちょっと! 何で使えない連中をコハンの村に引き入れる必要があんの? 頭おかしくなった?」

「黙っててアレクサ! タスクくんの考えを聞こうじゃないの」

「気球なら能力の低い風魔法使いと火炎魔法使いのペアでも使いこなせるからです。そしてダイナマイトが有れば魔法が使えなくても鉱脈をバラバラに出来る。どうですか? はぐれ人を勧誘できたら、一気に村の人口を増やすことができますよ?」

「私は賛成~。だって風使いが一番忙しいもん! 猫の手も借りたいくらいだし~」

「俺も良いと思うぜ! 大人が増えればカルミアの仕事も減るだろ? 高炉も水車が完成すりゃ魔法も必要なくなるって話じゃん。カルミアには最初に子作りしてもらいたいしな」


 シギとキキョウが賛同する発言をしてきた。

 カルミアは二人の顔を見た後、僕の方に向き直る。 


「なるほどね。新しい発明品が出来てからでないと答えられないけど、その前に、はぐれ人たちを説得できるの?」

「それは……」



「やってみないと判らないよなぁ~」


 会議の後、ニウブとの夕食を食べながら話していた。 


「あんなに酷い事されたのに、はぐれ人を仲間に入れようと思えるなんてすごいですね」


 ……はぐれ人たちに酷い事をしたのはコッチ側のような気がするんだけど。

 僕は一瞬そんな風に考えたが話を合わせることにした。


「ああ。でも、彼女らは悪気があってやったわけじゃないだろ? 魔法力が低いから定住できないだけであって、根っからのならず者ってわけじゃない」

「そうですよね。あの人たちだって、生まれた村が有ったわけだし。最初っからはぐれ人だったわけじゃないんですもんね」


 僕は、はぐれ人たちがどのような理由で村から離れざる負えなかったのかに思いを馳せる。

 そして、この弱肉強食の魔法世界を気球とダイナマイトの発明をきっかけに変えていければ良いなという思いを強くした。




「こんな大きな袋が、ホントに空を飛べるの?」


 数日後、完成した気球を飛ばすためにカルミアとシギに来てもらっていた。


「まずは、シギさん!気球の中に空気を送り込んでください」

「ほーい」


 シギの風魔法で膨らむ気球。

 しだいに、横向きながら本来の形が見えてくる。


「次は、カルミアさん! 中の空気を温めて下さい」

「分かったわ」


 カルミアの放つ炎によって、徐々に気球が立ち上がっていく。


「よし、浮き上がって来たぞ! シギさんはもう止めてください」

「なにこれ? 私、何もしてないのに浮いてる?」


 シギは自分の魔法以外で空に浮かび上がっている事実に驚き、気球の籠のフチからまわりをキョロキョロ見渡していた。


「気球の中の空気を温める事で膨張して、外の空気より軽くなるんです。だから、水の中で体が浮くように空気の中で浮かび上がれるんです」

「私だけでも、動かせそうね」


 カルミアが気球に炎を送り込みながら言う。


「元の世界ではそうでしたね。風の流れを読んで操縦するのが普通の動かし方ですけど、シギさんに風向きを変えてもらえば、もっと自由に空を動き回れるかと!」


 気流の流れに乗りながら魔法の力で倍速になった気球は、普段の飛行魔法と遜色ないスピードを確保していた。


「これなら長距離飛行しても大丈夫そうね。シギ?」

「もちろん! これ、けっこう楽しい~!」


 そして、はぐれ人たちとの交渉の日。

 熱気球に乗って、僕、カルミア、シギは砂金が採れた川の付近まで来ていた。


「きっとはぐれ人たちも、説明すれば分かってくれます! 特に、この気球とダイナマイトが有れば、魔法の力もそんなに必要ないって……」

「まぁ、ちょっと横風吹かせてるだけだし」

「火も料理の時くらいしか火力使ってないから、はぐれ人でも出来るでしょうね」


 僕は、自分が再発明した科学技術が弱き立場のはぐれ人たちを平等な立場へと引き上げるものにする。

 それこそが、人類の発展に寄与する科学の役割だと強く心に思った。


 目的の川原に降りて行く気球。

 はぐれ人たちも、見たこともない大きな物体が空から降りてきた事に驚き、森の中から川原に出てきた。


 僕は一人、気球から降りたち、大声で呼びかける。


「お話があってきました!」

「お前は、この前の性奴隷!?」

「何しに来た?」


 僕を見て警戒心を強めるはぐれ人たち。


「僕たちの開拓地。コハンの村に入植者として来ませんか?」

「いったいどういうことだい? なんで後ろにいる奴らじゃなくて性奴隷のおまえが喋る? バカにしに来たのか?」


 はぐれ人のリーダーが険しい顔で言葉を投げかけて来た。


「それは、僕の発明品があなた達を勧誘する理由だからです。この発明品があれば、魔法力が弱くても村でも一人前として仕事が出来るようなります」

「信じられないね。お前は嘘が上手いじゃないか!」

「それなら、嘘偽りない真実の科学をお見せしましょう! これはダイナマイトというものです。魔法を使わなくても、強力な雷撃魔法と同じくらい破壊する力がだせます」


 僕はダイナマイトを手に持って離れた場所に走っていき、大きな岩の下に置くと、導火線を伸ばしてはぐれ人の近くまでやって来た。


「耳を押さえて、火花の行方を見ててください」


 導火線に火打石で火を点ける。

 すると、導火線に火が付き、火花が線を伝ってダイナマイトへ向かい始める。

 そして、大岩の下のダイナマイトに到達すると。


 ――ドッカ―ン!!!


 耳をつんざく爆発音とともにバラバラになった岩石の破片が飛び散った。


「す、すげぇ……」


 以前ニウブを手籠めにしようとしていたマッチョのイワが口をポカンと開けて言葉を漏らす。


「それだけじゃありません! あの大きな乗り物は気球と言って、はぐれ人の弱い火と風の魔力でも重い荷物を空に飛ばして運べるんです! 試してみませんか?」

「首領! 俺やってみたいよ!」

「まったく、好奇心だけは人一倍だねイワ……。良いよ、やってみな!」


 カルミア達に代わって説明役の僕の他、イワと小柄な赤毛の少女が気球に乗り込む。


「こいつはアカネっつうんだ! 俺のスケさ」


 その赤毛のかわいらしい小柄な少女を見て、イワってやっぱり僕と趣味似ているな思い。

 そして、ほのかに顔を赤らめている少女に対して何とも言えない気分になった。

 ……あのまま捕まってたら、ニウブもこんな風になったのだろうか。


「おい! 何すれば良いんだよ?」

「あ? はい! まず、アカネさんが気球に火を送り込んで温めて下さい」


 イワに声を掛けられて、ぼんやりとした妄想から復活した僕は気球の操縦法を指示する。


「すげぇ! ほんとに火の魔法だけで空に浮いてるぜ!」


 夢中になったイワは、その後小一時間は気球の操縦に熱中した。


「どうですか? 科学の力が有れば、いずれ魔法が使えなくたって何でもできるようになるますよ! なので、首領! コハンの村の住人になりませんか?」

「確かに、お前さんの言う科学の力というものは凄いというのは分かった。だが……」

「だが?」

「だが、断る!」

「な、な、何でですか?」

「我らは、ゆえあってそれぞれの故郷の村を離れた者……。普通の村の暮らしなど無理だ」


 はぐれ人たちの勧誘が失敗に終わるかに見えたそのとき、それまでおとなしくしていたカルミアが一歩前に進みでてきた。


「しかたないわね。では、もう一つ条件を加えるわ!」


 カルミアは、首領の目を見据えて言葉を続ける。


「あなたたち、はぐれ人に10人分……。妊娠の最優先権を与えるわ!」

「ええー!!!」


 僕は愕然としてはぐれ人を見渡す。

 魔法が弱い分、たくましくなくては生きていけないはぐれ人たちはイワを含めてほとんどがスーパーヘビー級のマッチョ姉さん……。

 イワの彼女のアカネなんて少数派のレアケース……。


「いや要らない」

「え?」


 なぜかこの世界では貴重な子作りの権利を要らないと言う首領に、僕はほっと胸をなでおろす。

 しかし、なんで要らないの?


「なぜなら……」

「なぜかしら?」

「なぜなら。我ら皆…………レズビアンだからー!」


 ………………………………。


「ああ、なるほど……」


 それじゃ男なんて要らないよなーと僕は納得する。

 しかし、それでははぐれ人たちを迎え入れるのは絶望的なのだろうか? と考えていると。


「それでも、受け入れるわ。どんな趣向があろうと村の他の人に迷惑を掛けないのであれば」


 そう言うと、カルミアは首領のそばへ歩みを進め、


「ちょっと良いかしら」


 と耳元にささやき、首領と二人で森の中へ消えた。

 

 数分後……。

 なぜか顔を赤らめて恥ずかしそうにした首領がカルミアと連れ立って森から出てきた。

 そして、


「皆の者! 我らこれよりコハンの村の一員となるぞ!」と叫んだ。


「え? カルミアさんどうやって説得を……?」

「もう! カルミアのエッチ! だいきらい!!」


 僕は、なぜか怒り出したシギを尻目に、交渉の成功とマッチョ姉さんたちによる貞操の危機が去り、ホッと胸をなでおろした。


 そして、今回の勧誘によって村の人口は一気に30人も増えることになる。

 新たな住居の建設や畑の開墾など、これから大忙しになるだろうことに、僕は気を引き締めたのだった。

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