18.電気分解

「おい! さっさとしろよ!」

「あ! ゴメン!」


 キキョウの叫びに我に返ったは僕は、震える手で彼女の肩にそっと触れる。


「ひっ……!」


 ふれられた瞬間、ビクンと震える。


「ゴメン!」


 僕は、とっさに手を離す。


「あ、謝るなよ……」

「ごめ! ……触る、よ?」

「いちいち言わなくていい!」


 僕は意を決し、服を脱ぎすて、キキョウを背中から抱き寄せる。

 そして、そのままベッドに横倒しに……。

 対するキキョウの腕は、胸の前で硬くクロスされている。

 裸で密着し、キキョウの体温を肌で感じた。

 そのなめらかで柔らかい感触に感動する。

 徐々にの緊張をドス黒い欲望が飲み込んでいき、僕は本能の赴くまま大胆な行動を取るようになる。


「ひうっ! うぅぅ……あ、あ、ダメ」


 僕の手をキキョウの腕で護られたもっとも柔らかな部分に滑り込ませていく。

 そして、まさぐられる手に反応するキキョウのいつもと違った震え混じりのか細いあえぎ声すら、より興奮を呼び起こす鍵となっていた。


「くっ、うぅ。うっうう……イヤ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 僕は体の内側から熱くなっていく、密着したふたりの間に汗の水滴が躍る。

 そして、彼女の身体を回転させて唇を奪おうと……。


「うぅ、ひっく、ひっく……うぅ、ぐすっ」


 目の前にあるキキョウの顔は歪められ、涙にぬれていた。

 僕は、弱弱しいすすり泣きの声が先ほどから響いていたことに今更ながらに気付いた。


「うぅ……、ひっく、ひっく、ううぅ、うぇーん!!」


 泣き顔を見つめられているのに気付き、彼女は両手で顔を覆い号泣しだす。


 ……何? なにこれ? どういうこと? え? え? どうすれば?


 いきなり泣かれて僕はパニックに陥り、どうすれば良いのやらと、膝立ちになってオロオロするしかなかった。


「きゃっ! 怖い……」


 覆った指の間から、そそり立つ僕の怒張を目の前にし、さらに恐怖するキキョウ。


「あ、ごめんなさい! もう、何もしないから!」


 僕は慌てて前を隠す。

 そして、目の前の大惨事に僕の分身は力なくしぼんでいくのだった。

 泣きじゃくるキキョウに布団を被せ、僕は慌てて服を着る。

 しばらくすると、落ち着いた用ようで、布団の中から顔をのぞかせた。

 

「カルミアに何て……」

「正直に言えば良かったんじゃ? 怖いって」

「そんな、言えないよ。ホントは順番だってカルミアとシギの後だから、もっと何年後だと思ってたし……。心の準備が出来てなかったなんて言えない! カルミアに失望させちゃうよ。ううぅ…ひっく」


 キキョウは両手で顔を覆い、また泣き出してしまう。


「な、泣かないで! じゃあ……そうだ! ヤッたってことにしておけば良いじゃん!」

「え?」

「僕も、出来なかったなんて言ったらニウブを失望させちゃうしな!」

「あ、ありがと……グスっ」

「ああああ! 泣かないで! また泣かれるのは辛い……」

「ふふ……」


 キキョウは、涙を拭って弱々しい笑顔を見せる。

 僕の慌てふためく姿を見てようやく元気を取り戻したみたいで、こちらとしてもほっと胸をなでおろした。

 そして、


「笑うのは、無いだろ!」


 と、冗談交じりに彼女に愚痴を言い放った。


「ふふふ、ははは……」

「だから、もう! 照れくさいじゃん! ふふっ」


 その夜、お互い笑いあったあと、そのまま眠れるはずもなく……。


「やべぇ、緊張で一睡もできなかった」


 お互い、気まずい夜を眠れずに過ごした。

 そんな、目にクマを作って降りてきた僕らを最初に見たのはカルミアだった。


「あらあら、眠れないくらい昨夜は頑張ったのね!」

「ああ! もう、や、やりまくりよ! なぁ、タスク?」


 から元気で僕の肩に腕をまわすキキョウ。

 昨日のか弱い女の子は何処に行ったのだろうか?


「おおう! お前、休ませてくれなかったもんな」

「あら、焼けちゃうわー」


 マズイ、ヤバい、間違いない! このまま嘘を着きとおすのは難しいぞ。



 それから数日、毎晩、僕の部屋に逗留するキキョウ。


「なにか手を考えないと! このまま妊娠するまで一緒の部屋ってことになちゃうよ」

「すまねぇ! 徐々に慣れていければいつか出来るかもしれないけど……」


 キキョウは、一瞬僕の股間を見るも、すぐに目を強く瞑ってそらした。


「あは、あははは……。完全におチンポ恐怖症じゃないですか」

「うーん、なんか仕事。狩りの他に、俺しかできない重要な仕事が出来れば……」

「電撃魔法で出来る事かぁ……」


 しかしそれは、翌日になってから、すっかり忘れていたことを思い出させるある出来事によって解決した。

 ちょうど僕がガラス瓶作りを手伝っている時だった。


「ねぇ、ソーダ灰はどこ?」


 カルミアがシギに尋ねる。


「ごめん! 原料の海藻すぐなくなっちゃうんだよね~。また、取ってくるよ~」

「ああ!!!」


 僕は、ソーダ灰という言葉を聞いて、キキョウの為の発明を思いついた。


「どうしたの? タスクくん?」

「ソーダ灰作れます!」

「え?」

「電気分解! 電気分解ですよ! ああ、ソーダ灰はおしっこで作る方ばかり考えてて……」

「おしっこ?」

「それは、そのうち……。ともかく、キキョウの電撃魔法でもっとガラスの生産量を何倍にもできたら、彼女は仕事に戻してもらえますか?」

「どうかしらね。ガラスの器や、今はまだ外には交易に出してないけどガラス窓を作るには今のままじゃダメなのは確かね」

「ガラスの交易品が増えれば、村も豊かになるし、移住希望も増えるかも知れませんよ?」

「そうね。ともかくその電気分解を見せてもらってから判断するわ」

「ありがとうございます。さっそくキキョウと制作にかかります!」


 僕はそう言い残すと、キキョウを探しに駆け出して行った。

 そして、湖畔の家の前でボーっとしているキキョウを見つけて駆け寄る。


「わかったぞ! キキョウ! 電気分解! 電気分解だ!」

「なんだよいきなり?」


 キキョウは僕の事を怪訝な顔をして見上げる。


「そのうち塩水の電気分解で塩素を作るの頼もうとしてたんだけど。その他に水酸化ナトリウムが出来るんだよ! すっかり忘れてた」

「落ち着けタスク。意味わかんないから、ちゃんと説明しろよ?」

「今、ガラス作りしててソーダ灰、要するに酸化ナトリウムが足りなくなったんだよ。それで、電気分解なら塩から簡単に水酸化ナトリウムが出来て、それを高温で温めれば酸化ナトリウムになるんだ」

「で、その電気分解ってのを俺がするのか?」

「そう、そういうこと。そのためには炭素電極棒を作らないといけないんだ!」


 僕は、キキョウを連れて寺院の敷地に作った研究室ラボに向かった。

 炭素電極棒には、材料に炭とタール、それに芯となる金属が必要だ。

 これには、すでにルッペ炉で作った鉄筋コンクリート用の鉄棒を使える。

 その他に炭とタールも、炉の残りを研究室に保管してあり材料はすべてそろっていた。

 

 僕は鉄の棒にタールと炭を混ぜたものを塗り、火で焼き固めて二本の炭素電極棒が作った。


「それで、この黒い棒きれをどうするんだ?」

「ちょうど、お風呂で作ろうと思ってた所だから。カルミアとシギにお風呂場に来てもらおう」


 僕がお風呂に湯を沸かしている間に、カルミアとシギを呼んできてもらう。


「それでは、これから電気分解でソーダ灰の原料を作りたいと思います。シギさんちょっとだけ手伝って下さい」


「何すれば良いの~?」

「シギさんには、電気分解が始まったら安全のために向こう側へ吹く風を作って欲しいんです。穏やかな風で十分なのでお願いします」

「あら! なにか危険があるの?」


 カルミアが聞いてきた。


「ホントは吸うと危険な塩素ガスも集めたいんですが、それにはガラスがもっと必要なもんで。なので、今回は風で飛ばして安全を確保します」

「おい! 塩水は準備できてるぞ! さっさと始めんぞ!」

「キキョウ! 両方の炭素電極棒を風呂の塩水に入れるんだ!」

「入れたぞ!」

「よし! 電気を流してくれ」

「ゲホッゲホッ! なんか刺激臭が」

「わすれてた! シギさん、風をお願いします」

「なんか、泡立ってきたわね」


 両方の電極からはブクブクと気泡が湧きだした。

 しばらくすると、電極の一方に白い結晶が出来始めてきた。

 電極棒を抜き、塩素の抜けた水を沸騰させると底に水酸化ナトリウムの結晶が残った。


「この底に出来たのがソーダ灰の元なのね? タスクくん」

「はい! そうです。カルミアさんに焼いてもらえればソーダ灰になります」


 底に溜まった結晶を取り出しカルミアが高温で焼く。


「シギ、珪砂と生石灰持って来て!」


 カルミアは少量を調合して高温で焼き、ガラスを作り出した。


「確かにガラスが出来たわ。塩だけなら海藻よりもずいぶんお手軽に出来るわね。この方法を使えば、ガラスをもっといっぱい作れるようになる。でも……」

「でも?」

「キキョウには、ソーダ灰作りをしてもらいたいけど……」

「カルミア! 俺、生理来たから……」


 キキョウの発言に、周りの空気が一時凍り付く。


「え? それは残念ね。でも、いいかしらタスクくん? 子作りは一旦中断してガラス作りに専念させて……」

「もちろんです!」


 こうして、キキョウと僕のニセ子作り生活は終止符を打ったのだった。

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