14.製鉄と寺院

「さてと、火を入れるか!」


 湖畔の家が完成した翌日、早朝から僕は川岸へ来ていた。

 ルッペ炉の中で木くずに火打石で火を点けて、炭を燃やす。

 そして、横の入り口を塞いでフイゴを繋いだ。

 フイゴは、二つの箱を交互に足踏むことで空気を送り込めるようになっている。

 空気が周り出すと、炉の天辺から火柱が上がりだす。

 僕は頃合いをみて、砂鉄を上から投入した。

 しばらく、足踏みを続けるが段々と疲れて来る。


「はぁ、はぁ、さすがに長時間ひとりで続けるのは辛いな」

「やっぱり! ここに居たんですね」


 声のする方を見ると頬を膨らませて腰に手をやるニウブ。

 連日の作業で疲れてるだろうと思って置いてきたのだ。


「やあ、おはよう」

「もう、ひとりで行くことないじゃないですか!」

「疲れてるかなと思って」

「勝手に決めないでください! 元気有り余ってます! タスクさんの方がヘロヘロじゃないですか」

「これは、何時間も踏んでたからで……」

「いいから、代わって!」


 弱くなっていた炎が、ニウブに代わったことで復活してくる。

 頼りなさそうな見た目だけど、やっぱり最後に頼りになるのはニウブだなとしみじみ思う。

 その後、順番に交代しながらフイゴを踏み続けた。


「ノロも出きったし、もういいかもね」

「あ! 待っててください。クマちゃん呼んできます!」


 そう言い残すと、ニウブは湖畔の家の方へ駆けて行く。

 そしてすぐに、クマを連れてもどってきた。


「ターくん、何作るん?」

「吹きガラスを作るのに使う鉄のパイプを作るんだよ」

「わからん」

「ああ、竹みたいに真ん中に穴が開いている棒。それの細い奴って言えばいいかな」

「なんとなく分ったわ! じゃあ、やってみよか」

「じゃあ、私は火床に火を入れます」


 クマが居れば、鉄の加工も楽に出来る。

 僕は、この後の工程を思い出しほっと胸をなでおろした。

 炉から鉧を取り出し、クマが金づちで叩いて銑鉄を取り出す。

 銑鉄をまた叩いて薄く延ばしてもらい、叩きながらクルクル巻いて筒状に。

 それを、ニウブが着けた火床から噴き出した炎で炙ってくっ付けた。

 

「これ、叩くとカンカーン! って面白い音するなー!」

「あ、クマちゃん折れちゃいますよ!」


 なんとか出来上がった鉄パイプを持って湖畔の家に戻る。

 ちょうど、昼飯前で一階奥にある食堂兼キッチンではカルミアが昼ご飯を作っていた。

 カルミアが僕の持っている鉄パイプを見て話しかけて来る。


「鉄を使って作ったのね」

「はい、この鉄パイプを使って吹きガラスをご覧入れようかと」

「吹きガラス?」

「シャボン玉みたいに、溶けたガラスに空気を送り込んで膨らますんです。透明な瓶やコップを作ることが出来るんです」

「面白そうね。今日は暇だから、お昼ご飯を食べたらやってみましょうか」

「良いんですか!」


 昼食後、暇なメンバーは家の裏手にあるガラス炉の前に集まっていた。

 僕は、カルミアに溶けたガラスを炉からだしてもらい、鉄パイプを使って空気を吹き込む。


「ふー! ふー! ふーっ!! あれ? なかなか上手くいかないなぁ」

「何してんのタスク?」

「ああシギさん。シャボン玉みたいに空気を送り込んで膨らませたいんだけど、穴が太い所為か上手くいかなくって」 

「私に貸して見なさいよ~」


 なかなか成功しなかった僕に代わってシギが鉄パイプでガラスを吹くと、きれいに膨らんでいった。

 ニウブが興奮気味にシギの事を賞賛する。


「すごいです! シギさん!」

「さすが、風魔法使いね」

「へへへ。これ楽しいよ~」


 カルミアに褒められ、シギはニコニコ顔だ。

 そして、僕は膨らんだガラス球の端を切り取る。


「こうやって、上を切り離せばガラスのうつわやコップに」

「なるほど、中が見える器が出来るのね凄いわ!」

「鉄は他にも使い道がいっぱい有ります! なのでカルミアさん。協力して大きな製鉄所の方を作ってくれませんか?」

「そうね、分かったわ。ただし、寺院を建設した後よ」

「わかりました! ありがとうございます」

「やりましたね! タスクさん」

「ありがとう! ニウブ! それにみんなも手伝ってくれてありがとう」



 その日の午後は、食堂で寺院の造りについて計画を話しあうことに。

 寺院を建てる場所は、今いる湖畔の家から南に500メートルくらい下った湖の東側だ。

 やはり、住宅地から少し離すのが決まりらしい。

 そして、最低限必要なものは雨天でも村人が全員集まれる礼拝堂兼集会場。

 これは、最初は50人程度入れれば良いらしいので、学校の教室くらいあればいいだろう。

 次に、司祭であるニウブの部屋。

 これも、特に決まりは無いので10畳くらいの部屋があれば十分ということに。

 最後に、僕の部屋……。

 いわゆる子作り部屋か……。

 石の塔とか地下室とかが一般的で、特に決まりはない。

 ただし、防音に気をつければ……。

 

「カルミアさん僕の部屋はコンクリートを試してみたいんですが?」

「どんなものなのかしら?」

「焼いた粘土と石灰岩と砂を水で混ぜたものをセメントというんですが、それに小石を混ぜたものです。硬く頑丈で水にも強いんです」

「良いわよ。じゃあそれで進めて頂戴」


 ということで、クマとエルとニウブと僕の4人で寺院建設に取り掛かることになった。


「あの、クマちゃん! 柱は真っすぐに!」

「えー? こう広がってるの面白いやん!」


 クマが地面に差し込んだ木の柱は、そのまま使うと土に半分埋もれる逆さまにされたピラミッドみたいな壁を作ることになる。


「ぴゃー! こぼれるー!」

「はっはっは、ニウブ、ドロドロじゃん!」


 セメントを誤ってひっくり返し、頭から被るニウブ。

 それを見て笑っているエル。

 計画は出来るが、みんなをまとめ上げるリーダーシップはゼロの僕。

 そして、徐々にコンクリートを流し込んで作るはずの壁も。


「一気に流し込めばええねん!」


 とクマが大量に流し込んだコンクリートで型枠が崩壊したりなど、しっちゃかめっしゃかになりながらも、なんとか5日後に完成に漕ぎつけた。


「なんか、思ってたのと違う……」


 床より天井が広く、4つの壁がすべて色んな方向に斜めになっている。

 しかも、むき出しのコンクリートはその素材を生かしたくすんだ灰色。

 小さな窓には、なぜか鉄筋がはめ込まれて牢獄の雰囲気を醸し出す。

 しかも、扉まで鋼鉄製。

 この部屋のために、クマとシギがルッペ炉を改造して製鉄してくれたのだった。

 僕は完成した自分の部屋を、茫然自失で眺めるしかなかった。


「ええやん! 全部コンクリでできたし!」


 クマの言う通り、コンクリートで出来た僕の部屋以外も、寺院全体が石や木材とコンクリートとついでにガラスをミックスした、見たこともないような不思議な物体と化していた。


「ニウブ! 君の部屋は大丈夫か?」

「え? すごくいい部屋ですよ」


 僕の部屋と反対の東南側にあるニウブの部屋。

 湖に面した一面ガラス張りの壁と、そこから突き出した木製の広々としたデッキ。

 窓の隣には、湖を見渡せる浴槽。

 壁面は、石膏でまっ白に塗られている。

 部屋の中央には、ゴージャスな革張りのソファと、ガラスのローテーブル。


「どこの高級別荘だよ……」

「ほら、タスクさんが設計するときにヒストリアで色々な建築を思い出したじゃないですか! あれを参考に、クマちゃんと相談して作って貰ったんです」


 僕は何か釈然としないものを感じながら、完成した寺院を眺めるのであった。


「ずいぶんと……。立派な部屋ね」


 ニウブの部屋に入り唖然としながら、開口一番にカルミアが言った。

 寺院完成の翌日、皆が集まっての内覧会が開かれていたのだ。


「でもでも、晴れた日は窓からの光が暑すぎて! 部屋の中に居られないんですよぅー!」


 文句を言ってるように見えて、鼻高々なのが見え見えのニウブ。


「そういう場合はカーテンでも付ければ良いんじゃないかしら?」

「ああ! そうですね」


「それに比べて……」


 次に訪れた僕の部屋を見て、カルミアは言葉に詰まった。


「牢屋みたいって言いたいんでしょ?」


 僕の代わりに、アレクサが答える。


 むき出しのコンクリート壁、鉄筋が横切る小さな窓、無機質な鋼鉄の扉、床も天井も灰色でベッドがポツンと置いてある以外は何もない監獄。

 しかも、すべての壁が統一感のない傾斜をしているために平衡感覚が狂いそうになる。

 それが、僕の部屋だった。


「落ち着いた部屋ね……」


 なんとか、褒める要素が無いか絞り出すカルミア。


「私、こんな気味悪い部屋やだ~」


 そんなことはお構いなしに、シギが悪態をつく。


「お前の趣味、わからねぇぜ……」


 理解不能といった感じのキキョウ。


「そのうち、ちゃんと壁塗ったり、床板張ったりしますよ!」


 僕自身も気に入ってはいないが、他人にここまで言われるのは無いんじゃないかと憤慨しつつ言い返すほかなかったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る