第二章 新天地で開拓スタート

10.開拓村の初日

 大きな湖の穏やかな水面には、周囲を取り囲む緑深い山々が映し出されていた。

 その湖の北岸に、渓谷から流れ込む小川が作り出した平地。

 その小川を挟んで東側の平地が開拓地として降り立った場所だ。


 着いて早々、カルミアがみんなに提案してくる。


「まずはテントを建てましょうか」

「えー! クマが来てからやってもらえば良いじゃん」


 しかし、めんどくさそうに答えたアレクサは、なかなか立ち上がらない。


「あらあら、なんでもクマちゃんに頼ってばかりじゃダメよ! 少しは自分で何でもする努力をしなさいアレクサ」

「わかったよぅ。もうちょと休んだら行く…」


 そんな中、ニウブは興奮して居ても立っても居られないよう様子をみせる。


「あー! ワクワクしてきましたね! 私たちもつかえそうな気の枝なんかを探しに行きましょう!」

「あの……。その前に簀巻き状態から解放してくれませんかね」


 開拓地に着いて早々、カルミアとニウブ以外の3人は、簀巻き状態の僕に座ってくつろいでいた。

 僕は人間ソファーか!


「ハイハイ、みんな立って! その革布はテントの天幕に使うんだから」


 カルミアが急き立てて、ようやくみんな立ち上がり作業へと向かった。



 カルミアとシギがテントを建てている間、残りのメンバーは近くの森に入り、細めの倒木や太い枝などの役に立ちそうなものを集めている。


「この倒木持ってくか……。って重!!」


 こんなに体力無かったかな? と細長い倒木の持ち手から頭を上げると、その先にはアレクサがイタズラそうな笑みを浮かべてまたがっていた。


 ……やれやれ、あんな凄い魔法使えると言ったって、まだ子どもだな。


 藍染のフリルを何重にも重ねたドレスに身を包み、水色のツインテールに大きなリボンが結ばれている、どこかお人形さんみたいな少女を僕は微笑ましく見つめていると。


「雷撃波!」

「きゃあ!」


 キキョウの雷撃波が倒木を真っ二つにして、アレクサが木から滑りおちた。

 


「あにすんのよ! キキョウ!」

「ふざけてないで、仕事しろクソガキ!」

「なによー! ちょっと奴隷くんとお近づきになろうとしただけじゃん」


 とアレクサは反論したかと思うと、立ち上がって僕の方に近寄り、


「だって……。これから、いっぱいイイコトするんでしょ? 私たち……」


 僕の腕に年齢の割には膨らんだ胸を押し当ててきた。


「うっっ!!」

 

 ゆったりしたワンピースの細くヒモで締め上げられたウエストによって強調される胸元。

 それを隠すような大きなリボンの上でイタズラそうな目をして見つめる幼い顔の水色ツインテール少女。

 僕は一瞬にして、その背徳的なエロスに魅了される。


 ……なんて、はしたないロリっ娘なんだ! …いいぞもっとやれ!! いや、いかんぞ、いかんぞ!! タスク……。どんなに幼く見えても、みんな18才以上です! なエロゲーの世界じゃないんだ!

 

 などと、妄想の中で葛藤していると。

 キキョウが、軽蔑の眼差しを向けながら警告してくる。


「あー、一応言っとくが。アレクサにエロいことしたら姉のカルミアに燃やされるぞ。ロリコン野郎」

 

 僕はカルミアに燃やされる自分を想像し、なんとかエロゲーの世界から帰還する。

 いや待てよ、お前さんだってそんなに変わらないじゃないか!

 18歳の合法年齢だといっても、身長は一番低いし!

 などと、心の中で抗議していると、ニウブまで小言を言っていくる。


「そうですよ! 14才の子は妊娠させちゃだめですよ。せめて16才まで待ってください」

「何を! い、いっ、言ってるんですか! ロリコンじゃねぇし!! キキョウさん! ニウブさん! こ、こ、こんな小さい子に、きょ、興味ないですよ」

「まぁいいや。よし、あっち行くぞクソガキ! これじゃ、いつまでたっても終わりゃしねぇ……」

「ちょ、ちょっと! 痛い……」


 キキョウがアレクサを無理やり引っ張って行ってしまった。

 そんなふうに脱線しながらも、枝や倒木を集めをして何往復か、ちょうど僕とニウブの二人だけで行動している時。


 ――ガサガサ。……ガサガサ。


「なんだなんだ?!」

「上の方みたいです!」


 見上げると、木の上に黒い人影のようなものが一瞬見えた。


「人だ!」

「私にはおサルさんに見えましたよ?」

「サルって、あんな大きかった?」


 すると、今度は山奥の方から音が聞こえてくる。


 ――ガサガサ。……バリバリバリ! ……ガサガサガサ。


「なんか僕、すっごくヤバい感じがするんですけど!」

「そそそそそうですね。早く逃げた方が……」


 二人して、音の方を恐々と眺めていると……。


「クマー!!」


 森の奥から、熊がニョキっと顔だす。


「ぎゃー! 熊だー! お助けー!」


 僕はあまりの驚きに腰を抜かしてしまい動けなくなる。


「クマちゃーん!」


 うってかわって、喜びの声を上げるニウブ。


「え?」


 喜ぶニウブを横目で見ると、その前には熊が自身の身長の3倍はありそうな大きな荷物を背負って立っていた。


「なんや、ニウブは引っかからへん……」


 ニウブが驚かなかったことに残念がる熊。

 あれか、いつだか寺院の食堂にいた喋る熊か?


「だって、そのガラスの目玉! 黒目が無いからクマちゃんだって一発でわかりましたよー!」


 眼窩にはめ込まれたガラス玉は、目の奥を透かして黒々とした生気のない色をしていた。


「なんだ、クマさんか……。ふぅー、喰われるかと思った」

「クマちゃん……」

「え?」

「ああ、タスクさんクマちゃんはクマちゃんって呼んでほしいんです!」

「クマ……ちゃん?」

「そっかぁ! タスクさん、クマちゃんのことあまり知りませんでしたよね? 顔を見せてあげてクマちゃん!」

「えへへ……」


 クマは、被っていた熊の頭を外すと、照れくさそな笑顔をみせる。

 頭の上に手ぬぐいを巻いたショートボブの茶髪。

 赤褐色の大きな眼と、ピンクがかったきめ細やかな白い肌。

 僕は、厳つい熊の中から可愛らしい少女が、恥ずかしそうな笑顔を見せて現れたギャップにクラクラする。


「あんま、見んといてー。はずかしい……」


 僕に見られていることを意識して、クマは両手で顔を覆った。

 ……なんだろう? グイグイくる子じゃなくて、こういう奥ゆかしい子もやっぱ良いなぁ。


「ところで、クマちゃん! おサルさん見ませんでしたか?」

「猿? この辺には猿はおらへんよ。この前、先に運んだ荷物持ってきた見て回ったんやけど、鹿と猪とウサギとタヌキしかおらへんかったわー」

「やっぱり! 人間なんじゃ?」


 また、はぐれ人の襲撃があるんじゃないかと心配になった僕は、湖畔にいるカルミアに報告に戻ることにした。



「鳥を見間違えたんじゃないかしら?」

「そうですかねぇー」


 テントの設営も終わり、カルミアは竈の準備をしている。

 カルミアの話によると、開拓団の他に人は居ないということだった。

 開拓地を決める事前調査で、周辺に人の住んでいる形跡が無い事は確認済みなのだ。


「もしかしたら、はぐれ人のグループじゃなくて、放浪しながら旅をしている人かもしれないわね。一応用心のために、タスクくんはここに残りなさい」

「はい」

「クマちゃん、悪いけど。建設は後回しにして、材料集め先にしてくれる?」

「分かったー! ニウブいこかー」

「あ、待ってー! クマちゃーん! タスクさん、それじゃあ行ってきます」

「ああ、がんばって……」


 着ぐるみを着た奥手な美少女ともっとお近づきになりたいと思っていた僕は、力なく手を振ってお見送りをする。

 一方カルミアは、すでに自分の作業に戻っていた。


「カルミアさん。なにか手伝えることないですか?」

「いいのよタスクくんは、テントの中で休んでいて」

「それじゃあ、製鉄用の竈を作るのは?」

「それは、まだダメ」


 カルミアは優しい笑顔のまま言った。


「え……。どうして」

「だって、一人じゃ作れないでしょ?」

「時間をかければ、一人でも作れると思います」

「そうね。開拓の仕事を疎かにしないなら、空き時間にやるのは許すわ」

「ありがとうございます!」

「でも、今日のところは用心もあるからテントの中に居てね」


 その後、一日中テントでごろごろと過ごし、食事の時だけ外に出て来た。

 今日の食事は、カイリの村から持ってきた魚の干物と豆を煮込んだものだ。

 食事中、カルミアが口を開く。


「今日は時間が無かったから保存食を使ったけど、明日からは、狩りと山菜取りに行ってもらわないとね」

「鹿か猪一匹で良いだろ? 補助に誰か来てくれよ」


 キキョウが注文を付ける。

 狩りに関しては、彼女が責任者のようだ。


「ニウブちゃんとタスクくんに同行してもらうわ」

「このふたり大丈夫なのか?」

 

 キキョウが、訝し気に僕らを見つめる。


「キキョウさん! こう見えて、腕力は無いですけど持久力は有るんですよ」

「僕だって、アウトドア好きだし!」


 ニウブに対抗して口を滑らせてしまったが、アウトドアと言っても体力を使わないツーリングキャンプが趣味なだけで、どちらかというと本格的な山登りとかのハードな事は遠慮したい派なんだよなぁ……。


「まぁ、がんばれや……」


 なんか、キキョウが生暖かい目で見て来るんですけど!

 でも、期待されない方が逆に楽できて良いのか?

 そんなことを考えていると、シギが別の話題を呟く。

 

「ところで、お風呂を早く作ってよ~。今日は汗かいたから綺麗にしたいんですけど~」

「早ければ、明日取り掛かりたいけど。今日のところは、このお湯に手ぬぐい使うので我慢してシギ」

 

 カルミアが、横に置いてあるタライを指ししめした。

 すると、シギはタライに歩み寄り、服を脱ぎだす。

 いきなりの幸運に、僕は食事を吹き出しそうになった。


「ああ、気持ち悪かったのよ~。早くきれいにさせて!」

「ちょ、ちょ、待ってください! シギさん!」


 しかし、僕の期待を裏切るかのように、ニウブが慌てて服を脱ごうとしていたシギを止めに入った。

 ……チッ! もうちょっとで、お腹の上が見えそうだったのに!

 そんな僕の気持ちも知らずに、ニウブがシギに注意する。


「シギさん。タスクさんに裸を軽々しく見せちゃダメですよ!」

「なんで~?」

「男性は、女の人の裸をみたら興奮しちゃうんです。だから、子作りのとき以外は見せちゃダメです」

「ふーん。興奮したらなんでダメなの~?」

「それは、興奮して我を忘れた男性に襲われるかもしれないからです」

「なにそれ、ケダモノじゃん!」


 ニウブの説明を聞いて、シギやキキョウが白い目で僕を見て来る……。

 いやいや、そんなことは無いですよと言いたいと思ってた所、カルミアが助け舟を出してくれる。


「タスクくんは、そんなことしないと思うけど、あまり刺激し過ぎるのは良くないかもね」

「良くないも何も、エッチなのはダメです!」

「ふふ、なんだかニウブちゃん。タスクくんのお母さんみたいね」

「そうですよ。性奴隷のお世話をする修道女シスターは、お母さん代わりだとマジカ教典88章にも書いてありました。タスクさん、これからはママと呼んでくれても良いですよ?」

「……………………」


 僕は絶句するしかなかった。

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