3.運び屋

 翌朝は、昨日と違って荒っぽい起こされ方だった。


「起きろ! この野郎!」

「うぐっ!」


 ぐっすり眠っていると、罵声と共に、太ももをしたたか蹴り上げられて目を覚ます。


「うわ! 何するんだ!」


 有無を言わさず、洞穴から引きずり出されて両手両足の縄を外された。

 そして、今度はいきなり水をぶっかけられる。


「冷たぃ!」


 次に、身体を昨日みたいに風の力で空中に持ち上げられた。


「わ、た、助けてー!」

「ブハッハッハッハッハッハ! ざまぁねぇな!」


 前回と違って、逆さまにされたり回転させれたりともてあそばれる。


「これを着るんだよ!」


 地面に降ろされると、生成きなり色の麻で出来た粗末なワンピースを投げつけられた。

 目の前には、2人の性格のきつそうなお姉さんが腕を組んで見下ろしている。

 服を着るときに気付いたが、先ほどの風で身体は完全に乾いていた。


「付いてこい」


 腕をまた縛られ、前後を教団の女に挟まれる格好で洞窟の中を進む。

 すぐに開けたところに出て上を見上げると、切り立った崖に挟まれた地形で、上から日光が差し込んでくる。

 崖は削って通路にしてあり、その脇には無数の横穴が開いているのが見えた。

 しばらく崖沿いに進むと前方に縦に光の筋が見えてきて、やがて開けた広場へ出た。

 その広場は少し小高い山の中腹のような場所で、2,3百メートル先には粗末な木の小屋を境に段々畑が広がっている。さらにその先を鬱蒼とした森が遥か彼方に見える海岸線まで、濃い緑色で塗りつぶしていた。


「日本にこんなところ有ったか?」


 例えここがド田舎だったとしても、こんなに広範囲に人工物が見えないところなど有るだろうか?

 ホントに異世界に飛ばされてしまったのか?

 そんなことを考えていると、こちらに呼びかける声が聞こえて来る。


「おーい! こっちこっち!!」


 声のする方を見ると、ニウブと派手な色の服を着た2人の女性。

 近くで見てみると、これまで会った教団の人間とずいぶん違っている。

 まず、髪の色が一人がピンクでもう一人が金髪。

 服装も、民族衣装のようなカラフルな幾何学模様の入ったポンチョを着ていて、金属は無いけれど石のアクセサリーをじゃらじゃらとさせていた。


「ニウブ。向こうに行っても元気でな」

「てめぇ、ドジなんだから気をつけろよ」

「うぅー、ありがとうございます。アザミさん、セキレイさん」


 ニウブが教団の仲間に頭を撫でられながら別れの挨拶を交わしている。

 なんかバカにされてるだけかと思ってたけど、けっこう可愛がられてたんだな。


「おい! そこのニヤニヤしているボウズ」

「へ? 僕のこと?」


 いつの間にか、僕のすぐそばまで近寄っているド派手な二人組。


「準備するぞ」


 と言われるやいなや、大きな革布でグルグル巻きにされ、そのまま、芋虫みたいな姿で地面におし倒される。


「はやくしな! いっちまうぞ」


 ピンク髪がニウブに叫んだ。


「今行きまーす!」


 ニウブがやってきてうつ伏せの僕の上にまたがる。


「あ! 紹介するの忘れてました! こちらのピンク髪の方がトキさん。金髪の方がタンポポさんです。二人とも風魔法使いで、この辺りの運び屋さんです。そして、こちらが奴隷のタスクさんです!」

「よろしくな」

「ふん……」


 気さくなピンクとぶっきらぼうな金髪が挨拶をした。

 紹介されても、うつ伏せで良く見えないんだけどね。


「しっかりつかまれよ」


 ピンク髪のトキの言葉に応えて、ニウブは僕の首に腕をまわす。


「く、くるしい~」


 ニウブの腕がちょうど喉元のどもとを締め付けていた。


「あ、ごめんなさいー!」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、もっと、手を下に」

「あ、はい」


 ニウブが腕をまわすために頭に顔を寄せる。

 ニウブが頭を側道部後方にぴったりくっ付けてきたため、彼女のミルクのような甘い香りと、うなじを撫でる吐息がもろに掛かってくる。


「はぁ、はぁ、た、たまらん!」

「どうかしましたか?」

「いえ! なんでもない! なんでもない!」


 分厚い革布の所為であまり感触は分からないけど、ニウブに後ろから抱き着かれてるみたいでドキドキする。


「さぁ、行くよ!」

「……ん」


 ピンク頭のトキの合図と共に、いきなり身体が両側から持ち上げられ、そのままどんどん地上から離れていく。


「うがぁ!」


 飛び立つときのショックが収まった後、左右を見ると、身体から延ばされた紐が両側を飛ぶ運び屋の身体に巻きついている。


「空を飛んでる……」


 鳥のようにゆったりと空を舞いながら僕は確信した。


「ここは……魔法の世界だ」



 しかし、魔法の世界ってことは、異世界で性奴隷になったということなのか。

 お世話してくれるニウブは可愛いけど、奴隷は絶対に嫌だ。

 なんとか逃げ出す方法を考えなくては。

 そんなことを考えながら、空中をされるがままに飛行する。

 眼下に見える景色は、相変わらず緑一色だ。


「そろそろ休憩するか!」

「……む!」


 小一時間ほど飛行した後に、着陸態勢に入った。

 高度を徐々に落としていき、地面が近づいてくる。

 やばい! このままだと、顔面から着陸することになるぞ!


「し、死ぬー!」


 しかし、地面スレスレに来たところでヘリのホバリングのように急停止し、ふわりと地面に着地。


「死ぬわけねーだろ、バーカ」


 ピンク髪のトキが罵声を浴びせたあとに一人ゲラゲラと爆笑していた。

 なんなんだこいつら、ちょっとでもズレたら危なかったぞ! ここは、さっき考えた脱出作戦を実行するしかないな。

 作戦の開始のキッカケをうかがっていると、ニウブが、


「トキさん達って! ほーんとに、空を飛ぶのお上手ですね!!」


 と話しかけた。


「あったりめぇよ! デカ物運ばせたら、あたいらの右に出るものはいないねぇ! なぁタンポポよ!」

「うむ」


 金髪のタンポポは言葉少なにうなずく。

 頃合いをうかがっていた僕は、勇気を出して運び屋に話しかける。


「あ、あのー、トキさん!」

「なんだよ?」

「トイレ行きたいんすけど」

「はぁ? 我慢しろ、もうひとっとびすりゃ着くんだから」

「無理っす漏らします」

「ったく! 布がションベン臭くなるの嫌だしなぁ」


 ……くっくっく、計画通り!


 僕は飛行中に考えていた脱走計画が上手く運びそうだと心の内でほくそ笑む。

 そして、簀巻きから解放され、身体を伸ばした。


「それでは、あっちでしてきますね!」


 僕は森の中へと駆け出そうとするが、


「ここでしろ」


 とトキの邪魔が入る。


「え?」

「ここでしろ」

 マジですか……。

 この人たちには羞恥心というものが無いのか?! それとも意外とむっつりスケベだったりするのだろうか。

 あんまりそういうプレイは僕は好みじゃないんだけどな。

 いや違う! そういうことじゃなくて! 何とか打開策は無いかと考えなくては!


「あのお勧めしませんよ」

「なんでだよ?」

「すっごい臭いです! ぼくのうんこ」

「はぁ?」

「こんな近くでしたら、一日中鼻から臭いが取れませんよ」


 ……よし! 恥ずかしさの感覚は無い世界かもしれないけど、くっさいのが嫌なのは万国共通!

 しかし、僕の考えは甘かったようだ。


「ふむ」

 金髪のタンポポが小さな声で呟くと、僕をだきかかえて……。


「わぁ、うわぁあああ!」


 僕は、いきなりタンポポに抱えられ飛び立ったことに驚き、本当に漏らしそうになる。

 タンポポはそのまま1キロ程先にある小川まで僕を運んで行き、緩やかな川の流れの上でピタッと静止する。


「小川でしろということですか?」

「…………………………」


 なんで無言なんだよ!? 超怖いんですけど!!


「分かりましたよ。降ろしてください」 


 僕は渋々川の中に降ろされることに同意した。

 ……くっそ、意外と抜け目ないな。

 僕は仕方なく浅い河原でしゃがみ込む。


「はぁー、きれいな水を汚すのは忍びないなぁ~。それにしても、透明でキラキラ輝く……、金キンキラキラ…………、金?!」


 僕は、縛られた両手と頭を小川の流れに突っ込んだ。

 何という事でしょう! 清流の砂の中で肉眼で確認できるほどデッカイ砂金が光っているではないですか!!

 僕は縛られた手で砂金を集めようと必死になる。

 しかし、タンポポにすぐ引き上げられてしまった。


「金ですよ! 砂金がいっぱい! ゴールドラッシュですよ!!」

「????」


 タンポポは理解不能といった感じの混乱した眼差しで僕のことを見ている。


「おーい! 大丈夫か? タンポポー!」


 タンポポの異変を感じ取り、トキがニウブを抱えてすぐさま飛んでくる。


「ゴニョニョ……」

「はぁ? 入水自殺しようとした?」


 動揺を隠しきれない様子で、トキに耳打ちするタンポポ。


「違いますよ! 金! 砂金を見つけたんですよ! この世界でも金は価値あるんでしょ?」


 僕は指に着いた金の粒をトキに見せる。


「ほー。確かに金だな」

「え? 私にも見せて見せて!」


 ――ガサガサ!!!


「「?!」」


 草むらから音が聞こえたかと思うと、運び屋の二人がまるで驚いた鳥のように一斉に空高く飛び立った。


「どうした……?」


 振り返ると、森から出てくるその数20人程のうす汚れた服を着た蛮族の集団。


「タスクさんしゃべらないで!」


 ニウブが僕の袖をつかんでささやく。

 何かとてもヤバい状況になったんじゃね?


「はぐれ人の群れ……みたいですね」

「それって、ヤバいの?」


 小声で聞き返す。


「うーんどうだろう?! 良い人はいい人だし、悪い人は悪い人だし……」


 いかにも山賊の首領しゅりょうっぽい女が、群れから一歩前に出て声を張り上げた。


「くされ修道女シスターか……我らの縄張りで何をしている!!」

「でもでも、みなさん教団のことは嫌いなのは間違いないですぅ……」


 ……それって、最悪じゃん。


「答えろ。クソあま!」

「はははい。このように縛り上げた罪人を運んでいたんです」

「罪人? どんな罪だ?」

「えっと、えーと」

「なんだ、答えられないのか?」

「盗み食い! 盗み食いをしたんです!」

「盗み食い? 盗み食いだけでこんなひどい仕打ちを!」

「あ、あ、あのー。村のお米を全部たべちゃって! すいません、すいません」


 ニウブはペコペコ謝り出した。


「そこまで、大食いには見えないけど……お前! ほんとに食べたのか?」


 僕はニウブの話に合わせて無言でコクコク肯うなずく。


「あ、この人は、おなかいっぱいで喋れないんです」


 ――グーゥー!!


 無情にも、朝から何も食べていない僕の腹が鳴った。


「腹減ってるじゃん!」


 こうして、取り残された僕とニウブははぐれ人とかいう山賊たちに捕まってしまったのだ。 

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