2.女たちと魔法の世界

 監禁された真っ暗な洞穴ほらあなの中で僕は考えていた。

 指から放たれた電撃、地面から沸き上がった火柱の壁、自分の身体を持ち上げた下からの突風とっぷう

 それは、まるで魔法のような不思議な力。


「いや、これはあれだ!奇跡の力を見せて洗脳しようとするカルト宗教のトリックに違いない。きっと指からの電撃は、薄暗がりでは見えない細いテーザーガンだろう。火柱は、出口付近の床にガスが出る穴が開いていたんだきっと!」


 身体を持ち上げた空気は……。


「うーん。これだけは分からない。あれだけの風量を制御するには、かなり大きなブロアーが必要だし」


 一人なのに、ついつい声に出して考えてしまう。

 なんとか、あの摩訶不思議なトリックを解き明かすことは出来ないものか?

 僕は、ああでもないこうでもないと時を忘れて考え続けた。

 そして、何時間たったか分からない頃、外から声を掛けられる。


「起きてますか?」


 洞穴を塞いでいた木戸が開かれ、通路の弱い光が差し込む。

 声の主は、ニウブと呼ばれていた先ほどの可愛らしい少女だった。


「これからずっとお世話させていただく者です。あ! これ、ごはんです」


 陶器のどんぶりに入れられたおかゆのようなものが目の前に置かれた。


「出発の前に、よく食べて体力回復してくださいね」


 ニウブは入口の前にしゃがみ込んで、ニコニコしながら僕を見ている。


「あ、あの……」

「さぁ、遠慮なさらずに」


 言えない……、両手を縛られて食べられないなんて! だって、キラキラした瞳が目の前で何の疑問も持って無いような笑顔を向けてきてるのに!

 ……しかも、自分全裸だし。


「あー!」


 突然、ニウブは大声を出して立ち上がった。

 そして、その所為で洞穴の天井に頭をしたたかぶつけてしまう。


「うぐぅー。痛たたたたぁ~」


 目に涙を浮かべて頭頂部をさするニウブを見て僕は思った。

 この子、かなりヤバい感じのドジっ子なんじゃないかと。


「だ、大丈夫?」

「うぴゃー! すみません! すみません! すみません……。すみませーん!」

「落ち着け! ニウブ……さん」

「縛られてたら自分で食べること出来ないのに! あーまたドジったぁ……!」


 頭を抱えて首を横に振るニウブ。

 しかし、何かに感づいたようにハッとした表情で頭を持ちあげる。


「なんで私の名前を……?! さては、心の中を読める特異系?!」


 何を言っているんだこの子は……、やはり頭のおかしいカルト教団の一員だからか。


「さっき。デカい女の人と話してた時に、呼ばれてたから……」

「ああそういうことかぁ! びっくりしちゃった。そうですよね。男の人が魔法使えるわけないし」


 ニウブは安堵したのか、元のニコニコ顔に戻った。


 ……魔法?


 さっきまで考えていた”魔法”という言葉。

 はからずも、気になっていた言葉が出てきたことで、僕は思い切ってニウブに色々訊たずねてみることにした。


「あの……。説明してもらえませんか?」

「ん?」


 小首をかしげてキョトンとした表情で、こちらを見つめる姿もカワイイ。

 いかんいかん! そんなことじゃなくて! と雑念を振り払い、質問を続ける。


「いきなり裸で閉じ込められて、訳が分からない。ここは、どこなのか? あなたたちはいったい何なのか? どうして僕が捕らえられたのか? 教えてください!」

「ああ! さっきはブルゴスさんに途中で説明するの止められちゃったんでした。それでは、続きを話しますね!」


 ――しーん……。


「え? あ、あの。ニウブさん?」


 束の間の静寂せいじゃくに、無視されたのかと不安になる。


「えっと、どこまでやりましたっけ?」


 なんとなくこの子がバカにされていた理由がわかった気がする。


「色々質問されました」

「じゃあ、あとはこちらからの説明ですね」 

「はあ……」

「では今度こそ、始めます」


 そう言うと、ニウブは真剣な表情に変わり、説明を開始した。 


「われらが住まうこの世は、乙女おとめに支配されし世界。そして、男は性奴隷としてのみ存在を許されし世界」

「へ?」

「しかし、乙女のみしか生れ落ちぬこの世では、交配こうはいすべき男を異世界から召喚することにより充足しているのだ」

「え?! な、異世界転生させられたってこと?!」

「まだ、途中なんで! 黙っててください!!」

「……すみません」

「汝、性奴タスクよ。乙女の世の繁栄はんえいのために、子作りに励はげめ! そして、乙女をうやまい、助け、逆らう事なかれ。なにかあれば、我ら女は皆、強力な魔法の力によってなんじ屈服くっぷくさせるであろう。……以上がマジカ教教則第69項召喚されし者への定め、及び性奴隷はじめてガイドです!」


「…………うそだろ?!」


 ニワカには信じられない話だった。

 異世界からの召喚、魔法、女しか生まれない世界……性奴隷。

 どれも、このカルト教団に都合の良い屁理屈、洗脳のための説明なんだろうと思った。

 でも、交配・子作り……。

 目の前には「これからずっとお世話してくれる」年端としはも行かない美少女。

 最初に魔法で恐怖させて、優しい美少女を目の前に差し出す。


 アメとムチを巧みに使った、まさに高度な洗脳テクニック!!!


 ……やるなセックス教団!

 この子に童貞を捧げられるなら、教団に洗脳されるのも悪くない!


「ダメだ! ダメだ! 負けるな俺の精神メンタル!」


 僕はまぶたを閉じて、煩悩ぼんのうを必死で振り払おうと努力する。

 しかし、薄目を開けた瞬間にその高潔こうけつな精神はメルトダウンした。


「ハウわぁあああああ!!!」


 目の前の美少女が、にこにこしながらスプーンをこちらに持ってくる。


「タスクさん、私が食べさせてあげますね! はい。あーん」

「あーん。パクっ」


 しまったぁ!!! 身体が! 精神が言うことを聞かない!! これが洗脳教育の恐ろしさか!!

 僕はされるがままに、しばらくニウブにおかゆを食べさせてもらう至福の時間を味わう。


「あ、口元に……」


 ニウブが指で僕の頬にこぼれたおかゆを拭い、自分の口元に持っていった。

 指を舐めるなまめかしさのギャップに溜まらず僕は……。


 ――ガキーン!!!!!!!


「痛たたたたたた!」


 下腹部のジュニアが鋼鉄こうてつのようにカチカチになって隆起りゅうきし、縛られた両脚の下で圧迫されたのだ。


「どうかしましたか?」


 驚いて、近寄るニウブ。

 しかし、僕は必死に身をよじらせ。


「だだだ、大丈夫ですから!」


 脚を身体に引き寄せて、危機をとりあえず回避した。

 そのままどんぶりが空になるまでニウブに食べさせてもらった。

 

「あ、あの」

「なんですか?」


 食べ終わって、色々な疑問が浮かび上がってきた。

 でも、ある程度話を合わせないと答えてくれないかもしれない。

 なので、さっきからトリックが判らなかった魔法について聞くことにした。


「ニウブ……さん」

「ニウブで良いですよ」

「じゃ、ニウブ。君はどんな魔法を使えるの?」

「私の使えるヒストリアという魔法は、記憶に関する魔法です。詳しく言うと、かける相手の思い出したいことを思い出させる魔法。すっかり忘れてしまった事でも、完璧に思い出させることが出来ます」


 なんだか聞き出そうとしていた種類のトリックとは違う感じだったが、とりあえず感心した風を装って相槌をうつ。


「へぇ凄いね!」

「そんなことないですよ。他の皆さんのように風を操ったり火を操ったり力を百倍出したりみたいな生活に役立つ魔法じゃないし」

「でも、必要だからこの修道院だかに居るんじゃないの?」

「ヒストリアの魔法にはもう一つ力があって、異世界からの召喚者にこの世界の言葉を使えるようにする力があるんです。言葉が通じないといろいろ不便ですし。覚醒まえの召喚者にヒストリアをかけることを初期化と言うんですが、ヒストリアの思い出す力を受けるにはこの世界の言葉が分からないとこちらも掛けられないんです」

「なるほど、だからこうやって喋れるんだ!」

「それも、タスクさんで終わりです」

「どういうこと?」

「しばらく男性が召喚されることが無いからです」

「なぜ?」

「本部から封印された召喚者が送られてくるんですが、割り当てを全部使いきっちゃって。次が何年先になるか……。なので、役立たずの私は必要ないんです」


 ――その後も魔法について、もっと詳しく聞いたところ、だいだいこういうことだった。

 この世界の魔法使いは、鍛錬たんれんによって魔法を使えるようになる。

 なので、いろいろな鍛錬をすれば、それだけ多くの種類の魔法を使うことも理屈の上では可能だ。

 しかし、実際のところは二つ以上覚えるのは効率が悪く、一方を使わないでいるとすぐに能力が落ちる。

 なので、1つか多くても2つ覚えるのが限界で、3つ以上使える魔法使いはスーパーレアな存在らしい。

 そのなかでも、ヒストリアはそれほど重要な魔法ではないので、一部の有能な魔法使いが教団に言われてサブとして覚えるくらいで使用者は少ない。

 そして、魔法使いにも覚えられる魔法に得意不得意があって、ニウブの場合はヒストリアしか覚えられなかったそうだ。


 魔法の話をしているうちに、ニウブの表情がだんだん暗くなってきた。

 ちょっと、話題を変えた方が良いのかな?

 そう思って、僕は、 


「でも、お世話してくれるのがニウブで良かった」


 と感謝の言葉を伝える。

 すると、ニウブがいきなり抱き着くくらいの勢いで顔を接近させてきた。


「ホントですか!」

「ほ、ほ、ほ、ほんとででです……」

「わたし、タスクさんのお役に立ててますか?」

「立ててる! 立ててる! 別の意味でも立ててるっす!」


 頭の天辺から足の先まで熱い血潮が駆けめぐる。


「うれしい……」

「あ、いや、あはは……」


 けがれの無い笑顔で見つめられて、僕はバターのようにとろけそうになる。

 たぶん、鏡で見たら僕の顔はまっ赤になってるだろう。


「ホントは、役立たずで厄介払いされるの分かってるんです。でも、教区長さん以外は優しい人が多いから残りたかった……。それに開拓団は知らない人ばかりで不安だし、開拓村が大きくならないと私に出来ることなんて何も無くて。出来ることと言えば奴隷のお世話くらい。でもでも! タスクさんが必要としてくれるなら! お役に立てるなら、生きてる意味あるのかなって」


 そう語るニウブの顔はどこか悲しい色をしていた。

 僕は、なんとかしたいと思って、励ましの言葉を考える。


「絶対役に立てる! そのヒストリアという魔法だってすごいと思う! 今は使い道ないけど、絶対! 何か役に立つ方法あるよ!」

「そうなれたら良いですね……。あ! もう遅いですね。じゃあ、お休みなさい」


 ニウブは弱弱しい微笑を返した後、木戸を閉じて、そそくさと去って行った。


「あー! 最後ダメダメだったー……」


 最後上手く励ませなかったことに後悔と自己嫌悪でモヤモヤしながら、暗闇の中、やがて僕は深い眠りに落ちていった。

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