第一章 異世界で奴隷になった僕

1.起きたらカルト教団に拉致されてた

『起きて下さい!』

「まだ無理…」

『起きろー!』

「もうちょっと、寝かせてよ……」

『起きてよ!お兄ちゃん!』

「ハッ!」


 突然のお兄ちゃん発言が耳に飛び込んできて目を見開く。

 何故なら、僕には妹など居なかったから。

 ゆえに、無類の妹キャラ好きのさがが僕自身に目覚めを促したのだろう。


「これは……、夢?」


 ぼんやりした焦点が定まってくると、眼の前にニコニコ弾けんばかりの笑顔が迫っている。

 年のころは15、6だろうか? 黒髪のローツインテールに、三日月形のまぶたからこぼれる色素の薄い茶色い瞳、頬がピンクに薄っすら染まった白い肌、小ぶりな形のいい鼻と薄いくちびる。

 僕は目の前の女の子に見とれて、


「か、かわいい……」


 思わず口から言葉が漏れてしまった。

 僕の言葉に反応したのか、彼女はパっと大きな目を見開く。

 そして近づけていた顔を引き離し、後ろの誰かに話しかける。


「起きましたよ!」


 彼女の顔が離れたことで、僕の視界は開けた。

 見上げる天井は真っ暗で何も見えない。

 頭を少し持ち上げると、後ろを振り向いている女の子が真っ黒なフード付きのスモッグみたいな服装をしていて、僕のおへそのあたりに跨がっているのが見える。

 彼女の後ろには、同じような黒衣の人が何人も並んでいるようだ。

 首を左右に振ると、見えて来るのはゴツゴツしたむき出しの岩肌。

 まるで、洞窟か鍾乳洞のようだ。

 ……これは、明晰夢って奴か?

 彼女は少しの間、後ろと話していたがよく聞き取れなかった。

 そして、またうれしそうな顔をこちらに戻した。


「お名前は何ですか?」

「え?」

「言葉、解りますぅ?」


 彼女は眉尻を下げて、少し困った表情で聞いてきた。


「え? あ! 分かります! 分かります! すみません」

「お名前は?」

「タスク。我楽匡がたくたすくです」

「年齢は?」

「19歳です」

「職業は?」

「大学生。大学一年生です」

「趣味は?」

「ソロキャンプと読書とアニ……」


 ここでアニオタなのがバレるのはヤバいよなと思って、言葉を止めた。

 てかこれ何? 何なの?!

 そんな僕の感情などお構いなしに質問は続く。


「好きな色は?」

「紫かな」

「あ! 私も同じです!」


 彼女は、一瞬目と口を丸くしたあと目を細めてニコッとする。

 夢の中なのに、ちょっとドキドキしてしまった。


「え? そうなの!」

「はい。そうですよ……、えと、次は……あ!」


 何かに気付いたようにあんぐり口を開ける女の子。

 みるみる顔が赤くなっていく。

 しばらく、彼女はもじもじしてから、ようやく口を開く。


「は、はつ……んの、年齢は?」

「ん?」


 年齢はさっき聞いたじゃないかと、答えずにいると。


「は、早く答えて下さい!」


 真っ赤な顔をして彼女は、早口で僕を急き立てる。


「だから19だって」

「嘘ついちゃダメですよ」

「え?」


『もう、そんくらいで良だろう?』


 後ろから野太い声が響いてきた。

 そして、同じような黒装束――サイズ感はかなり大きいけど――が後ろから近づいて来た。


「質問がよく聞き取れなかったんだろう?」


 お下げの女の子の隣に来た丸々太った大柄の女性は、どうやら先ほどの声の主らしい。


「は、はい」

「初体験の年齢を聞いていたんだよ」

「え!」

「それなのに、童貞丸出しのお前が19などいうものだから……」

「なっ……………………」


 僕は絶句した。

 確かに当たってるけど、人を見た目で判断するのは良くないと思う。


「ニウブ、下がってな!」


 乱暴な話し方をする黒装束は、僕にまたがっているお下げの女の子に命令した。

 ……あの子、ニウブって言うのか。


「はぅ! ブルゴス教区長! でも説明がまだ……」


 ニウブと呼ばれた女の子が僕のお腹から離れた。


「そんなの後で良いだろ! 召喚の儀式が長引いて、こっちは腹減ってんだよ。さっさと終わらせて飯にすんぞ!」

「は、はぁ……」


 渋々といった感じでニウブが離れると、ブルゴス教区長がこちらを見下ろしてくる。


「立てボウズ」

「あ? ヤダね!」


 ……夢の中なのに、なんでデブのオバサンなんかに命令されなきゃなんないんだ! さっきの可愛い子なら良いけどさ。

 などと心の内で思った僕は、命令を断固拒否した。


「そうかい。そうかい。これは、分からせてあげないといけないねぇ!」


 不敵な笑みを見せるブルゴスは、言葉を続ける。


「アマンダ!  電撃!!」

『もう、人を便利屋扱いして』


 後ろに控えていた集団から、長身の金髪女性が一歩前に出た。

 てか、外国人?

 パツキン姉さんは、右手を前に投げ出し、人差し指をこちらに向ける。


「ぎゃっ!」


 僕の全身にしびれを伴った激痛が走った。

 しびれる直前に、カミナリみたいな光が一瞬見えたよな?

 ていうか、痛いということは!


「夢じゃない?!」


 確か、僕は山奥の河川敷でソロキャンプをしていた。

 そんで、そのまま一人テントで眠りについて……。

 それなのに今は、周りは岩だらけの洞窟の中。

 松明の光に照らされる、黒装束の女たちに囲まれてるし!

 僕は痛みで縮こまった身体に目を向ける。

 すると、そこには一糸まとわぬ丸裸の僕が……。


「きゃっ!」


 僕はおどろいて、自分の胸と股間を手で隠す。

 ヤバい!  マジヤバい!!  なんなんだこいつらは?  もしや、カルト教団に拉致された?!


「さぁ。早く立たないと、もっといっぱいお仕置きしちゃうわよ」

「は、はいぃぃぃ!」


 パツキン姉さんに言われて、慌てて立ち上がる。


「ぼ、僕の荷物を返してください。な、なんで裸になんて…」


 勇気を振り絞って懇願するが、ニヤニヤ薄気味悪く笑っているカルト教団員たち。

 そんな中、ブルゴスと呼ばれたオバサンが語りかけてくる。


「この世界は危機にひんしてる。私らに無い、テメェの力を存分に発揮して人類の繁栄に役立てな」


 訳も分からずキョトンとしていると、パツキン姉さんが出てきて僕に耳打ちしてきた。


「はいって言うのよ」

「え?」

「はいって言わないと、また雷落とすわよ」

「はい!」


 雷の恐怖に、訳も分からずはいと答えさせられてしまった。

 オバサンはそれで満足したようで、打って変わって気味の悪い笑顔を見せる。 


「それじゃあ、あっちの方も使えるか検査しないとね」


 そう言い放つと、ブルゴスはいきなり着ている服を脱ぎすてた。

 その下に隠れていたのは、セルライトマシマシのぶよぶよな肉の塊!


「え……。な、何を?!」


 彼女はそのまま僕へと迫ってきて、いやらしい笑みもたたえてその手を僕の下腹部へと伸ばし……。僕はたまらず、


「オェ――――!!!」


 余りにおぞましい光景と、貞操喪失の恐怖に胃の中の物をぶちまけた。


「うわっ! 何してんじゃボケが!!」


 怒りに打ち震えた声が洞窟内にコダマする。

 しかし、そんなことに構う事なく、僕は地面に手をついて嗚咽を繰り返していた。


『プッ……! クスクス……』

『吐くほど嫌がられるなんて、ブルゴスも面目丸つぶれだね』

『よしなさいよ! 教区長、顔まっ赤にしてプルプル震えてんじゃん!』


 息絶え絶えで周りを見渡すと、憐れんでいるのやら嘲笑しているのやら、真ん中に立つブルゴスは針の筵といった感じで涙目になっていた。

 しかし、すぐに気持ちを切り替えたのか、真面目な顔に戻ると周囲ににらみを効かして黙らせ、最後にはニウブにその視線はたどり着いた。


「おい! ニウブ!」

「はう! ……ブルゴス教区長」


 一旦うしろに戻っていたニウブがトテトテとブルゴスの下へ駆け寄る。


「あんたを司祭に任命する。よってこの召喚者をつれコハンの村へおもむき新たな開拓団に参加しな」

「え、え? ひゃっ! ななななんで? なんでですか? 私なんてまだ下っ端のヒヨッコのすっとこどっこいの……」

「下っ端のヒヨッコのすっとこどっこいだろうが、マジカ魔法学院は出てんだろ?」

「は、はい! もちろんです! こう見えて勉強だけは出来るんですよ」


 最初はオドオドしてたけど、最後は胸を張って答えるニウブ。


『他のことは何にもできないけどねぇー』

『ぶわぁはっはっはっはっはっははははは……!!!』


 周りがいっせいに爆笑しだした。


「静粛に」


 パツキン姉さんのアマンダが無表情で呟つぶやくと、ピタリと笑い声が止む。

 そして彼女はニウブの方を向いて話し出した。


「ニウブ、しばらく召喚しょうかんが無いのは分かってるわね?」

「はい、分かります」

「ということは特化型のあなたの力を使う場面も、当分ないということも……」

「ううう……」

「要するに……。日々の生活に必要な能力が無く、腕力もない者をやしなう余裕は我々には無いのよ」


 何やら込み入った会話が展開されているぞ。

 だんだん涙目になっていくニウブ。

 薄茶色でビー玉のようにキラキラ輝く大きな瞳。

 垂たれ下がったまゆが、美少女でありながら親しみやすさを醸かもし出して……。


「ハッ!」


 ついついニウブと呼ばれてる美少女に見とれてしまっていたが、今、僕の事を誰も見ていない?!

 ……これは、逃げるチャンスじゃね?

 僕は、音を立てないようにソロリソロリと四つん這いで出口を目指すことにした。   

 気付かれないように女たちから5メートル程離れる。

 ……イケる!

 僕は立ち上がって、全速力で出口に向かって駆け出した!

 しかし、


「アチィ! アチチチッ!!」


 突然、目の前に炎のカーテンが吹き上がり、行くてを塞いだのだ。

 僕はもんどりうって後ろに倒れるしかなかった。


「ツグミ!」


 間髪入れず、ブルゴス教区長の声が響いたかと思うと、仰向けに倒れ込んだ僕の身体が風に乗って空中に浮き上がる。


「え? え? うそだろ!?」


 まるでドローンにでも成ったかのように、空中に浮かんでいる僕の身体。

 下からは、ものすごい勢いの風圧が感じられる。


「ツグミ、降ろせ!」


 ブルゴスの命令の後、吊り下げられていたヒモをチョキンと切られた様に、僕の身体は真っすぐ地面に叩きつけられた。


「痛ってえぇー! あ痛たたたたたた……」

「手間を掛けさせるんじゃないよ」


 僕は両脇から腕をつかまれて連れ出される。

 そして、そのまま手足を縛られた後、小さな洞穴に放り込まれた。

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