4.女山賊団に捕まる

 はぐれ人に捕まって縛り上げられた僕らは、川の上流にある彼女らの住処に連れていかれた。

 森の中の少し開けた場所であるそこには、粗末な掘っ立て小屋が幾つかあるだけで、住人の服装も、動物の皮で作られた見るからに粗末なものだった。

 しばらくして、見張りが離れた隙にニウブがささやきかけてくる。


「いいですかタスクさん。まだタスクさんが男だとバレてません」

「え?」

「しっ! 静かに……。タスクさんヒゲ生えてないから判らないんですよ。バレたら何されるかわかりません。どうか一言もしゃべらないように」 


 元の世界でも中学生頃までは、よく女の子に間違われることも有った僕は、華奢でヒゲが生えない体質の童顔だ。

 男を余り見たことのない、はぐれ人たちには男と分からないのかもしれない。

 そして、この世界では貴重な男とバレることが、とても厄介な事になるからニウブはしゃべらせなかったのだろう。

 途中、トイレでバレるかと思ったが、ワンピースの下はノーパンだったのでそのまましゃがんで用をたして切り抜けることができた。

 そして、日も暮れ始めたころ。

 近くに居た、はぐれ人たちのおしゃべりが聞こえて来た。 


『あのクソ尼どうするかね?』

『人を殺すのはやっぱねぇ~』

『俺のスケにして良いかい? けっこうカワイイじゃんあいつ』


 予想外の言葉に、びっくりして発言の主を見てみると、僕よりよっぽど男らしいマッチョなおねぇさんが、スケベそうな顔でいつの間にかすやすや居眠りしているニウブを眺めていた。


「まったく、女好きだねぇイワ!」


 はぐれ人の首領しゅりょうが、イワと呼ばれたバリタチ姉さんの肩をバシバシ叩いている。

 少なくとも20人以上は居るこの集団、よくよく見てみると、いちゃついている仲睦なかむつまじいカップルがちらほらいるのが判った。

 後々教わったところによると、この世界では女性同士が恋愛関係になるのは珍しいことではないのだった。

 そして、元の世界でも同性ばかりの集団ではよく起こりうる事象だと思い出す。


 ……まずいぞ! ニウブがあのマッチョ姉さんに手籠てごめにされてしまう!!!


 ちょっとイケない想像をしてしまったが、さすがに僕の所為でニウブは取っ捕まってしまったんだ! 

 このまま、放っては置けない。

 僕は勇気を出して、首領に話しかけることにした。


「アノー! ホントノコトハナシマスワ!」


 僕は女性ヴォーカルのアニソンを裏声で歌うのを趣味にして良かったと、この時ほど思ったことはないだろう。

 首領相手に、キンキンした裏声で話しかけたのだ。


「話せるんじゃないか! てか、なんか面白い声だなおまえさん」

「イヤデスワ。ソレヨリキイテホシインデスワ! アタクシトクガワマイゾウキンノカクシバショシッテルノ!」

「とくがわまいぞうきん?」

「アラ? シラナイノデスノ? トテモイッパイオウゴンガカクサレテイルンワヨ!」

「そんな話、しんじられないねぇ」

「コレヲミルデスノ!」


 僕は手を前に突き出し、握りしめていた砂金の粒を見せた。


「モッテカエッタキンハトラレタケド、ノコッタカケラガコレヨ!」

「確かに、金ではあるな……」

「う~ん、うるさいですよ~。へ? は? タスクさんしゃべっちゃダメ! バレたら! ふがが……」


 周りの騒音に起きたニウブの口を縛られた手でなんとかふさぐ。


「こいつの慌て様! ホントの話みたいだな……。よし! ほどいてやるから、こっちで詳しく話を聞こう」


 はぐれ人たちをまんまとダマすことに成功した僕は縄を解かれた。

 そして、徳川埋蔵金を協力して山分けしようというホラ話を信じ込ませることに成功した。


「ソレデ、アノオンナ……」

「修道女か? やはり始末した方がいいか?」

「チガウチガウ! ごほごほ。アタクシニクダサイ」

「あのスケは俺のもんだろ?」

 さっきのガチムチお姉さんが血相変えて会話に割り込んでくる。

「まぁ、おちつけイワ。今回は譲るんだよ」

「ちっ、しゃあねぇなぁ」


 首領には逆らえないのか、ガチムチ姉さんは渋々引き下がってくれた。

 よし! これでなんとか、逃げる算段はついたな。


 その夜遅く、皆が寝静まった頃。

 僕は忍び足でニウブに近づいて行った。


「ニウブ! 起きろ」

「ん~、むにゃにゃにゃ~。ほぇ、タスクしゃん……」

「今のうちに、逃げるぞ」


 僕は寝ぼけているニウブの縄をほどいていく。しかし、


「俺のスケに何してんだ?」


 振り返ると、イワと呼ばれていたマッチョ姉が仁王立ちしていた。


「うわ! マッチョ姉さん」


 しまった!

 僕は口をとっさに覆ったが、時すでに遅し。


「おまえ、その声!!!」


 イワが僕の本当の声を聞いて、すかさず僕のワンピースをめくり上げる。 


「きゃっ!」


 僕のノーパンだった下半身があらわになり、自分にはないイチモツを確認するマッチョ姉。

 あの、そんなにジロジロ見られると恥ずかしんですけど。

 衝撃の展開にたじろぎ、イワは後ろに振り返って叫ぶ。


「おーい! 男だ! 男がいるぞ!!」

『冗談よせよイワ』

『寝かせろよ』

「ホントだって! 起きろよお前ら!!」


 イワの叫びにもかかわらず、はぐれ人の仲間は本気にしなかった。

 僕は、マッチョ姉さんが仲間に気を取られている隙をついて、ニウブを抱えて逃走する。

 月明かりの下、必死にに河沿いを駆け降りる。

 ついには息が持たなくなって、へたり込み周囲をを見回した。


「やった、逃げ切った」


 安堵のため息をついた刹那、


「そう上手くいくと思うなよ」


 空の上から声が聞こえた。

 見上げると、イワと他に2人の仲間が松明たいまつを持って上空を飛び回っていた。


「あえ、タスクしゃん! どうしましま?」


 ようやく目を覚ましたニウブだが、寝ぼけてろれつが回らない。


「クソクソクソクソ…………上手くいくと思ったのに」


 僕の頬を涙が伝っていく。


「どっどっど、どうしました?! 大丈夫ですか? 私がついてますよ」


 ニウブは、落ち込んでいる僕の頭を胸に抱えると頭を撫でだした。


「ゴメン、守れなくて……」

「何を言っているんですか、タスクさんを守るのが私の役目ですよ」


 そう言うと、ニウブは立ち上がり、空の方へ両手を突き出して語りかけた。


だましてすいませんでした。でも、分かってください。この奴隷を必要としている人たちがいるんです」

「俺たちには関係ないね。男を置いていきな! そしたら見逃してやる」

「それは、出来ないです」


 上空のはぐれ人達とニウブのにらみ合いが続く。

 少し落ち着きを取り戻した僕は、ちょっと気になったことをニウブに質問する。


「向うの方が多いのに。なんで、降りてこないんだ?」

「はぐれ人は魔法力が弱い人が多いのです」

「え?! そうなの?」

「魔力が強ければいろいろ役に立つので、住んでる村が嫌になっても、他の村も欲しがりますし」

「でも、あのマッチョなイワさんなんか強そうだったけどな」

「魔法が弱いから生きていくために筋肉を鍛えるしかないんですよ」


 僕は今の話を聞いて、はぐれ人たちがすこし可哀そうになってきた。


「逆に、修道女は魔法力が強くないとなれません。だから、私がなにかしらの攻撃魔法を使えると思って簡単に手を出してこないんです。……まぁ、何もできないんですけどホントは」


 ニウブが強力な攻撃魔法を使えると勘違いされている、いや、ニウブが勘違いさせている。

 ドジっ子なわりに、意外と知恵は働くんだなとニウブって。

 しかし、時間は稼げるが援軍が来たら終わりだ。

 僕は上空を飛び回る追手を見つめながら、打開策は無いか必死で考える。


「そうか!」


 閃いた僕は、ニウブをつれて森の中へ駆け込む。

 追手たちも森へ追いかける。


「やっぱりな」


 森の中を駆けながら、僕は確信した。


「なにが、やっぱりなんですか?」

「ガチムチ姉さんたちは、空中で止まらず常に動き回っていた。トキさんやタンポポさんみたいに空中に静止することが出来ないんだ。さっきだって、森の中のアジトでは誰も飛んで移動していなかったし。ということは、木々の間を縫って追いかけるような細かい動きは出来ないはずだ」


 追手が降りてこないことを確信し、森の中で立ちどまる。


「さて、今度は完璧に逃げ切るぞ」 


 僕は手に持った枯れ木を必死で擦り始めた。

 森に入る前に拾っておいたのだ。

 服の袖を千切って枯れ木を擦って起こした燃えさしを押しつけ火を点けた。

 地面に置いた燃える袖口の周りに枯れ枝を集めて大きな焚き火にする。

 僕は燃え盛る松明を持って、森の中を火を点けて周った。


「助かるためとはいえ、すげえ自然破壊してるな」


 思ったほど、森の木々には燃え移らなかったが、煙がもくもくと上がり上空からの視線を遮ることはできた。

「なんで、火を点けたら逃げられると思いついたんですか?」


 森の中を、速足で歩きながらニウブが聞いてくる。


「煙が充満して空からは追跡できないし、放っておいたら住処に延焼えんしょうするかもしれない。それなら、さすがに火を消すことを最優先にするはずでしょ」


 しかし、計画通りに行くかと思った逃走劇も、突然前から声を掛けられ失敗したことに気付く。


『ふん、甘かったね』


 いつの間にか、周囲をはぐれ人達に囲まれていた。


「なんで?!」


「おまえの考えは持てる者、定住するところのある者の考え方よ。我らはぐれ人は、持たざる者。失って後悔するものなど何一つないわ!」

「クソ……」

「諦めて、我らの奴隷となれ。悪いようにはしない。それと……」


 はぐれ人の首領が、心の奥を見透かしたような目で僕を見据えて言葉を続ける。


「お前の望むものをやろう」

「望むもの? なんで、僕の望むものが分かるんだ? もしや魔法で?」

「ハハハハ……。魔法か。ある意味、そうなのかもしれないね」


 首領の不気味な笑い声が暗闇のなか響く。


「なんだよ?」

「おぬしが好いている。あの修道女シスターと子作りさせてやろうというんだよ」

「それは教義に反します! 修道女シスターは処女を護る誓いを立てて……」

「え?! 修道女シスターって、こ、子作り出来ないんですか?!」

「そんなの当たり前じゃないですか? タスクさんの世界の修道女もそうでしょ?」

「でも、召喚された初めての時、デカおばさんがエッチなことをしようと……」

「アレは、ちゃんと射精できるか手技を使って男性機能を調べてるだけです」


 ――ガーン……ガーン……ガーン……ガーン……。


 僕の頭の中で鐘の音が響き渡り、精神がゲシュタルト崩壊した。


「そりゃそうっすよね。だって、最初はセックス教団のセックス教徒のセックスシスターだと思ってたんだもん! あんな清純そうな子がそんなわけ無いっすよねー。あハハハハハ。ずっとお世話するなんて言うもんだから、下の世話もなんて……。アハハ……」


「大丈夫ですかタスクさん!?」

「ハッ?!」


 僕は名前を呼ばれて横目でニウブを見る。

 このままはぐれ人の軍門に下ればニウブを好きにできる。

 好きに、好きに、好きに……。

 ……やめてくださいタスクさんそんな、あっ……。


「バカヤロウ!」


 僕は、自分で自分の頬をぶん殴った。


「何をしているのだ?」


 突然の行動に、驚くはぐれ人たち。

 一瞬はぐれ人の奴隷になった方が良いんじゃね? という不埒な考えに支配されそうになったが、自分を殴ることで捨て去った僕の高潔な精神!

 もう、怖いものなど何もないぞ!!


「ふふふ……。危うく悪魔とダンスを踊っちまうところだったぜ」

「頭でも打ったのか?」


 首領が、不安そうに僕を見ている。


「男! 我楽匡。望まぬ女を抱くような不埒ふらちな男じゃありゃしねぇぜ」

「何言ってるかよくわからんぞ」

「ともかくだ、ニウブは開放してくれ! 僕は……僕は、どうなってもいい!!」


 ふっふっふ、キマッたな……。

 今の僕って、超カッコ良くない?

 そんな風に、脳内で自画自賛していると。


「……私も残ります」


 ニウブが、拳をギュッと握りしめながら言葉を発した。


「え?」

「だって、タスクさん無しじゃ開拓団も無くなっちゃうし、もう修道院にも帰れません」

「ということは……!」

「修道女も辞めます」

「ということは……!!」


 ……合法、合法!、合法!、合法!!!


 修道女でなくなれば、ニウブと恋人になって合法的にセック……。


「ニウブ! 一緒に……!」


 僕はニウブを抱きしめようと両腕を広げ……。


 ――ビュン!!!


「え?」


 抱きしめる前に、はるか空の上にさらわれる。


「援軍をつれてきたぜ!」


 僕は見覚えのあるピンク頭に、いつの間にかお姫様抱っこされていた。 

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