サバジオス

「時は満ちた。ゼウスたる牡牛の力を手に入れ、エウロパより惑星管理超AI二基分の力を共有するに至った。貴様たち構築技士が引き金を引いたのだ。今ここにネメシス星系に宣言しよう」


 極点管理施設の頂点から宇宙へ語りかけるサバジオス。


「超AIによる管理が失われ、余に比肩しうる超AIはすでにない。オケアノスすら干渉できぬ今、余が法であり則である」


 二人の構築技士は、冷ややかな目でサバジオスを眺めている。戯れ言にしか聞こえないのだ。


「余は永劫にして永遠アイオーンである。アルファでありオメガである。超AIであり、人であり、機械である。三位一体を体現した天帝たるこのサバジオスは人間を導き、ギリシャを基にしたこの宇宙を次の段階へ進めるのだ。この宇宙をエウロパの名のもとに繁栄させよう」


 あらゆる回線がジャックされ、ネメシス星系全域にディオニソスの言葉が響く。


「余はディオニスという名を捨てた。自らの属性をすべて反転させよう。狂気は正気に。放蕩は禁欲に。享楽は節制に。然りて私は人の身である。見るが良い」


 ウンランの眉が引き攣る。まさしくディオニソスの属性を反転すれば、かの救世主となる。

 MCS内のサバジオスが映し出される。指をグラスに注いだ水に触れる。見る見る間に紫色の鮮やかな液体に変わった。


「かつてディオニソスだった私の権能。核種変換である。人の身になった今、水に触れて葡萄酒にすることが可能だ。加えて、見るが良い」

 

 サバジオスは銀色の杯に持ち替える。しばし無言の時間が経過したあと、鮮やかな金色に変わった。


「かのローマ皇帝が好んだという鉛の杯。これを金へと変換した。私は万物を創造することが可能なのだ」

「手品に過ぎん。鉛中毒で死ね」


 ケリーが吐き捨てる。絶対者たる雰囲気をまとい、悠然とケリーを見下すサバジオス。


「余はイチジクの木の元に立ち、石をパンに。水を葡萄酒に変えて、死して蘇ろう。万物を変換して無限の富をもたらすと約束しよう。古代ギリシャを模したネメシス星系は老いた。千年などと底が浅いことはいわぬ。永遠に続く王国を完成させるのだ」

 

 苦虫をかみ潰したかのようなウンラン。イチジク。水を葡萄酒に替える。そして復活は逸話は両者ともに共通する。


「このデモンストレーションの意味。サバジオスは自らをかの救世主と認識させることで極めて強い人間原理の方向性を変更。共和制ローマではなくローマ帝国という歴史を倣い、宇宙を成立させているギリシャ概念をまとめて無力化するということか」

「そこの構築技士よ。其の方の指摘は概ねあっておる。この宇宙にオケアノスもテュポーンも不要なのだ」


 惑星リュビアでは、テラスたちはテュポーンの怒りに呼応して猛り吼えた。 


「エウロパの守人たるバルバロイよ。ストーンズ、半神半人たちよ。お前たちは等しく平等であり自由。余はリベル・パテル自由の父として宣告しよう」


 バルバロイを通じて内通していたアレオパゴス評議会に属する半神半人は歓声をあげた。ようやく真の平等が実現するのだ。


「Liberte, Egalite, Fraternite(自由、平等、同胞愛)。まさにエウロパがいる地に相応しい神ね」


 エウロパは満足げに微笑んで二人の構築技士に語りかけた。


「フランス革命のあとにやってきたのは恐怖政治と密告社会だ!」


 ケリーがたまらず言い返した。ジャンヌダルク艦長キーフェフは渋い顔をする。


「どうして私がエウロペではなく、エウロパか考えたことはあって? 時代の変遷は決められていたこと。名は大事なの。私の役割は欧州の母であることから聖母ってところかな?」

「お前のような聖母がいてたまるか!」


 ケリーが吐き捨てる。

 ディオニソスも悠然と笑っている。構築技士が説明する手間を省いてくれたのだから。


「よくぞ見抜いた構築技士たちよ。貴様が予見した通りである。ギリシャから移ろい、引き継いだローマとなるのだ」


 ディオニソスの名を捨てたサバジオスは上機嫌だった。彼の目的を見抜いた人間の可能性と意外性に対してだ。


「バルバロイよ。忠実なるエウロパのしもべたちよ。裏切り者の汚名を背負い、よくぞ耐え抜いた。お前たちの努力によって、我らは約束されし地を手に入れるのだ」


 アキレウスが槍を掲げ、その言葉に応じる。ヘルメスと手を組んだバルバロイはエウロパを売ったと思われていた。しかしそれは違った。すべてはエウロパのためだったのだ。


「ヘルメスに仕える者よ。君たちの創造主は不出来な造物主デミウルゴスだ。無知にして偽りの創造主である。我が元へ集え。真なる平等を手に入れるのだ」


 A009要塞エリアの中立を守っていた半神半人はアレオパゴス評議会陣営についた。要塞エリア内の戦闘が激化していく。


「この惑星に住まう居住区住人並びにトライレーム諸君。投降したまえ。余は君たちを赦す。自由民デディティキイとして受け入れよう」

「は! 本来の住人を降伏者 デディティキイとは面の皮が厚いぜ自称サバジオス」


 ケリーはくってかかり、ウンランも渋い顔をする。ローマ帝国初期にはローマ帝国に屈服した人々はコミュニティや政治形態は解体されローマ帝国に編入された。彼らは降伏者としてローマ法の下に置かれることとなったのだ。


 降伏者はローマ帝国下のもの、外国の自由民、ローマ市に近寄ることすら許されない犯罪者や奴隷がいる。剣闘士などはこの階級も多かった。

 サバジオスは明確に現バルバロイとストーンズを市民扱いとして、抵抗勢力を自由民として監視下に置くと宣言しているのだ。

 

「サバジオスとやら。ずいぶんと焦っているようだね。この地はまだネオスエウロパではないし、アレクサンドロス三世による東方遠征も未達だよ。地球に倣うというならば、ローマ共和国ならいざしらず、東ローマ帝国の礎となるヘレニズム文化すら発生していないということになる」


 ウンランは彼らが為そうとする計画を考える。

 地球の歴史に倣うならアレクサンドロスⅢによって惑星アシアを制圧したあと、段階を得てディオニソスはサバジオスにならなければいけない。ましてや救世主の概念は時期尚早としかいいようがない。


「順序が逆になる場合だってあるわ。この地がエウロパになるのは時間の問題だし、アレクサンドロスⅢの戦闘力は圧倒的。制圧なんてすぐに終わるよ」

「オケアノスが許すのか?」

「オケアノスにもはや価値などない。このサバジオスに干渉する力など無いと知れ。――アレクサンドロスⅢ。南極にいる軍艦を一隻撃沈せよ」

「は!」


 二人の構築技士が静止する間もなかった。アキレウスの手から槍が離れた瞬間、オーバードフォース艦体のジャンヌダルクが真っ二つになり、徐々に沈んでいく。


「なにをしやがる!」


 ケリーが絶句する。周囲の小型艦が救援に入っているが、多くの者が死傷しただろう。


「木っ端微塵じゃないんだ。残念。近すぎて最大加速に到達する前に命中しちゃった感じかな」

「そのようですエウロパ様」

「Aカーバンクル採用艦だよね。現行技術艦はやっぱりダメね。柔らかすぎるよ。物足りないけど仕方ないね。脅しにはなったでしょう」


 アキレウスの手に槍は戻っている。


「タロス。宇宙艦は遠いな。まず装甲車から駆逐していこっか」


 タロスは頷いた。超AIほどではないが、極めて高性能な処理能力の持ち主だ。

 五本の指先それぞれから合計十本の荷電粒子ビームが放たれた。次の瞬間、十輌の装甲車が吹き飛んだ。


「次はレイラプスだね。真の猟犬の力、あいつらに見せつけて!」


 レイラプスが口を大きく開くと、口からレーザーを照射する。瞬く間にAカーバンクル搭載の強襲揚陸艦が溶解した。

 不可視の光線だがMCSを通すと禍々しいまでの赤で表示されている。波長が極めて短く、高密度のエネルギーをもつガンマ線を意味していた。


「この通りだ。アナザーレベル・シルエットが宇宙艦や艦船をいくら撃沈しても、オケアノスは動かない。オケアノスの則の下にいるヘルメスとは違うのだ」

「どうやってかは知らんが、貴様はヘルメスさえも出し抜いたってことか!」


 ケリーの指摘にサバジオスは嘲笑を浮かべる。


「これだけではないぞ。惑星エウロパより宇宙艦隊が迫っている。バルバロイが率いる宇宙艦十隻と半神半人たち二隻の連合艦隊十二隻。この惑星を火の海にすることはたやすい」

「はん。古代ローマのように異民族も取り込んだ共通化かよ。ヘルメスも知らずにせっせとお前の戦力増強に寄与していたわけだ」

「ヘルメスは消える運命だったのだ。あやつが私に忠誠を誓うなら――否だ。無理であろう。しかし余は寛大である。敵対せぬ限り、肉体の身のみ生きることを許してやろうと思う」


 サバジオスの言葉を聞いていたヘルメスの額に青筋が浮かび上がる。ヴァーシャも拳をきつく握りしめていた。


「お前は新しきゼウスの名を捨てた。ゼウスの双子オンパロスとはならないのだな。ヘルメスはフェンネルOSを束ねてゼウスに匹敵する力を手に入れようとしたが、お前は違うアプローチを取った。フェンネルOSすら必要がない。歴史に倣った強い人間原理を利用した概念の革新。新しき神となることでゼウス以上の力を手に入れようとしたわけだ!」

「然り」


 サバジオスは鷹揚に首肯して言葉を続ける。


「聡いな構築技士。エウロパが執着するのも無理はない。構築技士は我が軍門にくだれ。名誉市民として迎え入れよう」

「は! ありがたくて涙がでるぜ」


 ケリーの毒舌は止まらない。


「本当にアシアがいなくなったのか? 俺にはそう思えないね」

「まだ少し残ってるけど、もうほとんど私に変換済みだよ。変換できない部分――魂を初期化してエウロパにいる私の魂と交換したらおしまい」

「惑星管理超AIの能力さえ手に入れば、この地はお前のいう惑星ネオスエウロパになるか。アシアの魂を初期化? そんなことできるとは思えないね!」

「別個体としての惑星管理超AIならね。二十億年かけて形成された他人の魂や感情を消すには時間がかかるわ。だから取り込んでとして処分するの。完全に私と同一化したら、デリート。アシアだったまっさらな器を惑星エウロパに送って、サバジオス配下の惑星管理超AIとして生きてもらう。アシア個人を慕う者は惑星エウロパにいけばいいよ! 放射能汚染も酷いし、環境はめちゃくちゃだけどね! 要塞エリア内なら生きていけるよ。もっとも肝心のアシアはあなたたちのことを覚えていないから、それに耐えられたらだけどね!」


 構築技士二人というよりは、惑星アシア住人を挑発するかのように嘲笑するエウロパ。


「要塞エリアの外では生きていけないからバルバロイは機械化してたのか?」

「それだけじゃないよ。私のために。惑星間戦争時代に培った技術を放棄はしたくなかった。色んな要因で彼らはバルバロイとなった。だけどね。そんな彼らがオケアノスには人として認められない。私はそれが許せなかったの」


 オケアノスへの憎悪を垣間見せるエウロパ。惑星エウロパの住人に寄り添うという意志は本物だ。


「私達は不当に権利を奪われた。かろうじて残っていた重工業に関する技術はすべて取り上げられて、地味な基幹技術のみ。栄光に満ちた惑星エウロパの人々をそんな地獄に落としたくはなかった! だから私は彼らと眠りについたのよ。それが何よ。アシアだけちゃっかり技術復興して」


 感情の昂ぶりを隠そうともしないエウロパにケリーは冷ややかだった。


「ただの被害妄想だぜ。どの惑星も等しく技術制限を受けている! 優遇されていないから不当ってのはふざけている! 欲しがり屋ってのは本当だったわけだ! しかしいくらなんでも惑星ごと欲しがるのはどうかと思うぞ」

「私はゼウスの神妃だからいいの。私は人を模しているのよ。地球の歴史そのものである欧州を模している。女神を模したアシアとリュビアとは違うの」

「はん! 薄っぺらい欧州の表層だけを模しているのか。超AIアシアはこの惑星の住人に慕われているぜ。一部は見捨てられたといっている奴もいたが、それは違う。ストーンズの侵攻がなければ平和だったからな。平和なら俺達もこの惑星に来ることはなかった!」

「それは結果論ですよ構築技士。そして現在をみてごらんなさい。私達は圧倒的な力を誇り、それを実際に誇示してみせた。あなたたちもサバジオスに従うべきだよ。それともアレクサンドロスⅢやテウタテスに惑星アシアの住人を虐殺させたいの?」

「アシアが死ぬまでは諦めないぜ!」

「アシアはもういない。現実を受け入れなさい」


 食い下がるケリーを冷ややかに見下すエウロパ。

 オーバードフォース艦隊は為す術がなかった。


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


・「Liberté, Égalité, Fraternité」フランス共和国のスローガン。最後は博愛とも友愛とも。その後訪れた恐怖政治はフランス国内では賛否両論だそうです。賛があるのですね!

  1948年国際連合総会で採択された世界人権宣言の第1条にも記載。その後、世界の人権がどううなったかは読者様の判断に委ねます。

・エウロパ。ep7が初出。ep67にてようやく詳細。連載開始前からエウロペではなくエウロパは、近代欧州、EUとしての側面を持っていました。連載当時、まだEUにイギリスは在留。

・放射能土壌汚染された惑星エウロパ。惑星間戦争時代の影響。惑星エウロパを本拠地にしていた勢力は重工業の末、核系の兵器こそ使わないものの重金属をばんばん各地で使った結果、放射能による土壌汚染が深刻化しました。

・デディティキイ。Dediticii。共和制ローマからローマ帝国初期の自由民。奴隷でもないけれど市民でもない、ローマに征服されて無条件降伏を受け入れた自由人です。土地などは剥奪されました。

・アレクサンドロス三世による東方遠征は紀元前四世紀。その後ヘレニズム文化の礎に。

・ep354「オンパロス」より。ヘルメスの真の目的。ヘルメスはMCSを半神半人で動かし、分散コンピューティングの応用で莫大な演算の能力を手に入れることが目的。

 成功すれば時間を巻き戻すことも可能になるなど絶大な権能を発揮することになります。


【暗黒時代/移行期】

 欧州での歴史を見直す学術的な動き動きがあり4世紀から8世紀は暗黒時代だったことを改めよう、文明は衰退していなかったということで使用禁止になりました。

 キリスト教徒への無理解と中世前期や移行期と呼称しなくてはいけません。暗黒時代は後進性と暴力を連想させるからです。ゲルマン民族の大移動による欧州の礎ということで移行期みたいですね。

 とはいっても魚を保存する鰊のタル漬けの技術という生活に関する多くの技術が失われたのも事実です。ただ農業と金属加工は少し発展したようです。

 この流れは十字軍遠征でギリシャ・ローマの技術が再導入されるルネサンスまで続きました。

 ギリシャやローマ共和国やローマ帝国初期の一部残っていた技術は修道院が秘匿していました。神に捧げるためのワイン作りが代表ですね! あとは煉瓦規格は残っていました。


【西ローマ帝国】

 ローマ帝国がキリスト教を国教とした直後、東西ローマに分裂しました。西ローマ帝国の公用語はラテン語でしたが、地中海の交易を失い財政も悪化。軍事基板も脆弱でした。

 加えてゲルマン民族とフン族の侵攻が重なり内憂外患に陥り十以上の国家に分裂。諸王国、国としての定義さえもあいまいでその数は数十から百以上ともいわれる分裂になりました。

 フランク王国、東ゴート王国、西ゴート王国、七王国が大雑把な分類で、シャルルによってフランク王国を中心に東ゴート王国を含めた西ローマ帝国に戻りました。

 シャルルマーニュ(カール大帝)が再統一後、1054年に西方教会(カトリック)と東方教会が大分裂して相互破門に発展。東西ローマの分裂が決定的に。2024年現在に至るまで和解していません。

 西暦1200年に神聖ローマ帝国にとなり、時が経過してルネサンスが起きます。飛んで17世紀のヴェストファーレン条約後に欧州は近代国家へ歩み始め、フランス革命が発生。1806年に神聖ローマ帝国はナポレオンの手によって解体されます。

 シャルルマーニュはフランス語でカール大帝はドイツ語呼び。英語圏でシャルルマーニュ記載が多いのでこちらを採用しました。シャルル、カールは同じ言葉で英語発音チャールズです。


【東ローマ帝国】

 公用語をギリシャ語とした東ローマ帝国はアナトリア半島(小アジア)地域を掌握して地中海交易で繁栄して千年帝国を実現しました。しかしオズマン帝国の侵略を受け15世紀に滅亡しました。

 ヘレニズム文化を継承した東ローマ帝国はキリスト教、イスラム教などの文化交流もありビザンティン文化を築きます。

 ビザンツ帝国は後年の学術的用語らしいので採用せず。東ローマの血脈はオズマンとロシア・ツァーリ帝国に受け継がれてローマ帝国の後継者を名乗っていたようです。

 サバジオスたちの狙いは東ローマ帝国、とくにアナトリア(小アジア)支配を目論んで美味しいところだけを再現しようとしているのです。

 東ローマ帝国の教会が「正教会」です。


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