レガリア

 スカンクと天馬が間合いを取り、戦闘態勢に入る。


「やめたまえ。このアキレウスは無敵。大英雄の名を冠するほどに。わからぬ君たちではないだろう」

「惑星エウロパでは人間がいなかった。そして唯一誕生したバルバロイと構築技士の肉体が融合した人間がアレクサンドロスⅢ。私は彼の呼びかけで目覚めることができたのよ」

「そして構築技士によって重工業が再開しつつある惑星アシアに目を向けた、と」

「そうだよ! あなたたちのシルエットは優秀よ。もう一部はエンジェルなんて歯が立たないレベル。工業発達に基礎は重要だよね」


 あっさりと肯定するエウロパ。顔がアシアそっくりなのでやりにくいが、根底が違う。

 彼女は神話のエウロパというよりも近代欧州という概念の擬神化に思える。


「あなたたちにはね! 投降してトライレームという組織を説得して欲しいの!」

「やなこった」

「拒否しよう」


 二人は即座に否とした。アシアを殺した挙げ句、配下になれといわれても応じることなどできない。


「アキレウスの戦闘力は予想つくのに? 合理的じゃない判断。でもあなたたちはそういうと思ってた!」

「で? どうするんだ」


 ――死因はこれか。いや、違う。俺たちの死因は別だ。こいつらではない!


 ケリーは機を窺っている。フェンネルOSが伝える勘がいつになく具体的だ。スカンクも彼に寄り添ってくれているのだろう。


「うん。じゃあ、格の違いを見せつけちゃおう!」

「なんだと?」


 アナザーレベルシルエットのアキレウスが一歩踏み出す。


「行くぞ。同胞よ!」


 アレクサンドロスⅢの声と同時に地響きが襲った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ZS001要塞エリアの外周を覆っている氷床が割れ、無数の蠢くものが姿を現した。

 細長く、異様な三本脚。無数のファイティングマシンが出現した。簡単な目測でも千機は超える。


「ファイティングマシン――ライラプスだと。総員、戦闘準備!」


 ロビンがすぐに指令を出す。


「あれを!」


 10メートルを超えるシルエットまで氷床から出現する。

 特徴的な四臂型はトライレームでももっとも警戒すべき兵器の一つとして共有されている。


「テウタテスまでいるのか! いや、いるとは想定していたが、南極大陸に集中させていたとは……」

「南極大陸自体がアシアを殺す罠だったのでしょうな」


 いつもは余裕の表情を浮かべているグレイシャス・クイーンのジョージも渋面を隠さない。


「我らも手をこまねいていたわけじゃない。ビッグボスによる聖域の闘技場での戦闘データは共有済みだ」


 エンタープライズから戦闘機部隊が飛翔する。

 テウタテスは劣化アンティーク・シルエットともいえる。惑星間戦争の時代で製造されながらも技術封印の影響で、フェンネルOSすら搭載していない。

 サイボーグのバルバロイによって反応速度は極限にまで向上しているとはいえ、乗り手次第ではMCSのフェンネルOSはその先を読む。


「ライラプスは宇宙用だ! 装甲車でも十分に対応できる!」


 ミックス犬型ファミリアが率先して攻撃を仕掛ける。南極に対応した装軌装甲車が配備されていた。


「テウタテスは航空部隊に任せよう。近寄るなよ!」


 四本腕による近接能力は極めて高い。ラニウスやシユウ部隊は、雪原を滑るように戦っている。脚部にはスキー板に変更しており、雪上用追加装甲を装備しているのだ。


「ライラプスは多いが、マーダーに毛が生えた程度だ! テウタテスには気を付けろ!」


 三本脚のライラプスは火力で押し切ることが可能だった。装甲車が囲んでは確実に仕留める。

 

「うわぁ!」


 高速で走り寄り、斬りかかってくるテウタテスのほうが厄介だった。シユウが逃げ遅れて胴体を切断された。

その隙を狙ってラニウスが斬りかかり、テウタテスの右腕部一つを切り落とす。連携して別のラニウスが果敢に斬り込んでいく。


「頼む!」

「任せて!」


 ラニウスのパイロットが叫ぶと、それに呼応するかの如く装軌装甲車が牽引するチェーンを射出して、上半身だけになったシユウに引っかける。

 そのまま後方に下がっていった。


「おっと」


 斬撃をかろうじて回避するラニウス。正確な斬撃ゆえに回避できただけのこと。ほんの少しでも隙を見せたらシユウのように真っ二つであろう。


「そろそろ離れろ!」

 

 ラニウス二機が離れた瞬間、有線の誘導ミサイルが着弾した。

 半壊になりながらも立ち上がるテウタテスに、ラニウス二機が同時に斬りかかる。

 一機がリアクターを破壊し、もう一機が砕けた装甲めがけて振り下ろした刃がコックピットにまで届いた。


「ようやく一機か」

「援軍も来る。雪に強い形状だ」

「……新手のパンジャンドラムか!」


 グレイシャスクイーンから揚陸する大量の地上自走爆雷。

 テケリテケリと不気味な音を鳴らしながら、触手めいたものを浮かべてZS001要塞エリアに突入する。


「ライラプスをアシアが警戒しないはずがない。パンジャンドラムは形状的にも雪上では有効だ。対ライラプス用に改良したうなぎのゼリー寄せジヤリドゥイールマークⅡと新型パンジャンドラムであるスターゲイジー。本当に使う時がくるとはな」


 皮肉げに笑うジョージ。できれば使いたくなかった。何よりトライレーム全般で評判が悪い。そういう意味でも使いたくはなかった。

 スターゲイジーは刃付きのパンジャンドラムだ。ライラプスの三本脚切断のためにアベルが開発した新型である。


 しかしパンジャンドラムはわずか60輌しかない。そういう意味では足止めにしかならないことがわかっていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「インパクトが足りないねアレクサンドロスⅢ。圧倒されているじゃない」

「申し訳ございませんエウロパ様。転移者は侮ることができませぬ。当然私一人であいつらすべてを抹殺することも可能ですが」

「呆気なく終わっても物足りないね」


 戦闘画像を映し出しているエウロパ。

 その間にケリーはスカンクとインターフェイスによる会話を行っている。最適解を探すためだ。


「あなたたちは貴重なA級構築技士。投降してくれると嬉しいな」

「エウロパ様の命である。投降せよ。貴様等と吾では戦闘力が違いすぎる。理解できぬお前たちではあるまい」

 

 ウンランはその言い回しに気付いた。二人は本気で投降を命じている。

 重工業惑星としての矜持から、エウロパにとってはこれから重工業発展に向けてのA級構築技士確保は喫緊の課題なのだ。

 ウンランはメモに筆を走らせ、ユートンに見せた。


 ――彼らは本気で投降を呼びかけている。つまり、ボクたちの死因は彼らによるものではない。


 ユートンは顔色一つ変えない。ウンランの言葉の意味を考える。アレクサンドロスⅢの言う通り、戦闘力の差は歴然だ。


「そもそもお前が本物のエウロパかどうかもわからないからな! 存在が二重状態こそ矛盾ではないのか。お前は偽物だ!」

「自称だよね。だから私がエウロパたる神権のシンボル、レガリアを披露するね! まずはこれ。ヘファイトス製のネックレス、ビジョンだからそういう権能があるデータよ」


 エウロパの胸元に輝くネックレスが出現する。

 ケリーにとっては、顔がうり二つな上、口調がアシアに似ていてやりにくい。


「レガリアだと?」

「極点施設、表層防御解除するから待っていて」


 表層は化粧石に覆われたピラミッドを模している。その外装を解除して、本来の姿が出現する。

 段差のある巨大ピラミッドが出現した。一区画だけの高さでもシルエットを大きく越える。その全容は沿岸にいるオーバードフォース艦隊からも目視できた。


「大型艦だとアシアにバレるから宇宙港が使えなかったの。ヘルメスに頼んで軌道エレベーター経由の大型資源として搬入したんだ。アルゴスが吹き飛ばされた少し後ぐらいかな」

「軌道エレベーター経由だと……」


 トライレームは軌道エレベーターがあるR001要塞エリアを確保しているが、残り二箇所はストーンズの要塞エリアになっている。

 惑星アシアに三基ある軌道エレベーターは貨物用であり、超大型の資材も搬入可能だ。


「たくさん運んだんだよ。あなたたちにも見せてあげる」


 ピラミッド外側の段差から巨大な構造物がせり上がる。

 サイズはシルエットの三倍以上。古めかしいブロンズ色の人型兵器が姿を見せる。雄牛の角を模した頭部はミノタウロスを連想させる。

 足元には巨大な犬を模した兵器が鎮座している。


「有名だからあなたたちも知っているでしょ?」


 にっこり笑うエウロパ。


「タロス!」


 エウロパを守るためゼウスがヘパイトスに作らせたという伝説の巨人。

 青銅時代からの生き残りとも青銅製の自動機械ともされ、神々の燃料イコルで動き、かのアルゴナウタイ一同も苦戦した相手であった。


「足元にいる兵器が本物のライラプスか」


 ウンランが呻く。ゼウスからの贈り物。決して相手を逃さないというライラプス。ファイティングマシンというゲテモノ兵器などではない。


「そうそう! あのヘンテコ兵器と紛らわしいよね。これがアレーテースレイラプス。宇宙艦で持ち込むとアシアにバレちゃうでしょ? だからタロスに私のカーネルを運ばせて資源惑星経由で軌道エレベータの資材に紛れて搬入したの!」

「何を焦っている? そこまでして自分を惑星アシアに運ぶなんてよ」

「タイミングは重要だね。このレガリアが神権であり二重存在を可能にした特権の答え。エウロパという超AIがここにいるという証明完了Q・E・Dよ。アシアが私に変換終了次第、この惑星の管理超AIは私なの。必要ならあと数百年でも待つつもりだったわ」

「時間感覚が違いすぎますね。あなたたちは二十億年活動した超AIですからね。敬意はありますよ」


 ウンランの指摘にエウロパが膨れっ面になる。


「年齢の話をしないでよ。最高齢はアシアなんだから! 私は末っ子ですよ」

「惑星創造時からだから誤差だろ」

「貴様。無礼がすぎるぞ」


 ケリーの物言いに、思う所があるアレクサンドロスⅢ。


「失礼だよね。そろそろ青ざめてもらおっか。彼らはあとからゆっくり説得するとして先に邪魔者を消しましょう」

「邪魔者? ヘルメスか」

「ヘルメスもあとまわしかな。本気でやり合うと厄介だしね。うるさい蠅から始末しよっか」

「おい。待て」

「その目で見ないとわからないだろうしさ。エウロパのレガリアはね。五つあるの。ゼウスから送られたネックレス。白い雄牛。タロス。猟犬レイラプス。そして敵に必ず当たるゼウスの投げ槍! 今はアキレウスに預けてあるよ」

「エウロパ様から賜ったこの槍を今から使う」


 地響きとともに、彼らがいる広間が上昇する。

 数秒後、彼らはピラミッド状の極点管理施設頂点にいた。


「うむ。よく見える。――死ね」


 空に向かって槍を投げるアキレウス。

 放たれた瞬間、周回軌道上にいたエイレネ艦体に大爆発が生じたのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。


【エウロパ】

・惑星エウロパの全人類量子データ化で、本来は人に寄り添う超AIなので人類がいないと目覚めることはなかった。

 バルバロイⅢ世が人間判定に成功したため、生粋のエウロパ人扱いで呼びかけに応じて目覚めた。時系列的にはコウたちがリュビア遠征中あたりの出来事と推測される。

 本来はオケアノスが人類を目覚めさせるかどうか確認しているので、定期的に確認はする模様。

・ep183より惑星維持AIは得意分野に言及。重工業はエウロパ。アシアは自然環境。リュビアは生態系管理。

・エウロパの起原の一つにはイシュタルのギリシャ化西セムの女神アスタルテ。意味するものは金星、戦争、戦車。馬。ライオン。


【文中で修正した痛恨のミス】

ライラプスです。出す予定をすっかり忘れていてファイティングマシンに命名しました。

ということで真のライラプスはギリシャ語読みでの「レイラプス」です。今思うとファイティングマシンだけで良かったですね。


【新手のパンジャンドラム】

うなぎのゼリー寄せより切断力を重視したパンジャンドラムです。命名規則はイギリスのコーンウォールが誇る伝統料理から。

今回は相手が悪すぎました。


【レガリア】

・タロス。青銅時代の生き残りともヘファイトスが製造した青銅製や真鍮製の巨大自動人形とも。形状は牡牛モチーフ説あり。イコル(神の血)は踵の釘一本で栓しているだけなので抜かれると死ぬ。

・レイラプス ギリシャの矛盾と似た故事。絶対に掴まらない狐と狙った獲物を逃さない猟犬で、決着がつかずゼウスが石にして引き分けにした。

・ゼウスから送られた投げ槍。正体不明な投げ槍。ジャベリン(短めの投げ槍)ではなくピルム(投擲も可能な長槍)表記が多いです。固有名詞はなし。

・ヘファイトス作のネックレス。ゼウスが最初にエウロパへ贈ったもの。固有名詞なし。

・白い牡牛。エウロパを攫ったゼウスの化身。固有名詞なし。ギリシャ神話では牡牛座。

・本来は惑星エウロパの超AIで移動できるようなものではないのですが、レガリアを移すことで惑星アシアにいるこちらが本体!と言い張っている状態です。エウロパしか使えない手段です。

 まだ封印中の三人のアシアがいる以上エウロパは復号を試み、内部から解析するしかありませんが五人分のアシアがいるので解析は加速しています。

 


・最後 爆発したのはエイレネで間違いないです。


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