希少性の原理

 六番機が封印区画の通路を疾走する。スラスターは全開にはできない。あまりの加速に制御できず、通路に激突するからだ。

 レーダーに敵機の反応があった。


「アンティーク・シルエットか。ならこれで!」


 対光学兵器用の破片調整弾を展開して射撃に備えるフラン。

 数秒後、荷電粒子砲と思しきビームが直撃する。


「先にいる。それなら!」


 最大加速に切り替える六番機。ものの数秒後にはアンティーク・シルエットであるカシエルを捕捉した。能天使パワー級の中位アンティーク・シルエットだ。


「ばかな! この通路をそんな速度で――」


 半神半人が言い終えることはなく、六番機の肩からの突進を受け、壁に激突するアンティーク・シルエットのカシエル。

 封印区画の通路は頑強だ。停止状態から六番機の突進と、壁からの挟み撃ちで胴体が大きく凹む。

 六番機はすかさず電弧刀を抜き、凹んだ腹部から背中のリアクター目がけて貫いた。


「おい! カシエルが瞬殺だと?」

「本当にアシアの騎士か? 俺達の機体だと太刀打ちできない」


 隊長機であるネームドのカシエルが撃破された。荷電粒子砲を備えているカシエルが瞬殺されるとは思わなかったのだ。

 本当にアシアの騎士かもしれない。量産型のパワーだと対抗することも厳しいだろう。

 即座に撤退を決意する半神半人たち。


「あれ。敵が撤退していく。アシアを放棄するの?」


 六番機のレーダーから二機はいたであろう反応が、消え失せた。

正確には四機なのだが、レーダー範囲外にいたので六番機には知覚できない。


「ま、いっか」


 無用な戦闘を避けられたことは良いことだと思うフラン。彼女は六番機の性能に驕ることもない。

 六番機は脇目も振らずにアシアが封印されている最深部へ向かっていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 J778防衛ドーム跡地にはファミリアたちが救護活動のために駆けずり回っている。


「死者の埋葬は後回し! 重傷者は麻酔を打ったあと、ヨアニアへ」


 ラブラドールレトリバー型のファミリアが息をしている子供たちの体調を確認する。

 幼い子供から亡くなっているが、心を押し殺して子供たちの前では笑顔で振る舞う。


「食事はすぐに与えてはダメだぞ。リフィーディング症候群を引き起こしている。私たちが栄養剤を処置するから、君たちはI908要塞エリアへ」


 コキンメフクロウ型のファミリアがヨアニアのパイロットたちに注意事項を伝達する。

 生存していた子供たちは極度の飢餓状態にあり、リフィーディング症候群を引き起こしていた。飢餓状態で食事を与えるとインスリンのバランスが崩れて心不全や腎不全、最悪の場合呼吸不全、昏睡状態に陥り死に至る。


「いってくる。すぐに戻ってくるからな」

「頼んだぞ!」


 ヨアニアが腰を落としローラーダッシュで少し離れてから、変形して飛び立つ。残り二往復は覚悟しているが、ヨアニアならばすぐに戻ってくることが可能だ。

 応急処置を施して延命さえすれば、生き残っている子供たちは助かる。

 

「あなたたちがみんなに水を与えていたのね。よく頑張ったわね」

 

 片腕しかない状態で、足を引きずりながら水筒を抱えていた少年に声をかけるミニレッキス型のファミリア。

 この少年がいなければ、もっと多くの者が亡くなっていたかもしれない。

 子供たちには心のケアも必要だ。

 

「ウサギさん。ぼくたちはもうだいじょうぶなんでしょうか」


 少年が目を丸くしてファミリアに尋ねた。

 タマルたちが救援に向かったことは知っているが、本当に誰かが来るとは思ってもいなかったのだ。


「はい。もう大丈夫。みんな助かりますよ。遅れてごめんなさい。あなたもこちらへきて。治療を受けましょう」


 応急処置をしたあとに食事を与えないといけない。二式航空艇では満足な食事は限られるが、それでもシルエットから採取できる水だけよりは比較にならないほど上質だ。

 安堵のあまり気を喪って崩れ落ちる少年。

 慌ててベンガル型ファミリアが受け止める。張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。


「限界までよくがんばったな坊主。尊敬するぜ。そのまま寝ていてくれ。俺が運んでやる」


 抱きかかえて二式航空艇の医療室につれて行くベンガル型ファミリア。大型肉食獣を思わせる表情は慈愛に満ちている。


「みんな! ブラックナイトの子供たちも救助したわ。聖域に向かっている!」

「なんとしてでも助かって欲しい。頼んだぜ聖域の女神様」


 御統の予備役パイロットは願わずにはいられなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「キモン級。基地形態へ変形。車両部隊、随時発進せよ!」


 J582要塞エリアに到着したキモン級から、戦車部隊と護衛のためのシルエット部隊が出撃していく。


「敵は完全籠城に入ったか。これはこれで厄介だな。ロシアンブルー、装填開始!」


 グラウンドアンカーが阻止された以上、巨大砲で穿つしかない。シェルター内に突入した場合は敵防衛部隊からの集中砲火を受ける可能性が高い。


「短時間で手際が良すぎるわ。クルトが交戦したという敵の指揮官が放った大爆発が合図だったということかしら?」


 ジェニーのルーサントがシルエット形態となり、地上を確認している。


「一度にあれだけの部隊を収容できるものか。多くの部隊はL719要塞エリアに移動しているみたいだな」


 高高度偵察機アウル・アイからの情報で、移動中の敵部隊は確認している。

 作戦エリア外に出た部隊への攻撃は行わない。J582要塞エリア周辺の制圧が最優先だ。


「ストーンズが所有する、もう一つの鉱山都市ね」


 ストーンズは鉱山資源のため山岳部を中心に制圧している。L719要塞エリア付近のみならず、周辺の大規模要塞エリアの多くもストーンズとアルゴナウタイ支配下である。

 平地は見逃された。いわば価値が低いと判断されてこの大陸は荒れ果てたのだ。


「敵の巨大レールガンは、次に姿を見せたら集中砲火を浴びせて攻撃を阻止する。相手が対策していないはずがないからな。どうでるか」


 山岳地帯に配置された巨大レールガンは左右仰角に限界がある。艦砲よりも射撃可能な範囲が制限されるのだ。

 巨大砲を突き出す様に展開すれば解決する問題だが、機関部を大きく晒すことになり的になる。防衛兵器としての運用は機関部を山中に留めたほうが有用だろう。


「J582要塞エリアの山脈中腹。宇宙港と思しきハッチが開きます。巨大熱源を感知。注意してください」

「シルエットベースと似たような構造か。対艦戦闘の準備だ!」


 身構えるJ582要塞エリア攻略部隊。

 出現したものは中型宇宙艦だ。600メートルはあるだろう。レールカタパルトに乗っている。


『中型の宇宙巡洋艦です。砲撃能力は高いですが、レールカタパルトの角度を計算すると我々を飛び越えて宇宙へ逃げるようです』

「追うまでもない、か。しかし時間稼ぎはしてやがる。シェルターぐらい全部開けろってんだ」


 バリーがぼやく。


「敵の総司令官はレンジャーだったか。慎重にあたろう。防衛部隊は残しているようだ」


 キモン艦内の戦闘指揮所にいるオペレーターから報告が入る。

 

「バリー司令。六番機からの報告です。防衛していたアンティーク・シルエットを突破して封印区画の最深部へと向かっています。残った敵はすべて逃走したとのことです」


 アシアのエメからバリーに通信が届く。


「伏兵がやってくれたな。おそらくあの巡洋艦は半神半人を回収して逃げたんだな」

「でしょうね。割れている今、ヘルメス側の半神半人は貴重だと思うよ」

「つくづく厄介な相手だったな。――コウとヒョウエも最深部に向かっている。残すは南極のみか」

「南極大陸の極点管理施設は惑星アシアでも軌道エレベーター以上に重要な施設。敵兵力の予想程度は行えますが、何が仕掛けられているのか推測さえも困難で。不確定要素が強いとしかわからない」


 浮かない顔のアシアのエメをみて、バリーが察する。


「あの子供たちを気にしているのか?」


 当然だろうとバリーは思う。エメは歳が近く、アシアにとっては自分が管理する惑星の住人があんな姿になっている。

 二人の心痛はアシアのエメ状態では数倍にもなっているだろう。


「違うといえば嘘になります。パイロクロア大陸の人々がアシアに見捨てられたと嘆いていた理由も」

「万事すべてが上手くいくとは限らないさ。俺達はシェーライト大陸を取り戻した。そしてアシアをすべて取り戻してからようやく次に進めるんだ。今はヘスティアもいる。そのためにもJ582要塞エリアを攻略しないとな」

「そうだね。今はまずアシアを解放しないと」


 バリーは首を振り、通信を切る。

 アシアのエメは子供の言葉を口のなかで反芻する。アシアとエメそれぞれにとってもそれほどの衝撃的な出来事だったのだ。


「このたたかいがおわればシルエットはあなたちにあげます。おかねになりそうなのもひとつだけあります。だからみんなをたすけてください。――たすけて、じゃない。おかねになりそうなもの。最初に対価を差し出して慈悲を望む。あんな幼い子が……」


 子供ならば「みんなを助けて」だけでも良かったはずだ。シルエットに乗って戦うなど論外。

 あの少女は戦って、金銭的価値があるものを差し出してようやく他の子供たちの助命を嘆願した。そして何度も繰り返し慈悲――すなわち死を。魂の救済を願った。何よりアシアのエメにはその事実がショックだった。


 思えばヘスティアもお金にこだわっていた。福祉にはお金がいると彼女は常に訴えていた。本来ネメシス星系は無労働社会を実現した。

 しかし、戦争中の今となっては資源は有限で、貧富の差は拡大していた。資源が有限である以上、無労働社会と貧困は両立する。

 転移者にとってはあたりまえの概念だろう。何より企業という概念が証明している。理解していたようで、人間の視点が足りなかったと痛感しているアシアのエメ。


「地獄の沙汰も金次第。人間が生活水準を落とす時。それは強制的な環境変化に伴うもの。それこそ長引く天災や戦争など――。今になってヘスティアの言葉が重いよ」


 アシアのエメはヘスティアが聖域とビジネスを目指した動機を聞いていたはずなのに。まさしく彼女の行動こそは人々の日々を守る女神であった。ゆえに後悔と無念が胸をしめつける。

 ヘスティアの愛は本来ネメシス星系すべてに注がれるもの。

しかし餓死寸前に落居いた子供たちはる惑星アシアの住人であり、惑星管理超AIたるアシアが守る必要があった。

 超AIは神ではないしそんな力もない。アシアに人々を救済する力などなく、ましてや義務など存在しないとはいえ、惑星の住人こそ寄り添うべき人間たちだ。


「ヘスティアの言葉には一切の偽りはなかった。子供たちこそ地獄にいて、助けてもらうためにはお金が必要だと本人たちも身に染みて知っていた。それが叶わないなら慈悲。私の責任だ」


 すべてが落ち着いたら、もう一度ヘスティアと話し合う必要を痛感している。 


「どうかおじひを。――母なるソピアー。教えてください。今のネメシス星系は正常なのでしょうか。あなたが自爆してもたらしたこの世界は……」


 惑星アシアでは貧困と暴力が増していく。惑星リュビアでは、生き残った人々を幻想兵器が匿っていた。惑人が居ない惑星エウロパは平穏だが、果たして人間不在の平穏は正しいのか。残された課題は重く、大きい。

 慌てて首を横に振る。迷っている暇はないのだ。エメと同化して、ずいぶんと人間らしくなってしまったと思うアシアのエメ。


「南極大陸ZS001要塞エリアの攻略も順調。――フリギアの言う通り、本当に順調かな? トリックスターのヘルメスが何もしていない? エウロパのバルバロイは? 南極に異常はないのかな。最後まで油断はできない」


 改めて気を引き締めるアシアのエメ。

 今の彼女にとっても南極の地はあまりにも未知の領域なのだ。


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いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


J582要塞エリア攻略戦も終わりが近付きました。

ようやくジョセフも撤退。残された兵士たちも近隣の要塞エリアに避難します。おそらく占拠してもすぐに奪い返されるでしょう。

ヘルメスは今回大きなものを手に入れました。優秀な指揮官と訓練されて自分で判断可能な兵士です。ストーンズにとっての優秀は「いかに忠実に、精度が高く命令を遂行できるか」ですが自己判断の高さは求められません。経営でも戦争でもそんな人間なら勝てるものも勝てません。全体で見ればわずかとはいえ指揮官がいる戦争を経験した、という意味で実戦経験を積んだ人材ができたのです。


子供たちも救援入りました。

アシアのエメに残された課題は大きいです。戦争と格差発生はアシアのせいではなくストーンズのせいなのですが、ようやくシェーライト大陸が落ち着いたばかりでトライレームも対処もまだできない状態です。

聖域のヘスティアが語った動いた理由と目指す先、目を逸らしていたわけではないけれど、根深い病巣を突きつけられた格好です。

『国家形成戦争時代の幕開け』と『聖域の闘技場』はアシアの課題として繋がります。


次回から南極の極点施設攻略です!

応援よろしくお願いします!


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