極点の要塞エリア(仮)

死すべき定めの人

「要塞エリア外のマーダーを掃討しました。これより主力部隊、ZS001要塞エリアに突入します」

「了解した。いささか拍子抜けだな」


 エンタープライズ艦長ロビンが報告を受ける。予想通り、僻地の要塞エリアには無人機のマーダーが中心だった。

 ケーレスもマンティス型やライノセラス型など、リアクタータイプの高性能機が多かったが、ウーティス直轄軍のオーバード・フォースの敵ではなかった。


「しかし、あれが極点の要塞エリアか。巨大な建造物だ。絶対攻撃禁止建築物だと再度確認だ」


 グレイシャス・クイーンのジョージが要塞エリアを見上げる。この要塞エリアに物理的なシェルターはない。

 南北に位置する惑星の極点管理施設は攻撃禁止建造物に指定されている。もっとも生半可な攻撃ではかすり傷ひとつつかないだろう。


「敵防衛部隊はヘロット中心のバイソンが中心だ。南極大陸送りは左遷に近いか。想定通りだ」


 ジャンヌ・ダルク艦長のキーフェフにとっては想定通りで何も問題はない。 


「ここは極点だぞ。油断するな! アシアのエメからも最大限の警戒をという伝達もあっただろ。不確定要素が多いって話にも関わらず想定通りってことはむしろ疑え」


 ケリーが檄を飛ばし、オーバード・フォース所属艦長たちの気を引き締める。


「アルゴ・ネイビーも撤退を開始したな!」

「我々の目的はアシア解放ですからね。追撃もしない。ならば逃走するしかないでしょう。進みましょう」


 ケーレスを排除すると大きな戦闘はない。

 アシアの騎士が宣言した通り、要塞エリア制圧が目的ではない。逃走中の防衛部隊に追撃は行わなかった。


「極点の要塞エリアがあんな形状だったとはな。地下はないと聞いていたが……」


 ケリーは今、友人ともいえるスカンクに搭乗している。

 眼前に広がる光景は他の要塞エリアではないものだ。


「私は北極点の要塞エリアに一度だけ行ったことがあるよ。同じ形状だ」


 ウンランはユートンが乗る天馬の後部座席にいる。天馬はコウから贈呈されたベレロフォンをもとにユートンの特性に合わせて改良した機体であった。


「ピラミッドか。惑星アシアでお目にかかるとはな」


 金字塔。真正ピラミッドともいわれる、四角錐状の巨大な建造物だ。封印区画は真正ピラミッドの中央に位置していた。外観は段差もなく、かのギザの大ピラミッド建築当時の姿ともいわれる、白く輝く四角錐であった。

 惑星開拓時代において、最初に完成した建築物の可能性もある。


「地磁気を管理するにはうってつけの形状でしょうね」


 南極大陸のN極があるZS001要塞エリアと、北極点のあるS極がある海上にあるZN001要塞エリア。この二箇所だけは三惑星共通であり、惑星の磁気を管理するため特殊な構造となっている。

 惑星の極移動に合わせて移動できるようになっている。つまり地下施設がなく、要塞エリア全体が極移動に対応して移動できるようになっているのだ。


 テラフォーミングに重要な要素はいくつかある。大気組成、適切な温度と重力、水、惑星内部の熱源、そして地磁気。銀河系にすべての条件をクリアしている惑星はほぼ存在しなかった。太陽系では唯一火星が近いとされている。


「王の間ではないんだな」


 ギザの大ピラミッドと比較するケリー。


「アシアによると女王の間に相当する場所が最深部で、上下に移動可能な巨大エレベーターといっていましたね」


 二人も惑星アシア創世時期の構造物はアシアに詳細を確認済みだ。


「この施設は規模が桁違いに大きい。シルエット基準ですらなく、20メートルサイズの人型も闊歩可能ということだ。もう一点は内部は迷路状になっていて、今は稼働していない巨大工廠施設や宇宙港があるはずだが、使われた形跡はない」

「ブリタニオンの例もあるので油断はできませんが、極点の施設に出入りする宇宙艦があれば我々も察知できたはずです」


 スカンクと天馬が進む。背後には護衛の構築技士資格を持つパイロットが搭乗するシルエットが八機が続いた。


「このピラミッドもどきそのものが封印区画だ。中にさえ入ってしまえば邪魔は半神半人ぐらいか」


 護衛のラニウスが進み出て封印区画へアクセスしようとする。 


「ダメです。指定の入口が解除できません。構築技士のランクに関わりがあるのでしょうか」

『私も初耳だね。私が封印されている間に何かされているかもしれない』


 アシアのエメが通信で応じる。彼女でさえ不明なことなら、他の者にわかるはずもない。


「防御機能が働くといけない。俺とウンランでやってみるか」

「あたいが障害にならなければいいんだが……」


 天馬はフェンネルOSの負荷が高いセリアンスロープ用クアトロ・シルエットである。ユートンの杞憂も当然であった。


「その時は俺に任せろ!」

「一機ぐらいは相乗り可能でしょう。護衛ぐらいはこなしますよ。ユートンがね」


 ウンランは後部座席で見ているしかできない。


「よし。ここだな」


 スカンクが入口と指定されている壁に手をかけた。

 吸い込まれるように二機のシルエットは消える。


 スカンクと天馬は金属製の通路にいた。

 通信機能は生きている。


「おい。聞こえるか」


 ケリーもウンランも尋常ではない表情をしている。

 汗を浮かべ、顔面は蒼白だ。


『どうしたの? 二人とも』

「フェンネルOSが教えてくれたってヤツだ! いいか。よく聞け。――おそらく俺は死ぬ。いいたくはないがウンランもだ! モニタにもθάνατοςタナトス と表示されているぞ」

「何をいって! 私には感じないぞ、こちらのモニタには何も表示されていない」


 ユートンが異議を唱えようとすると、後部座席から肩に手を置き制止するウンラン。


「いいや。ケリーは正しい。天馬の後部座席にも古代ギリシャ語のθάνατος が表示されている。ユートンの前席に表示されていないのならば確定ではないということだろう」

「フェンネルOSってヤツは六感七感に作用する。この建物に入ったことがフラグだな。ロビン。俺たちが死んだらオーバード・フォース全軍すぐに撤退しろ」

「何をいっているんだケリー!」


 ロビンが声を荒らげて抗議する。ジャックに続いてケリーにまで死なれたら立つ瀬がない。


『何が起きているの? その場所は単なる地磁気管理施設。特定の誰かを殺すようになんかできていない』

「Stare death in the face.(確実な死が待っている)」


 顔面蒼白のケリーが、ようやく口にした言葉だった。

 MCSが伝えてくる予兆に、彼自身精神的苦境に陥っているのだ。


『ケリー。何をいっているの。おかしいよ! すぐに帰投して』

「そうとしかいえねえ。退路は断たれた。先に進むしかねえ」

『引き返す道を! あなたたちが死ぬことなんて許されないんだから!』


 アシアのエメが血相を変える。クルーも蒼白だ。

 ケリーとウンランの表情をみても、彼らがMCSを通じて自らの死を予測していることは間違いないだろう。


「何故だ。未来は確定的ではないはず。生贄が必要ならあたいがなる」

「ユートン。そうではない。きっと、これはフェンネルの啓示。人類に対して備えろという意味なんだ。君だけは生きて帰還させたい」

「セリアンスロープ一人、生きて帰っても意味なんかない!」

「そうではない。意味はあるはずなんだ。私達二人が確実な死という宣告をされているが、君はそうではない」

「私がセリアンスロープだからだよ」

「違う。そうではない。私を信じてくれ」

「今に限っては信じたくない! 死ぬとかいわないでくれよ。ウンラン!」


 いつもは姉御肌で隊を率いるユートンが涙目になっている。

 それだけウンランの言葉は迫真なのだろう。


「スカンク。無理だとはわかっちゃいるが。何かヒントをくれ。なんでもいい」


 スカンクは答えない。しかしモニタには英文が表示された


『You must do everything you can to save her. (彼女を救うために全力を尽くさなければなりません)』

「そういうことか。わかったぜ。ありがとよ相棒」


 胸ポケットからメモを取り出し、さらさらとスカンクが表示した文章を書き写すケリー。天馬に近付いて、MCSを開く。

 天馬からはユートンがMCSを開いて受け取る。筆談はアシアに知られてはいけないということだ。そのままメモをウンランに渡して再びMCSのハッチを閉じる。


「わかりました」

 

 内容を読み終わるとメモをユートンに見せて、細かく破るウンラン。彼女を信頼しての行動だ。

 ユートンは無表情になった。感情的な彼女は顔に表情がでてしまう。これは絶対に悟られてはいけない。


『筆談なんかしないで! スカンクは何といったの!』


 皮肉にも筆談はアシアのエメが好む手法だ。

 丸い顔をにんまりさせて笑って答えないケリー。ただのいたずらとでもいいたいかのようだ。


「進むぞ。ウンラン。どうする?」

「行きますよ。――ユートン。お願いします」


 ユートンはウンランと運命を共にすると決めている。

 スカンクが前進して、続いて天馬も続く。

 とくに何も起きない。


「必要なことだ。死の予兆。これは紛れもなくフェンネルOSの出血大サービスなんだ。何が起きるかはわからねえ。しかし、備えろ」

『お願い。戻って。戻ってください……』


 アシアのエメが涙目を浮かべて懇願する。


「はは。もう手遅れだ! 何が起きても対応できるようにしておけよ」


 ケリーは死相を浮かべながらも、笑ってみせた。

 一歩前進するごとに、死の予感が強くなる。MCSによる警告ではない。予告なのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「死の宣告? フェンネルOSがどうしてそんなことを。MCSの人間拡張はそこまでのものではない。私は知らない」


 アシアのエメも蒼白になる。

 ケリーたちの表情が何よりも雄弁に物語っている。彼らが友軍への不安や警告で死の予知を宣言したとは思っていない。何らかの確信に似た感覚が襲ったのだ。


「アストライア。フェンネルOSによる死亡予知の事例は?」

『アシアが知らない事例を私が知るはずもありません。おそらく私の本体も知らないでしょう。知るとなれば三柱のみ。もしくは四柱でしょう』


 アストライアも首を横に振って苦悩を示す。フェンネルはブラックボックスの塊だ。彼女のオリジナルもOSに手を入れたことはない。


「アテナとヘパイトス。二人を基に造り上げたプロメテウス。そしてフェンネルOSに直接介入できるフリギア、か」


 フリギアも会話に参加する。画像を浮かべて同様に首を横に振って否定する。


『私だって何が起きているかわかりませんよ。現在は観測できますが、未来は揺らぎによって変化します。微視的事象マイクロスケールでのハイゼンベルクの不確定性原理はなお健在です』


 現在を観測して自らの存在を確定させる。そのために彼女はハデスをこの時代に呼んだのだ。


巨視的事象マクロスケールでは未来演算は可能。フェンネルOSはわずか先の未来を演算しているだけ。パイロットに死を告げるなんておかしいよ」

『二人が予知した死の予感が、なぜそうなったかは不明ですが、あの場所で何かが起きる。フェンネルOS全体から発せられた人類への警告かもしれません』


 アシアのエメが眉をひそめる。


「どうしてそうなるの? 私は私を取り戻したいだけなのに。でもそれがあの二人の生命に関わるなら諦めるよ」

『あの二人の死を対価にしても対応できるかどうかの瀬戸際という事態と推測します。これからその事象が発生するということですよ。アシアを取り戻す、という次元の話ではありません』

「オリンポス十二神はヘルメスを除いて滅んだ。そのヘルメスだって肉体を手に入れて無茶はできない。ヘファイトスの残骸も観測された。テュポーンとは友好関係を築いてハデスもどこかにいる。バルバロイに関してはアルゴスをネメシス星系から放逐した。これ以上何を備えろというの」

『落ち着きなさいアシアのエメ。あの二人が死を覚悟して歩みを進めている時に、超AIたる貴女が冷静さを欠いてどうするのですか』


 叱咤するフリギア。これではどちらが年上かわからない。


「動揺していた。ごめんね。でも私はあの二人に訪れる死を排除したい」

『こちらでも二人の状態をモニタリングしています。状態はθνητός。原因は不明です』


 アストライアも想定していない状況だ。この言葉にフリギアが反応する。


θνητόςトネトス。かの大魔術師キルケがオデュッセウスに向けて放った言葉。どうして似たような意味のβροτός プロトスではないのか。より死が強調されています』

「しかしあの二人は生きている。運命はまだ確定も観測されていない」

『だからこそ、フェンネルOSが告知した人間トネトスと向き合う必要があります』

死すべき定めの人トネトスなんて……」


 古代ギリシャ語で人間を意味する言葉には死がつきまとう。死すべき定命の者。転じて人間を意味していた。


『ケリーの言う通りにするしかないですよ。備えなさいアシア』

「何に対して?」

『わからないから、備えるのです』


 フリギアの言葉が重くのしかかる。アシアのエメにとっては叱咤されているかのようだ。

 下唇を噛みしめ、成り行きを見守ることしかできないアシアのエメだった。


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いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


ネメシス星系はインターネットが発展した地球の末裔ですが、重要な事項は古代ギリシャ語かラテン語が時折使われます。

ウィスはラテン語で力ですが、ギリシャ語だとイスになるので呼びにくいという経緯がありました。


死すべき定めの人の子に、は指輪物語でもお馴染みのフレーズですね。台詞のみオマージュです。


今回の古代ギリシャ語の「人間」「死」という単語一覧です。

θάνατος(トネトス)    :タナトスとも。若干の発音の違いによって区別していたようです。死、そのものですね。死ぬ人間にかかる単語です。

θνητός (トネトス)   :死ぬべき定めの人の子。定命の者。いつか必ず死ぬ者。死を強調したもの。トゥネートスが正式な発音に近い模様。

                地方によってトネトイとも。神ではないから死ぬ。そんなニュアンスです。

βροτός(プロトス)    :定命の者。神ではない者。トネトスと似た単語ですが、いつか死ぬけど今は生きている人間、みたいな感じらしく死のニュアンスが薄め。

ἄνθρωπος(アントロポス):人間。

知られる言葉だとケーレスの単数形ケールは戦死、ネクロスは死体ですね。神様に関係ない単語だと動詞テューネ (θνήσκω)。サンスクリット語からきた古代ギリシャ語です。


極点の要塞エリア(仮)の構想は連載スタート時からあって、実際にプロットを作ってまとめはじめたものがリュビア編の後半部分の時期です。


紆余曲折(主にリュビア編)ありましたが、当初の計画通り進んでいます。ロバートもフリギアもアリマも幻想兵器もすべて初期プロット通り。一番わかりやすい例はアノモスだと思います。

想定外はパンジャンドラムですね。もう一つ直近で失敗したものがありますが、そこはその時解説いたします。物語に影響しない部分なので予想しながら楽しんでください!


ネタバレになるのといけないので正式章は後日つけます。

起承転結でいえば転にあたる重要箇所です。五年かかってようやくその先端に手が届きました。

これも応援してくれた読者様や書籍版でご支援くださった小山英二先生とマグマスタジオの皆様のおかげです! 心から感謝いたします!


通常の後書きは次回まで。それ以降は落ち着くまで箇条書きの解説や伏線回収とまではいけませんがどのエピソードと連動しているかなどを記載して簡潔な後書き目指します。

感想返しは今までとおりなので気になった点や矛盾している点は是非お願いします。

出し惜しみなしの全力全開で執筆しています。創作する心がある限り、旅はまだまだ終わりません。お付き合いお願いします!


来週は長時間の通院のため、間に合いそうになければ金曜日の20時ちょうどに更新します。


応援よろしくお願いします!

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