最強たる所以

 J582要塞エリアの封印区画へは市街地を通る必要がある。迂回ルートもあるが、時間も惜しい。六番機の直進性能を活かせない。

 

「――市街地を最大加速で突き抜けよう」


 一種の賭けに近い行動だが、フランに迷いはなかった。

 何故なら要塞エリア内部では戦闘が発生していないのだ。トライレーム側が苦戦中というゾラの話は本当のようだ。


 六番機は市街地に飛び込む。空には人工の青空。低飛行状態で最大加速に移行する。

 肩を突き出して飛行する六番機。耳をつんざく轟音が遅れて周囲の大気を震わせる。秒で超音速に達したのだ。


「未確認機が要塞エリア内に!」

「撃て!」

「いや、まて。今市街地は防衛戦用の弾薬だらけだぞ! 体で止めろ」

「マッハ1.5を越えているぞあいつ!」


 狼狽する防衛部隊のシルエット。外周の防衛ラインを守る部隊用の弾薬が行き来している。発砲は厳禁だ。

 一機だけかろうじて立ちはだかったバイソンがいた。居合わせてしまったというべきかもしれない。


「させるか!」


 ベアの後継機であり、重量はそれなりにあるバイソンだが相手が悪かった。

 相手は突進前提。地上をマッハ1.6で飛行する六番機であったからだ。


「――ッ!」


 歯を食いしばって衝撃に備えるフラン。衝撃を吸収するMCSといえど、0にはならない。

 バイソンは武器を構える間もなく弾き飛ばされ、数十メートル先にあるビルに叩き付けられた。ゆっくりとずり落ちていく。


 フランは脇目も振らず封印区画を目指していた。


「封印区画入場信号を。お願い六番機」


 減速しながら通路に飛び込み封印区画へ進むフランと六番機。

 六番機が市街地に潜入してから四分にも満たない時間の出来事だった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 トライレームは徐々に押し返し始めていた。

 制空権を支配しているので、一方的な攻撃が可能だからだ。対空兵器が豊富とはいえ、限界はある。数があるなら距離を取り、遠距離から攻撃を仕掛けるのみ。


「来たな」

「来ましたね」


 クルトと衣川が視線をやると、空を飛ぶ巨大な機影が目に入った。

 側面から砲門が出現して唸りを上げる。

 防衛側の戦車をあっという間に蹴散らしていく。


「クルト君の大砲鳥Ⅱと、今回のために私が新造したガンシップ【センゲン】。3機しか用意できなかったが軽戦車並みの装甲に加えて金属水素生成炉を搭載している。何よりあの巨大レールガン対策には低空のほうが良いだろう」

「対空兵装も補給は必要です。今のうちに戦場を制圧しましょう」


 対空ミサイルやレールガン砲弾にも補給は必要だ。交代制で切らさないようにしたとしても、必ずどこかでほころびはでる。

 敵がメロスを掃討したタイミングで、センゲンと大砲鳥Ⅱの投入を決めたのだ。


「クルト。キヌカワ。今キモン級もそちらに向かっているが、朗報かもしれない情報が入った」


 バリーから通信が入る。


「朗報かもしれないとは?」


 曖昧な言い方が引っかかるクルト。


「L451防衛ドームの構築技士資格を持つ一般人がJ582要塞エリアの封印区画へ潜入した。アシア解放資格を持つ」

「アシア解放資格を持つ一般人?」


 クルトが訝しむ。アシア解放条件を持つB級以下の構築技士は相当な例外事例なはずだ。彼でさえ即座に思い浮かぶ人物はマティーとジャリンとアベルの三人だけだ。


「15歳ぐらいの構築技士資格を持つ少女が、ラニウスの六番機に乗っている。コウとヒョウエのお気に入りでな。二人がせっせと支援していたことは知っていたんだが、まさかここまでやってのけるとは」

「ラニウスの六番機だと。そういえばコウ君から聞いたことがある。そうか。その少女が向かっているんだね」


 キヌカワも合点がいく。アシアとの接点もあっただろう。


「待ってください。いくら最新のラニウスとはいえ、単機で突入ですか? 無謀すぎます」

「かもしれない、ということはそういう意味だ。できるだけ早く支援に向かって欲しい。二人には引き続き、封印区画を目指して頂きたい」

「ラニウスの初期ロット乗りは無茶な連中しかいないのか」


 思わずぼやくヤスユキ。ヤスユキはコウとの出会いを思い出す。

 敵航空機の群れのなか、海上を突進するかのように飛来してきた五番機の姿は衝撃的であった。


「敵の動きも変わってくるだろう。何がでてくるかわからん」

「了解した。一般人、しかも少女が一人で戦っていて、大戦力の我らが後れを取っている。二人とも。なんとしてでも突破して援護に向かうぞ。彼女に何かあったらコウ君と鷹羽君に合わす顔がなくなる」

「おうさ!」

「へへ。やってやらあ」


 二人とも燃えている。たった一機で潜入したシルエットがいるのだ。本来なら彼らの役目。

 何としてでも護衛せねばと逸る気持ちをどうにかして抑えている。


「ラニウスの初期ロット乗りは、味方さえも欺くことが好きだ」


 バリーが疲れたように笑う。アシア大戦時も、コウ本人さえ知らないエメの出撃があり、タカバヒョウエはクルトを人知れず匿っていた。

 通信を終えたバリーは一人、事態を口にだして整理する。


「L451防衛ドームの守備隊もトライレーム指揮下に入ってもらう。そのほうがアシアのエメともやりとりしやすいだろう」


 六番機の所属するL451防衛ドームはあくまで外部勢力。トライレームが支援こそしているものの、連絡はギャロップ社を通じて行っている。

 現在J582要塞エリアの封印区画に向かっている六番機パイロットとアシアのエメが直接通信可能な環境を急いで整備するべきだと判断する。


「L451防衛ドームに頼って駆け抜けたJ778防衛ドーム跡地にいる生存者の件もある。もっと早く、親密に連携すべきだったな」


 若干の後悔が入り交じるバリーだった。友軍であったにも関わらず、この時点でL451防衛ドームが大きな意味を帯び始めている。

 アシアのエメからも報告があり、両腕を喪失した子供が志願してアベレーション・アームズに乗り込んでいる事件が発生中だ。事態の解決のため、有志が活動中である。

 転送された映像はキモン級クルーですら声を失う姿だった。これからはトライレームのバックアップでサポートできることになるのだ。 


 そして通信を終えたクルトはキヌカワとヤスユキに伝える。


「気を付けてください。敵は戦線を下げています。我々は分かれて進みましょう」


 好機がそのまま罠となる。相手がレンジャーの薫陶を受けた兵士ともなればなおさらだ。

 適度な距離を取ってはいるが、A級構築技士が固まって移動となると、的にされてしまう。


「キモン級もすぐに到着する。要塞エリア周囲攻略はそれからだろう。しかし時間が惜しいものだ」


 後部座席に座ることしかできないキヌカワもまた、焦燥感が募っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 クルトのフラフナグズが森を疾走する。周囲には改修型のバズヴ・カタⅡ部隊が護衛している。

 

「散開!」


 クルトの号令とともにバズヴ・カタが散る。直後、フラフナグズ目がけて徹甲榴弾が降り注ぐ。


「私を狙いに来ましたか! 望むところです」


 敵部隊は周到に距離を置く。近接特化のフラフナグズではあるが、五番機同等の上級砲弾を採用したDライフルも装備しており火力は高い。

 フラフナグズはプラズマバリアを展開させ、砲弾をかいくぐり前進する。


まさか徹甲榴弾に紛れてシルエットが降下してくるなど――


 ジョセフはドラチェンへの直撃を厭わず、紛れて強襲を仕掛けたのだ。


「殺ったぞ! フラフナグズ!」


 通常のライフル弾では致命傷には程遠い。コルバスのデータは頭に叩き込んである。それよりは数段上の性能を誇るということも。

 射撃武器は効かない。ならばたとえ剣術機相手であろうとも接近戦で仕留めるしかない。大型のコンバットナイフがドラチェンの得物だった。両手剣であるフラフナグズも懐に入ってしまえば無力化できる。


 急所は頸部。人間もシルエットも変わらない。頭部と胴体を接続している部位であり、MCSとリアクターへ攻撃を通すための最短距離を狙える急所だ。

 

「ぐっ!」


 頸部にナイフが刺さった。しかし刺し貫くことは叶わなかった。分厚い装甲筋肉にはばまれたのだ。

 しかも即座に反応したフラフナグズは腕部に仕込まれているであろうスラスター噴射を使い、超高速の裏拳を放ったのだった。


 吹き飛ばされるドラチェンだったが、ジョセフの顔が引き攣ったのはそのあとだ。

 眼前にフラフナグズがすでに迫っていたのだ。


「化け物かよッ!」


 ドラチェンが間一髪で斬撃を躱した。

 ジョセフの戦闘術は米軍仕込みの近接戦闘CQCと呼ばれる軍事行動用のものだ。これはイギリスの将兵が開発した対テロ用の戦闘技術である。攻防を競う競技性はいっさいなく、いかに迅速に無力化するかを究めるものだ。相手に防御行動を取らせることはない。

 通常の格闘技では禁忌とされる急所への攻撃を推奨している、サイレントキリングを実践する技術でもある。白兵戦から至近距離の銃撃戦までを想定しており、とくに白兵戦の基礎はボクシング、レスリング、サバットの各得意分野を融合させ、柔道や柔術の打つ、投げる、極める、締めるすべてを取り入れている。

 米陸軍レンジャー部隊もCQCはみっちり仕込まれる。一般歩兵には教授されていなかったが、1990年から続く紛争時代によって解禁されたいわくつきの技術であった。


「装甲筋肉を採用した新型。ボカティーリ系統ということはあなたが指揮官ですね」


 クルトが確認する。この場で必ず殺しておきたい敵が自分から現れた。

 ジョセフに問いかけている間にも距離を詰めて、必殺の斬撃を放っている。回避行動を取るも金属を切り裂く音とともにドラチェンの左肩が切り裂かれた。


「殺す気満々じゃねえか。はん。ふざけるなよ。あの場所を穿ってれねえとはな」

「甘く見てもらっては困ります。ボカティーリ系統なら採用している装甲筋肉は50本もないはず。このフラフナグズは120本の装甲筋肉を備えています」


 フラフナグズも改良を加えている。人間が纏う筋肉は指など細かいものを除外して上肢40本、下肢30本程度だ。装甲筋肉も幅に応じて三種類の規格がある。

 以前のフラフナグズでも100の装甲筋肉だったが、今やMCSとリアクター回りを念入りに大規格の装甲筋肉で固めている。シルエットも首と胴体のジョイント部分、頸部を狙われて破壊されることも多いからだ。


「は? 120?」


 装甲筋肉一本で相当なコストがかかる。それを120本も採用するなど、正気の沙汰ではない。

 もう一つはウェイトだ。通常のシルエットは30トン以内に抑えようと構築する。120本もの装甲筋肉など、50トンは超えるはずで、そうとは思えない運動性を誇っている。

 フリギアがもたらした爆轟機構も兼ね備えているのだ。


「もう一つ。――私を剣士と侮りましたね。これでもネメシス戦域に転移して三十年以上。甘く見ないでいただきたい」


 ネメシス戦域を生き残った戦士の矜持。クルトは構築技士である前に歴戦のつわものだ。


「くそが。場数が違いすぎたってことかよ!」


 判断を誤っていたことを認めるジョセフ。クルトはただの技術者ではない。まだワーカーしかない時代から転移を余儀無くされ、戦場で試行錯誤しながら兵器を構築し続けた男である。

 三十年、戦場にいた。すでに老年の域に達しているクルトではあったが、老いて弱ることなど許されなかった環境でもあった。


 ドラチェンがフラフナグズの斬撃をかろうじて避ける。ジョセフはどう生き延びるか考える。一撃一撃が必殺の剣だ。このまま凌げるものではない。


「俺の負けだ。お前らにアシアはやらん!」


 背後のバックパックから大型のハンドグレネードを投擲する。本来ならライフルに取り付けるグレネードランチャーで発射するものだが、咄嗟の判断だ。


 フラフナグズは即座に後退する。おそらく中身は金属水素。放射性降下物こそ出さないとはいえ、至近距離では水爆並みの威力をもつとは想定できる。

 着弾と同時に巨大な火柱が吹き上がる。フラフナグズの装甲も危うい。当然ジョセフの機体もだろう。


 爆風で機体が傷つくことはないが、中心部の温度は数十万度を超える。高次元投射装甲をもつシルエットでも融解するのだ。


「機動性ってのは大事だな」


 ドラチェンがフラフナグズよりも唯一優っている点。それは機動力であろう。

 それ以外は完敗だった。機体も技量も。ジョセフは事実を認めて、顔を歪める。嬉しくもあり、腹立たしくもある。


「撤退の合図は鳴らしたぜ。アシアなんざくれてやるさ」


 クルトに投げつけた言葉さえも、ジョセフにとってはブラフに過ぎなかった。


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。


ジョセフの奇襲です。格闘術?はCQC。軍隊特化の格闘術で第二次世界大戦中、イギリス軍人が発明しました。メタル○ア3の主人公や最近話題のガン○ムSE○DFREE○OMでアス○ンが使っていた猫足のアレです。

マーシャツアーツと同様、幅広い戦闘術を指すので特定の戦闘技法がCQCと呼ばれているのではありません。

相手を無力化することに特化しているので容赦の無さがやばい奴です。自衛隊も使っています。


フラフナグズはお金に糸目をつけていませんので、相変わらず近接最強です。運動性は爆轟駆動によって差はかなり縮められているのですが、装甲筋肉の塊ということで運動性と防御力を最高峰のレベルで両立した機体です。やはり最大の弱点はコストで、次に機動性や運搬性でしょう。


ゲリラにはやはりガンシップということでセンゲン(浅間)です! モチーフは第二次世界大戦の計画で終わったでっかい爆撃機です。

対空部隊が減れば大砲鳥Ⅱが嬉々としてやってきますね。これから畳みかけるパターンです。


次回、J582要塞エリア攻防戦、いったんラストです!

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