メロス、敗れる

  パイロクロア大陸の最前線では、激しい戦闘が続いていた。


「仕掛けの第一弾。そろそろ来るぞ」

「あいつか!」


 キヌカワの意図を察するヤスユキ。


「前線は後退させたほうが良くないか」

「必要ない。察知されたら奇襲も何もなくなる」

「時間だ。くるぞ」


 森の影から敵新型戦車に向かって転がる糸車状の物体――メロス改が現れた。

 TAKABAが対抗した技術に加え、御統が地球時代から培ったフラットツイン構造のリアクターを搭載。安定性を増してさらなる長距離移動を可能にしたパンジャンドラムだった。


 その数は約六百輌。J006要塞エリアではなく、手が空いている防衛ドームに依頼して数を揃えた。

 開戦には間に合わなかったが、こっそりと150キロの巡航速度を保って接近していたのである。


「ようやくきたか!」

 

 戦闘機に乗っているバーマン猫型ファミリアが声をあげた。

 メロスは性質上、精密誘導は不可能だがまっすぐに超重戦車に向かっている。


 慌てるそぶりがないアルゴアーミー。


「ジョセフ司令の言う通りだな。パンジャンドラムがやってきたぞ」

「絶対来るって断言していたもんな」


 ジョセフはパンジャンドラムによる奇襲を各部隊に通達していたのだ。


「質量による突進と、金属水素による爆発だ。みんな、トーチカか戦車に乗り込め。まともに相手はするな。どうせ牽制だ。本命は後からくる」

「不規則に動くらしいからな。ジョセフ司令の新兵装を試そう」


 後続部隊のベアと戦車が警戒する。

 そこにメロスが転がりながら突進してきた。


「今だ!」


 アルゴアーミーのシルエットが起動装置で作動させる。

 地面から無数の巨大な杭が突き上げられる。ワイヤーが張られており、接触したメロスに向かって杭が発射され、爆発した。


「超重戦車ビサマラッテにはアンチパンジャンドラム機能があるから処理してもらえ。ジョセフ総司令の読み通りだ。司令の言う通りなら、次はパンジャンドラムが転がってきた方向から後続部隊がくるぞ」


 戦車に体当たりできたメロスもいたが、戦車はドーザーを構えて受け止めて、鋤状の芯を突き刺して爆雷処理を行っている。

 トライレームとしてもメロスが完封されるとは予想外だった。


「パンジスティックだと!」


 キヌカワも想定していなかった対策だった。パンジスティックとはベトナム戦争のゲリラが愛用した、火薬を用いないトラップだ。


「バンジスティックの応用ですね。敷設式のパイルバンカーとは。直接狙う方式は自走爆雷であるメロスやシルエットには有効です」


 友軍のシルエットは杭を避ければいい。メロスには杭地雷を探知して回避する能力はない。可能だとすればパンジャンドラム【うなぎのゼリー寄せ】ぐらいだ。


「読まれていますね。後続部隊が砲撃を受けています。直撃でなければ問題ありませんが……」

「パンジャンドラムが対策されたことに驚きはないがね。砲弾は警戒せねばならないよ。半神半人が絶対に取らない戦術だろう。高速打撃部隊はハーフトラックが主流。主力戦車はやはり速度が劣る」


 フラフナグズも加速しては敵を斬り倒すを繰り返している。敵部隊は徹底的に距離を取っているのだ。


「敵はゲリラかレンジャーかもしれない。敵は戦線を後退させていきますが、火力を集中させています。高性能シルエットは単機で襲撃している。地の利は敵にあります。伝え聞くベトコンのような戦術ですね」

「だとしたら厄介だぜ」


 クルトの憶測に、ヤスユキも渋面を隠さない。敵は明らかに戦い慣れている。


「以前から準備していたんだろうな。我々が罠にはまったのか」


 キヌカワも現状を認めて、敵への認識を改める。そしてさらなる策を進めている。


「しかしトライレームに撤退するほどの被害はありません。敵のほうが被害は甚大です。時間をかければ攻略も可能でしょう」

「我々はアシアを救出したいだけなのにな」


 戦況を後部座席で見守るキヌカワの瞳は、決して諦めてはいない。


「制空権は支配し、対空兵器の排除も進んでいる。敵はメロスを掃討したな。では次の策だ」

 

 キヌカワは、今なお沈黙を守り続けている部隊に指令を出した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 自軍のパンジャンドラム対策が有効に作用していることを確認したジョセフ。


「杭地雷だってシルエットサイズにすればそれなりに役立つ。お前らのパンジャンドラムと生産コストはそう変わらねえぜ」


 不敵に笑うジョセフだが、これで油断するような男ではない。


「ここまでは想定通り。偵察機、どうだ。――やはりハーフトラックを中心とした高速打撃群部隊とシルエットの混成部隊がいたか。J006要塞エリアからなら陸上部隊としては最速だろう。そいつらのいる場所にありったけの対戦車榴弾を打ち込んでやれ。あたらなくても構わん」


 重量のある戦車では間に合わない。高速打撃部隊の背後にいるが、先鋒さえ牽制できれば渋滞する。


「出鼻をくじけ。それだけで勢いは止まる。時間を稼げればそれで十分だ」


 ジョセフはまずパンジャンドラムは囮と推測していた。

 J006要塞エリアから転がってきたパンジャンドラムは精密誘導性に欠ける。パンジャンドラムは作戦領域に入ると不規則な軌道を取るものが多いので、ひきつけて処理するしかない。

 前線を引いたところで追撃するであろう高速打撃群が来ると踏んでいた。可変機はコストがかかる。地上戦力なくしては前線を切り開くことなどできないのだ。


「いったんレールガンは引っ込めろ。制空権は取られているからな。切り札を見せ続ける馬鹿はいねえ」


 巨大レールガンが格納される。制空権は取られている。いくらAカーバンクルを通してあるとはいえ、集中砲火で破損する恐れはある。

 主戦場はあくまで陸上。ジョセフもまた、トライレームの布陣を見て眉をひそめている。


「想定よりも主力戦車の数が多い。さすがは御統総本部跡地からの増援だ。生産力が半端ない」


 高速打撃部隊のハーフトラックも想定以上の性能だった。装甲が向上している。戦車なみの硬さはあるだろう。さらにはレールガン標準装備ときている。火力も十分だ。


「技術格差は地球での米ソ程度か。創意工夫でなんとかしてやる」


 鹵獲解析はヴァーシャとアルベルトが担当している。解析さえすればアルゴナウタイ全体で共有されるだろうが、そう簡単に最新技術が採用された兵器は鹵獲できない。最新鋭技術はトライレーム直轄部隊にしか配備されないからだ。

 技術格差は広がるばかりだが、アルゴナウタイには惑星リュビアからもたらされたアベレーション系の兵器とマテリアル製造技術がある。これはトライレームにないものだ。ジョセフとしてもあるものを活用したい。


「最後はどうなるのでしょう? 援軍もないんですよね。他地域のトライレーム部隊が押し寄せてくるかもしれません」

「そうなったら最高の晴れ舞台だな! 深く考える必要はない。全員で逃げればいい。ただな。最後まで耐え抜いたという実績は欲しいところだ。ヘルメス様への手土産になる。俺達はアルゴナウタイのなかでももっとも練度の高い兵士ってな!」


 部下の前ではヘルメスに対する敬意を示すジョセフ。


「はい!」


 副官も転移者である。超AIヘルメスに認められたジョセフの実力は本物だ。


「よく聞け。トライレームの陸上戦力もお出ましだが、ディフェンスラインは抜かれてない。しっかり守るぞ」


 檄を飛ばずジョセフ。この男もある種のカリスマだった。

 しかし彼にとって思いもよらぬ事態が発生する。


「司令。J582要塞エリア内のエニュオが破壊されました!」

「どういうことだ?」


 ジョセフの声が苛立つ。現在のところ、トライレームは完封中だ。


「マーダーからの映像を転送します」


 エニュオの視界には、戦闘するラニウスが映し出されていた。


「トライレームは抑えているはずだ。どこのネズミだ?」

「ルートを想定させました。マーダー用の搬入出口からだと思われます」

「ラニウス一機だけだと? クソ度胸だな。ん。待てよ。あいつぁ初期型のラニウスじゃねえかな」

「機体を照会。初期ロットと同形状のラニウスです。このままだと封印区画へ到達するでしょう」

「アシアの騎士がここにいるのか?」


 ありえないとはいえない。画面を睨むように注視するジョセフ。ヴァーシャからアシアの騎士は初期ロットのラニウスだと聞いていた。

 誰にも聞かれないように独り言を呟いた。


「――影武者の一人だろうな。動きが剣士のそれじゃない。しかし、だ」


 シルエットはパイロットの癖や特性が色濃く反映される。アシアの騎士やタカバヒョウエはもっと洗練されているだろう。

 画面に映っている初期型頭部のラニウスは射撃を的確に行い、獣のような突進を行っている。剣士の動きではない。


「J582要塞エリアの守備隊全軍に伝えろ。封印区画にアシアの騎士と思しきシルエットが侵入したってな。敵も本気ってことだろう」


 影武者という推論を伏せることにした。自軍が油断することを恐れたのだ。

 ジョセフは、最大限に警戒レベルを引き上げる。


「了解しました。全軍に通達します」

「封印区画にいるディフェンスチームへ。万が一の話だが、あんたらの誰かがもし一人でも倒されたら全機、撤退だ。仇討ちなんて考えるんじゃねえ。ヘルメス様から預かった大切なチームメイトだからな」


 心にも思っていないことを口にするジョセフ。チームと呼んでいるのはより親愛の情を示すためである。

 気遣っていると思わせるだけで、半神半人は感激するものだ。


「了解した!」

「わかった。貴殿の判断なら従おう」


 彼らとて肉体を喪いたくない。責任者であるジョセフからの提案は渡りに船だ。


「逃亡するときは一緒だ。宇宙艦に向かってくれ。俺たちはチームなんだからな。生きてさえいれば奪い返すこともできるさ」

「さすがはヘルメス様が見込んだ男なだけはある。早々と遅れを取るとは思わないが、アシアの騎士はアンティーク・シルエット対策を徹底しているとヴァーシャからの報告もあった。従わせてもらおう」


 ジョセフは鷹揚に首を縦に振り、通信を切る。犠牲者が一、二名は出るかも知れないが、生き残った者の信頼は得ることができる。アルゴナウタイでは半神半人の味方は一人でも多いほうがいい。

 今後も見据えてジョセフは発言を考えているのだ。


「侵入者への封印区画へのルート割り出しはどうだ?」


 ジョセフは配下に確認する。敵は一機だけとはいえ、それなりの装備だろう。アシアの騎士と同装備ならなおさらだ。簡単に排除できるとは思えない。


「は! おおよそ六パターンあります。最短距離を取るなら市街地に出て再度封印区画へ。迂回ルートならケーレス工廠からマテリアル製造工場やシルエット工廠など三パターンに絞られます」

「ラニウスは閉所に強い近接シルエットだ。迂回ルートを張っておけ。市街地ルートなら包囲すりゃいい」


 指示を出し終えたあと、別の兵士から通信が入る。


「グライゼンからも報告です。L451防衛ドームは現在、鹵獲されたと思しきアラクネ型に襲撃されています。ブラックナイトとブラックウィドウです」

「はん! それこそありえねえだろ! ブラックナイトはともかく人間がブラックウィドウに乗ったら死ぬぞ」

「それがどう見てもアラクネ型なのです。何故ブラックウィドウまで稼働可能なのか皆目見当もつきません。グライゼンを襲撃している模様です」

「あのゲテモノ兵器の組み合わせ見間違えるわけないな。そういえば帰ってこなかった半神半人がいたな。鹵獲したとはいえトライレームの連中がブラックウィドウを運用したがるとも思えんが。死にかけたヤツが志願したってところか?」


 別の画面が映し出された。隻腕のブラックナイトと、脚を無くしたブラックウィドウがグライゼンの戦車部隊を駆逐している。


「向こうも策士がいるようだ。陣地に乗り込んでポーンから成ったクイーンと、防衛用のナイトはしっかり用意していたわけだ。俺が今からも封印区画へいっても間に合わん。アシアが解放されたらJ582要塞エリアは捨てるぞ。いいな」

「了解しました」

「アンティーク・シルエットは配備している。並みのシルエットなら瞬殺だが…… アシアの騎士と同武装だと分が悪いかもしれん」


 予想外からのチェックメイトに、焦燥感を初めて覚えるジョセフだ。


「敵新兵器確認しました! 大型輸送機を武装したもの。いえ。これは空飛ぶ戦車ですね。あとはあの大砲鳥Ⅱの編隊が確認できました」

「お前らがしらないのも無理はない。あいつらなんてものを構築しやがるんだ。こんな惑星でガンシップかよ」


 大型輸送機に大量の榴弾砲や重機関砲を搭載。砲弾を絶え間なく地上に降り注ぐのだ。地上部隊にとっては悪夢のような航空機だ。

 背後からは大砲鳥Ⅱ編隊が続いている。これは尊厳戦争時に確認された大火力攻撃機である。

 トライレームのキモン級まで到着しようとしている。

 距離を取りながら、戦闘機による支援を開始している。メタルアイリス隊長ジェニー率いる部隊がいち早く飛び立った。


「いいな。手筈通り行動しろ」


 防衛部隊に言い聞かせるジョセフ。命令内容はジョセフの命に関わるものだったからだ。


 J582要塞エリアの防衛部隊は後退しながらも粘り強く戦っている。

 この粘り強さこそ、トライレームにとっても厄介な軍隊だった。兵站の概念が薄いストーンズは基本、短期決戦型だったからだ。

 

「A級構築技士に挨拶にいってくる」

「ジョセフ総司令! 危険です!」


 彼は戦争が好きなのであって、一対一などクソくらえという信条を持っている。


「なあに。機体の性能調査だ。すぐ逃げ帰る。自分のためじゃねえ。ヴァーシャにも報告が必要だからな。30分後、防衛部隊はシェルター内に撤退だ。優勢でも、だ」


 手をひらひら振って部下を安心させる。もとより本気でやりあうためではない。撤退の指示だけは徹底させる。せっかく育てた兵士を損耗するなど、育成コストを考えると馬鹿にならない。


「近接最強と名高いフラフナグズと御統の新型機か。A級構築技士様たちが、まったく目立つ機体に乗りやがって。馬鹿にしてんのか」


 冷笑を浮かべながらもはドラチェンを稼働させ、戦場に赴く。


「逃走するにしても一暴れしてからだ。懐に入られ。単機ならそれなりに自信があるのだろう。それなら陥落する前提で戦わねば損だよな」


 ジョセフは独り言を吐き捨て、ドラチェンは戦場に向かった。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


ブラックナイトたちの動きが落ち着いたので、パイロクロア最前線です。

今回はきちんとパンジャンドラムが対処されました。転移者なら当然対策しますよね。ストーンズは石なので学習能力はあまりありません。半神半人も成長するのは肉体とその肉体で得た経験のみです。


バンジスティックはベトナム戦争で使われたものとは少し構造が違います。こっちは敷設式パイルバンカーですね。

バンジスティックは色々種類はあるのですが、一般的には森林地帯に杭を埋めまくり、踏んだらお仕舞いという奴です。確実に敵を排除するため糞尿を塗って破傷風なども狙ったものもあったそうです。

日本でも弥生時代からある由緒あるトラップです。



メロスが敗れたとしてもガンシップも投入して火力はトライレームが圧倒的に。

ジョセフはゲリラ戦術で、撤退を視野に粘ります。


次回、構築技士とジョセフが遂に激突!

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