いわずとしれた伝説の機体
『J582要塞エリアの六番機。もうじき封印区画へ。A009要塞エリアの五番機。 T341要塞エリアのテンスウは封印区画内部。作戦は順調です』
アストライアの報告にアシアのエメが首肯して手元の画面に視線を下ろす。
「天枢もラニウス一番機から載せ替えているMCS。つまりラニウスの初期ロットのみが潜入成功しているということだね」
『こんなことなら惑星アシア中のTSW-R1初期ロットシリーズを捜索すべきでしたね。この因果は強すぎます』
「そうはいっても戦場で朽ちた機体のほうが多いと思われていたし。六番機は想定外だよ。まったくギャロップ社も何を画策しているやら」
『布教でしょう』
「言わないで。それよりも不確定要素が多い南極が不安かな」
『南極は最大戦力です。あの戦力でダメならトライレームに勝ち目はありませんよ』
「そうだね。オーバード・フォース全軍体制。読めないからこそ私達の最大戦力で南極は攻略することにしている。でも……」
不安がぬぐえないアシアのエメ。
『作戦は順調です。予想された敵の防衛守備隊を撃破してZS001要塞エリア内に突入済み。何が不安なのです?』
「なんとなく、かな。ねえフリギア。あなたはどう思う?」
画面の端にフリギアが現れる。
『南極上空異常なし。敵防衛戦力も想定内。順調だよ』
「そっか。杞憂なら良かった」
『本当にそうかな? 未熟とはいえ私やアシア。そして兵器開発AIであるアストライア。三柱が想定した敵勢力の誤差が1%内でもそういえるかな? パイロクロア大陸の防衛予想さえ、大きく外れたにも関わらずだよ?』
「その真意は?」
思わぬ回答に面食らうアシアのエメ。フリギアは至極真面目な面持ちだ。
『それならどうして南極は不安要素が多かったの? 私はまだ油断するべきではないと進言するよ』
「あなたがいてくれて良かったフリギア。ありがとう。引き続き南極に注視する」
『私も何かあったらすぐ報告するね。――アシア。もう一つの懸念があるのでしょう? ブラックナイトのこと』
「わかるんだね」
『私はあなたが産みだしたんだしね。フェンネルOSはヘパイトスとアテナの魂に由来する。人間が集合無意識と呼ばれるようなものがあるように、MCS同士もつながっている。その仕組みを利用してフェンネルのアップデートを重ねてきた』
「ヘルメスが悪用しようとしているけどね。でも他機体のパイロットが願った火に反応するなんて」
『ブラックナイトのほうから寄り添って願いの火をすくい上げたんだよ。自我が芽生えたシルエットは乗り物とは言えない。あのブラックナイトは意志をもって子供たちを守っている』
「うん」
『それにあなたは――エメは師匠を通じて知っている。そうでしょ?』
アシアのエメは首をこくりと縦に振る。
エメは師匠の記憶を受け継いでいる。実際に動く様を目撃しているのだ。
その機体にはパイロットは乗っていなかった。しかし、パイロット候補の強い想いに反応したということが一因であると、今なら理解できる。
「あのブラックナイトは魂の――想いに反応しているのね。子供たちを守るためにナイトたらんとしているシルエット、か」
『パイロットが誰だったかまではわかりません。プロメテウスの火や永遠の火など設計されたシステムではない、もっと根幹的な何か。機体の由来、そして強い想いに反応するのはMCSなら当然です。誰かの願いを受けて、そして名を体現するかのように。かの機体はかくあれかし、と子供たちに寄り添っている』
「子供たちを守りたいと願った人がいた。それだけはいえるね」
『そうです。ブラックナイトのみならずブラックウィドウまでもが同調しています。願い人の魂を燃料に、目的を果たすまで稼働するでしょう。調整しながら限界まで強化していますね。それを意志といわずして何と呼べばいいのでしょうか』
「意志の具現化か。以前なら解体処分だったけれど」
『例外もありますよ。乗り物であることを諦めたスカンクがいました。ですから彼は友人としてケリーに寄り添うことができたのです。そしてもう一機こそはあなたがよく知っているはずです』
「そうだったね」
アシアのエメもブラックナイトを解体などしたくない。
『一度芽生えた自我は簡単には消えやしない。だから乗り物から外れたシルエットは解体が推奨されました。でも今の時代ならいいんじゃないかな。私はたくさんおじさまから学んだもの。今は共に歩むべき時なんだよ』
だからフリギアはスカンクのパイロット指定を解除した。あの古い規定は必要ないのだ。
「あなたのおじさまのこと、そろそろ教えてよ」
『これは私だけの秘密だからダメ』
いたずらっぽく指を×の字にするフリギア。たとえアシアのエメが知っているとしても、だ。口に出してはいけない。
アシアのエメも理解している。薄く微笑みを浮かべて、それ以上は尋ねなかった。
『アイギスの観測範囲では作戦地域に異常なし。異常があったらすぐ知らせるよ』
フリギアの姿が消える。
『あれがアテナなのですね』
「開拓時代のアテナを子供にしたらあんな感じだよ。私の要素ってビジョンの褐色肌ぐらい」
苦笑するアシアのエメ。
「苦戦しているJ582要塞エリアと順調すぎる南極。トリックスターはとんでもない手を打ってくると思ったほうがいいね」
実際に交戦しても敵の全容は見えない。
我が身を救出するために、アシアのエメは神経を尖らせて戦場を俯瞰しようと努めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
零式が頭上から対地攻撃を行っている。
もともとはエース機。パイロットは予備役の整備士ばかりなので慎重に攻撃を行っている。
続いてアエローも到着した。ヨアニアと同時期のファミリア用戦闘機だが、技量は高い。
「一筋縄ではいかんか。撤退の準備を開始しろ」
グライゼン指揮官イェフが号令を出す。
「しかし!」
「俺達に航空戦力はない。アラクネ型だけでも厄介なのに、あれだけの可変機と多目的戦闘機相手に消耗戦はまっぴらだ」
アルゴアーミーへの面目も立っただろう。むしろアラクネ型の扱いを問いただす必要すらある。
半神半人が乗っていた機体とは確認されていた。グライゼンの勢力下を一機で駆け抜けている報告はあったが、L451防衛ドームが目的地とは思っていなかった。
「ダメだ、あのブラックナイトが追撃してくる! うわぁ!」
迫り来る死そのもの。折れた槍斧を突き立て、淡々とコックピットのみを狙い穿つ抜くブラックナイトに、グライゼンの士気は下がっている。
「後退しつつ牽制射撃だ。榴弾砲。L451防衛ドームの守備隊はどうでもいい。ブラックナイトに火力を集中させろ」
どう考えても普通ではないアラクネ型。榴弾砲は的確にアラクネ型を捕捉しているが、縦横無尽に動き回ってすべて回避してみせた。
後退はせず、ひたすらグライゼンの部隊を追い掛けては破壊して回っている。
「相手は正気じゃない。化け物だ!」
イェフはようやく、まともな人間が動かしていないという認識を持つことができた。
「全力後退だ。迷うな。逃げろ。あいつは
一斉の集中砲火を浮いて回避するアラクネ型。浮いたところを別の部隊が狙い撃つが、アラクネ型はふらりと上昇して砲弾を回避する。
ブラックナイトのスラスターが加速して、真上から砲塔を突き刺す。MCSこそ破壊しないがリアクターを貫通して破壊する。
「あいつ一機にどれだけ戦車がやられたか。とにかく今のうちだ。全速で後退しろ!」
無造作に槍を引き抜き、MCSを突き刺すブラックナイト。リアクターが停止していれば高次元投射装甲もない。
アラクネ型が戦車を破壊している間に、後退していくグライゼンの戦車部隊。仲間を助けたいという気持ちよりも、アラクネ型への恐怖が上回っている。
さらに追撃を仕掛けようとアラクネ型が動こうとした瞬間、背後からゾラのユニサスがブラックナイトの肩部に手をかけた。
背後に二機のユニサスが控えている。
「もう大丈夫。敵は撤退したわ。ありがとう。J778防衛ドーム跡地には、私達が向かって救助中よ。安心して」
ゾラは優しく語りかける。
「あ、ああ…… ありがとうございます。おかねのかわりに……」
「現物を確認するわ。まずは停止してハッチを開けて」
「わたしたちにはおじひを……」
ゾラは少女の呼びかけに答えなかった。
彼女の警戒を解かなければいけない。それは彼女にしかできないことだ。
ユニサスの装甲が展開してMCSから大きなタヌキが躍り出る。
器用にブラックナイトの肩部の上に飛び乗った。
「ハッチをあけて。おねがい」
僚機のユニサスからも四つ足の獣が飛び出してきた。キツネとテン。テンはイタチ科の動物で耳が短く、可愛らしい容姿を持つが賢く、凶暴だ。
二匹はブラックウィドウの足元に待機している。
「ブラックウィドウのハッチもあけて。そうしないと弟さんが苦しんだままだよ」
「しゃべるどうぶつさん……? ファミリアさん?」
セリアンスロープはパイロクロア大陸にあまりいない。ストーンズ侵攻時に殺された者が多く、他の大陸に逃げ落ちたのだ。
タマルもファミリアは知っているが、セリアンスロープのことは思い出せなかった。
可愛らしい動物に戸惑う少女。
「あける。はやくわたしたちにおじひを」
少女はブラックナイトとブラックウィドウのハッチを開ける。
すかさずタヌキが飛び込み、膝の上に乗る。
「あのね。ファミリアさん。やくそくのおかねになるものをあげる。だからおじひを」
少女はカレイドリトスをファミリアにどう渡そうか思案する。タヌキがもてるかどうかおっかなびっくりなのだ。
「目を瞑って」
「うん」
タヌキのいうことは素直に聞く少女。ふわっと体が持ち上げられる。
「え?」
いつのまにかタヌキ耳の少女に抱き抱えていた。
「諦めちゃダメ」
「ダメ! わたしはおとうとまでころした! わたしたちはいっしょにいくの!」
「弟さんも助かるかもしれない。――答えなさいブラックナイト! 超AIヘスティアなら彼女の弟が助かる可能性はあるんでしょう?」
MCSに向かって問いただすゾラ。ブラックナイトは明らかに自らの意志をもってして、彼女たちを守っていた。
通常ならば回答などあるわけがない。しかし今のゾラには確信があった。
『超AIヘスティアならば、わずかですが可能性はあります』
ブラックナイトがゾラに応じて回答を述べる。
「私の言葉は信じられないかもしれない。でもブラックナイトのことまで疑うの?」
「……うたがわない。ブラックナイトはやさしい」
『彼女たちに従うべきです。タマル。――セリアンスロープよ。タマルとジャノをお願いします』
「任せて」
ブラックウィドウを見ると、人間体になった二人のセリアンスロープが少年をACSから抱きかかえ救助している。苦しさで暴れるジャノを抑えつけ即効性の麻酔を打って応急処置をしていた。
ヨアニアがローラーダッシュで接近する。
「ヘスティアがいるI908要塞エリアへ向かう。ゾラ。二人を抱えて乗ることになるが大丈夫か」
「それぐらい余裕ですよ」
ゾラはタマルを抱えながら飛び降りる。セリアンスロープからジャノも受け取り、優しく片腕ずつで二人を抱えている。ぞっとするほどの軽さだった。
『さようならタマル。あなたたちの人生に幸あらんことを』
「まって。ブラックナイトは!」
『古より存在する規定により、当機は破棄もしくは解体されるでしょう。気にすることはありません』
「いやだ! まって! わたしもブラックナイトといる! ジャノもいっしょ!」
必死にもがくタマル。今やタマルにとってブラックナイトはすべてだった。
「落ち着きなさいタマル。そんなことはさせません。第一タマルが乗っていたではないですか。規定違反などありませんよブラックナイト」
ゾラは心からの笑みを浮かべる。タマルが思わず呆気に取られるほどの、確信に満ちた笑みだった。
「忌まわしき慣習は捨て去るべきです。タマルは治療さえすればブラックナイトにまた乗れますよ。約束します。絶対に、ですよ。必ずあなたをブラックナイトに乗せてみせます」
「ほんとう?」
ゾラの微笑みは確信に満ちていた。心が壊れかけたタマルさえも思わず信じてしまいそうになるもの。
「本当です。何故ならば子供を助けるために稼働したシルエットを解体することなど、我々のあるじが許すはずもありません」
セリアンスロープの二人も微笑みながら手を振り、ゾラに同意の意を示した。規定違反の例外は確かに存在するのだ。
それは今なお量産されている機体のひな形。いわずとしれた伝説の機体。
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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。
ブラックナイトの行動。フェンネルOS。魂の火。それら別個のエピソードはやがてある機体に帰結します。
おそらくブラックナイトでなければ、ここまで子供を守らなかった可能性はあります。それは機体の個体差でしょう。
名は体を表すという意味でもネーミングは大事ですね。
現実の兵器でもエクスカリバーやらイスカンダルなどの名称がありますね!
ゾラはタヌキですが、コウも転移直後はアキとにゃん汰に癒やされていましたね。
やはり動物の姿というのは警戒心を解き、安心できるものがあるのでしょう。セリアンスロープは戦うために生み出されたわけではないのです。
まずは救助成功ということで。ジャノが助かるかどうかは分の悪い賭けですが、苦しむことはないはずです。
フリギアは生まれたばかりの超AIなので、学習中です。だからこそ古い慣習に疑問を感じたり、意味があるとは思えない規約違反による解体に異議を唱えることもできるのでしょう。
パイロクロア大陸はまだ激戦中。六番機、そしてクルトたちが最前線で戦っています!
狸七化け狐八化け貂九化けは三重県の伝承ですね。
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