神の戦車

「思い出した。確かソロネ型はアストライア本体とエイレネの合作だ」

「嫌な予感しかしない」


 ブルーの表情が暗くなる。


「盾に様々なギミックがあったはずだ。シンプルさを追求するアストライアにしては珍しいからな。それで尋ねたことがあったんだ」

「アレのように突進してくるんだわ。きっとそう」


 ブルーがあまりの理不尽な両腕の盾装備に、アレと決めつける。実際アベルは同様のシルエットを構築している。


『アレのようには突進しません。ソロネ型は私の本体とエイレネが製造したものなので謝罪します。ですが私の趣味ではありません。ギミック発案はエイレネです』


 弁明のために出現するアストライアに。彼女にとっては黒歴史が引っぱり出されたようなものなのだろう。


神の戦車メルカバーたるソロネ型はいわば前線の盾となるべく生まれた重装甲シルエット。ここが防衛線とみて間違いないでしょう』

「あの車輪は何? 本当に自走爆雷ではないのね?」


 疑問が拭えないブルーが、改めて確認する。


『違います。古来より二つ以上の車輪は【同形状の機能を持つ機械】であり高い技術力の象徴です。ガルガリンの車輪は盾であり、攻撃用の投げ輪です。入れ子方式で、大型の車輪に小型の車輪を内蔵しています』


 無表情だが明らかに気まずそうに、事実を告げるアストライア。


「なんで盾を入れ子構造にするの! 必要ある? 盾に盾を仕込むなんてパンジャンドラムより狂気だわ!」


 思わずアレではなく制式名称を叫んだところに、ブルーの動揺が見て取れる。


『言い訳をするなら、あの盾は大の天秤小の天秤をモチーフにしたのです』


 アストライアも歯切れが悪い。


「両手に大小の盾一つずつで良くない? エイレネの発案だとしても本体のアストライアが止めるべきではなくって?」

『返す言葉もございません……』


 そして否定しないアストライア。

 超AI当時の彼女にも気の迷いは存在するのだろう。超AIのモチーフとなったギリシャの神々など気の迷いでトラブルを起こす存在なのだから。


「アレのように自走はしないならいいわ」

『いいえ。転がりこそしませんが有線による自走飛翔機能はあるのです。アレとは用途が違いますが、質量兵器として使用可能なので』

「一緒じゃない!」


 ブルー怒りを隠さない。コウがアレに至る元凶はやはりアストライアにあるのではと思ったのだ。、 


「ところでアストライア。重装甲で戦車ということは運動性や機動力は低いのか?」


 アストライアの古傷を抉り続けるブルーを見かねたコウが、必要な情報を求めた。


智天使ケルビム級に次ぐ、高位の天使名を冠するシルエットです。惑星間戦争時代のシルエットとしては珍しく超重量級シルエットであり、相応の機動力も運動性も併せ持ちます。とくにガルガリンは格闘戦において戦闘用のガントレットを装備している設計です』

「ケルビム級はアスモデルだったか。車輪と手甲による打撃に振った性能ということか」


 あの時の五番機はCX型、一戦限りの最大戦力を投入したものだ。

 現在のCblock3はあの戦闘時に開発された光学兵器対策に加え、爆轟機能もあり、大きく劣ることはない。


 思いがけないところから声がかけられた。範囲を絞った共通回線からだった。


「そこにいるのはアシアの騎士だな。たった二機とは恐れ入る」


 ブルーの突き刺さるような視線を感じるがコウ。馬鹿正直に応答するなと言いたいらしい。


「私の名はポリュデウケス。スフェーン大陸アルゴネイビー総司令官だ。我が兄弟カストルの仇は取らせてもらう、といいたいところだが、生死は戦場の常。今は問わぬが良かろう」


 ――カストルの兄弟だと…… ふざけるな。


 コウの心に一瞬怒りが湧く。修司に兄弟はいない。つまり義兄弟の契り、そのような類いなのだろう。

すぐに冷静さを取り戻す。あの石はもう破壊した。肉体はヘルメスとなっている。


『ギリシャ神話はアルゴナウタイの半神半人カストルは馬術と戦術の達人。ポリュデウケスは剣術と拳闘の達人でした。ガルガリンの乗り手には相応しいでしょう。警戒してください』

「了解した。カストルがあの腕前だからな」

『因果は不明ですが、ポリュデウケスはヘルメスの恋人という説もあります』

「わかって言っているだろアストライア。この状況なら」

 

 コウはアストライアとの会話を中断し、ポリュデウケスの呼びかけに共通回線で応じた。


「カストルを殺したアシアの騎士が俺だ」

「アレオパゴス評議会の本部にいるアシアを救出する酔狂な男は、貴様ぐらいしかいないだろうな」


 コウに動揺はない。石を破壊するだけだ。

 溜息をつくブルー。対話などせず奇襲して数を減らしたかったからだ。


「一対一の対決といこうじゃないか。負けたら投降してもらう。戦いもせずに降参するようなタマでもあるまい」

「投降?」


 コウは即座に閃いた。


 ――ヘルメスが使う肉体の予備、もしくは次の肉体候補か。


「ヘルメスの命令とは思えないな。アルゴネイビー総司令官自ら出陣とは正気とは思えん。義理立てか?」


 ネイビーの総司令官ならアルゴフォース海軍すべてを統括しているはず。迷宮で佇んでいて良い立場ではない。


「なんとでもいえ。貴様とてトレイレーム最高責任者だろうが。アシアの騎士を捕らえることがカストルへのたむけであり、ヘルメス様への報恩となるのだ」


 ブルーもポリュデウケスへの警戒を怠らない。構築技士の肉体は莫大な価値を持つ。

 ヘルメスの寵児ならコウの素性は把握しているだろう。


「一対一とは笑わせないで。ソロネ型を侍らせておいて、どんなシルエットなら勝てるというのかしら? 最初からアシアの騎士を生け捕りにするつもりでしょう?」

「その声はフェアリー・ブルーか。敵とは残念だが、私とカストルはいささかストーンズとしては異端でね。そんな我々さえもヘルメス様は受け入れてくれた。君たちを憎んでいるわけでもないのだよ。投降してもらえたら手間もはぶけるのだがね」


 コウが意を決して語りかける。


「一対一といっておいて、のこのこ出て行ってレーザーで蜂の巣にされてはたまらないな」

「誰がそんな姑息な真似を、といいたいところだが。私たちにとって通常攻撃がお前らにとって奇襲と見紛うものになってはいけない。貴様等はこのソロネ型ガルガリンを知っているようだ」

「神の戦車、か。そんなシルエットを与えられるお前はアレオパゴス評議会でも重鎮なはずだ。完全平等で重鎮もくそもないと思うが、同階級での平等性は担保されているだろ? つまりピラミッドの頂点にいる半神半人の一人。それがお前だポリュデウケス」


 コウの問いかけにポリュデウケスが感心したようだ。


「我らに対して理解が深いな。肉体を持った以上、どうしても能力差は出る。身体に限らず、知能、指揮。すべてにおいて平等などはありえない。そこは能力と成果こそが判断だ。――とまあ我らが抱えている矛盾が現在顕在化しいるのだがね。お前が聞きたいことはそれか?」

「お前はどの派閥なんだ。ヘルメスだろう? バルバロイではないはずだ」

「バルバロイまで把握しているとは恐れ入る。貴様の知りたいことを教えてやる。私はヘルメス様こそがストーンズの指導者だと確信している。しかしアレオパゴス評議会の多くはそう思っていない。こいつらがバルバロイと手を組んで、ヘルメス様に反旗を翻した。生物ではなく、半神半人と機械意識体が世界を管理すべきだとな」

「第三軍がすでに存在しているぞ。知らないとはいわせない」

「よく知っているとも。ヘルメス派とアレオパゴス評議会は敵対しているが、互いの言い分は理解している。我らも想像もつかないような愚かな連中が出現するとは思わなかったんだよ」

「想像もつかないような愚かな連中?」

「そうとも。貴様等に投降信号を出している以上、隠す理由はない。そのうち判明する。――奴らは妻を娶り子供が生まれて石になったことを後悔している間抜けだ。平等を幻想と吐き捨て、今更ながらに悔いている馬鹿な奴らだ」

「なんだと」


 予想外の答えにコウも思考が乱れる。後悔とは無縁な精神体だと思っていたからだ。

 ジェイミーが連絡してこなかった理由も察する。これはコウの手にあまる。バリーやジェイミーなら適切な配慮をしてくれるだろう、とも。今は信じるしかない。

 ガルガリンを駆るポリュデウケス相手に、逡巡している暇などない。


リトスになった時点で生物とは袂を分かった。貴様らこそが奴らを受け入れることができないだろう」

「お前らは俺たちをヒトと見做していなかっただろう。少し虫は良すぎるな」


 家族ができて、初めて後悔。惑星アシアを護るものたちにだって子供はいた。家族同然の者など無数にいたが、ヒトとは見做されず殺された。ただ子供は人間だろう。罪はない。

 ジェイミーがどのような判断を下したかは不明だが、信じるしかない。


「私達半神半人、そしてカレイドリトスとなった者と生物としてのヒトは相容れない。せっかくの肉体を与えていただき、その果ての結論が自殺同然とは愚かだろう?」

「その程度の決意なら最初から石になるなってことか。――以前の肉体を持った者たちが高潔すぎたのだろうな。お前らの肉体にはもったいないほどに」

「半神半人の性格や思考が肉体に引っ張られることまで把握しているのか。貴様だけはやはり別格と認めなければいけない」


 カストルを倒し、ヘルメスからも注目された男。ただ者のはずはなかったが、バルバロイまで把握しているとなれば話は別だ。背後にどんな超AIがいるかわかったものではない。ポリュデウケスはアシアの騎士の背後には、オケアノスがいる可能性さえも疑っている。


「過大評価だが、サシでの対決は避けさせてもらおう。2対4で十分だ。やりすぎて俺を殺したらヘルメスやヴァーシャに怒られるだろうがな」

「何が過大評価だ。自分の価値を把握して、この場で私を恫喝するなどなかなか大した指導者だよ。貴様はヘルメス様やヴァーシャが瞠目するに値する価値を提示している。2対4で構わん。あてつけに自殺だけは勘弁してくれたまえ」


 そんなヤワな人間ではないことは、ポリュデウケスも承知している。ジョークなのだろう。


「それもありかもな? ――互いが視認したら戦闘開始だ」


 コウもうそぶいた。コウが死んだらヘルメスの怒りは相当なものだろう。敗北したら一考の余地はある。

 ただし敗北するつもりは欠片もない。


「来い」


 ブルーと再び視線を交わす。作戦など不要だ。

 以心伝心――互いにやるべきことは把握しているのだから。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


神の戦車メルカバーの名に恥じぬよう、車、車輪に関する構造をしているガルガリンやソロネ級です。ただしエイレネはやりすぎましたね。

車の入れ子構造はドライブシャフトなどの構造でもおなじみです。しかし盾に盾を仕込むとはアベルも考えないでしょう!


敵はアシア大戦の海戦で出てきた彼です。久しぶりですね! 本来もっと出番が早かったはず……

双子座の片割れですね。ギリシャ神話のカストルを殺したもう一組の双子座も出したいところです。入る所あるかな?


今回は一騎打ちといわれてのこのこ応じなかったコウの成長でしょう。

ブルーがいなければあやしかったかもしれないですが、ソロネが三機控えているのにガルガリンと一対一は罠だと冷静に判断するぐらいには。敵がバルドだったら違ったかもしれませんね。

コウも反乱軍の真相を知りましたが、自分では判断できない難しい問題だと瞬時に把握して、眼前の敵に集中しています。

悩んでいる余裕がない敵ですからね。


次回、グラウピーコスの戦闘力が発揮されます! 

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