ブルーの決意

 A009要塞エリアの市街地エリアで戦闘が始まった。

 ストーンズ勢力が複数に分裂しているという情報は気がかりではあるが、アシア救出作戦でやるべきことは変わらない。

 コウの五番機とブルーのグラウピーコスは、アシアから指定された搬入口から封印区画へ潜入する。


「敵の本拠地。アークエンジェルなんてつまらない機体になんか乗っていない強敵ばかりのはず」

「そうだな」


 鬼気迫るブルーの気迫。


「あなたの最優先はアシアの救出。わかっていると思うけど、私に何があっても先に進みなさい」

「わかっている」

「もう昔の貴方じゃないものね」


 ――それでも私は倒れるわけにはいかない。コウは後悔しないようためにも私を助けようとするはず。だからこそ。


「立ちはだかるすべての敵を破壊する」


 最後の言葉だけを口にした。

 それだけでコウも彼女の覚悟を痛感した。


 通路の先からレーザービームが飛んでくる。先にはおそらく高性能アンティーク・シルエットがいるようだ。

 ブルーは即座に敵機体を照会する。


「アンティークシルエット【カシエル】。七大天使の名を持つ高性能機ね」


 破片調整弾を用い、疑似バリア的な対レーザー防御をまとうグラウピーコス。


「レーザーこそよく狙わないと。戦闘経験は浅い!」


 一瞬だけの照射だと威力は減衰することをブルーは言っているのだ。

 レーザービームこそ照射時間が重要。目標に対して照射し続ける必要がある。射線を通し続けるという行為は高等技術に属する。


 アンティーク・シルエットのレーザーなら0.1秒でもあれば十分な威力を発揮するだろうが、Cblock3やグラウピーコスには現行シルエットではあり得ないほどの対光学兵器対策を施してある。

 コウの五番機が走り出すより速く突進するグラウピーコス。両肩からバインダーユニットがせり上がる。


「逃げ場はないわ」


 狙撃はない。確実にアンティーク・シルエットを倒すための有線ミサイルをブルーは選んだのだ。

 対アンティークシルエット用に開発された高速ミサイルは、数十秒もあればマッハ15で着弾する。電磁バリアもウィスを通したミサイルの外装には無意味だ。


 直撃して大破するカシエルに、Dライフルを叩き込む。グラウピーコスに被弾はほとんどない。

 カシエルはこれだけの威力のミサイルをもってしても爆散しない機体だった。


「功を焦ったというところかしらね。アンティーク・シルエットが待ち伏せなら大部屋でしょうに」


 アンティーク・シルエットの利点は超効率的な機体完成度だ。陸海空宇戦場を選ばず、地表でも無限飛行が可能な兵士のためのシルエット。

 つまりこんな閉所で戦うことは想定していない。


「いきなり最大火力を叩き込むか」


 今日のブルーは継戦能力を考えていない。高位アンティーク・シルエットを瞬殺してみせた。


「高性能アンティークシルエットが百機以上、地下にいるとは思えないから。確実に数を減らすことを優先しているの」


 淡々と理由を説明するブルー。

 コウは思い出す。

 ブルーはあのジェニーの師匠、歴戦の戦士だということを。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「まだ山脈部分にも到達していないな。シルエットベースと同構造だとしたら、とんでもない深さだ」

「敵が拠点にするぐらいだもの。これぐらいの施設は必要だったということね」


 規模としてシルエットベースより大きいかまではわからない。工廠機能は無さそうだからだ。


「ここはね。おそらく宇宙艦の軍港。小規模のね」

「これで小規模なのか。当然か」


 エンタープライズでも4キロある宇宙艦だ。惑星に降下することはないにしても、もっと巨大な艦も存在していただろう。


「もっと巨大な軍港は海底や開けた場所にあるわ。ここは大山脈アポスの地形を利用した天然の要害。要塞と軍港の役割を備えた基地ね。アシアが指示してくれた最短ルートがあるから良かったものの、無ければとんでもない日数がかかっていたでしょう」

「このまま何事も起きなければいいが…… だいたい封印されているアシアの前で待ち伏せしていることが多いな」

「それでもここはアレオパゴス評議会の拠点よね。アンティークシルエットも数百、数千いてもおかしくはないはずなのに、敵機も想定よりは少ないわ。分裂の影響だけとは思えません」


 本来封印区画は重要施設を護る為、構築技士資格を持つ者しか入場は許されない。

 半神半人は構築技士の肉体を好むので、内部の防衛勢力は多いと踏んでいたが予想は外れた。


「おそらくは……戦闘によって肉体を喪うリスクを嫌ったんだろうな。他の理由は想像もつかないな」


 ジェイミーはコウに報告をしていない。家族と子供という問題で、封印区画潜入突破という作戦行動に支障をきたすリスクを避け事後報告を選んだのだ。

 

「彼らにとって肉体なんて娯楽でしょう?」

「生きた感覚は麻薬みたいなもんなのだろう。自分で捨てたくせにな」


 今の肉体を満喫しているヘルメスをみて、コウはストーンズと半神半人の現状を察することができた。

 優秀な肉体を提供されたカレイドリトスはおそらく沈黙を保つはずだ。妬みやそねみで殺されかねない。


「呆れた…… 何のために石になったのやら」

「当時の肉体に不満があったとか病気だったとかもあるだろう。ネメシス星系の技術で直せない病気がいくつあるかは不明だが」


 時間をかければ大抵の怪我や病気、先天性の遺伝子疾患まで対応可能な医療技術を持つ。エメのように不幸な事故で脳を欠損した場合などは後遺症はあるが、普通なら死んでいてもおかしくはない。

 

「せっかく奪取したアシアの防衛なんかのために、肉体が死ぬリスクをおかしくないと」

「いても中堅ぐらいだろうな。名目上、完全平等だから拒否権ぐらいはあるだろう」


 言葉もないブルー。平等の名においては目的への一致団結も不可能なのだ。

 生きるということは何をしてもリスクを負う。人間の構造上の話でいえば、極端な話だが食事で喉を詰まらせて窒息死するリスクとて高いのだ。


「さきほどブルーが撃破したシルエットのように、防衛にきている連中はいる。ある程度覚悟をもった奴らだ。――地上での内紛を嫌った連中かもしれないが」

「そんな可能性まであるのね。可能性といえば……」


 二機の移動は止まっていない。しかしブルーは何かしらを警戒しているかのようだ。


「シルエットの反応はなさそうだが」

「シルエットはね。――アレみたいなヤツが大量に転がってきたらどうしようかと思って」


 アレとはアレのことだ。


「アレは……工場区画と隣接している箇所からファミリアの協力で流し込んだものだからな。あいつらには無理だ」

「良かった。コルバスさえ翻弄したというもんね。惑星リュビアでもそうだけど閉所には強い兵器だわ」

「場所も取るし、迷宮みたいな地形の攻略には使えないな。――待ち伏せがあるとしたら次の広大な区画だろう」

「了解。警戒するわ」


 アンティーク・シルエット相手では装甲火力ともに相手が上回る前提で想定している。現行兵器で優っている面は機動力と反応装甲などだ。効率は悪いが十分に対抗できる。


「広場がすぐに」

「待って。レーダーに反応あり。アンティーク・シルエットなら相手のほうがレーダー性能は上だから、勘づかれていると思うけど、突入するには危険すぎる」


 通路から、敵シルエットをメインカメラで索敵する。

 想定通りアンティーク・シルエットが待ち構えていた。背後に三機、控えている。計四機だ。


 三機に囲まれ中心に仁王立ちするアンティーク・シルエットが異彩を放っている。あまりの異様な姿にコウが絶句した。全機、両腕に盾を装備している。


「なんだ…… あれは…… いや、見覚えがあるな。アストライアのデータであのような惑星間戦争時代のシルエットがあったはずだ」


 アンティーク・シルエットとは思えぬ重装甲の形状。

 巨大な円形状のラウンドシールドを二つ、両肩に装備している。しかし、シールドというのはやや微妙だ。分厚いからだ。経常的には車輪といっても差し支えないだろう。盾に見違えた理由はホイールカバーだ。


「恨むわよアストライア。やっぱりあなたが車輪が好きなんでは……」


 眼前のシルエットに対し、ブルーが感想を漏らした。二つの巨大車輪はまさにアレを連想したのだ。アベルも同様のシルエットを構築している。


「アストライアが設計したアンティーク・シルエットでも盾装備機は珍しいからな。肩部の装置がレーザー砲だな」


 レーザー砲なら特別な理由がない限り、砲身は必要ない。


「盾なら一つでいいわ。盾に爆薬を仕込んで武器にするなんて、盾の意味がなくなる。盾に隠すならせいぜい手持ち武器ぐらいです。何故二つも装備しているの?」


 二人も一例だけは知っているのだ。

 両手に自走爆雷を装備した、英国シルエットのことを。同じ発想をアストライアがしたとは思いたくない。


「うーん……」


 コウは盾に爆薬やミサイルを仕込むことが多い日本の創作について知識があるので言葉を濁す。

 ブルーは慌てず、形状からデータベースを照会して正体を突き止めた。


「形状による照会完了。アンティーク・シルエットはすべて座天使ソロネ級。中央の機体はネームドで【ガルガリン】。別名は【神の戦車メルカバー】。天使型には珍しい、重装甲のアンティーク・シルエットね。アレ」


 ブルーが最後に付け加えたアレには少なからぬ毒が込められていた。


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版あとがきです!


ようやくコウ視点に一度戻ります。

殺意の波動に満ちたブルーです。普段は絶対使わないであろう、有線ミサイルまで装備しているグラウピーコス。

有線ミサイルとはいっても閉所用に開発された兵装なので実質ロケットみたいなもの。現実でも最近は誘導ロケットもあるので、ミサイルとロケットの境界があまりないのかもしれません。

アークエンジェル程度ならDライフル。それ以上の上位機は配備数が少ないと踏んで確実に抹殺するための兵装です。


しかし本来なら大局を判断しなくてはならないのはコウ。アシアを解放可能なのがコウなのですが、エメやジェイミーに任せているというのは総司令官としては問題があり、コウも自覚はあります。

そのジレンマを感じさせないよう、ジェイミーは現場で判断するという決断を下したのです。

最高司令官がカスタム機に搭乗して最前線に出るのは悪い文明ですね!


さてメルカバ―とソロネ。ソロネは絵画でも人間の形状をしておらず、車輪が四つ重なっているようなものや、車輪で十字に組み合わせた形状です。

もっとも堕天した数の多い天使階級という伝承も。

9階級上位天使の三番目。上の下ですね。とくにガルガリンはネームド、指揮官機として仕上げられた高性能機。詳細は次回!


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