空と宇宙の境界線で

『アリステイデス及びペリクレス。惑星アシア再突入開始。高度3万メートルより、高度警戒機及び護衛機出撃開始』

「アウル・アイ発進する!」


 フクロウ型のファミリアたちで構成された三機の高度偵察機がアストライアから発進する。

 夜明けとも夜更けともつかない、空と宇宙の境界線で彼らは監視の目を光らせるのだ。


「収集情報はアサヒにいるフリギアの分体グラウコーピスで解析される。薄暗い空を天高く舞う、新しい目」

『フリギアの権能は些細なもの。それでいて、我々に変革をもたらしました。フェンネルOSと対話できる超AIの誕生など誰が想像できたでしょうか』

「本人曰くフェンネルOSにいる自分はおっかない上に厳しくてとりつく島がないって、しょげてたけど……」

『シルエットによる合体変形など要求が無茶すぎましたからね。アテナとしての意志は停止していても、傍若無人な自分の分身への訓告が発生したのかと』

「超AIアテナも傍若無人だったよ……」


 超AIたちはアテナのやることを、アテナだからで済ませる傾向があるようだ。


『アウル・アイ発進。――ブレードスイフト部隊発進』


 アリステイデスとペリクレスからエッジスイフトに似た可変翼戦闘機が出撃する。

 より機械的に、鋭利な刃物を思わせる主翼に金属水素を用いたジェットエンジン二基、垂直離着陸用の補助エンジンを一基備えた三発基となった。


「エッジスイフトの後継機。ついにブレードにまで進化しちゃった」

生物模倣バイオミメティクスを活かした要撃機から、航空支配戦闘機エア・ドミナンス・ファイターへ。コンセプトを維持したまま、別物の機体になっています』

「いっそコウの好きなように作らせようというキヌカワの提案にケリーとクルトがしぶしぶ同意し、構築させてみたら――完成度の高い戦闘機が生まれてしまった」

『本来エッジスイフトは完成度が高かったのですよ。翼で斬るという趣味に走っただけで。今回も我々の生命線となりましょう』

「適応型準拠翼の双発機。エッジスイフトの面影を残しつつ、兵装も強化されている」

「Dソレノイドマシンガンとでも言うべき、小口径のDライフル砲弾を超伝導砲身のガウスガンで連射する機関砲。有線の対空ミサイルは可変機シェイプシフターの重装甲にも対応しています。装甲を抜けなかったら主翼で斬るという最終手段も取れますから」

「趣味に走ったコウが構築した兵器は強いよ! ヴァーシャのボガティーリから着想を得た三発基だしね」

『脱出の関係上鳥型ファミリアが優先されますが、鳥型ファミリア制限をフリギアがMCSと交渉して解除を行い、あらゆるファミリアが搭乗できるようになったことが大きいですね』

「自分との対話がきついってフリギア、ぼやいてたな」


 ブレードスイフトは垂直上昇用のエンジンを別途、備えている。これによってアストライアでの運用性は格段に向上した。


『ブレードスイフトも何故かバランス取れているんですよね。好きこそものの上手なれ、でしたか。この言葉を思い知らされました』

「五番機の性能向上こそ、その言葉を地でいってるからね」


 降下を続けるアストライア艦隊に、地表から発射された対宇宙艦用ミサイルが襲いかかる。


『――Αιγ??』


 グラウピーコスが目ざとく察知し、アストライア周囲の戦闘機に編隊飛行の指示がでる。

 それぞれの戦闘機に攻撃目標が表示され、推奨される兵装が表示された。


「グラウピーコス!」


 アシアのエメが反応する。グラウピーコスは、シェーライト大陸に鎮座している旧メガレウス――アサヒにいる。


『MCSとファミリア、同期は完了済み。アストライアを含めた絶対防空圏形成。アストライアに迫る戦闘機やミサイル程度なら、すべて撃ち落としてみせるからね』


 モニタに現れたグラウピーコスが無邪気に笑っている。

 アウル・アイとブレードスイフトにフクロウのシンボルマークが現れ、MCSが同期して迎撃態勢に入った。対空ミサイルが乱れ飛び、大型の対空ミサイルはすべて空中で撃墜された。

 グラウピーコスの言う通り、アストライアまでに辿り着いた対空ミサイルは存在しなかった。


『絶対防空圏――トライレーム艦隊を、アサヒからアイギス管理下機体すべてを同期させて守るものだったのですか。確かに指揮艦構想でしたが、簡易とはいえMCSを通じての同期までやるとは』

「MCSは本来アテナとヘファイトス二つの意志。根幹では人間でいうところの集合的無意識のように接続されている。プロメテウスの火が解放された時のようにね。フリギアのアテナは、その領域に干渉できる権能を持つ。――すべてのMCSを統合してオンパロスストーンになるというヘルメスの野望には必要な能力だったね」

『一つの意識なのですからどれほどの距離があろうとも関係ありません。フリギアのアテナこそがアシア全奪還の切り札でしたね。プロメテウスはそこまで読んでいたのでしょうか』

「わからない。でもあの祝福は胡散臭かったなー」


 彼女たちが会話している間に、敵迎撃部隊との空戦も開始された。

 【アイギス】発動により、迎撃のため飛来した多数のコールシゥン編隊も【アイギス】は即座に補足して、ブレードスイフト編隊が瞬時に撃破している。

 あまりに一方的な、圧倒的な戦力差をアシアのエメは実感する。


『私は兵器開発なんてできないけど、運用ならお手の物です。MCSにはがいるんですらね!』

「守護の女神を模した超AIの実力…… これで全盛期には程遠いなんて」


 アシアのエメが半ば呆れている。アシアはとくに惑星運行に専念しており、開拓時代にも惑星間戦争時代にも、戦争には関わっていない。二十億年経過している彼女もまた、本来は惑星運行システムなのだ。これまでは超AI同士の戦争にも、人間同士の戦争にも無縁だった。

 フリギアのアテナは誕生してから半年も経過していない。


『ほぼ別人なんだけどね! MCSにいる私、感情どころか意志もろくにないし。ヘファイトスのおじさまも反応ないし』


 アリマとリュビアからポリメティスの、フリギア生誕を祝う歌声がうるさいという愚痴は聞いていることを思い出したアシアのエメは、尋ねてみた。


「まさかと思うけどグラウピーコス、自分との戦いに、MCS内のヘファイトスも巻き込んでおねだりしてる?」


 グラウピーコスとの通信が途絶えた。


「ほぼ本人な気がしてならないよ」


 代わりにギリシャ武将風の青年がモニタに出現する。


『お嬢様はアイギス制御のため専念するとのことです。――どなたか超AI用の教育係はいないんですか?』

「いるわけないよ。超AIは基本ネームド、神と女神限定だから」

『愚痴です。申し訳ありません。トライレーム及びオーバードフォースはすべてアイギスの管理課に置かれます。パイロットに拒否権はありますが今の所、拒否権を行使したものはいませんね』

「あなたも苦労するわねメガレウス。頼んだよ!」


 アシアのエメがにっこり笑い、うつろな笑みを浮かべ消えるメガレウス。

 つい最近まで稼働停止していた宇宙戦艦AIには手に余る存在なのだろう。


『お嬢様ですか。メガレウスも執事にされるとは思わなかったでしょうね』


 他人事ながら、アストライアまでもが同情を禁じ得ないメガレウスの立場だった。

 宇宙戦艦から超AIの執事とは数奇な運命だ。


「あの調子だと、MCS内のアテナがダメだったら、ヘファイトスの管理領域にアクセスして泣きついている可能性が高いよね」

『MCSにはセキュリティに大きな穴がありますね。一度プロメテウスを問い詰めましょうか』

「無理だと思うよー。ヘファイトスの片思いだし。超AI同士でも妻であるという逸話を持つアフロディーテよりよほどアテナを愛してたし」

『神話と同じく超AIアフロディーテにはアレスがいましたから。ヘファイトスとアフロディーテは神話でも離婚した逸話までありますからね。幼女状態のアテナから要求された事象をヘファイトスが断ることが可能なのでしょうか』

「あやしいかなぁ。一応、ほら。MCSは乗り物として自ら課しているわけだし。詳細不明だったMCSの仕様がわかったのもアシア大戦の時だったし。さすがのプロメテウスだってこんなセキュリティホールあるだなんて思わないと思うよ」

『それもそうですね』


 彼女たちが話している間にもアイギスとして構築された戦闘機防空網は、いずれ訪れるコウたちSAS部隊の出撃をサポートするべく制空権を維持している。


『安全にコウたちが出撃できます。アイギス恐るべしといったところでしょうか』

「四人目の私は攻撃力全振りで、軌道エレベーターと【塔】のオペレーターといったところ。技術解放もないのに、兵器の性能、兵装運用が向上しているなんてストーンズだって思いもよらないだろうね」


 アシアが悪戯っぽく笑った。敵は惑星エウロパの技術を得ている可能性が高い。

 しかしこちらにはそれ以上に頼もしい、フリギアのアテナがいる。敵がどのような切り札をもっているかは不明だが、決して劣りはしないだろう。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「こちらオウル・アイ。地表に異常あり。――巨大マーダーと大量のケーレスがA009要塞エリアに集結しつつあります」

「スフェーン大陸ではマーダーが現役なんだな。予想通りだ」


 五番機のMCSにいるコウが、オウル・アイの映像を確認する。


「マンティス型一機にベア三機は必要だったもの。数は圧倒的だね」

「A009要塞エリアは半円のドーム状。残り半分はシルエットベースに似た、山脈内部に主要施設がある要塞だ。防衛にはうってつけだ」

「そうだね。質量兵器は投下できないし。私達が降下する前に対空砲火の嵐になる。――どうするコウ。予想通りなら何か手はあるんでしょ?」

「当然あるさ。こういったシチュエーションは初めてではないさ」


 懐かしそうに目を細めるコウ。


「構築技士が封印区画に入ってアシアを救出するまでが勝負だ。まともにマーダーどもとやりあって消耗する気はないよ」

「そうだね制圧作戦ではないから。シェルターの中は半神半人が担当だし。内部は通常戦力かな」

「今回はアベルさんが任せてくれといったから、全部投げたよ」

「あの二人は私達よりかなり先行して先に降下するから…… エイレネはそんなに対地兵器を装備してないよね」

「今回はエイレネが対地兵装になるとかなんとか」

「え」


 アシアのエメが言葉を失った。突拍子もないことを企んでいそうな気配がひしひしとする。


「エイレネが対地兵装というのはどういう意味?」

「そのままという意味だそうだ」

「アレを使うのかな。でも大量にいる敵にそれだけではどうしようもないよね。変なサプライズは要らないからね!」

「戦場をひっかき回すと言ってたから、そんな兵器はアレしかないだろう」


 コウ自身が楽しみにしているアレ。


「エイレネとアベルさんに任せよう。本来の用途通り、要塞エリアのシェルターも破壊するってさ」

「アイギスはエイレネの援護も兼ねている。けどあの数のマーダーは厄介だな。あのケーレスはどっから湧いて出てきたんだろう」

『マーダーは虫を元にしていますから。使わない場合は大型マーダーでも地中に安置できますよ。由来は死霊ゆえに戦場の地から這い出でるモノです』


 設計者が若干気まずそうに真相を告げた。

 

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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


降下作戦開始です。高高度偵察機を飛ばし、制空支配戦闘機で制空権を握る、ある種セオリー通りですね。トライレームは数で劣るので質で勝負です。


エッジスイフトにも後継機が生まれました。エッジスイフトは零戦みたいなもので、かつてアシア大戦序盤にてエメとアストライアを救った伝説の名機扱い、その後継機です。

月日は流れて兵器も進化しています。空も、陸も。そしてアレも……!

旧型のマーダーやケーレスも久しぶりの出番ですね。数は多いので個の戦力なら無○シリーズの雑兵ぐらいの戦闘力はありますので油断できません?!


シルエットの性能向上の切り札はフリギアでした。当然彼女がMCSの能力を解放すると、ストーンズ側のシルエットも影響が出ます。

アイギスはフリギアが所属勢力に限定した能力解放のラグ皆無のリアルタイムネットワークです。


降下作戦の先陣は機動工廠プラットホーム【エイレネ】。開発能力は三艦のなかでも随一である彼女が次回、本気を出します!


書籍版『ネメシス戦域の強襲巨兵』は(株)インプレスサ様とのご厚意のもと、小山先生にもご報告して双方合意により契約解除(契約が無かったことに)です。六月末で終売となります。

改めて書籍版を楽しみにされていた方、ご購入者の方にはご迷惑おかけしまして申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。

ダウンロードされたものは消えないとのことなので、ダウンロードのほうを忘れずにお願いします。


応援よろしくお願いします!

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