ホットライン

 とある宇宙艦内での出来事。

 ヘルメスは宇宙艦の戦闘指揮所内でヴァーシャの報告を聞いた。

 顎に手をかけ、思考する。


「面白い提案だな。予想外だ。存外ユーモアがわかる男じゃないか」

「私としても、不意をつかれたというものです」

「だろうね。アシア救出を敢行する、想定以上の迅速さだ。その上ボクに飲みのお誘いとはね。飲もう、か。ボクの正体に気付いているそぶりは見せていなかったはずだが…… なかなかやるな。アシアの騎士」


 ヘルメスはいつになく真顔で、左背後に控えるアルベルトに命じる。


「アルベルト。トライレームのアシア奪回の件と要塞エリアは目的外と伝達してくれ。判断単位は各軍団と要塞エリアで決めてくれ。優秀な半神半人なんだ。それぐらいの判断ぐらいはしてもらおう。今回に限りアルゴフォースはトライレームと事を構えるつもりはない。理由はトライレームの目的が要塞エリアの制圧ではないからだ」

「それでは…… ヘルメス様。おそれながらアシアを封印していた意味がなくなり、ストーンズの半神半人たちが納得しないかと。――当然、私は御身が玉体を手に入れているのでアシアなど不要だと理解しております」

「忠言に怒るボクではないよアルベルト。絶対平等なんて世迷い言をいまだに言っている半神半人が悪いのさ。石になったら学習できないのかな。初期の石でさえ個体差が生じたから、なんどもやり直して今の仕様になったというのにさ」


 渋面のアルベルト。ヘルメスの不満はヴァーシャではなく何故かアルベルトに届けられるのだ。

 そのことを知っているヘルメスは、彼を労うように言葉をかける。


「どっちにしろボクに不満だらけじゃないか。決定権をやるんだ。むしろ喜んで欲しいね」

「まったくもって仰る通りです」


 ヴァーシャもそうだ。創造主にたてついているストーンズの半神半人には、ヴァーシャも思うところがある。


「航空宇宙軍アルゴフォース、パイロクロア大陸拠点の陸軍アルゴアーミー、スフェーン大陸拠点のアルゴネイビー、他大陸の外征隊である海兵隊アルゴコー四軍に通達いたしました」

「ご苦労。アルベルト」


 ヘルメスは引き続き思案している。


「アシアの騎士は一つ、ジョーカーを手に入れた。ボクが作る予定だった超AIだ。あのままアシアに製造させていたら良い手駒になっただろうが、ヘスティアという邪魔が入ったからな」

「どのような神を模した超AIが生まれたのでしょうか?」

「不明なんだ。本来なら恐るべき東方の女神キュベレーの性質を帯びたフリギアという女神を模した超AIが生まれる予定だったんだよ。惑星エウロパにいるに協力してもらい、解放する予定だったんだが、バルバロイの暴走によってまんまとアシアの騎士に奪われた」

「ならばどのような権能を持つのでしょう?」

「大したことはできないと思うよ。時空間への干渉がある程度できることが超AIの定義だが、生まれたばかりではさすがに不可能だと判断する。しかし――気になる。アシアの騎士がこんな行動に出た。権能以上に何かある、ある意味厄介な概念を持つ存在なのかもしれないね」

「かのアルゴス襲来から二ヶ月経過しています。我らもまた手をこまねいていたわけではありませんが」

「相手は四人分のアシアとはいえ、四人目のアシアで解放される技術などほとんど残っていないはずだ。新しい超AIがどのような影響を与えるかさえも未知数。トライレームに新型兵器があるかないかといえば、あるに賭けるかな。彼我の戦力差は重要だろう?」

「仰る通りです。今回はちょうどよい試金石になるわけですね」

「もし何らかの技術解放されていてもボクたちはその部品を奪って解析しないと製造できない。なら小競り合いで彼らの新兵器を手に入れたいものだ。情報からの推測で正解に辿り着くかもしれないが、そんな試行錯誤をしなくても彼らから奪ったほうが早いからね」

「まさに」


 自らが信奉する神の慧眼に感動を覚えるヴァーシャ。リバースエンジニアリングは彼の得意とするところだ。

 アルベルトは無言だ。アシア奪回作戦は小競り合いで済む規模になるのだろうか、と。またヘルメスはトライレームの勝利を信じている。当然アルベルトも同意見だが、トップがそんな意見では半神半人の離反が起きかねない。


「このまま一杯喰わされるだけじゃ、ボクの面目が立たない。アシアの騎士に対してアルゴフォースが今回不参加するための条件を突きつけよう」

「それはどのような?」

「そうだな。アシアの騎士が言ったんだろう。また飲もうって。ならボクと彼、そして付添人一人ずつで飲む。場所は中立地帯であるI908要塞エリアでいいだろう。当然ボクの付添人は君だよヴァーシャ。対人最強だと疑っていないからね。ボディガードとしても期待している」


 ヘルメスは以前、アシアの騎士に全賭してヴァーシャを拗らせたことを気にしている。彼なりのフォローでもあった。


「そこだけは譲れません」

 

 ヴァーシャが胸を張る。軍人として、軍隊格闘技経験者として生身で負けるわけにはいかない。


「そうだ。アシアの騎士は誰でもいいよ。ヒョウエでもクルトでも。その条件を受け入れるならアルゴフォースは参戦を見合わせよう」

「早速、打診してみます。――受諾の返信がありました」


 あまりの返信速度に、ヘルメスの目が細くなる。


「君たちはホットラインでも繋げたほうが早くないか?」


 呆れながらもヴァーシャに伝えるヘルメス。


「私もそう思いまして以前提案したのですが、アシアの騎士本人はともかくトライレーム側の重鎮に反対が多くて断念しました」

「アシアの騎士はボクからみてもちょっと頼りないところがあるからな。向こうの重鎮たちも頭を悩ませているだろう」


 ヴァーシャとアシアの騎士は敵味方の幹部どころの話ではない。なまじ味方よりも互いを理解している好敵手。

 このときになってようやくふっと笑うヘルメス。


「彼から聞きたいことは山ほどある。剣術談義も悪くないが、新しく生まれた超AIは聞き出したい。名前さえわかれば、どんな能力が想像がつく」

「引き出さないといけない情報は山ほどあるでしょう。私も楽しみです」

「それではお手並み拝見といこうか。マイナーなバージョンアップか、それとも出涸らしの四人目アシアがもたらした革新技術か」


 ヘルメスはそういって、アシアが封印されている各要塞エリアの映像を出現させた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「コウ。繋げて良かった?」


 アシアのエメが恐る恐るコウに尋ねた。


「大丈夫だ。すぐに話は終わった。――アルゴフォースは敵対しない。アルゴアーミー、ネイビー、コーの動向は不明だ」

「それほど重大な交渉だったんだ。その割に短かったね」

「つもる話は作戦後に酒の席で、だ。ヘルメスとヴァーシャ。俺は誰にするかは後で決める。その程度でアルゴフォースを牽制できるなら安いもの。俺から言い出したことでにあるからね。断る理由もないさ」


 コウが薄く微笑んだ。戦略的にはヘルメス直轄軍が不参加になるのだ。上出来だろう。

 次はヘルメスとして話すことになる。それはそれで楽しみだとコウは思う。


「エメ。報告してくれ。――アルゴフォースの参戦は無し。敵は残りアルゴナウタイ三勢力。アルゴフォースは戦力を温存して俺たちの戦力を測るのだろう、とね。何らかの奥の手を隠し持っている可能性もある」

「そこまで読んでいたの?」

「ストーンズが今まで頑なに死守していたアシアを手放して良い状況になっていることが判明した。最新鋭が揃ったアルゴフォースが戦闘しないということは、何かあるさ。手の内を見せてくれないってことだからな」


 コウはアストライアが向かう大山脈アボスは宇宙からでもよく見える。


「ストーンズの旧体制ともいえるアルゴアーミーやネイビーは半神半人が多いだろうな」

「アルゴフォースが参加しないにしても、大山脈アポスにあるA009要塞エリアにはストーンズ中心組織であるアレオパゴス評議会――敵の本拠地だよ。高性能なアンティーク・シルエットがたくさんいると思う」

「そうだろうな。それでも負けはしない。アストライアだけでも剣術機特化のラニウスCブロック3。従来型を性能向上させたラニウスCⅡ。ようやく完成したラニウスD型は数を揃えてアストライア部隊に配備している。アークエンジェル程度なら敵ではないよ」

「うん。今回の戦力は精鋭。SAS再びだね」

「はは。そうだな」


 かつてアシア大戦で軌道エレベーター奪還の際、使ったエリートフォースの呼び名。

 今回もSASと名乗っているが、あの当時の質は桁違いだ。


「アリステイデスとペリグレスが先行して降下。エイレネとアストライアがその後だ。――スフェーン大陸から迎撃機編隊を確認した。フリギアは目敏いな」

『確認された機体はコールシゥンですね』

「新型機は無し、か。従来の戦闘機ならば所属はおそらくアルゴアーミーとネイビーだな」


 コウのもとに通信が入る。ロバートとジャリンからだ。


「露払いは任せろ」


 豪快に笑うアリステイデス艦長のロバート。留守番が多かった分、やる気に満ちている。


「マットの分まで私が頑張るよ。いざとなったらシルエットも用意している」


 ペリグレス艦長ジャリンも負けじと声をあげる。


「二人とも。任せたよ。エイレネが仕掛けるまで、時間を稼いでくれ」

「おう!」

「敵には同情……しないわね」


 先陣を二人に託し、コウはエイレネにいるアベルと交信する。


「準備はいいかい? アベルさん」

「機動工廠プラットホーム三番艦【エイレネ】。準備は万端ですぞ」

『自走爆雷運搬艦から機動工廠プラットホームに艦種を戻した私の本領発揮ね!』


 平和を象徴するエイレネも気合いを入れている。


『これで本来の実力が披露できますね。エイレネ、期待していますよ』

『任せて!』


 勝手な艦種変更に怒っていたアストライアだったが、機動工廠プラットホームに戻ったことで機嫌を直したようだ。


「エイレネは兵器開発特化だったか。攻城用の質量投下兵器は使えないが、二人の秘策に期待しよう」


 一抹の不安を覚えるエメ。詳細はコウとアストライアしか知らない。

 万能型のアストライア、兵站任務のエウノミア。兵器開発特化のエイレネはアベルのもとで本領を発揮するのだ。


「難所であるスフェーン大陸は俺たちで解放する。半神半人は構築技士の肉体が多い。封印区画は激戦が予想される。俺とブルーのみが潜入作戦を行う予定だが、いざとなったらアベルさんやジャリンの力も借りる予定だ」


 総力戦だ。戦闘訓練が浅いとはいえ、アシアと縁がある構築技士にも前線に出撃してもらう必要がある。心苦しいコウだったが言葉にすると二人が怒るので、言わないことにしている。

 アベルはP336要塞エリアで遺憾なく本領を発揮した実績もある。


「できれば二人で攻略したい。封印区画は危険が伴う」


 ぽつりと口にするコウ。ブルーが聞き逃すはずもない。


「あの時の私じゃないわ。閉所対策もばっちり。二人で攻略できるはずよ」


 最初のアシア救出時、ブルーのシルエットであるスナイプは兵装が貧弱だったのだ。

 今回の作戦ではリベンジに燃えている。


「背中は任せた。――ではSAS部隊も降下準備にはいろう」

「任せて」


 ブルーは胸を張る。今もなお、コウの背中を預かることに誇りを持ちながら。


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。


好敵手と書いてとも。第一次世界大戦のレシプロ機での接敵は選手権で顔なじみのパイロット同士が手を振り合って挨拶していたそうです。


コウとヴァーシャのホットラインはトライレームの重鎮全員反対で決まりました。アシア的には心情的にありにしたかったようですが、意見は出さなかったという経緯です。

どちらかというと敵への情ではなく、構築談義に熱心なヴァーシャに対してコウが一日20時間以上拘束されることを恐れたという感じです。

某マ○○ンさんの電話は有名ですがロシアではフランス語は上流階級のたしなみみたいなもの、という記事がありました。


封印区画は健在です。トライレームもB級C級構築技士が山ほどいるので他のサポートに回っています。彼らではアシアの封印を解けないですしね。

そして半神半人は構築技士の肉体を好むので、相当な危険が予想されます。


さて昨日終売の告知をさせていただきました。改めて書籍版を楽しみにされていた方、ご購入者の方にはご迷惑おかけしまして申し訳ございません。


今後とも応援よろしくお願いします!

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