ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ
エイレネが急降下して大気圏再突入を開始する。護衛の戦闘機編隊こそないものの、エイレネはいつになく重武装だ。
船底には分厚い装甲板が施され、長方形の船体、前後左右に、直径50メートルはあろう短めの円柱状のシールドらしき物体が装備されている。前方にはダンパーのようなものまで装備されていた。
『もうすぐ地表だよ。なめられたもの。戦闘機一機さえ寄越さないなんて』
敵の迎撃部隊は来なかった。
着地地点は大山脈アポスのA009要塞エリアとも、軌道エレベータのあるA001要塞エリアとも離れていた、何もない荒野だからだ。地上を徘徊するマーダーさえいない。
「おそらくこの地点は何もない、敵の作戦圏外ですからな」
紅茶をすすりながら、仮面を被ったアベルが感想を口にする。
『この時点で作戦の八割は終了したといっても過言ではないね。私が丹精込めて作ったパンジャンドラム。見ていなさい!』
エイレネが断定する。
「エイレネ。地上に胴体着陸する前に変形しましょう」
『変形行くねー』
「了解いたしました」
アベルの合図ともに、エイレネの前後左右についていたシールド状のものが、巨大な糸車に変形する。
ロケット噴射で回転しているものの、前後左右、連動している構造になっているようだ。
「やはり荒野を駆けるには我が英国が発明した四輪駆動に限りますな!」
『英国はともかく、まさか宇宙空母が荒野を走ってくるとは思わないでしょうね!』
エイレネは楽しそうに笑う。
「私が開発したものは動力分散型推進。ロケット回転ですからね。五行重工業と御統重工業の自動車部門は何より四輪駆動の名門。コンセプトを話したらすぐに協力していただけました」
『オーバード・フォースは一丸となってアシアを護るからね! 快諾してくれたよね』
アベルは御統重工業自動車部門担当者のひきつった笑顔が脳裏をよぎったが、口には出さない。
『【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】は車輪部分に板をつけています。いわばレールを履いた車輪です。どんな荒野でも走れるように左右の車輪を交互に板状のレールを連結させるという仕組みで、レールがない部分がロケットノズルになりますな』
『舗装されていない時代の車輪ね! 接地面が大きいから、巨大重量にも耐えられる。こういうとき、英国史は役に立つよね』
「ええ。【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】で一泡吹かしてやりましょう。――最大戦速で!」
『時速700キロ程度……もうちょい加速いけるかかな。地表でもマッハ1には到達したいね。ケーレス程度なら衝撃波で破壊できるね!』
車輪についたロケットが火を噴き、エイレネ自体のメインノズルを全開にして荒野を疾走するエイレネ。
見守るコウたちは、無言だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……何が起きたか一瞬、理解できなかった。とりあえず航空機の護衛部隊をエイレネに向かわせるね」
アシアのエメが気を取り直して、指示する。
「アベルさん。前方に巨大マーダーがいます。エニュオを数機確認しました」
司令官としての役目をこなすエメだった。アシアは無言。素のエメがアベルに呼びかけたのだった。
「ありがとうございます! エニュオはこのまま轢いて撃破いたしますぞ!」
「え……」
「【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅡ】はアシア大戦初期に対マーダー兵器として投入されたと聞いております。当時はビッグボスの発想には嫉妬したものですよ。アシア救出作戦には必須といえましょう!」
エニュオは超大型のマーダーだ。しかし装甲は厚くてもAスピネルで動いていることをアシアのエメはすぐに思い出し、納得する。
エイレネは宇宙艦。Aカーバンクルで高次元投射装甲の性能は桁違いだ。
しかし二人で一人の彼女も、一つだけどうしても確認したいことが生じた。
「待って。マークⅢはどこにいったの?」
「ビッグボスにちゃんと確認しましたよ。マークⅢには着手していたので、私が構築した四輪駆動システムのパンジャンドラムがマークⅣなのですよ。しかしながらご安心ください。ケーレス用にビッグボスの構築したマークⅢも搭載していますよ!」
『走りながらマークⅢを撒き散らす予定だよ!』
「アシアの大地に変なものを撒き散らして汚染しないでね? ――そのまま敵を蹴散らしてください」
どう言葉を発していいかわからず、エメはアベルにすべてを託した。
「お任せあれ!」
アベルとの通信を切り、アシアのエメはアストライアとコウを呼び出した。
「四輪駆動になったエイレネと【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】がA009要塞エリアに向かって爆走しているんだけど」
『敵も宇宙艦が四輪で走ってくるなど思いもよらぬでしょう。妹ながら見事な不意討ちです』
アストライアが棒読みでエイレネを褒め讃えた。
「巨大ケーレスを轢くためにバンパーまで用意してるよね。コウもアストライアも知っていたでしょう?」
『ええ。まあ』
コウは無言だった。
「それはいいんだよ。怒っていないから。それより【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅢ】だよ。タロットシリーズは私も関与しているからさ。でもⅢどころかⅣまであるなんて。いつのまに作ったの?」
コウとアストライアが気まずそうにそっぽを向いた。コウが右側、アストライアが左側でタイミングもぴったりだった。
「マークⅢはどんな能力なの?」
「マークⅠの後継としてパンジャンドラムのコンセプトをより忠実に再現したものだ。大量運用しやすいように運搬時は車輪を重ねることが可能。そしてマークⅠよりも不規則な軌道を取って敵を轢き壊す。マークⅡと違って電子励起爆薬は使えないから金属水素量は倍近い。アンチパンジャンドラムごと吹き飛ばす仕様だ」
「どこからツッコんでいいかわからないよ。APW対策っているの? マークⅠよりもでたらめな動きをするの? そんなものをエイレネは撒き散らすんだね」
「そうだ……」
ばつが悪そうな顔でアシアのエメに答えるコウ。
「作るなとはいってないからね。教えて欲しかったなー、って。アシア的にもエメ的にも。その、アレが出てくるとだいたいとんでもないことが起きるから」
アシアとエメの心は完全に一つとなっていた。
「ごめん」
いたたまれなくなったコウが、一言謝罪の言葉を口にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「四輪空母だと。ふざけるな。ありえないだろう!」
アレオパゴス評議会の一員である半神半人が声を荒げた。
偵察が捕捉した映像には、空母運用している機動工廠プラットホームが四輪で荒野を疾走していた。ほどなくこのA009要塞エリアに突っ込むのだろう。
「我々もエニュオで重量にものをいわせてシェルターを破壊し、空母爆弾を突入したのです。四輪空母の突進はありでしょう」
「そういう問題ではない。であるならば、あの宇宙空母を突進させればいいだけではないか。あまりに非効率すぎるだろう」
「超音速で地上を疾走してマーダーを蹴散らしています。この対応策は予想外ですよ」
なだめる半神半人も、半ば呆れていた。
低空飛行による超音速移動は当然、地形にぶつかる危険性もある。
しかし巨大な車輪による移動など、想像できるはずもない。
「待て。アシア大戦の資料によると、自走爆雷がケーレスを蹴散らしたとある。油断できない」
「我々にアンチパンジャンドラムウェポンはございません」
「仕方ない。肉壁ならぬマーダーの壁で防いで見せよう。エニュオをありったけ壁にしろ」
「了解しました。そのように指示します」
エニュオはまだ十機以上ある。大型マーダーはその質量だけで、トライレーム影響外の大陸では十分に使い道はある。
いくら四輪で疾走する宇宙艦でもエニュオの集団であれば減速ぐらいはするだろう。シェルターさえ護れば良い。
「こちらも駆逐艦で対応しろ。惑星内なら戦闘も許される。あの四輪空母には対艦ミサイルはありったけぶつけろ。近付いたら確実に、だ」
「了解しました」
迫り来る四輪宇宙艦に、アレオパゴス評議会も最大限の警戒を払っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『アベル。まずい。物凄い勢いでエニュオが二機向かってきている!』
超大型マーダーであるエニュオは小型マーダーであるケーレスと違い、移動速度も段違いだ。
脅威と判断されたエイレネを迎撃するために、先行して突進してきている。
「問題ありません。フルスピードアヘッドゥ!」
進路に立ち塞がるエニュオと加速するエイレネが正面から衝突する。
轟音と同時に、いとも簡単に二機のエニュオは砕け散った。
『グラウピーコスから緊急警告がきたよ! 宇宙駆逐艦の出撃が確認されたって! 航空機もやってきたわ! 今アイギスが作動している』
「宇宙駆逐艦までも出撃しましたか。彼らも必死ですな」
宇宙戦は禁止されているが、惑星内での宇宙艦戦闘は禁止されていない。
しかし惑星内では大気や重力の影響もあり、その性能は大きく制限される。かの尊厳戦争ではその弱点を見事に露呈することになった。
「マーダーの群れも前方にいます。頃合いでしょう」
「このままでは非効率を極めた自動車戦艦などと揶揄されてしまいそうですからな。本来の作戦に移りましょう」
遠くには巨大マーダーの機影が複数確認された。
背後には大量のマーダー。いくらエイレネのAカーバンクルによる高次元投射装甲でも、この数相手には持たないだろう。
「目標地点に到達しました。エイレネから車体の床を形成するフロアパネルをパージ。【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】は自走に移行します」
エイレネとフロアパネルが速やかに分離する。エイレネは垂直に近い角度で一目散に天高く上昇していった。
この動きには敵駆逐艦も想定外だったようだ。エイレネを見失い引き返す。宇宙での戦闘は厳禁だ。
『戦艦じゃあるまいし、突っ込まないよ!』
フロアパネルから四輌の【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】が分離する。残されたフロアパネルには大量の重なった予備タイヤらしくものが詰まれていた。
「展開式パンジャンドラム【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅢ】起動。散布!」
アベルの指示のもと、重なった車輪は自立し、軸の端に両輪を備えた自動爆雷としての勇姿を現した。
すぐさま転がりだし、一目散にマーダーに突進していく。
パンジャンドラム特有の無軌道さは紛れもなく【ホイール・オブ・フォーチュン】の系譜であった。
巨大な四輌のパンジャンドラムと、無数の【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅢ】がマーダーを駆逐していく。
エイレネに迫っていた対艦ミサイルは全弾地面に着弾する。まさか突如四輪部分をパージして急上昇するとは思うまい。対艦ミサイルは超音速域で飛来する。この速度域では軌道修正は困難だった。
「当然ですが【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】はエイレネと有線で繋がっています。エニュオをはじめとする巨大マーダーなど敵ではありません」
目を凝らすと軸の部分がコードで接続されている。その間もエイレネは宙空間から距離を調整して【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】をコントロールしている。
進路を塞ごうと大型マーダーも、返り討ちになって無残に破壊されていった。
「そろそろ着弾しますね」
巨大なパンジャンドラムが二手に分かれた。要塞エリアの隔壁が立ち塞がる。外はマーダー任せで、シェルターはすべて閉じていた。形状は少々特殊で、半円上だ。残り半分は山脈内部にあるからだ。山脈内部はシルエットベースに近い構造といえよう。
【ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣ】が左右二輌ずつ、要塞エリアの半円ドーム状シェルターの側面に次々とぶつかっていく。
巨大な自走爆雷は周辺のマーダーを大型、小型問わず巻き込んで大爆発した。
巨大マーダーの破片すら残らない。爆風で吹き飛んだのだ。
「巨大質量兵器を投下こそしませんが、横からぶつけてはいけないというルールはありませんからね」
英国人はルールと伝統を重んじる。
『そうそう。オケアノスに確認済み!』
半円状のシェルター側面は50メートル近い巨大な穴が二つ空いていた。
「エイレネは以前よりパンジャンドラムキャリアーになっているよね」
アシアのエメが冷ややかな視線を送りながら感想を述べ、マークⅢの映像をリックに送りつけるのだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!
四輪駆動は英国の発明なのです(本当)。蒸気自動車の時代ですね。Bramah Joseph Diplock氏という人物で発明家です。
ホイール・オブ・フォーチュンマークⅣの車輪もこの人物が発明したペダルレースシステム、つまり車輪にレールを載せようという逆転の発想をもたらしたトラクターシステムを採用しています。設置面積が増えて荒れ地に適しています。キャタピラのご先祖みたいなトラクターですね。
その後ドイツのポルシェ博士がバッテリーハイブリッドの四輪駆動を発明しました。
四輪宇宙空母なんてふざけるなとストーンズあたりは激怒していることでしょう。
対マーダーにはうってつけとなった自走爆雷。マークⅣはエイレネがアベルの構築のもと、丹精を込めて製造したパンジャンドラム。マークⅢはコウが犯人です。
スピットファイアはマーク24まであるから自走爆雷もいけそう?
今回は繊細な?運用がされています。マークⅢは自動的に燃料が少なくなったところで爆発します。マークⅣはシェルターに接触した瞬間、大爆発を起こします。
住人区画への無差別攻撃を避けるためです。
アンチパンジャンドラムウエポン対策が本当に必要だったかは不明です。アルゴフォース以外運用していません。何せ、他大陸のアルゴナウタイは映像でしか知らないのですから。
コウのいた地球では、御統は雪国で重宝されていた自動車を製造していました。四駆といえば御統! みたいなA○Dです。ただし若干高め。
五行は不祥事で自動車部門は不振で売却済み……ですが重工業では官民一体ともえる、自衛隊の兵器開発ではトップでした。
あと一週間なので告知です。
書籍版『ネメシス戦域の強襲巨兵』は(株)インプレスサ様とのご厚意のもと、小山先生にもご報告して双方合意により契約解除(契約が無かったことに)です。六月末で書籍、POD版ともに終売となります。
改めて書籍版を楽しみにされていた方、ご購入者の方にはご迷惑おかけしまして申し訳ございません。お詫び申し上げます。
ダウンロードされたものは消えないとのことなので、ダウンロードのほうを忘れずにお願いします。
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