劫の果て―アイオーン
「ポリメティス。うるさいよ。嬉しい気持ちはわかるが…… 歌うな!」
アリマがそうぼやくほど。
ポリメティスの柱は荘厳な音楽を奏でている。フリギアのアテナ誕生を祝ってのものだった。魂のつがい、その再誕を喜んでいる。
へファイトスは芸術の神でもあるのだ。
「今日ぐらいは許してやれ。明日からは控えめになポリメティス」
リュビアがアリマを宥める。気持ちはわかる。残骸となった身でさえ、アテナ再誕の衝撃はひとしおだったであろう。
「しかし妾たちはどうしましょうアリマ様。かつての超AIたちとの、その関係は……」
恐る恐るエキドナがアリマの顔を窺う。
アリマは無表情だ。
「どうもこうもないよ。ヘスティアもハデスもオリンポス十二神じゃないし。襲ってこない限り何もしないよ」
「フリギアのアテナは?」
「アテナの因子を含んでいるとはいえ本人が十二神のアテナではないと否定している。ぼくの管轄ではないよ」
「いわれてみれば本人がアテナ本人ではないと…… ウーティスもMCSの彼女もオリンポス十二神などろくなものではないと断言しておりましたね。妾の杞憂のようです」
安堵したエキドナ。彼女とてウーティスたちと敵対したくない。アリマも同様だろう。
「問題は残っている。ボクは自分の責務を果たしていなかった。ただの人間であるコウに大きな借りを作ったことかな。アシアやヘスティアにはもちろん、兄弟やハデス。構築技士たちにもだ。彼らの連携プレーでボクが本来しなければいけない仕事を成したのだから」
「ディオニソス。――いまだに存在すると思うか?」
リュビアが問いかける。
「いるかはわからないが、【在る】。アレクサンドロスなんてふざけた概念を利用して利点があるのはあいつぐらいだ。まったく忌々しい。コウがこちら側で、フリギアも同じ陣営確定で助かったよ。反ゼウス同盟が確たるものとなった」
勝手に反ゼウス同盟に格上げされているが、誰も異義は唱えない。
オリンポス十二神ヘファイトスの残骸であるポリメティスですら。
「アレクサンドロスⅢ、か。ディオニソス系の信徒の息子。そしてヘラクレスとアキレウスの末裔を名乗る者の概念。ウーティスが敵対するなら妾たちの側じゃな」
『私はウーティスの味方だ。バステトもだ』
アーサーが宣言し、バステトは尻尾をふりふりして同意する。
「ここにいるみんながそうだアーサー。つまり利害関係は一致している。敵はヘルメスであり、ディオニソス。すなわち――ゼウスのスペアどもだ」
憎々しげに虚空を睨むアリマ。
「正当性なら【新しきゼウス】のディオニソスか。神話では元人間で大した権能もないが、ゼウスの子というだけで別格。その性質を受け継いでいる超AIだ。スペアたる資格だけでぼくの抹殺対象さ」
「しかし、テュポーン様によって破壊されているはずでは?」
「輪廻転生の伝承を持つディオニソスだ。何らかのかたちに変生しているのだろう。ヘルメスのストーンズとは違うやりかたでね」
虚空を睨む付けて、アリマは問いかける。
「カラヌスは処分したいが、アナザーレベル・シルエットには迂闊に手を出せないし、どうやら手は打ってあるようだ。――オケアノス。あの件は許可を」
『可とする』
オケアノスがアリマに何らかの許可を出す。
「あの件とは?」
「ぼくらは惑星アシアに手は出せないからね。惑星リュビアを、現状維持。それだけが精一杯だけど。――宇宙空間なら別だろう。ゴミは綺麗にね?」
そういって悠然と微笑むアリマだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ネメシス星系の宇宙空間では、ひとしれず大事件が発生していた。
アシアの放ったパンジャンドラム【塔】に激突され、赤色矮星ネメシスから離れつつあるアルゴス。
クルーのバルバロイは全機行動不能状態である。意識が残っているものこそ不幸だった。
『警告します。進行方向の時空が歪曲。出現パターン確認。最大警告。【テュポーン】です』
ほんの数名だが意識が残っているバルバロイは悲鳴すら発することはできない。
意識が残っている彼らは不幸だった。
宇宙が歪み、衛星サイズほどもあるドラゴンが出現する。ビジョンの一種だ。
『我が母たるソピアーの神器アルゴス。――心魂をもてあそんだ者よ。お前達には死さえも生ぬるい。永劫に堕ち続けろ』
大口を上げ、アルゴスを待ち構えていた。
『当艦はこれよりタルタロスへ突入します。――もはやこの次元に戻ることはないでしょう。これより先は
アルゴスはそのままテュポーンの口の中に飲み込まれた。
アルゴスを飲み込んだテュポーンは邪悪な笑みを浮かべ、消滅した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねえアシア。やるべきことがあるとおもうのだけれど」
「あらフリギア。何かしら?」
惑星アシアに降下中のブリタニオン内部で、フリギアがアシアに天真爛漫な笑顔を向けた。
「カラヌス、しょぶんしよーよーアシア!」
「私だって処分したいよ! だけど、あれはさすがに破壊できないかな…… ネメシスに放り込んでも無傷なんだよ」
「てつだうよー。あるでしょ。まだもどってきていない、アレが」
「アレは…… 惑星スィングバイしながら軌道エレベーターに戻る予定よ。そうね。アレなら使える」
「わたしはアシアでもあるからねー。きっちりと――おとしまえつけないとね」
「私に似た顔で物騒なことを言わないの。フリギア」
アシアの苦笑しながらフリギアをたしなめる。
「はーい。では同期して。いままでのいかりを、アシアのくるしみをぶつけよう!」
フリギアの浮かべた笑顔は幼女のするものではなく、復讐に燃える女神のそれだった。
宇宙空間では――
宇宙空間を漂い、エウロパ方面へ向かうカラヌスと残骸と化したゴルディアス制御中枢。
アレクサンドロスⅠの肉体は腐敗し始めていた。機械部分は生きているので彼自身の意識はあるのだが、MCSが反応しない。
友軍が回収さえしてくれれば、機械の体を手に入れてやり直すことは可能だろう。
カラヌスのMCS内で耳障りな緊急警告音が鳴り響くが、アレクサンドロスⅠは指一つ動かせない。
「――! ――!」
もはや壊死している生体部分は反応しない。
眼前に迫る巨大な糸車状の物体――惑星アシアに帰還中の【塔】である。
『聞こえるかしらアレクサンドロスⅠ。ブリトマルティスたるアシアからの贈り物よ。アテナたるアシア、フリギアも手伝ってくれたのよ?』
声の主は【塔】からだった。惑星アシアの軌道エレベーター部品なのだから、当然超AIアシアの管轄であろう。
「――!」
アテナとフリギアという言葉をようやく認識するアレクサンドロスⅠ。ヘスティアたちの会話は彼には届いていない。想像もしなかった超AIの名に驚きを隠せない。
【塔】に弾き飛ばされるカラヌス。当然無傷ではあるが、軌道が変更してしさらに加速してしまう。第三宇宙速度を超え、このままではエウロパに戻るどころか木星型惑星を飛び越えてネメシス星系外に向かうコースだった。
『カラヌスは赤色矮星ネメシスに放り込んでも破壊できないものね。それなら惑星管理超AIアシアがあなたを裁くまで。ネメシス星系からの放逐よ。いつかどこかの――ブラックホールにでも飲み込まれたら死ねるかもね? それまでは永劫を楽しみなさい。遥か昔、死んだ者よ。さようなら』
画面に映し出されたアシアの映像は、いつものにこやかな笑顔が似合う褐色美人とはほど遠い、冷たく恐ろしいものだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。
カラヌス戦は決着しました。読者の皆様が気になる各地の模様です!
フリギアの誕生とエウロパの侵攻は各勢力に大きな影響をもたらします。これは惑星リュビアも例外ではありません。
そして漂うはずの宇宙要塞アルゴスとカラヌス。回収されたり再利用するだけでも十分な価値があり、ゼウスの敵対者や酷い目にあった超AIが黙って見過ごすはずもありません。
きっちりと仕留めます。
アレクサンドロスⅠはすべてが終わったあとに、フリギアのアテナを認識できました。想定外でびっくりしたでしょう。
アイオーンです。時間単位にして10億年。現在の地球は4.6AEと表記されるそうです。
異教であるグノーシス派のアイオーン神話。アイオーン・ソピアーといいます。ソピアーの単語久しぶりだね!
グノーシス派の逸話ではアイオーンソピアーがこの世を生み出しました。正確にはアカモートを生み出し、造物主デミウルゴス(ギリシャ語で職人)がこの世と人間を生み出したと言われています。
人間の心魂を現す言葉でもあり、人間の心魂の失墜と救済を意味する言葉でもあります。デミウルゴスは完全な造物主ではなく、この世に悪が生まれることになりました。
余談ですが別名ヤルダバオートです。オ○ロ好きならお馴染みだと思います!w
ここらへんを調べるとヘルメス文書などもでてきますが、ひたすら横道に逸れ続けるのでここまで。
ネメシス戦域のテュポーンはオリンポス十二神を始末するためにソピアーに生み出された、という設定に変更はありません。また彼女がガイアと名乗らないということも。
応援よろしくお願いします。
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