貪狼

「おのれ。謀ったな! ヘスティア。【永遠の火】だと? 生けとし生ける者に呪いあれ!」


 アレクサンドロスⅠはMCS内で呪いの言葉を吐いた。

 フェンネルの力を引き出せないアレクサンドロスⅠでは、【永遠の火】どころか【聖火】も使えない。


「それにだ。アナザーレベル・シルエットのリアクターが10秒のために永遠に喪われる。これではまったく割に合わん。惑星間戦争時代のアンティーク・シルエットさえもだ!」


 現行シルエットのためにあるかのような仕様。惑星間戦争時代の兵器も修理は不可能。ましてや開拓時代の代物など絶対に使えない。

 しかもヘスティアは嘘はついていない。あの三人だけではなく、ネメシス星系全体の恩寵だ。

 機械と認識されるバルバロイ以外には。


 これほどの嫌がらせもそうないだろう。


「おお!」


 目標地点で閃光を確認した。

 聖櫃の封印が解かれたのだ。中身である球体状のゴルディアス制御中枢が出現している。


「到着まで一分もかかるまい。三機のシルエット撃破して――」

 

 カラヌスに大きな衝撃が走る。

 不意をつかれた――アナザーレベル・シルエットではありえない事態。

 

 機体が急減速している。


「くそ! この雑魚が!」


 背面にしがみついているシルエットを確認したカラヌスが、絶叫する。

 背後にはボガティーリ・コロヴァトがしがみついていたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「俺からいくぜヒョウエ。あいつを減速させる。あとは任せたわ」

「どうやって?」

「惑星アシアで最初に【プロメテウスの火】を見つけたのは俺の部隊だぜ? 当然俺は自分の機体が持つ【潜在能力】は知っている。てめえには明かさないが、近付くことぐらいはできらあ」

「さすがだな。バルド君。すぐに俺も追撃をかけるぜ」

「頼んだ。俺の技量だと傷一つつけられないだろうが、てめえならいけるかもな」


 ボガティーリ・コロヴァトがカラヌスを迎え撃つため、交差する地点に向かう。


「MCSが補完してくれるとはいえ、ここまで感覚が鋭敏になるとはな」


 秒速数十キロの戦いだ。相手は数百、数千キロが可能かもしれない。

 

「いくか。【永遠の火】。そして――【忍び寄る影ステルス・シルエット】発動だ」


 バルドのMCSが持つ潜在能力。それが【忍び寄る影】だった。バルド自身、実験してその効果は把握していた。

 一定時間、相手のレーダーを無効化するというものであるが、シルエットは目視できる。姿が消えるわけでない。

 【プロメテウスの火】は相手を殺すかリアクターを破壊する必要があるため、使い所はかなり難しい。逃走には使えないのだ。


 ――これからは逃走用にも使えるってことか。


 最初はハズレ・・・の能力かと思ったが、今になって思うと彼にぴったりだ。やはりMCSは乗り手の性質に影響するらしい。


「接触チャンスは一回のみ。その一回でどこまでやれるかだな」


 カラヌスとは天地が逆だ。バルドはブリタニオン方向、カラヌスは聖櫃に向かっている、

 カメラにさえ映らなければよい。カラヌスの軌道を予測する。案の定、速度は落として移動しているようだ。

 背面から忍びよりサーベルと突き立てる。

 あっさりとサーベルがへし折れ、宇宙に漂った。


「はん。予想通りだ。まったく通用しねえな!」


 攻撃が通用しないだけではともかく、【永遠の火】を発動中であるにも関わらず、刀身はあっさり砕け散った。

 ボガティーリ・コロヴァトはカラヌスの胴体にしがみつき、ブリタニオン方向へ加速する。


「くそ! この雑魚が!」


 このときにしてようやくバルドに気付いたアレクサンドロスⅠ。

 やはりアレクサンドロスⅠは反応が遅い。カラヌスはボガティーリ・コロヴァトを強引に引き離し、右腕部の拳を放つ。ブリタニオンの外部装甲さえ貫通する拳だ。

 

「ちぃ!」

 

 両腕を十字にして打撃を耐えるボガティーリ・コロヴァトだったが、いともあっさりと両腕が弾け飛ぶ。Aスピネルなみの出力状態である装甲筋肉があっさりと引き千切られてしまう。

 そのまま機体は明後日の方向に吹き飛ばされた。


「8秒経過。――時間は稼いだぜ」


 にやりと笑うバルド。【永遠の火】が発動していなければ、機体ごと粉砕されていただろう。


「あとは俺の仕事だな」


 バルドに気を取られているカラヌスに、鷹羽兵衛のラニウスが迫っていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「いくぜ。【永遠の火】」


 発動と同時にMCSが兵衛に告げる。


『【永遠の火】を発動。潜在能力【貪狼たんろう】を発動します。これより当機は時間に干渉します』

「なんだぁ? 時間に干渉ってのは――」


 兵衛も驚愕を隠しきれない。時間に干渉――即座に理解できた。

 目を大きく見開いた。周囲が止まっているかのように、緩やかになっている。


 兵衛自身の視界に映る世界は白黒の濃淡――水墨画のような色合いになっていた。


「こいつぁまさか…… 七感の世界ってヤツか……?」


 錯覚では無く、ラニウスのみ時間の流れに取り残されたかのようだ。それでいて、兵衛のラニウスだけは自然に動けるのだ。

 伝説にある、一部の剣士のみが辿り着いた領域、その一端に辿り着いたと悟った。


末那識まなしき――本質の迫る世界か」


 背後にいたボガティーリ・コロヴァトを攻撃しているカラヌスはゆっくりと拳を振り抜いている最中だった。

 思考が冴え渡る。不思議な世界に迷い込んだようだ。


「8秒経過。――時間は稼いだぜ」


 ボガディーリ・コロヴァトの両腕部が砕け散り、虚空のなかを吹き飛ばされつつあった。

 振り抜いた拳を戻そうとするカラヌスは、まだ兵衛のラニウスに気付いていない。


「あとは俺の仕事だな」


 兵衛はバルドが作ってくれたチャンスを最大限に活かすつもりだ。勝利への渇望が、潜在能力【貪狼】を生み出したのだ。

 ボガティーリ・コロヴァトもカラヌスも、すべてはコマ送りのようなスローモーションであるにも関わらず、兵衛のラニウスは通り動ける。


「どこなら貫ける?」


 人間とシルエットは違う。人間ならどうしても鍛えられない部位はあり、そこが急所となる。

 シルエットは違う。どの部分でも分厚い装甲に覆われている。関節部だって金属だ。


えるな……」


 おそらく球体状の物質なら、まったく何も視えなかっただろう。

 しかしカラヌスは違う。駆動部分も多い、人型機械。装甲が薄い部分は存在する。


 人を模した機構である以上、装甲とは違う部分は確実に存在するのだ。


「人間の文明が一万年経過しても、大して身体的な能力は向上しなかった。シルエットも同様ってことか」


 今の兵衛からみて、カラヌスは完全無欠ではないことがわかった。

 そして今のラニウスでは、撃破が不可能だということも。本質の世界が兵衛に現実を突きつけていた。


「――しかしな。人間が火を制御するために何世紀かかったってこった。火を使って追いつけってか。プロメテウスよ」


 火を想う兵衛。火こそまさしく進化の証。

 35世紀水準の兵器。20世紀生まれの兵衛など、原始人に等しいだろう。しかし、火はその差を埋めるもの。


 古来山火事や火山の爆発、隕石の落下物など自然現象を通してでしか入手できなかった火。地球の歴史では文明と呼べるものが興った年代は、多々解釈こそあるものの氷河期が終わった約九千年前とされる。

 そのなかでも代表的な発明ともいえる火の利用は火打ち石、火打ち金による火口。火打ち石の利用は紀元前3200万年前には確認されている。以後人類は19世紀近くまでこの火打ち石を利用し続けた。一部軍用に開発された17世紀末のフリントロック式ライターは貴重品であり、マッチに至っては19世紀の発明なのだ。

 

「倒せはしねえって理解しているさ。火を使って、その歳月を少しは埋めることができるってな!」


 鷹羽兵衛は金属加工業社長だった。中小企業とはいえ、自動車やバイク。汎用といわれる小型船舶や農作業用機械から飛行機部品に至るまで様々な金属を加工してきた人生だった。彼の親は戦前、戦闘機のプロペラなども手がけていたという。

 アナザーレベル・シルエットはいくら太古のオーパーツとはいえ、機械だ。部品と部品を繋いで製造されたもの。死角はあるはずなのだ。


 兵衛の脳裏に可能性がよぎる。もっとも危険度が高い部位はスラスターだ。一見すると孔にみえるが、耐熱耐摩耗性がもっとも優れた部材を使っている箇所である。

 関節部もそうだろう。摩耗が激しい部品こそ、強固なマテリアルが使われていると思ったほうがいい。それでも正面装甲よりは、可能性がある。

 自動車や戦車の類いなら足回り。しかしシルエットは脚部を重点的に強化された機械。


「狙うとすれば――」


 カラヌスは背後と頭上――聖櫃がある方向に気を取られている。

 緩やかに流れる時間のなかで、カラヌスの死角に入る兵衛。


「なに!」


 アレクサンドロスⅠが今更ながらに気付いた。

 しかしカラヌスは思うように動かず、敵は信じられない速度で動いている。


「回り込むか!」


 ――兵衛の狙いは違う。


 緩慢とさえいえる動作でカラヌスからみて右腰に回り込むラニウス。

 腕部のスラスターが火を噴き、神速の突きが放たれる。


「てめえの構造はワーカーと同じとみた。ってことはモジュール式だろうが。あれはあれで欠点が多いんだ」


 電弧刀の剣先は駆動部である右腕部接続部から胴体に侵入し、根元からぽっきりと折れた。


が甘いぜ?」

「ふざけるな!」


 駆動部にダメージが走る。あり得ないことだった。兵衛が狙った急所こそ、腋下えきか。鍛えることはできず、シルエットも同様。この部位に装甲を施すことは不可能だ。人体を模した兵器ゆえの急所である。

 怒り狂ったバルバロイⅠが、ラニウスを振り払おうと蹴りを放つ。


 兵衛は軽やかに回避し、Dライフルに持ち替える、 カラヌスの右胸部付近を集中して狙い、連射する。

 反動は殺さず、距離を取る。


「残り二秒」


 アレクサンドロスⅠは逡巡した。邪魔者である敵シルエットはじきに停止する。

 目標の聖櫃は開かれた。球体の制御装置は目前であった。


 放置して聖櫃を追跡しようとした瞬間――


「よそ見は大敵だぜ?」


 もう一本の刀を構え、ふたたび右腋下を穿ち抜く。


「貴様ァ! 何故逃げぬ!」


 アレクサンドロスⅠには理解できない兵衛の行動。

 カラヌスに一撃を加えた。敵ながら見事だとさえ思う。しかしさらなる追撃は――正気の沙汰ではない。


「餓えた狼相手にはな。最後まで気を抜いちゃいけねえんだ」


 ラニウスが再び間近にまで接近していた。この勝利への渇望こそが【貪狼】を生み出したのだ。

 通常ならそのまま距離を取り、生存することに賭けるであろう。しかしこの男はあえて追撃を選んだのだ。


「――10秒経過だ」


 カラヌスの右腕部は稼働を停止した。

 

 灰色の世界がかき消える。戦闘前に広がっていた、やや明るい蒼い宇宙が映し出されていた。

 迫るカラヌスによる渾身の蹴りは、ラニウスの腹部より下を粉々にした。カラヌスの右腕部は完全に機能を喪失している。


「はん。俺がどれだけワーカーを整備したと思っているんだ? 材質はわからんが構造ぐらいは推測できるぜ。構築技士オデュッセウスを舐めるんじゃねえよ」


 永年の火が消えたラニウスでは衝撃を受け止めきることはできない。口から血を吐きつつも憎まれ口を叩き、兵衛のラニウスはバルドを追うように虚空へと消えていった。

 


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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!

文中の補足的な意味も含めて。


二人の【永遠の火】が発動しました。バルドは生き汚さに応じた潜在能力。兵衛は伝説の領域にMCSの力を借りて踏み込みました。末那識、神智学ではマナスです。セブンセン○ズとか言わない!

兵衛は剣士であると同時に構築技士。ワーカーの構造など見飽きるほど研究したでしょう。


唐の密教事典によると北斗七星一番星おおぐま座α星は【貪狼】。たんろうを採用しましたがどんろうともいいます。餓えた狼ですね。餓狼……といってしまいましたw

七番目の【破軍】は語呂がいいのか有名ですね。


さて時間です。時間は重力に関係があるとも言われていまして、重い物体があると流れる時間に違いがあるそうです。

2020年のネイチャーによると東京スカイツリーを光格子時計で計測し、地表とスカイツリー内では非常に僅かな違いながら、スカイツリー内にいるほうが早く時間が流れることが確認されたそうです。

その差は10億分の4秒……ですが! 興味をもたれた方は調べてみると面白いかもです。相対性理論ですね。

時間干渉は超AIにも限られます。例外いますが……


次回、フリギア参戦!


応援よろしくお願いします。

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