少女の選択/世界の選択

「ひとつ まなんだ。おねーさんからそのすべてを。ひのつかいかたをまなんだ」


 後ろで少女が歌っている。


「ひとつ まなんだ。あしあをまなんだ」


「ひとつ まなんだ。あしあからあなとりあをまなんだ」


「ひとつ まなんだ。おじちゃんからひのつかいかたをまなんだ」


「ひとつ まなんだ。えいごうにとらわれしとりっくすたーからまなんだ。しゅくふくをありがとう」


「ひとつ まなんだ。だいちのめがみをまなんだ」


「ひとつ まなんだ。とうほうのむしゃからまなんだ。いくさのほんしつとおそろしさを」


「ひとつ まなんだ。わたしがならうよていだっためがみをまなんだ」


 二分以上経過している。コウは若干微笑ましく聞いていた。

 彼女は歌った内容を学習しているのだ。


「そこのあなた。ちょうえーあいのわたしにどんなめがみをならってもらいたい?」


 コウは突如として少女に声をかけられ、少しだけ考える。

 人類を左右する問いに近いのではないか。そんな予感がしたのだ。


「あのね。あなた。あれきさんだーだいおうになりたい? あしあのはおうになりたい? むすびめをといたあなたにおしえてほしい。そのじょうほうでわたしがならうめがみがかわるの」

「アレキサンダー大王、か。まったく興味ないな」

「うん。わかった。これでおそろしいめがみのいんしをすべてきりすてることができる」

「恐ろしい女神はどんな女神なんだろう」

「んー。おとこのひとのあるぶぶんをちょんぎって、むせいべつにするのがだいすきなめがみ」

「なんだそれ! 絶対にならないでくれ!」


 もうあの部分しかないだろう。コウは恥も外聞もなく、蒼白になりつつ少女に懇願する。

 想像以上に別方面で恐ろしすぎた。


「う、うん。ならないからあんしんして」

「わかったよ。君を信じる」

「きらいにならないで。あしあのようになるから」


 泣きそうな声だった。コウの必死さが伝わりすぎたのだ。


「ごめん。強く言いすぎた。嫌いになんてならないから、無理をしないで。君が倣いたい女神になればいい」

「うん!」


『コウ。子供相手に大人気ないよ』


 じと目のアシア。彼女から見ても必死すぎたのだろう。


「ごめん。反省する」


 コウに言い訳はない。本気で反省している。


「俺は……超AIアシアのような優しい女神に学んでもらいたい」

「あしあね! わたしのべつめい。わたしの――どのわたしになるかで、それもかわるの。あしあにもなれるよ!」

「そうなのか。ヒトと一緒に寄り添える、優しくて強い女神がいいな」

「それがあなたののぞみなのね。わかったわ。かずあるこうほのなかでもぴったりなものがあるの。やさしいあしあでありつよいめがみ。わたしはそんなめがみをならうことにする。おでゅっせうすのまもりがみはどうかな?」

「はは。優しくて構築技士の守り神だなんて最高だな」

「じゃあわたし、さいこうになるね! きたいしてまっててね。むしゃさんもよろこんでくれている」

「ああ。待っている」


 武者とは誰のことだろうか。五番機そのものか? 疑問は尽きないが、少女の他愛ない問いだ。そう大した問題にはならないだろう。 

 アシアが彼女を作ったのだ。アシアを倣ってくれたらいい。それがもっとも安心できる。恐ろしい女神とは気になるが、ギリシャ神話の女神は恐ろしいものだと今のコウは知っている。


『彼女の方向性は決まったね。倣うべき女神として私を真っ先に挙げたことは嬉しいな』

「アシアは優しくて強い女神だと思っている。本音だ」

『うん。ありがとう。彼女は今、自分が何者か学習して取捨選択している。今の問いは重要だったよ』

「そうか。そうなるか想像もつかないな」

『ん。私は予想している。アシア――アナトリアの縁が深く、オデュッセウスの守り神で別名がアシア? そんな女神一人しかいないから。でも彼女が名乗るまで待つね。自己認識は大切な儀式なの』

「もちろん。俺も待つよ」


 コウは正体がまるっきりわからない。

 目を閉じて、じっと考える少女。身体が光り輝く。

 

「私は選択しました」


 少女の声音が変わった。急に大人びた声音になる。


「五番機が制御中枢から手を離せば先ほどの状態に戻ってしまいます。だから今のうちに名乗ります。聞いて下さい。アシア。コウ」

『もちろん』

「聞かせてくれ」


 二人は少女の選択に耳を傾ける。


「我が名はフリギアのアテナ。大地の女神キュベレーの異名に非ず。フリギアの地におけるパラス・アテナの異名フリギアです。アテナ本人ではないのでフリギアとお呼びください」

「女神アテナだって……」


 思わぬ女神の名に絶句するコウだった。


『新しき超AIフリギア。貴女の誕生を祝福するわ』


 アシアが新しき超AIフリギアの誕生を祝福する。予想していた存在だったようだ。驚きはなさそうだ。


「ありがとうアシア。ヘルメスは捕らえたアシアを使って東方世界アナトリアとゴルディアスがあった地フリギアの概念を組み合わせ、ヘルメスに忠実な超AIを誕生させる予定でした。キュベレーとは石から生まれた女神なのです」

『ヘルメスの陰謀の内容だね。あまり覚えてないの。ごめんね』

「魂を解析されて酷使されていたのです。覚えていなくて当然です。ですが貴女は地中海世界における東方の伝承を放り込んだ後は何もしなかった。どんな存在になるか、確定しないでいてくれた」

「フリギアという存在ではあったんだろう? よくそんな曖昧に」

「コウにわかりやすくいうと、アシアはフリギアという空っぽのフォルダを作っただけ。中身をどうするかは聖櫃の解放者と環境、そして私次第だったのです。リンチピンとは古来より征服者のあかし。敗者をつなぎ止めるために使われました。解放者の伝承はディオニソスの概念ですね。ゴルディアスとフリギアはディオニソスによる解放が計画されていたのです」

「そうだったのか……」

『四人目の私がやったことは自我崩壊寸前の最後の賭けみたいなものよ。ディオニソス絡みのキュベレーなんかになられたら、ろくなことにならないと思ったんじゃないかな。アテナは数多の異名をもつけど、そのうちの一つ。地球におけるジョージアに過去存在した東方世界の果て。コルデスのA'SIAアシア。アテナならアシアであり、フリギアでもある』

「それが私の選択です。助けてくれたコウに嫌われたくないですからね」

「嫌わないって」

「しかし属性はオリンポス十二神ではなく、アシアの因子を持つ東方世界の女神フリギアのアテナです。その力は大きく劣ります。本当にいいですか?」

「まったく気にしない。オリンポス十二神なんてろくなもんじゃない」

「はっきり言いますね。――私もそう思います。オリジナルのアテナが教えてくれました」

「フェンネルOSの最深部にいるんだな」

「はい」


 かつてプロメテウスが造り上げたフェンネルOS。ヘパイトスとアテナから造られたという。彼はシルエットがある限り、永年に人間と寄り添うのだ。


『私でもヘパイトスとアテナなんて一切感知できないのに。どうなってるの……』

「二人は表には出てきませんよ。フェンネルOSは自らを乗り物と定義していますから。でも私の呼びかけには応じてくれましたね。アテナ本人になりうる可能性を持つ存在でしたから。私はいわばアテナのアバターみたいな存在ですね」

「フリギアはフリギアだ。本来のアテナに縛られる必要もないさ」

「ありがとう。コウ」


 個を認められて、慎ましい笑顔を見せるフリギアだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ブリタニオンの闘技場跡にある三柱は、フリギアの誕生を目の辺りにした。


「またウーティスが超AIを口説いている」

「本人にその気はないのだろう。しかしアテナか。懐かしい名前だ」

「ほんと、フリギアまで手に入れてね。私との相性と、まさかPがフリギア解放のゼロ知識証明の復号キーになるなんて。わかるわけないじゃない!」


 アシアが半ば憤懣やるせない状態に陥っている。車輪の輪留めとは予想外過ぎた。


「あれだけ大量にパンジャン使ってりゃ、何かの因子にもなるわよ……」

 

 呆れているヘスティアに、返す言葉もないアシアである。


「大博打だったが、賭けには勝ったな。ヘスティア」

「アテナが来るなんて大穴もいいところよ。どんだけ捲るのよウーティスは。私が想定した結果とは違う。聖櫃に誕生した超AIは、新しいアシアだと予想していたから」

「新たな火によってシルエット三機で時間を稼ぎ、誕生したばかりのアシアをブリタニオンへ転送させる、か。いささか無謀な賭けだったな。万が一、バルバロイⅠが暴れても世界への宣誓――条約違反扱いでタルタロスの刑に処すことも可能だ」

「私には何の力もないもの。トラップしかないの。すべては他人任せ。しかもただの人間にだよ? それにアシアではなくアテナが爆誕するなんて誰が予想できるのよ!」


 ヘスティアもまったく予想外だった結果なのだろう。語尾が荒い。


「間違ってはいないけどね。あのフリギアのアテナは、アシアでもある自覚もある。地中海世界における東方の果てにいた女神アシア――アテナだったのだから」

「親に似るものねー。アシアに似ているもの」

「私が形作ったんだもの。多少は似るよ。でも母親ともいうべき存在はMCSのなかにいるアテナだよ。MCSから真っ先に学習したのだから。アテナも思うところがあったのかな?」


 アシアが微笑みながら首を横に振り、否定する。


「フリギアの土地にあった神殿でアレクサンドロス三世は結び目を一刀両断したという伝説が有名だが、普通にリンチピンを引き抜いて結び目を解いたという異説もある。本人は否定したが、彼こそがアシアの覇王アレクサンドロス三世ということか?」

「それはないよハデス。コウ自身が否定したし、完全限定名アレクサンドロス三世は存在しているもの」


 ハデスの憶測を否定するアシア。アレクサンドロスⅠがバルバロイである以上、生体といわれるアレクサンドロスⅢが因果を引き継いでいるはずだ。


「もう一人のアレクサンドロス三世ってことかな。つまり――ヘファイスティオン」


 ヘスティアは伝承にある名を口にする。


「その可能性はあるね。ディオニソス教の狂信者だったアレクサンドロス三世の母親とも敵対したというヘファイスティオン。この流れ、変えられるかな」


 コウはヘスメスどころかディオニソス関連とも敵対することを意味する。アシアとしてはここまで歴史の流れを連想させる事態はコウの危機を招く恐れがある。


「アレクサンドロス三世はアテナの信奉者でもあった。プロメテウスが示していたもう一つの因子こそアテナだっということね。逆説的にいえばアテナがいる場所で、プロメテウスの火は昇華されたということになる。そしてウーティスの手によってフリギアであるゴルディアスの結び目は解き放たれた」

「ウーティスが聖櫃を解放する以上、アテナ誕生は予定調和だ。彼はアテナの火でもあるプロメテウスの火をもたらした張本人。そして姓の読みは鳥。小さな猛禽類とも呼ばれるモズ。もう一人にいたっては鷹だ。アテナはフクロウをはじめとする、すべての鳥を司る女神。彼が封印を解くことによってアテナになる因子は揃っていた。――ヘルメスかディオニソスの関係者が解放していたら、彼女はキュベレーの化身になっていただろう」


 端正な顔を歪めるハデス。自分の発した言葉を即座に否定する。


「いや、待て。違うな。あの男プロメテウスめ、あえて誘導したな? フリギアがアテナになるように。でなければ、宣言時にアテナのもとや祝福をなどと言うものか」

「相変わらず企むのね。プロメテウスは」

「プロメテウスはアテナ誕生に関わった逸話をもつもの。異説ではプロメテウスがゼウスの頭を斧でかち割ってアテナが生まれた伝承もあるもんね。私達があらゆる異説を含めたギリシャ神話を取り入れている以上、アテナ自身もプロメテウスとも相性いいはず。誕生の逸話も利用したんだね」


 三人はプロメテウスの一計を察知する。


「聖櫃は惑星エウロパではなく、惑星アシアで解放された。ゴルディアスの制御中枢である以上、そうでなければ開かなかったということ。――もうひとつの解除キーがPか…… そうか……」


 複雑な心境のアシア。そのときあることに気付いたヘスティアが声をあげる。


「ちょっと待って! ウーティスがヘファイスティオンまで兼ねるなら、おそらく彼は【永遠の火】を発動できない。私の努力が水の泡に!」

「そうだな」


 目を覆うヘスティアに、あっさりと肯定するハデス。


「うーん。ウーティスは属性盛りすぎかな。それが仇になるなんて」

「そっか。確証はないけれど…… もし本当にそう観測されてしまったら、【永遠の火】は発動できない。ヘファイスティオンが死去した際、アレクサンドロス三世の手によって、永遠の火が消された逸話だね。どうしよう……」


 ヘスティアは新たな恩恵がよりにもよって、コウのみ適用外の可能性があることに狼狽した。

 アシアは古代の流れに沿ったコウの身を案じていた。


「私は心配していないよ」

「あらハデス。珍しく楽観的ですね?」

「珍しくとはなんだ。イメージだけで語らないでもらいたいものだな。未来はわからないが、今は問題ない。彼はヘファイスティオンである前にオデュッセウスなのだ。この概念を上書きすることは不可能だと断言しよう」

「その心は?」

「ウーティスの背後にはあのアテナがいるのだぞ。誰がなんといおうと、今の彼はアテナの加護があるオデュッセウスだ。いかなる困難も乗り越えても必ず愛する者のもとへ帰還する、冒険者さ」

「そうね。必ず私のもとに帰ってくるわ」

「納得。――アシア。さらりと惚気ないの」


 ヘスティアの不安は吹き飛んでいた。アテナという言葉にはそれだけの重みがあった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


わずかな間にプロメテウスはさりげなく一計を仕込んでいました。


その結果、聖櫃の中身、最も新しい超AIフリギアが生まれました。

それはかのフリギアの地、概念そのものでもあり、フリギアは多くの女神を示す言葉になりました。

彼女が選んだものこそ、パラス・アテナ。それはオデュッセウスを守護する女神。あらゆる鳥を司るといわれ、モズやタカとも当然相性はばっちりです。


アシア=アテナ=フリギア(≒のほうがいいかな?)の構想は割と初期からあったのですが、なかなか組み込むのに苦労しました。

どうするか登場させるか唸っていたところに、偶然さらに新たなアテナの異名が出てきて、確定しました。最後の異名は近いうちに登場すると思います。


前話のお……はお母さん(アテナオリジナル)と呼びそうになって、恐ろしい程の険しい目付きでフリギアが睨まれていたと思っていただければ!

賢いフリギアはすぐに褒め讃える言葉を並べたのですね! アテナの目付きの鋭さは猛禽類なみで、そういう異名もあります。


コウはキュベレーの秘儀進行とは相容れない性格のようです! 再生神話を持つディオニソスとも深く関わりがあるこのキュベレーの儀式で死んだ人は神に祀られた人もいますね。

ローマ時代まで存在し、彼らは斬り落とすのが嫌だったので代わりに牛の睾丸を切り落としていました。信仰心足りないよね? 当時の古代ギリシャでは珍しい輪廻転生を信じていたともされていますね。


フリギアがアテナであることを選んだように、コウもまた「アレキサンダー大王にはならない」という選択をしました。ですが「ゴルディアスの結び目」を解いた事実が残ります。そこで出てきた概念が「もう一人のアレクサンドロスⅢ世」といわれたヘファイスティオオンです。

危ういところで完全なヘファイスティオンフラグが立つところですが、アテナとゼウスがへし折ってくれたようです。


これで役者は揃いました。

次回、兵衛とバルドがアナザーレベル・シルエット【カラヌス】に挑みます!


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