交差交換

 三機のシルエットは聖櫃を追いかけるように加速する。

 コウしか解除できないため、五番機が先行している。しかし彼らが速度を増すほど、聖櫃も速度を上げているように見えた。


 結び目を斬ろうと五番機の刀を抜こうとしたその時、思わぬ所から静止された。


『抜き身の刀を突きつけて近付くことは推奨しません。が怖がります』


 五番機からの警告に、我に返るコウ。中身は紛れもなく子供だ。切っ先を突きつけて追いかけたらそれこそ逃げるだろう。


「ありがとう五番機」


 五番機からは返事がない。基本無言を貫く。やりとりはメッセージでの回答が大きい。

 だからこそ、こういう制止は効く。それほどに緊急を要する事態だったのだ。


「アレキサンダー大王の故事に倣うわけにはいかない、か。一刀両断なら楽だったんだが。――ではどうやってあの封印を解く? 見えるということは、あの子は俺に助けを求めていた」


 彼女は助けてとコウに伝えてきた。

 早く聖櫃から助け出してやりたい。  


『あのね』

「ん?」


 声が聞こえる。


『あのね。ぺんたふぉいるのっとのほどきめさいしょうすうは、になの。めにみえるようにかなめとくびきがあるの。あなたはしゃりんがだいすきでしょう? あなたがさいしょにこうちくしたへいきをおもいだして』


 たどたどしい言葉がMCS内に響く。車輪という言葉にはっとする。


『コウ。交差交換は2だと。パンタファイルノット――ソロモンズシールノットは最小で二箇所の解き目があると教えてくれている。輪留め、つまりリンチピンくびきヨークは車輪め、その解き目そのもの。あなたにも見えていたでしょう? 五番機がすでに復号を開始している。お願い!』


 五番機のなかに因子があるアシアが、すかさず反応する。


「リンチピン? トラクターの輪留めのことだよな。車輪の留め具? あれか!」


 闘技場で見つけた、二箇所のわずかにみえた突起物のようなもの。良く見ると絡み目が通してある。


 くびきと言われて気が付いたが、2点の突起の間に、巨大な線が一本、若干柔らかい色合いで存在していた。

 もつれた絡み目を解くには――


「高次元の暗号は五番機が復号処理を行っている。三次元空間ではそのように振る舞えば――」


 五番機が聖櫃に近付いて、五番機は複雑に絡まった五芒星の結び目の集合体に腕を突っ込む。


「これか!」


 五番機のカメラは結び目のわずかな空間を見逃さない。

 指を軽くまげ、くびきに差し込み――結び目を全力で引いた。二つのピンのような光が解き放たれた。確かにコウは、確かに何かを引き抜いたのだ。


 遠く離れた二人の目には、五番機が聖櫃に両手の指をそれぞれ差し込んだかと思うと、大きく腕部を後ろに引いて何かを引っ張るように見えた。 


 内部から光が漏れ、聖櫃の外壁は弾け飛んだ。

 中から巨大な球体状の物体が出現した。これが【ゴルディアス】の制御中枢なのだろう。


 球体から幻想的な光を放ち、シルエットサイズの幼い女の子が姿を現した。

 顔立ちはどことなくアシアに似ているが、蒼い瞳が爛々と輝いている。黒髪で、色白の少女だった。

 

 五番機は球体にしがみつく。ビジョンは五番機の中に吸い込まれた。


「ありがと。あとさんぷんぐらいでわたしはぜんぶここにはいるよ」


 後部座席から、声が聞こえた。コウが後部座席を見ると、先ほどの少女が小さいサイズになっていた。はにかんだ笑みを浮かべている。


「良かった。君の名は?」

「なまえはまだないの。なにものになるかまだきまってないから」

「何者になるか決まっていない?」

「うん。あしあとしんせつなおじさんと、お……きれいでかわいくてかっこよいおねえさんと。こどもにやさしいおっきなむしゃさんがわたしにいろいろおしえてくれているの」

「MCSのなかにいる存在……かな?」


 綺麗で可愛くて格好良いお姉さんとは何者か。コウは思考を巡らせるが答えに辿り着かない。大きな武者は五番機そのものだと推測している。


『ちょっとまって。五番機のなかに、なんでそんなにいるの! だいたいわかるけど、自我まで顕在化できるの?』

「アシアも知らなかったのか!」

『この子に干渉できるとは思わなかったよ』

「アシア。この子は?」

『その子はネメシス星系でもっとも新しい超AI。世界の卵ともいうべき聖櫃から生まれた、新しい創造意識よ。あと2分40秒。守りきって』

「わかった」


 コウは五番機を信じるのみ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「へ。あの野郎。やりやがったな」


 五番機がゴルディアスの制御中枢をブリタニオン方向へ押しながら移動を開始していた。

 進む先には、高速で接近するアナザーレベル・シルエットのカラヌスがいる。


「三分か。アナザーレベル・シルエットの足止め、してみせようじゃねえか」

「おうよ。速度を落とせば、まあなんとかなるだろ」


 そういっている間にも、荷電粒子ビーム砲が飛んでくる。

 二人は事前に察知し、回避していた。


「妙に感覚が冴えてやがるな。ビームがわかったぜ」

「俺もだ。今の攻撃、明らかに避けたという感じだった。こいつぁ一体どういうこった」


 二人の会話を聞いていたコウが、叫ぶ。


「兵衛さん! バルド! 宇宙空間ではMCSはさらに意識を拡張するんだ。おそらくアレクサンドロスⅠでは、その能力は引き出せないはず」

「そういうことはもっと早くいえ! 時間はたんまりあっただろうが!」


 笑いながら毒突くバルド。時間を稼げば彼らの勝ち。勝機が生じたことによる心の余裕が生まれた。


「まったくだ! 時間を稼ぎ、あわよくば一矢報いてみせるぜ」


 二分もしない間にカラヌスと交戦するだろう。

 二人に許された時間は十秒のみ。

 しかしMCSの恩寵はバルバロイには存在しないが判明した。勝機はそこにある。


「いくぞ。バルド君」

「あいよ!」


 五番機より先にカラヌスの迎撃態勢に入る二機。今よりアレクサンドロスⅠに仕掛けるのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


さらっと言葉を発する五番機。フェンネルOSは会話できます。ただ、あまり喋りません。ここぞという時に話します。初登場時、不撓不屈発同時、今回ですね。

ガル○ィーンみたいなキャラも好きですけどね!


キーワードは車輪。輪留めは古来、とくにアレキサンダー大王にも深く関わりがあります。

ギリシャの神々もたまに戦車に乗っているので! 二輪の馬車による戦車は高度な技術が必要です。同じ構造物をそっくり二つ作る技術が無ければいけないからです。


パンジャンドラムに輪留めがあったかは不明ですが、輪留めがなかったら転がりそう。自重があるから大丈夫かな?

一応あれ揚陸艇に乗せて運用するから、固定はされる予定の兵器なのですが……

日本だとリンチピンは農具などに今も使われ、通販で買えます。


バルド君の「そういうことは早くいえ」はもっともです。トライレームでは共有されているはずです。多分。宇宙戦に参加したパイロットが少なすぎますからね。


さてこの少女が「何者になるか」、次回で確定します!


応援よろしくお願いします。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る